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第五十七話

クリス先輩は学生の頃からブライル様に弟子入りを志願しており、毎日付きまとって、漸く弟子にしてもらえたという経緯があります。(書籍版より)

「んー! 今日も美味しそうだわ」


 仕事を終えた三人が、揃って食堂に入ってきた。テーブルに並ぶ料理を見て、いつものようにフェリ様がはしゃいでいる。

 今日のメニューはカリフラワーとナッツの温サラダに、あさりとキャベツのコンソメスープ、鶏レバーとポルチーニのソテー。

 スープにあさりを使うのならクラムチャウダーも好きなのだけど、メインが濃いめの味なので、今回はシンプルにコンソメ仕立てにしてみた。さてさて、お口に合うかしら。


「あ、うまい……」


 ホッと息を吐くようなクリス先輩の反応に安堵し、わたしもカトラリーに手を伸ばした。

 まずはサラダ。温かいカリフラワーとそれとは違うナッツの食感と香ばしさを、カリカリに焼いたベーコンが上手く纏めてくれている。

 スープはあさりの出汁とキャベツの甘さがコンソメに溶け出して、旨味が口の中全体に広がっていく。

 メインのソテーは、ねっとりしたレバーとコクのあるバルサミコソースがたまらない。そこにポルチーニの風味がほんのりと鼻を抜けていく。


「リリアナちゃん、貴女本当に悪い子ね。今日もワインが止まらないじゃないの」


 今日はクリス先輩のことを考えて作った料理だけれど、フェリ様も気に入ってくれたようだ。ブライル様は言わずもがな、眉が動いている。


「それでクリス先輩。例の薬の件はどうなったのです?」

「ああ、もう先生たちには話した」

「クリスくんが開発した薬が効いたんですって? 本当に良かったわね」


 ブライル様も頷き、ちゃんと報告したのがわかって安心した。


「だけど、またしても皆でコソコソしてたのね。私に内緒で」


 拗ねたように頬を膨らませるフェリ様に、ブライル様が反論する。


「なにも内緒にされていたのはお前だけではない。こいつらは師匠である私にさえ黙っていたのだからな」

「まあ! 二人とも案外やんちゃなのね」

「うう、すみません……」

「でもジルにまで内緒って、貴方あんまり尊敬されてないんじゃないの?」

「いえ、そんなことは決して!」

「でもほらジルってば、いつも気難しくて威張っているから」

「フェリクス、貴様……」


 いつもの(じゃ)れ合いが始まる。

 フェリ様の言い方が面白くて、思わずぶはっと吹き出してしまうと、ブライル様からのひと睨みが飛んできた。あ、ずるい。クリス先輩だって、下を向いて笑いを堪えているのに!


 しかしそこで楽しい夕食の時間も終わる。


「失礼するよ。ああすまない、食事中だったか」


 フェリ様に二杯目のワインを注いでいるちょうどその時、突然扉が開き、一人の男性が入ってきた。

 目に入ったのは、きっちり肩で揃えられたサラサラの髪と、繊細な刺繍が入った仕立ての良い上着。

 一目で貴族だとわかり、慌てて立ち上がると、横からフェリ様の驚いた声が上がる。


「ルディウス!?」


 え! この方がルディウス様?

 アニエスのご主人様で、ブライル様とフェリ様のご学友だという? しかもお二人がすごく嫌っていらっしゃっるという?

 反射的にまじまじと見てしまった。

 猫のように少しつり上がった目をしているけど、笑顔の優しそうな綺麗な人である。

 よもや嫌われるようには見えないその御方は、驚いた反応のフェリ様とブライル様を見て、楽しそうに口を開いた。


「こんな辺鄙な場所、よく仕事場に選んだものだな。ちょっとは来客のことも考えてほしいよ」

「お前は客ではないだろう」

「それにしても使用人を同席させるなんて、さすがジルヴェスターだな。非常識もいいところだ」


 おっと前言撤回。なかなかの毒舌っぷりである。

 しかしこのルディウス様のおっしゃる通り、平民の分際でお貴族様と同じテーブルにつくなんて、どう考えてもおかしい。やっぱり無理を言ってでも、断っていれば良かったのだ。

 わたしが絆されたばかりに、ブライル様を非常識呼ばわりさせてしまった。いや、だけどその命令したのはブライル様で……、自業自得というやつかしら?


 だけどブライル様はルディウス様の言葉など気にもしていないようだ。


「くだらないことを喋ってないで、さっきと用件を言え。ひやかしに来たわけではないのだろう」

「くだらない、ねぇ……」


 そう呟いて、再びニッコリとほほ笑む。

 ついさっきまで優しそうなどと思っていたのに、今はもうこの笑顔が紛い物としか思えないのだから、イメージというのは酷く自分勝手で単純なものである。


「そうだな、これは内密の話なんだが……。あ、一応内密だから部外者には席を外してもらおうかな」


 ブライル様以外に目を向けながら、そう言うルディウス様に対して、ブライル様は首を横に振った。


「この者たちなら構わない。だから早く話せ」

「きみがそう言うならいいけどさ」


 こんな風に軽い口調なものだから深く考えてはいなかったけれど、ルディウス様の口から出てきた内容は、かなり重要なことだった。


「もう十日以上、姫が臥せっておられてね」

「姫って……まさかティアーナ姫が!?」

「そう、きみの大事な大事なティアーナ姫だよ、ジルヴェスター」


 青ざめたフェリ様が立ち上がる。ブライル様も険しい顔をしている。


 ティアーナ姫といえば、現国王の第三王女であり、我がノワール王国の華と言われている御方である。

 何かの式典の際、城門の上から王族の一員として手を振っていらっしゃったのを、王都に来たばかりの頃に見に行ったことはあるけれど、あまりの人の多さにはっきりとは姿を確認できなかった。なので目にするのは店で売られている似せ絵だけで、実際は本当の顔を知らなかったりする。


 だけどその姫がブライル様の『大事な』とは、一体どういう意味だろう。

 疑問に思いブライル様に視線を移したけど、彼がこちらを見ることはなかった。


「臥せっているって、どういうことなの?」

「ここで詳しいことは話せないけどね、ただ医師が診察したところ、まったく原因がわからない。どうにかならないかと魔法局にまで相談があったのさ。そこで僕が助言したのだよ。姫のすぐ近くには、とても優秀な薬師がいるではないですか、とね」


 にっこりとほほ笑むルディウス様と、ますます眉間のしわが深くなるブライル様。


「王宮のお偉方はすぐさま僕の素晴らしい提案に縋りついたよ。そして内密とはいえ正式に魔法局に依頼が出された。ジルヴェスター・ブライルを直ちに召喚しろとね」


 ルディウス様は懐から書状を取り出した。きっとそれに召喚命令が書かれているのだろう。


「まさか断るなんてことはないよなぁ、ジルヴェスター」

「それこそまさかだ」


 きっぱりと断言して、ブライル様は立ち上がった。

 直ちに、というからには、今すぐ行かなければならないのだろう。


「わ、私も行くわ」


 フェリ様もドレスを翻し、ブライル様の後に続く。


「ルディウス、お前はどうするんだ。来なくていいのか?」

「生憎、僕は呼ばれてなくてね。気にせず行ってくれたまえ」

「ならば、さっさと出て行け」


 ハイハイ、と笑顔で手を振ったが、動く気配はない。

 しかし付き合っている暇もないのだろう。原因不明の病人、しかも王族の姫が待っている。


 あとは頼んだ、とクリス先輩に告げ、ブライル様はフェリ様を連れ立って出て行ってしまった。

 扉が閉まる音が、やけに低く響いた。


 残されたわたしたちは、気まずい空気の中、ルディウス様の様子を窺う。その空気を楽しむように、ルディウス様はゆっくりと口を開いた。


「それで、お前がジルヴェスターの連れ込んだ女なのか?」

「は、はい」


 ジロジロと不躾な視線を浴びせられる。

 連れ込んだという言い方には疑問があるけれど、ブライル様に住み込みで雇われたのは間違いないので、素直に頷く。


「自分の領域を踏ませたがらない男が、どういう経緯でお前のような平民を引き入れたのか、実に不思議だよ。理由もなくそんなことをする奴ではないからね」


 初めてここに来た時、確かにそんなことを言っていた。昔からブライル様を敵視していたというこの方も、彼の色々な部分を見てきたのだろう。


「何故なんだろう。知りたいなぁ、すごく知りたい」


 猫のようにしなやかな動きで近づいてきたルディウス様。そしてわたしの顔のすぐ目の前で、気持ちの良くない笑みが広がった。


「ルディウス様!」


 慌てたように、クリス先輩が割って入る。


「そのへんにしてください。この者はまだ仕事がありますので」

「ん? ああ、きみはジルヴェスターの腰巾着じゃないか」

「こ、腰巾着!?」

「違うのか? 学生の頃から毎日毎日追いかけ回していたように記憶しているのだが」

「ぐぅ……っ」


 あ、ブライル様をストーキングしてたって話。

 腰巾着はともかく、追っかけをしていたのは事実なので、先輩も上手く言い返せない。


「それで、この食事はお前が用意したのかな?」

「はい、そうです」


 ふぅん、と鼻を鳴らしながら、ルディウス様は興味深そうに料理をジロジロ眺めている。

 あ、もしかして……


「お腹が空いていらっしゃるのですか?」

「何だと?」

「い、いえ、ちょうど夕食の頃合いですし、お腹が空いていらっしゃっるのかと……」


 そう言えば、「おい馬鹿やめろ」と、クリス先輩の制止が入り、ククク、とルディウス様が楽しそうに笑うのが見えた。


「別に腹が減っているわけではないが、ジルヴェスターの迎え入れた料理人には興味がある。だけどそれはまたの機会にしよう」


 そう嫌な予感しかしない台詞を残して、ルディウス様は去っていった。

 そして余計なことを言ってしまったわたしは、クリス先輩に「馬鹿、阿保、間抜け」と、しこたま怒られたのだった。



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