第四十九話
王都から日帰りで行ける距離にある森にも、魔法薬に使える薬草は生えているのだとか。そしてその森に、先輩が今回必要としている薬草がいくつかあるらしい。
なので次の休日にその材料を集めに出かける約束を、クリス先輩と交わした。
当日は気持ちの良いくらい晴れていて、まさに薬草採取日和だ。
ブライル様も休日出勤はされていないようで研究所には誰も居らず、朝食は自分の分だけで良かった。ちょっと楽をした気分である。それを適当に済ませて、早速お弁当作りに取り掛かることにした。
まずは生地作りだ。小麦粉に砂糖と塩を少量ずつ、そしてオリーブ油とお湯を入れて混ぜる。粉っぽさがなくなってきたら、一つに纏まるようにしっかりと捏ねる。
それを寝かせている間に具を作っていく。海老は塩と臭み取りに白ワインを入れて茹でる。その際殻付きのまま茹でると旨味が残る。粗熱が取れれば殻をむく。
フォークでグサグサ穴を開けた鶏肉は、これまた塩と白ワインを揉みこみ、皮目からこんがりと焼いて薄く切っておく。
そして野菜もそれぞれ食べ易い形に切る。キャベツは千切り、玉ねぎは透けるくらい薄くスライス、胡瓜や人参は細切りに、レタスは……うーん、そのままでもいいかしら。
次は寝かせた生地をいくつかに分け、麺棒で丸く薄い形に伸ばしていく。それをフライパンで油をひかずに軽く焦げ目がつくまで焼けば、薄焼きパンの出来上がりだ。何枚もあるので、せっせと焼いていく。
最後にソースを二種類作る。
まずはクリーミーなアボカドソース。熟れたアボカドをしっかりと潰して、レモン果汁と牛乳を少し、そして作り置きしていたマヨネーズを混ぜるだけの簡単なもの。うーん、ちょっとだけ味が物足りないかしら。そんな時は塩胡椒を少し足す。
二つ目はピリ辛のサルサソース……といっても、これは前日から作っておいたので詰めるだけでいい。
湯むきしたトマトを賽の目に切って、みじん切りした紫玉ねぎ、ピーマン、大蒜、そして唐辛子と香菜を少し、最後に塩で味を調えただけのもの。一晩冷却装置に入れておいたから、味も馴染んでいる筈だ。
粗熱が取れた薄焼きパンは、乾かないように布で包んでおく。野菜を詰めた部分には、氷を入れた皮袋を下に敷いていればほんのり冷えた状態で持っていける。
あとはソースやデザートの果物を入れれば出来上がりだ。少し余分に出来上がったので、余ったものは冷却装置に入れて今日の夜ごはんにしよう。
そうして気分良く鼻歌なんかを歌いながら作業をしていると、突然後ろから声がした。
「ーー何をしているのだ」
びっくりしてソースを詰めていた器を落としそうになる。
聞き覚えがある、というかもうとっくに耳に馴染んでしまった声に恐る恐る振り返ると、
「……ブライル様」
一番見られたくない人物が、壁にもたれかかるように立っていた。この御方は何故こうも、唐突に現れるのか。
「ど、どうしていらっしゃるのですか。今日はお休みでは……」
「休みをどう過ごそうと私の自由だ。それよりこれは何だ」
そう言って、訝しげにバスケットの中を覗き込む。咄嗟に隠そうと思ったけれど、完全に手遅れである。
「ち、ちょっとお弁当作りを……」
「それはわかる。しかし一人で食べられる量ではないだろう。誰かと出掛けるのか?」
その質問に自分でも肩が揺れるのがわかった。
もう少しすれば、クリス先輩が迎えに来てくれる手筈になっている。そうなればブライル様と出くわすのは間違いないだろう。
ここでわたしが必死に嘘を吐いても、それを見破られるのは一瞬のような気がした。ならば本当のことを言って、少しだけ嘘を混ぜればいい。そしてその嘘を真実にしてしまえばいいのだ。
「えっと、クリス先輩に薬草について教えていただく約束をしているのです」
「クリスと、だと?」
ブライル様の眉毛がピクリと動いた。
「は、はい、王都の近くにも薬草の採れる森があると伺いまして。それで先輩の薬草採取に同行させていただく話になったのです」
「熱心なことだな。私の講義の時にもそれくらい熱心ならば、もっと教え甲斐があるのだか」
「アハ、アハハ……」
わたしの誤魔化すような笑いに、ブライル様はフンと鼻を鳴らす。そしてーー
「よし二号、もう少し弁当の量を増やせ」
「はい?」
「お前は私の弟子だ。ならば私も教えてやろうではないか」
そのとんでもない思い付きにわたしは固まり、ブライル様は満足げに頷いた。
い、嫌だああああ!
そしてわたしの晩ごはんんんん!!
◇◆◇
時間通りに迎えに来てくれたクリス先輩は、思いもよらない人物の姿に動揺を隠せないでいた。
「せ、せんせい……どうして」
「何だ、私がいると不都合でもあるのか?」
「いえ! そんな滅相も無いっ」
引き攣った笑顔を貼り付けたまま、わたしを隅の方へ引っ張っていく。そしてブライル様に届かないように小声で尋問される。
「……どういうことだっ、リリアナ・フローエ! 何故先生が……っ」
「そ、それがですね、突然厨房にいらっしゃいまして、お弁当を作っているところを見つかってしまったのです」
そして事の顛末を聞いた先輩は、一度天を仰ぎ、深く……とても深く息を吐いた。どうしたって回避しようがないことを認めたようだ。
こうして三人中二人が消沈したまま馬車は走り出した。だけどこの不自然な程の無言の中、雰囲気で悟られでもしたらまずいので、どうにか会話を絞り出す。そんな焦りをクリス先輩も察してくれたようだ。
「そ、そういえば、王都から近い場所でも薬草が採れるなんて知らなかったです。魔法薬の材料といえば、前にブライル様と行ったリベラド大森林のような辺鄙な場所というイメージだったので」
「そうか? 魔力が湧いている所なんて、至る所にあるぞ。魔物がいれば、大体その近くで魔力が湧いているし、そこに薬草が生えさえすれば、何かしら魔法薬の材料になるからな」
「も、もしかして今日行く所にも魔物がいるのですか?」
「当たり前じゃないか。でもお前は魔法が使えるんだから大丈夫だろ?」
「いやいや、わたし攻撃魔法なんて使ったことないですよ?」
「え?」
「え?」
わたしと先輩は顔を見合わせる。確かにブライル様の弟子であるなら、そういうのも覚えた方が良いと考えてはいたけれど。
そんなわたしたちにブライル様は呆れたように言った。
「魔物避けがあれば問題ないではないか」
「「あ!」」
忘れてた、と先輩は魔物避けを取り出した。今回は魔石も必要ないので、魔物と出会さないよう馬車を離れる際もちゃんと持っていくようだ。安心、安心。
「そういえば、ブライル様の魔物避けはあれからどうなったのですか?」
「先生の魔物避け? ああ、リベラドの採取の時に使ったという」
「ええ、魔物避けの効果を魔力を満たした魔石に移した物です。普通の魔物避けより余程効くみたいですよ」
「あれの効果はそれぞれの魔力によって違う。魔力が弱い者は、いくら掛け合わせたとしても、自分より強い魔力を持つ魔物には効果がないだろう。ひょっとすると逆に魔物を呼び寄せることになるかもしれない」
弱い魔力に反応して、より強い魔物が襲いに来る。
なにそれ怖い。
「……フム、少し検証する必要がありそうだな。どうだ二号、お前の魔力で試してみないか?」
「い、嫌ですよ!」
王都を出て一時間半程過ぎた頃、馬車はゆっくりと止まった。
「もう到着したのですか?」
「そうだ」
「本当に近いのですね」
街道からどの程度離れているのかはわからないけれど、王都からこんなに近いと魔物に襲われる可能性はないのだろうか。
そんな心配をしながら馬車を降りようとすれば、目の前に手を差し出された。
「何ですか?」
「降りるのだろう。掴まれ」
「い、いえ、大丈夫です」
「遠慮するな」
どこに平民をエスコートする貴族がいるのだ。ああそうだ、ここにいた。
複雑な気持ちでその手を取る。どう断っても、結局無理押しされるのだから仕方ない。
ブライル様の手を借りて馬車から降りると、目の前には鮮やかな緑色の森が広がっている。こんな所に魔物が棲んでいるとは到底思えないくらい、綺麗な場所だった。




