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第四十七話

「そういえば、先輩も医学を学ばれているのですか?」


 市場へ向かう道中、クリス先輩に大事な部分を確認してみた。ブライル様はああ言っていたけれど、もしかするとそんな難しいことを勉強しているのは彼だけかもしれないと思ったからだ。


「医学? そうだな。先生や本物の医者には及ばないけど、それなりには頭に入っているつもりだ」


 良かった。不安は杞憂だったらしい。

 その言葉に安堵していると、「それより、僕〝も〟とはどういうことだ?」と、怪訝な目で見つめられた。


「リリアナ・フローエ。お前まさか、先生にまで頼んだんじゃないだろうな」

「ち、違いますっ。胸の痛みについて少し尋ねただけです。さすがに理由もなくブライル様に頼めません」


 クリス先輩にだって本当にお願いして良かったのか、未だに判断がついていないのだ。

 もし貴族である彼が平民に薬を与えたと知れたら、上から何と言われるかわからない。国があんなべらぼうに高い金額に設定しているなんて、何か思惑があるからに違いないのだから。


 先輩が一緒だと馬車に乗せてもらえるので、あっという間に市場へ着いた。市場の入り口からおばさんの店までは少し歩く。けれど突然貴族を連れていっておばさんを警戒させてもいけないので、まずは一人で行くことにした。先輩には路地裏で少し隠れていてもらう。

 店の前に行くと、おばさんはいつもと同じ笑顔で迎えてくれた。


「おばさん、こんにちは」

「ああ、リリアナちゃんかい。今日は何が入り用なんだい」

「ううん、それは後でいいの。それより胸の痛みはどんな感じ?

 あれから酷くなってない?」

「これくらいどうってことないさ。痛みにも段々慣れてきたしね」


 そう言っておばさんは豪快に笑う。だけどその豪快さが響いたのか、「イタタ……」と困った顔で微笑みながら胸を押さえた。


「だ、大丈夫!?」

「平気平気。いつものことさ」

「薬はないの?」

「ハハハ。あんな高いもん、これくらいで飲んじゃいられないよ」


 確かに今の様子からは堪えきれない痛みではないのかもしれない。けれどちょっとしたことで痛みが発生するのは辛いだろう。

 それにおばさんが飲んでいる薬は、魔力を持たない薬師が作っている普通の薬だ。魔法薬より、おそらく何倍も安い。それでも高いと思っているのだから、やはり金貨なんて無茶な話なのだ。

 意を決するべく、握りしめた手に力を込めた。


「あのね、おばさん。そのことについて話があるんだけれど、少しだけ時間をもらっても良い?」

「……何だい、話ってのは」

「ごめんね、ここでは話せないの」

「ふぅん。まぁ、ちょっとくらいなら良いけどさ。手短かに済ませておくれよ」


 突然振られた話に、訝しみながらも休憩の札を立てたおばさんを連れて、クリス先輩の待つ路地裏へと向かった。そして先輩の姿に気付くなり、おばさんは慌てて頭を下げた。


「リリアナちゃん、これはどういうことだい? あんた……」

「あのね、驚かないで聞いてね。この御方はお城で薬の研究をしていらっしゃるクリスティアン様とおっしゃるの。クリスティアン様の働いていらっしゃる研究所にわたしも今お世話になっているんだけど。ちょっと理由があって、クリスティアン様におばさんのことを話したの。勝手なことをしてごめんなさい」

「そ、そりゃ構わないけどさ。でもどうしてあたしのことなんか……」

「おばさんにクリスティアン様の研究を協力してほしくて。その研究が上手くいくと、もしかすると胸の痛みも治るかもしれないと思ったの」


 そう訴えれば、おばさんはいつも痛みが起こる部分を手で押さえた。


「この痛いのが治るなら願ったり叶ったりだけど、協力って何を……」

「それは僕から話そう」


 クリス先輩が貴族らしく威厳たっぷりに前へ出た。おお、今朝のどんよりしていた様子とは大違いだ。


「この度新薬の研究をすることになってな、その実験をお前に被験者として協力してもらうことにした」

「先輩。ことにした、じゃなくてお願いしなくては。こっちの都合なのですから」

「うるさいなっ。どっちにも利があるんだから別に良いだろ!」


 だけどわたしが茶々を入れたせいで、その威厳はどこかに吹っ飛んだ。慌ててコホンと咳払いをし、どうにか取り戻そうとしたけれど、上手くいったかは不明である。


「簡単に言えば、まずお前の胸の病を調べさせてもらう。そしてその病に効く薬を僕が作る。お前はその薬を飲んむだけでいい。あとは僕が効果を調べる、それだけだ」


 話を聞くかぎりでは、本当に簡単そうに感じる。おばさんは薬を飲むだけでいいのだから。だけどその分不安もあるだろう。


「しかし一度で成功するのは難しい。おそらく何度も服用することになるだろう」

「先輩、副作用などはないのですか? 病気じゃないところに作用するとか……」


 わたしも無知なりに頭を絞って不安要素を上げていく。


「それは大丈夫だ。体に害があるようには作らないし、効果も薄めにする予定だ。そうすれば他の部分に影響を及ぼすこともないだろう」


 なるほど。新しく薬を作るのには、それなりに危険を排するやり方があるらしい。ならばおばさんも少しは安心かもしれない。


「どう? おばさん。この話受けてくれる?」

「……金は必要ないんだね?」

「大丈夫。銅貨一枚だっていらない。そうですよね先輩」

「当たり前だ。平民から搾り取る趣味なんて僕にはない」


 わたしたち二人の言葉に、おばさんもいくらか安堵したようだ。どうやら自分の体と同じくらいお金も心配だったらしい。それはそうだ。今後貴族が使うかもしれない薬を自分が使うのだから。

 そこへ先輩が、「ただし」と付け加えた。


「本当に治るかはわからない。もちろん全力は尽くすけど、絶対はない。それでも良いなら、この話を受てくれ」


 おばさんはまだ先輩に直接言葉で返答する勇気はないらしく、しかしその代わりに何度も頷いた。そのおばさんに、先輩は一枚の書類を差し出す。


「ではここに署名しろ。自分の名前くらいは書けるだろう」


 おばさんは言われるがままに、辿々しくもペンを走らせた。

 ロギア・オロル。初めて知るおばさんの名前だった。

 そしてその書類の中身は、契約書のようだ。あまりよく見えなかったけれど、きっと変なことは書いてないだろう。

 やっと見つかった魔法薬の道を続ける手段。逃げられてはならないので先輩も必死だ。


 なるべく早く薬作りに取り掛かる為、今晩早速おばさんーーロギアさんの家に伺うことになった。お貴族様が自分の家に来ることに、ロギアさんは恐れ多いと困惑していたけれど、外で会う方が都合が悪いからと、どうにか了承してもらった。あと、この事は決して他人には漏らさないことを加えて約束した。


 ロギアさんと別れた後は、予定通り市場での買い物を済ませる。先輩には先に帰ってもらおうと思っていたのだけれど、あっさり却下された。


「そういえば、さっきの紙には一体どんなことを書いているのですか?」

「紙? ああ、普通の契約書だ。他言無用とか、研究途中の契約破棄は無効とか、そういった内容だな」


 先輩はポケットから取り出した契約書を、わたしに見せた。


「向こうは内容まで理解していないだろう。だからお前が説明しておけよ」

「わかりました」


 それと、と先輩は続ける。


「ついでに言っておいてくれ。もし運良く薬ができて完治したとしても、それは今回だけだと。他の患者や次に自分が病気になった時も治してもらえるのかと期待させることになる」

「そう、ですよね……」


 ブライル様がおっしゃっていたように、普通ならかなりのお金が必要になる。だけど今回先輩の事情が重なってこんな風に事が運んだけれど、これは特別なことなのだ。




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