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第三十六話

第二章の始まりです( ^ω^ )

 王都ベルムには、多くの貴族が住んでいる。そして城下にはそんなお貴族様たちが贔屓にしている店や工房なども多く存在する。

 わたしの雇い主であるブライル様にも同じように贔屓にしている工房があるらしく、騎士団からの依頼を達成して数週間経った今日、その工房を訪れることになった。



「……ここがそうなのですか?」

「ああ」


 しかしわたしたちが立っているのは、貴族御用達の店が並ぶ大通りではなく、そこから大分離れた裏通りも裏通り。よもや貧民街かと勘違いしそうなくらい朽ち果てた……良いように言えば老朽化の激しい建物の前だ。

 石壁は剥がれかけ、戸や窓の木は劣化しており、それを辛うじて繋ぐ金具はすべて綺麗に錆びてしまっている。これを廃墟だと言われても何一つ疑わない。


「本当にここがそうなのですか?」

「だからそうだと言っている」


 平民であるわたしはともかく、ブライル様がこのような場所に居るというのはどうなのだろう。見目麗しい外見、且つ見ただけで高級なことがわかる品の良い服を纏い立つ姿には、もはや違和感しか感じない。

 だけど本人は別段気にする様子もなく、ボロボロの建物の中にノックもせず入っていく。その物怖じのしなさとは反対にに、わたしの方が気後れしてしまうほどだ。


「お邪魔しまーす……」


 建物の中は外観よりかなりマシだが、それなりに汚れていて、しかも所狭しと何かよくわからない物が乱雑に置かれている。机や棚だけでなく、床にまでもだ。

 本当にこんな所をブライル様は贔屓にしているのだろうか。いくらここは工房であり店舗ではないと言われても、これでは客を招き入れるつもりがないとしか思えない。

 以前、市場への買い出しに付いて来たことにも驚いたが、ここはさすがに無い。無いと思いたいのに、慣れた様子で床の物を跨いで行く姿は、わたしの願望をあっさりと否定した。


 ブライル様に続いて奥の部屋に入ると、そこはどうやら作業場らしく、様々な機械や工具、周辺には素材と思わしき物が転がっている。もちろん棚や床はそれらで埋め尽くされている。

 そんな中で男性が一人黙々と図面を描いていた。何かの設計図みたいだ。集中しているようで、わたしたちの気配や足音にも気付いてない。


「ヨハン。ヨハン・ビットナー」


 突然声をかけられたことに驚いたのか、男性は肩を大きくびくつかせ、何事かと振り向いた。

 赤茶けた長めの前髪をピンで留め、片方の耳に浅葱色の石を使った飾りを付けいる。指や手首にも同じ石の装飾品をいくつも嵌めていて、何ともチャラついた雰囲気だ。


「やや? これはジルヴェスター様じゃないですか。今日は一体どうしたんです?」


 にへらと笑った男性の様子に、ブライル様は眉を顰める。


「どうしただと? 注文していた物が出来たと連絡を寄越したのはお前ではないか」

「あ、ああー……そうだった、そうだった。アレね、アレ」


 誤魔化すように視線を彷徨わせ、そして依頼主の横に控える人影にようやく気が付いたらしい。わたしを見て、意味深げな笑みを浮かべる。


「あれあれあれ〜? なんか可愛い女の子がいる。なんでなんで? あ、もしかしてジルヴェスター様のコレですか?」


 男性はそう囃し立て、小指をピンと立てた。決してお貴族様相手にする表現ではない。

 しかもわたしなんかが「コレ」に見えるようでは、ブライル様に申し訳なさ過ぎる。


「わたしはブライル様の弟子です」

「はぁー、お弟子さん」

「二番弟子のリリアナ・フローエと申します。本日はよろしくお願い致します」

「あ、ご丁寧にどーも。俺はヨハン・ビットナー。このボロ屋で魔道具作ってまーす。ねぇ、本当にジルヴェスター様の恋人じゃないの?」

「まったく以って違います」


 首を横に振ってはっきりと答えれば、隣りから盛大な溜め息が聞こえてきた。


「此奴の言った通りだ。くだらないことを言う暇があったら、さっさと完成した物を持ってこい」

「はいはーい」


 軽やかな足取りで隣りの部屋に消えたヨハンさんは、大きな木の箱を台車に乗せて現れた。しかも同じ物がもう一つあるらしい。


「いやぁ、王城まで届けようとは思ったんですけどね、こう忙しくちゃ出掛ける暇もなくて。だって誰かさんが急な注文入れてくるから、その分他の依頼が押しちゃって、先月から俺休み無しで働いてるんすよ」

「愚痴はいい。さっさと見せろ」

「はーい、わかりましたよ」


 一介の魔道具技師が、なぜこんなにも貴族に対して馴れ馴れしいのか。ブライル様も彼の態度を許してるのだから不思議だ。でもわたしだってかなり失礼な態度をとっているのだから、これはブライル様が寛大で懐がとんでもなく深いということなのだろう。


「ではでは、ご依頼の冷蔵装置でーす!」


 じゃじゃーん、という効果音を付けて、ヨハンさんは扉を開いた。


「これはツンの木の板に特別な配合の樹脂を接着剤にして銅板を貼り付けてんの。そんでその樹脂を分厚く塗ってるのもあって、冷気が外に逃げないようになってるんだけどー。この樹脂の配合が難しいのなんのって」

「樹脂の話はけっこう。装置の説明を続け給え」

「はいはい、すみません。んで、上の四隅に魔石をはめ込む金具を取り付けてあるから、ここから冷気が流れて中を冷やすって仕組み」


 ふんふんと説明を聞きながら、中を覗く。確かに天井部に金具が四つ付いている。上から冷気を流して循環させるのか。

 さらに側面には何段か溝が付いており、そこに別の金属で出来た棚網を入れれるようになっている。棚網があるおかげで、色々な用途に使えそうだ。


「まずは、ちゃんと冷えるか試してみてくださいよ」

「二号、魔石を出せ」

「あ、はい」


 鞄の中から取り出した魔石には勿論わたしの魔力が込められており、そしてブライル様によって冷気を発動される術式が組み込まれている。温度や量を細かく設定した術式だ。

 その魔石を金具にはめ込み、魔力を発動させる。すると途端に魔石が冷たくなり、その冷たさを纏った空気が流れ始めた。


「しばらくこのまま置いておけば、銅板も冷えて全体が冷たくなりますよ」


 同じようにもう一つの箱にも魔石を取り付け、発動させる。こちらの魔石はより温度を下げた設定がなされていて、中に物を入れると凍るようになっている。冷蔵装置ならぬ、冷凍装置だ。


 待っている間にお茶でも、という話になったのだけれどブライル様が断ったので、今作っている魔道具などを見せてもらうことにした。

 魔道具というのは、魔石を使って何かの現象を起こす道具で、その殆どが武器として開発されている。だけどヨハンさんは、魔石の力を生活に取り入れようと、日々研究、開発しているのだとか。


「でも魔石使えるのって貴族じゃん? だから注文は貴族が欲しがる魔道具ばっかなんだよねー」

「生活が少しでも便利になってほしいと願っているのは平民なんですけどね」

「まあ金払いが良いのは貴族だから、しょうがないんだけどさ」


 そろそろいいだろうというで冷蔵装置を開けてみると、銅板は完全に冷えており、中の空気もしっかりと冷たくなっていた。冷凍装置の方も、中に入れていた水に薄っすらと氷が張っている。


「すごい。すごいです、ヨハンさん!」

「へっへー、そーでしょー」

「ええ、これがあれば料理の種類が大幅に増えます」

「いやぁ、リリアナちゃんみたいな女の子に褒められるってのはやっぱり気持ち良いなー。ジルヴェスター様は偉そうだし、何より可愛げがないったら」

「私にそんなものを求めるな。気色悪い」

「え、可愛げのあるブライル様、ですか……?」


 冷蔵装置の完成に喜んでいた筈なのに、ヨハンさんの言葉に思わず反応してしまう。それどころかしっかり想像までしてしまった。

 例えば、あの滅多にお目にかかれないすこぶる綺麗な笑顔で「良くやった」と頭を撫でて褒めてくれるとか。食事の時も、眉を動かすだけじゃなくて、ちゃんと言葉で「美味しい」と言ってくれるとか。

 現実では決して有り得ない事態に、思わず頬が緩み、そしてなぜか照れてしまう。

 実際こんな風だったら……いやいや、無表情で少し意地悪なのがブライル様なのよ。でも……


「どうした、二号」

「!!」


 いきなり妄想の淵に立ってしまったわたしの目の前に、その主人公であるブライル様の顔面が現れる。


「な、なななな何ですか!?」

「お前が突然停止したから、心配したのではないか」

「だからって顔をそんなに近付けないでください!」

「赤い顔をしていたから熱でも出たのかと思ったのだ」

「それでもです!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐわたしたちを楽しそうに眺めていたヨハンさんは、


「ねぇ、二人は本当に恋人同士じゃないの?」


満面の笑みでそんなことを訊いてきた。




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