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第三十五話

「魔憑き研究がどこまで進んでいるのかはわからない。魔憑きが遺伝するものなのか、そもそもどういう原理で生まれてくるのか、それを解明したという発表は未だなされてないのだ。だが可能性を一つずつ潰していくことが、結論に辿り着く近道だと私は考えている」

「い、遺伝って……母も魔憑きの可能性があるということですか!?」

「可能性はゼロではない。父親かもしれないし、隔世遺伝かもしれない。まったく別の理由だって、大いにあり得る」


 だけど母が魔憑きの筈がない。魔法を使ったところなんて、一度だって見たことがないのだから。

 それが使えるなら、身体の弱い母は家事に魔法を活用していても良い筈だ。母や幼いわたしにとって、水汲みはとても重労働だったけれど、わたしが魔憑きだと発覚するまで、魔法でどうにかしたことなどなかった。


「それに、なにもお前の事例だけで結論が出るわけではない。魔法局が今まで調べてきた情報と照らし合わせて、より良い方法でお前を守るのだ。それが今後、すべての魔憑きを守ることに繋がるかもしれぬ」

「ほ、本当ですか?」


 ただ魔憑きに生まれてしまっただけの人間が、これ以上苦しまなくて済むのですか?


「だからこれからは私がお前を守れるよう、お前も私に協力してくれるか?」


 本当にそんな未来が来るのなら。そう思って、何度も何度も頷いた。





「すまない、嫌な思いをさせたな」

「……いいえ。わたしの為を思って言ってくれたことですから」

「しかし……、ああそうだ。詫びにはならないが、これを」


 そう言って、ブライル様は細長い木箱をわたしに差し出した。全体に繊細な模様が彫られた、とても綺麗な木箱だ。


「何ですか、これ」

「開けてみろ」


 内側にはビロードが張られ、小物入れとして作られた物だろうとわかる。

 そして中には、


「ブライル様、一体これは……」


 真っ白な美しいレースのリボンが入っていた。


「前に教えてくれただろう、母親に髪を結ってもらっていたと」

「え、ええ」

「その大事な思い出を、あの様な形でなくしてしまっては勿体無いと思ったのだ」

「お、覚えていたのですか? あんなたわいもない話を」


 そして気にかけてくれていたのだ、いじめっ子に汚され奪われ、最後には無くなってしまった思い出の品を。


「ブライル様はズルいです」

「何故」

「いつも無表情で素っ気なかったり、突然不機嫌になったりするくせに、こんなことしてきて……」

「嫌だったか?」

「こ、こんなの、嬉しいに決まっているじゃないですか……」


 誰が予想しただろうか。

 貴族が平民の、しかも魔憑きのことを気遣ってくれるだなんて。

 悲しみを共有したいと言ってくれた。わたしを守りたいとも言ってくれた。

 わたしはなんて幸せなのだろう。


 ブライル様にとっては些細なことかもしれない。

 だけどその一つ一つが少しずつ、わたしの心に重なって、経験したことのない感情を紡いでいく。そして大きな何かを生み出そうとしているのを、わたしは必死に押さえつけるのだ。


「貸してみろ」

「え?」

「母親には及ばぬだろうが、代わりに結ってやろう」


 申し訳ないと遠慮するわたしの手の中から、ブライル様はするりとリボンを抜き取り、そっと髪に触れた。そして手櫛で整えてくれる度に、その指が恥ずかしさで熱くなった首筋に当たる。


「ブ、ブライル様、もう……っ」

「お前の髪は、柔らかいな」


 というか、距離が近いっ。わたしが顔を上げれば、きっと何かがぶつかるに違いない。

 ブライル様の指が、耳や首筋を撫でるように触れるから、手を握られるのよりずっとドキドキする。


「ど、どうです? 似合ってますか?」

「ああ、良いのではないか」

「こんなに素敵な物を、ありがとうございます」

「いや、お前が喜んだのならそれで良い」


 耳元で揺れるリボンを眺めるブライル様は、至極ご満悦な様子だ。いつもより何倍も優しい瞳で、わたしを見てくる。

 えっと、えっと。何か言わなくては。

 でもたまらなく恥ずかしくて、目を合わせられない。だから目の前にある服の裾を掴んだ。



「……二号?」

「わ、わたしは自分が魔憑きだと知ってから、ずっと居場所がありませんでした」


 村はもちろん、家族と一緒に居ても、辛い思いをさせている罪悪感が拭えなかった。


「ベルムに来てからも、いつまでここに居れるのか、毎日毎日不安で……、魔憑きということを隠しているだけなのに、皆を騙しているような気持ちにもなりました」


 娘のように可愛がってくれた店のおじさんとおばさんに対しても、本当のことを言えない心苦しさがあった。


「そんなわたしに、ブライル様は居場所をくださったのです」


 優しくて温かいフェリ様と頑張り屋のクリス先輩。そして無表情だけど誰よりもわたしのことを考えてくれるブライル様。

 ここには誰も魔憑きだと責める人はいない。むしろ遠慮なく魔法を使える場を与えてくれた。

 そしてその皆が、わたしの作った料理を、おいしいと言ってくれた。

 わたしに、ここに居て良いと思わせてくれた。



「魔法薬研究所に来れて、本当に良かった」


 心の底から、そう思う。

 だから願うのだ。

 この幸せが、少しでも長く続きますように、と。




「ブライル様、わたし魔憑きのこと……自分のことを全部知りたいです。そして魔憑きは悪いものじゃないって、ちゃんと証明したい」




 たとえ、そんなささやかな願いをいとも簡単に壊すものが、じわりじわりと近付いてきていたとしても。








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