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第三十三話

「お、おかしなことを言うのはやめてください」

「何がおかしいのだ。お前はあの男に手を握られていたではないか」

「だったら……!」


 だったら、ブライル様がわたしの手を握っている理由は何なのですか。

 そう問い正そうと思ったのに、一音の声にもならなかった。しては駄目だと思った。

 再び黙り込んでしまったわたしは、ブライル様に連れられて迎えが来る場所まで歩みを進めた。しかしフェリ様とクリス先輩の姿が見えると、慌てて手を振り払った。ブライル様がどんな顔をしていたか見もせずに。


「リリアナちゃん! 良かった、心配してたのよ」

「すみません、わたしが目を離したばっかりに」

「ううん、私の方こそごめんなさいね。考え事しながら離れちゃったから」

「でもクリス先輩とご一緒で良かったです」

「ふふ、私がウロウロしているところを見つけてくれたのよ」

「フェリクス様をあんな場所で一人には出来ません」


 皆が合流したので、次は大通りに出ることとなった。大通りは上流階級御用達のお店が多く立ち並んでいる。良いワインを手に入れるには、こういったお店でなければならないらしい。

 残念ながらワインはまったくわからないので、ここはブライル様とフェリ様にお任せだ。なのでクリス先輩とわたしは、待つ間にその辺をぶらぶらすることにした。

 前は少し嫌な思いをした大通りだけれど、今回はクリス先輩がいるので安心だ。貴族とそのお付きくらいには見えるだろう。

 それにブライル様と離れることが出来たので、正直ホッとした。


 高級店ばかりでどこに行けば良いのかわからないので、とりあえず本屋に入って時間を潰すことにする。

 本屋といっても町の古本屋のような古くて埃っぽい感じではない。新しい本や専門書、豪華な装飾が施された本などが綺麗な店内の壁一面に並べられているのだ。

 その中から料理や菓子のレシピが載っている本を選んで、パラパラと捲ってみた。さすが上流階級御用達の本だけあって、レシピもわたしの知らないものがたくさん載っている。

 そう簡単に買える値段じゃないから、出来るだけ覚えて帰ろう。そう思うのに全然頭に入って来ない。ぼんやりとただ捲るだけだ。


「リリアナ・フローエ。お前、何かあったのか?」

「何かって何ですか?」

「そんなの僕にわかるわけないだろう。でも戻ってきてからのお前はどこか変だ」

「……そう言われましても、いつも通りですよ」


 言えるわけがない。

 アヒムさんに会ってから、ブライル様の様子がおかしいだなんて。そしてそこからブライル様のことを考えるのが怖くなっただなんて。


「ふぅん」


 クリス先輩は納得していない様子ながらも、引き下がってくれた。

 ある程度時間を潰し、外で待っていると、フェリ様だけが戻ってきた。


「フェリクス様、先生はどちらに?」

「少し寄る所があるんですって。先に行って待ってましょう」


 しばらく待つとブライル様が戻り、迎えの馬車も来た。それに乗り込み、いつものようにたわいもない話をする。だけど時折投げかけられるブライル様からの視線を、わたしはただひたすら気付かないふりをした。


 そして帰宅するやいなや、わたしは厨房に駆け込んだ。早く調理にかからなければならないし、ブライル様の姿が目の端にでも入ると、余計なことを考えてしまうからだ。

 とにかくごはんを作ろう。そうして手を動かしている間は、そのことだけに集中出来る。


 最初はデザートから。

 まずはバニラを効かせたカスタードクリームを作る。それを氷水で冷やしている間に果物をカットする。あらかじめ作っておいたタルト台とクレームダマンドを焼いたものに、カスタードクリームを絞り、果物を満遍なく乗せていく。最後にグラサージュを塗って完成だ。艶々としていて、とても美しい。


 次にスープだ。

 サフランを水に浸してしばらく置き、戻しておいた干し牡蠣の戻し汁と白ワインを合わせ、半量程度になるまで煮詰める。その間に玉ねぎや人参など数種類の野菜を刻み、オリーブ油と大蒜(にんにく)を炒めた中に入れて一緒に炒める。火が通ったら出汁(ブイヨン)と煮詰めた戻し汁、サフランを入れて少し煮込む。仕上げは戻した干し牡蠣を入れ、生クリームとバター、塩胡椒で味を整えれば出来上がりだ。


 スープを煮込んでいる間に副菜を作る。

 薄切りにした玉ねぎとベーコンをしっかりと炒め、小麦粉をまぶしてもう少し炒める。それをボールに移し、ボールの下に氷水を当てて冷ます。冷めたら卵黄と生クリームに塩胡椒、ナツメグを入れて味付けする。それを長方形に成形したパイ生地の上に乗せて、上にタイムを振りかけ、オーブンで焼く。


 最後にメインのステーキだ。

 慰労会ということで、特に良いお肉を買ってきた。それを焼く直前に塩胡椒し、充分に熱したフライパンで焼く。両面がちょうど良い具合に焼き上がったら取り出し、そのフライパンでソースを作る。

 赤ワインとバルサミコ酢、出汁(ブイヨン)、バターに砂糖と塩を入れて、強火で煮詰める。ステーキの上にたっぷりとかければ完成だ。



「終わっちゃった……」


 もうこうなればもう仕方ない、切り替えよう。クリス先輩はわたしの様子がおかしいことに気付いていた。もしかすると、言わないだけでフェリ様も気付いているかもしれない。

 そんなお二人に心配をかけるわけにいかない。それに変な態度を取るのは、ブライル様に失礼だ。

 いつも通りにすれば良い。そうすればきっと大丈夫。


 出来た料理を食堂に運ぶと、すでに全員が揃っていた。急がなければ。フェリ様が並べるのを手伝ってくれるというので、お言葉に甘えることにする。

 牛肉のステーキ、干し牡蠣のサフランスープに玉ねぎとベーコンのパイ。他にもアスパラのグリルに生野菜のサラダとチーズ。

 それらをテーブルに並べていく。


「うーん、今日は一段と美味しそうね」

「リリアナ・フローエ、早く食べよう!」

「落ち着いてください。まずは乾杯ですよ」


 ブライル様とフェリ様に買って来たワインを用意。ちなみにクリス先輩とわたしは水だ。冷やせば、これだって充分美味しい。


 食前の祈りを済ませ、ブライル様が口を開いた。


「今日は二号の提案で、このような晩餐が開かれることとなった。しかしそれはここにいる全員が力を尽くしたからである」


 そう言われ、全員が誇らしそうに頷く。


「クリス。長期採取で疲れているにもかかわらず、そして急な依頼に文句も言わず、魔法薬作りに没頭してくれた。お前が作成した数から、相当無理をしたのだと推測出来る。その努力と根性には本当に感謝している」

「せ、せんせぇ……」


 突然そんな言葉をかけられ、クリス先輩は早くも泣きそうだ。


「フェリクス。お前は私が居ない間、代わりにこの研究所をまとめてくれた。だからクリスも落ち着いて作業出来たのであろう。それに来ていた依頼は騎士団のものだけではなかったのに、それもきっちりこなしてくれた。感謝している」

「やだ、そんなこと当たり前じゃない」


 フェリ様は、そのお綺麗な顔をほんのりと染めて照れている。

 最後にブライル様は、二号、と呼び、そしてわたしの目をしっかりと見つめた。一瞬怯みそうになったけど、何とか堪える。


「今回は初めてのことばかりで苦労しただろう。採取にしても、戦う術を持たないお前を、魔物の巣窟に連れ出したことは悪いと思っている。それでもお前はやり遂げた。帰ってからも、魔法薬作りの手伝いだけでなく、普段の業務も変わらずこなすのだから、これは私だけでなく、三人全員が感謝している」


 この言葉にフェリ様が優しい笑みで頷き、クリス先輩は、まあ頑張ったんじゃないか、とぶっきらぼうに呟いた。

 あ、ヤバい。クリス先輩じゃないけど、目頭が熱くなってくる。


「わ、わたしこそ皆様の力になれたか不安でした。なので、ありがとうございます」


 こうして感謝されたり褒めてもらうことなど、大人になるとそうそうない。だからこんなにも嬉しいのだろう。

 そして全員がグラスを高々と掲げる。


「依頼達成と皆の尽力に、乾杯」

「「乾杯!」」




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