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第三十話

 夕食後は、研究室に閉じこもって、再び魔法薬作りだ。

 わたしも片付けが終わってから参戦し、途中からは魔力注入も手伝わせてもらった。手際が悪いところもあったけど、ちょっとは役に立ったと思いたい。

 そして日付が変わって少し経った頃、ようやく今日の作業が終わる。皆、疲れ果ててボロボロだ。

 なのでお風呂に入ってふらふらになりながら床に就くと、そのまま泥のように眠ってしまった。


 そして次の日も、次の日も……、わたしたちは魔法薬作りに没頭し、




「……終わりましたね」

「ああ」


 数日後、ようやく依頼分が完成した。五百本の傷液薬がずらりと並ぶ姿は壮観だ。皆放心したような表情で、それを見つめている。


「やった……やったわ! ジル、本当に出来たのよねっ、完成したのよね!?」

「ああ。そうだ」

「良かった! これでやっとのんびり出来るわ。たっぷり寝れるし、外にも行けるし、ワインも飲めるのよ!」

「ワインか、良いな」


 激務から解放されたことに、フェリ様が涙を浮かべて歓喜している。そしてブライル様に抱きついては、鬱陶しそうに剥がされていた。相変わらず仲良しの二人である。

 そんな感じでフェリ様が喜んでいるのは当然で、いつもと比べて睡眠時間はずっと短かったし、お酒も自粛していた。なので今日は心ゆくまでワインを飲んでいただき、思い切り寝てほしい。

 それにわたし以外は皆ずっと篭りきりで作業していたから、鬱憤も溜まっているだろう。今度フェリ様と一緒に城下に出掛けようと思った。


 翌日、ブライル様は二日酔いのフェリ様を連れ立って、魔法薬の納品に赴いた。青い顔をしたフェリ様はとても儚く見えて、何も知らない男性なら誰だって手を差し伸べてしまいたくなるだろう。


 そしてわたしとクリス先輩の居残り組は、研究室や薬品庫の片付けをしている。

 至る所に魔法薬や素材が置かれているのだが、ブライル様だけは、何がどこにあるのか把握しているのだそう。しかし他の二人はもちろん、わたしにもごちゃごちゃしているようにしか見えない。

 いずれブライル様を説き伏せて、きちんと整理したいと思う。


「何か、日常が戻ってきたって感じですね」

「そうだな。僕もやっと落ち着いて、先生に教えを乞うことが出来る」


 先輩は長期で採取に行っていて、帰ってきてからすぐに今回の魔法薬作りがあったから、師匠であるブライル様への熱い思いが溜まっているのだろう。適度に発散してもらいたい。


「素材集めから大変でしたものね。クリス先輩は、道中危険はなかったのですか? キングトロールに出会うとか」

「出会うわけないだろ! そもそもキングトロールなんて、数が少なくて滅多に居ないんだからなっ」


 なんと!

 そんな貴重種に二体も出会ってしまったわたしたちは、相当運が悪かったらしい。


「でも何も起こらなかったわけじゃないぞ。何度も魔物に襲われたし、野盗にも狙われた。騎士団の護衛がついていたから、大した被害はなかったけどな」

「わたしたちよりよっぽど大変じゃないですか! ブライル様が新しい魔物避けをもっと早く完成させていれば……」

「魔物にすごい効果があるってやつか? うーん、でも騎士団が護衛につくのって、魔石を集める目的もあるからな。魔物にまったく出会わないっていうのも考えものなんだ。多く取れれば、僕も分けてもらえるし」


 今回もいくつか分けてもらえたらしい。それを使って魔道具を作るのだとか。ああ、わたしも早く冷却装置を作りたい。


「騎士団の方は、そんなに魔石を集めてどうするのですか?」

「そんなの武器や防具に魔力を纏わせる為に決まってるじゃないか」

「武器、ですか?」

「ああ。武器に術式を組み込んだ魔石を取り付けると、その術式に応じた魔力が武器に込められる。そしてその武器を介して魔力を発動させるんだ。そうすること攻撃の威力が上がるし、自分の魔力を温存出来るからな」

「威力が上がるとは?」

「例えば炎の魔石は、剣に高温の炎を発生させる。それで斬ると、剣を通さない固い皮膚や殻を持った魔物も斬ることが出来るんだ。水や風の魔石でも、似たような効果がある」


 それを使っていたら、キングトロールにも剣が通用したのではないだろうか。

 そんな便利な物を、なぜブライル様は使わなかったのだろう。きっと自分の魔力量に自信を持っていたに違いない。たくさん攻撃魔法を使った後でも、あんなにすごい魔法を繰り出したのだから。


「だけど威力が高い分、魔力の消費量が桁違いだから、魔石が消えるのも早いんだ。魔石を多く必要とする理由はそれだな」


 なので騎士団は積極的に魔物討伐をこなすのだそうだ。素材採取に同行してくれるのも、魔法薬を安定供給してもらう為というのもあるけど、半分は魔石が目的なのだろう。


「その魔石集めに先生と一緒に行けるなんて。しかも守ってもらえるなんて……っ。リリアナ・フローエ! お前は本当に幸せなんだからなっ」


 騎士団と魔石の謎が解け、クリス先輩に嫉妬混じりの怒りをぶつけられたところで、ブライル様たちが戻って来られた。



 そしてその日の夕食。納品を終わらせたブライル様から提案があった。


「この度の依頼は、皆本当に頑張ってくれた。そこで魔法局より恩賞として特別手当が出ることになった」

「出ることにって、自分が絞り取ってきたんじゃないの」


 どうやら急な依頼を勝手に受けた魔法局を脅して、特別手当の約束を取り付けたらしい。

 その光景を思い出してか、フェリ様はげんなりしている。


「そこでお前たちに、それぞれ希望する物を褒美として取らせようと思う」

「先生!」

「何だクリス、もう決まったのか?」

「はい、僕は先生との個人授業が良いですっ」

「却下」

「そんな!」

「わからないことがあれば仕事中に聞けば良い。それに何か良からぬ空気を感じた」


 クリス先輩は特攻をかけ撃沈した。

 二日酔いから解放されたフェリ様は、ワイングラス片手に悩んでいるみたいだ。


「うーん、何が良いかしら。欲しい物なら自分で買えるし。あ、それなら私は休暇が欲しいわ。魔法薬から離れて、少しゆっくりしたいの」

「それも却下だ」

「どうしてよ!」

「ゆっくりしたいなら、領地に帰ってから存分にすると良い」

「そういうのじゃないの! 保養地に行って、海を見ながらのんびりしたり、温泉に入って身も心も温めたりしたいの」


 今回の修羅場で、フェリ様は随分と精神的に疲れているらしい。

 結局クリス先輩は魔法薬を作る為の道具を新調することに、フェリ様には疲れ切った肌を癒す為の化粧品をブライル様が開発することになった。


「二号、お前は何が欲しいのだ」

「わたしもいただけるのですか?」

「当たり前だろう。お前も貢献したではないか」


 確かに下働きはいっぱいしたけど、魔力注入は皆の足元にも及ばない。それでもくれるというなら、ありがたく頂戴しよう。


「そうですね、では慰労会がしたいです」

「慰労会?」

「ブライル様が仰ったように、皆様頑張っていたじゃないですか。それを労う為の会です。いつもよりちょっと豪華な食事をして、いつもよりちょっと良いお酒を飲んで、皆でぱーっとするんですよ」

「ほう、それは中々良いな。しかし何故それがお前の褒美になるのだ?」

「だって、わたし好きなのです。皆様がわたしの作ったごはんを食べて、美味しそうにしてくれるのが。それを見てたら幸せな気持ちになるのです」

「リリアナちゃん……」

「だから四人で慰労会、ダメですか?」


 ブライル様はわたしを見て、ふぅ、と溜め息に似た何かを吐いた。


「わかった。好きにすると良い」

「あ、ありがとうございます!」

「私たちもリリアナちゃんの料理が食べられて幸せだわ。だから色々手伝わせて?」

「フェリ様……!」


 慰労会開催は次の休みの日に決定し、フェリ様が買い物に付き合ってくれることになった。



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