第六十一話:想い
『〝転移水″×1+〝効力:A以上の調合結晶″×1』
「こんな方法で……」
素材や手順自体は単純だが、調合Lvが高い。まあ、あの老人ならこの程度造作もないだろうと思うが。
初めて見る〝転移水″についての説明もあり、噴水広場の水を瓶に入れるだけでいいらしい。
転移水を手に入れるだけなら「調合水以外でも試してみたい」と言えば少しは納得してくれるかもしれない。
しかしあの老人と接触する理由が全く思いつかない。各ボムの更なる強化と言えば信じてくれるかもしれないが、そんな嘘はおそらくすぐにバレる。
せっかく見えた希望だが、その希望にたどり着くための道が見つからない。
どうすればいいかわからず考え込む俺を誰かのぬくもりが包み込む。
「アリサさん?」
「残念。 私でした」
「!?」
その声の主はアリアさんだった。完全に抱きつかれているので振り向けないが、動かせる範囲で横を見れば視界の端にアリサさんが映った。
「何を考えてるの?」
「え?」
「とぼけても無駄。ティニアちゃんの【読心術】の前じゃ丸裸だよ」
「……あ」
抱きつく力を弱めたアリアさんが離れ、俺が振り向いた先にはいつもの四人。
そう、俺の考えは全員にばれていた。もはや打つ手はない。
「いくつ必要なの?」
「…………はい?」
「だから転移水がいくつ必要なのか聞いてるの。 調合結晶に関してはあの方に訊かないとわからないから」
何を言ってるかしばらくわからなかった。
なぜ監視役の彼らが俺のことを助けてくれるのか。彼らは俺をここにとどめておくための存在じゃなかったのか?
「またしても勘違いしているようですね」
またしても前に出てきたアリアさんが俺の手に手を重ねる。
「確かに私たちはアルケさんの監視役としてここに任命されています」
でも、と言葉を一旦止め後ろに視線を向ける。そこにはみんながいた。
そして再度俺と向き合う。全員の視線が俺に向けられていた。
「私はアリサを救ってくれたアルケさんに恩を返したくてここにいるんです」
「俺は最初からお前のことを気に入っていたからな。 それだけだ」
「私もアルケさんの手助けをしたいと心から想っていますよ」
「私にとっては命の恩人だからね。 協力するのは当然でしょ」
いつものように見るだけで安心できる微笑みを見せるアリアさん。
歯を見せながら二カッと笑うミシェル。
アリアさんと同じように、しかしどこか上品に微笑むティニアさん。
言葉にもあるように「当然!」という顔をするアリサさん。
「……」
自然と涙がこぼれていた。誰一人として命令や義務だけで動いていなかった。みんな自分の心の赴くままに、自分から俺を守ってくれていた。
俺一人が勝手に裏切られたと思い込んでいたのだ。
思い返せば、アリアさんが監視役だと自ら話してくれた時、一瞬彼らは全員悔しそうな顔をしていた。ホントは俺を自由にさせたかったのだ。自分たちの都合で束縛することに、それに従うしかない自分たちの無力を嘆いていたのだ。
俺と同じだったのだ。
そのことをようやく知った。もはや、涙を止められなかった。
「ご、ごめん。……みんな。…………おれ……いままで…………みんなのこと」
「いいんですよ」
再び抱きしめてくれるアリアさん。それはまるで母親に抱かれているようだった。
一瞬でもこの人たちに憎悪を抱いた自分が情けなかった。
「そう思うのは当然です。 いくらでも私たちに怒りをぶつけてくれてかまいません」
でも、とここでも言葉を区切る。
「私たちはあなたの味方です。 例えNPCであろうとも、私たちはあなたと一緒にいたいと心から想っています」
「!!」
もはや号泣していた。アリアさんに体を預け、泣き崩れた。
そんな俺たちを包み込むティニアさんとアリサさんのぬくもり。そっと見守るミシェル。
みんなの優しさが、俺の不安を涙で流し、俺に一つの決意を与えてくれた。
ひとしきり涙を流した後、いったんログアウトした。
ここ最近はCWOに集中していたので簡単なメニューになっていた夕食を少し豪勢にした。
少し具を多くしただけの焼そばだけど。
「わ、なにこれ!」
降りてきた空がそれを見て驚く。
「まあ、最近サボり気味だったからな」
そう説明するも、空は全く信じてない目をしている。しかしすぐに笑顔を浮かべた。
「私に何かできることある?」
「え?」
「そんな感じに見えたから」
さすがは俺専用のエスパー。どうやらお見通しの様だ。
「後で三人にも声をかけてくれ。 ドワーフたちを助けに行く」
「わかった。 これから?」
「いや、必要なものがあるから準備ができ次第連絡する」
「了解! 食べたらすぐにメール送って準備しておくよ!」
そう言って、焼きそばを食べ始める空。
俺も食べ始め、食べ終わり食器を洗うとすぐにCWOにダイブした。
現実時間ではわずか三時間足らずでも、CWOでは一日の三分の一に当たる。
その間にみんなは俺をアトリエから出す計画を考えていた。
まあ、結論から言えば正面突破だった。一応『攻撃アイテムのさらなる威力向上のため』という名目であの老人を訪れることにした。
「……というわけなのですが、可能ですか?」
その計画はなんとかうまくいき、俺は老人と対面している。
「可能と言えば可能だ。 〝簡易転移石″程度ならいくらでも作ることができる」
「「「「「!!」」」」」
まさかの賭け成功に全員が声無き歓声を上げる。
「しかし、転移先はランダム。 場合によっては魔族が集結している場所に転移する可能性もある。 そうなれば命の保証はできないぞ?」
「それに関してはプイレヤーは何度でも蘇生できる」と言おうとして気づく。蘇生ポイントはそのエリアの転移噴水だ。そしてその噴水は今魔族によって封印されている。
もしこの封印が“転移”だけでなく“蘇生”も含まれていたら?
そう考えると途端に体が震えだす。これまでは『所詮ゲームはゲーム』という考えがどこかに合った。
しかしここで過ごしているうちに、本当にここが『もう一つの現実』であるように感じてしまっており、そのせいで“死”への恐怖が現れてしまい、老人の問いに答える力すら奪われてしまった。
-もうここまでか-
そう思った瞬間、俺の肩から伝わるぬくもり。それも一つではない。
毎日【薬剤】をしてきたからかマメの感触を感じるもやさしい手。
唯一の男性だけあって誰よりも力強い手。
一点の穢れも無い、まるで羽のようにふわっと舞い降りる手。
魔力光が関係しているのか、不思議な力を流れ込んでいるように感じる手。
いつの間にか震えは止まっていた。そして老人の問いに返すべき言葉も浮かんでいた。
「“【錬金術】は不可能を可能にする”。 ですよね?」
俺の答えへの返答は老人の満面の笑みだった。
老人は〝簡易転移石″の調合を約束してくれた。
それが完成するまでの間、俺はいつものように調合に励み、みんながそれを支えてくれた。
そしてミシェルから受け取った〝簡易転移石″を確認し、ドワーフ族救出作戦の準備が完了した。
*とある場所での一コマ*
「どうします?」
「だからって俺たちが手を出したらダメだろう」
「好感度システムってここまで影響与えるモノでしたっけ?」
何人かの人間が複数のモニターを見て考え込んでいた。そのモニターにはアルケを慰め、協力を約束し、己の意志で行動しているNPCたちがそれぞれ映っている。
「まあ、うれしい誤算ということにしましょう」
「本来のイベントの結果とは違う結果になりそうですが?」
「それならそれでよし。 別の企画を考えようではないか」
「では、以前考案した『街中で大量のグールを発生させるプロジェクト』を……」
「「「「却下」」」」
「……ぐすん」
「どんだけホラー好きなんですか」
「主任は放っといて企画考えましょ」
「了解っす」
その言葉共にモニターは閉じられた。
“【錬金術】は不可能を可能にする”はこの第一章のテーマでもあり、この小説を書こうと思った原点でもあります。




