第九話:エリア3
本当に久しぶりの水曜日22時投稿。
転移泉へと足を運び、もう一度装備とアイテムを確認する。これから向かうのはまぎれもなく最前線。戦闘職ではない俺からすれば自ら死地に向かうようなものだから慎重に行動しなくちゃな。
全ての確認を終え、転移泉から選択肢をエリア3、いやこの場合は最初の街を選択する。人族エリアに行くにはまず初めに最初の街に行ってからとなるからだ。
「うわぁ、懐かしい」
目に飛び込んできたのはいまだににぎやかな街並み。最初にダイブインした者たちが初めて訪れる場所だけあってプレイヤーもNPCも多い。
……そういえばこうやって人族エリアに来たのって最初の日以来だな。それからはダイブインするたびにスプライトに来てたし。
「さて、懐かしさをかみしめている場合じゃないな」
すぐさま真後ろの転移泉からエリア3最初の街である『フォレスワード』を選択する。
そして転移した先で見た光景に言葉を無くした。
先ほどまで見ていた充実した街並みと一転して木や草で作られた集落。そして周りを囲むように建てられている城壁のようなもの。とてもではないが同じ人族エリアだと思えない。
外がどうなっているのか知りたいが、外へと続く門には頑丈な閂があり、警備のためか三人ほどその周りに立っている。
さらによく見れば城壁の上には人がいることも確認し、まさに今この時も油断ならない状況なのだということがわかる。
(そういえば前にラインから聞いたことあったな。エリアごとに新しい世界に飛び込んでいるようだって)
こうなると行ったことが無いエリア2も気になるな。知らない素材もあるかもしれないし、余裕ができたら行ってみよう。
「さて、ラインは何処だ?」
スプライトから転移する前にメッセージを送っているから俺がここに来ることは知っているはず。となると転移泉の近くにいるかと思ったが周りにいるのは顔も知らない者ばかり。
「あ、アルケさん!」
後方から聞こえてきた俺を呼ぶ声に振り向けば少し離れた先から走ってくるカナデちゃんが見えた。
「やあ、お久しぶり」
「お久しぶりです。そしてわざわざありがとうございます」
どうやらラインから俺がいる事情は知っているようだ。
「それじゃ、ラインのところに案内お願いできるかな?」
「それなんですが、今会議の最中なのでお会いできないんです」
「あらら」
「なのでアイテムは私が預かります」
そういうことならトレードを開き〝黒鉄″を選択してカナデちゃんに渡す。そうだ、アレも。
「大丈夫かな?」
「はい。頼まれていたアイテムは確認できました。でも、この〝レッド・アイ″は何ですか?」
俺は先ほどエイムさんから聞いたことを伝えるとすごく驚いた表情をするカナデちゃん。人って驚いた時ほど声が出ないと聞いたけど、今まさにそれを実行していておかしくなる。
「そ、そんなアイテムもらっていいんですか!?」
「うん。さっきも言ったけど、在庫が余ってるみたいだから」
「……わかりました。でも、あまり使わないようにします」
あれ? 気に入られてない?
そんなことを考えていたらカナデちゃんにしゃがむようにお願いされたのでしゃがんだ。すると耳元に口を近づけてくる。
「こんなアイテムがあるってわかったら多くのプレイヤーが殺到します。それでアルケさんにご迷惑をかけるわけにはいかないじゃないですか」
どうしよう。カナデちゃんに惚れそうです私。そんな俺の想像に鞭を持って仁王立ちするアーシェの姿がかぶってきたのですぐさま想像をやめる。
「わかった。そこの判断はカナデちゃんに任せるよ」
「はい。あ、忘れてました」
今度はカナデちゃんからトレードを申し込まれる。すると1万コルが入力されていた。
「これは?」
「ラインさんからの報酬です」
「え、多くない?」
「これくらいは余裕だそうです。すごいですよね」
さすがは最前線でも活躍しているプレイヤー。懐も普通のプレイヤーとは桁違いかよ。
「それじゃ遠慮なくもらうよ」
「あと、何か必要なものがあれば言っていただければ調達すると言ってました。いきなりですが、何かありますか?」
必要なものか……ちょうどいいから訊いてみるか。
「実は新しいアイスを知り合いから頼まれていてね。俺が知らない果物とか知ってるかな?」
とはいっても最前線に出ているようなプレイヤーが知るわけないか。
「果物でしたら私が案内できますよ?」
「……え?」
「私フルーツ大好きなので新しい街や森林フィールドがあるたびにチェックしてますから」
なんとも心強い。ならお願いしよう。
「どんなフルーツがいいですか?」
「どんなって?」
「すごく甘い物から、酸味が強いものまでいっぱいありますから♪」
それはすごいな。さて、どうしようかと考えたところでかつての記憶がよみがえる。
(結構前に空に連行されて行ったフルーツバイキングで「甘い中に酸味を入れるのがいいんだよ」とか言ってたな)
CWOしかもNPC相手にその理論が通用するかわからないが、同じ女性だし、なにより人にかなり近く作られているようなので多分上手くいくだろう。
「なら、甘い物と酸味がある物の二つをお願いできるかな?」
「へぇ~、よく知ってますね。さすが女性に近いアバターを作ってるだけありますね」
「おいこら。なにその考え方は?」
「冗談ですよ。ならこの街の特産物でも大丈夫そうですね」
そう言って「こっちです」と案内してくれる。「先にラインに〝黒鉄″を届けたほうがいいのでは?」と尋ねたが「会議中なのでどのみち後回しになる」とのこと。
そして歩くこと10分近く、想像以上に大きい集落だったことに驚きながらも一軒の民家に到着する。外見は周辺にある民家と同じだが、この家だけなぜか二倍以上の大きさがある。
「ここ?」
「はい。失礼しま~す」
大きさに若干ビビッていた俺とは違って気軽に入っていくカナデちゃん。慌ててついていくように中に入ると、囲炉裏が置かれ、これぞ昔の家の内装という感じだった。
(紹介してくれるっていうから青果店かなって思ったけど……どう見ても普通に人が暮らしている家だよな)
なぜこんなところに連れてきたのか疑問に思っていると奥の襖が開いた。
「おや、また来たのかい?」
「はい! おばあちゃんの果物美味しいですから」
「それはうれしいねぇ」
現れたのは見た目80歳以上のおばあちゃん。カナデちゃんと本当の孫のように優しい表情で会話している。
もはや頭上で?マークが回転している俺がいないように二人は会話を楽しんでいる。
「それでね、こちらのアルケさんにもおばあちゃんの果物分けてほしいの。当然、お手伝いはするよ」
「ほぅ」
こっちに顔を向けて俺のことを告げるカナデちゃん。対照的に俺のことを真剣な表情で見つめてくるおばあちゃん。
(この視線は孫に悪い虫がついたのかとかそういう次元じゃない。この老婆、ただ者じゃない)
これまでNPCとの付き合いが長いからこそ分かる。この視線は冗談の類ではないことを。
「なら、お前さんにも手伝ってもらうよ? いいかい?」
『クエスト〔老婆のお手伝い〕を受諾しますか?
*【鑑定】スキル禁止
Yes/No』
突如現れたクエストウィンドウに驚くもカナデちゃんを見れば頷いている。一瞬どうしようか考え、カナデちゃんに尋ねる。
「このクエストどれくらいかかる?」
「私は5分で終わりました。私もお手伝いしますので3分もあればクリアできる思います」
そういうことなら受けない理由はないな。そもそも果物が欲しいのは俺だしな。
というわけで、エリア3で初めてのクエストとなるこのクエストのYesに触れた。
作中の「甘い中に酸味」は大学時代に実際に一緒のゼミだった女性から聞いた話です。なお、フルーツバイキングはトラウマです。もう行きたくない。
次回も水曜日投稿目指してがんばります。




