第七十一話:規格外
見せてくれた槍だが、長さは普通の槍より少し長い。実際には槍の穂先が通常よりも長くなっている。柄には装飾が施されているが特に変化はない。
見ただけなら単に穂先の長い槍、つまりリーチが長いので通常の槍よりも攻撃が通りやすくなるだけだが当然それだけのはずがない。
【看破】を発動させもう一度槍を見ると思わず叫びそうになった。
〝ビーストキラー″・槍・HR
獣を殺すことに特化した槍。
【獣特化】:獣形モンスターへの攻撃が1.5倍になる
【貫通】:盾や固い皮膚で守られたモンスターの防御をある程度無効化する
他にも基本ステータスが表示されているが、その数字は俺が知っているランクRのものと大差ない。付属されている能力が桁違いなのがランクHRの理由だろう。
なお、武器の情報は努やら空やらがいつも話してくるので勝手に覚えている。
「これ、売るの?」
恐る恐る尋ねる俺にシュリちゃんも困惑の表情を浮かべる。
「さすがに無理ですよね?」
「ああ、これはまだ登場すべきじゃないと思う」
これが【獣特化】あるいは【貫通】だけなら高額でも売ることができるだろう。しかし、忘れてはいけないのは“現状複数の能力を持つ武器は存在しない”ということだ。
以前努から「エリア3で売ってた能力付きの武器だが、付いてる能力はどれも一つだけ」と聞いていたし、コロセウムで〝翡翠の盾″を見せたときは……
「そういえば、前に見せたじゃん」
「え!?」
「ほら、コロセウムの時に」
「あ!」
そう、すでに複数の能力を持つ魔武具のことは明らかにしてあった。だから今回も問題ない……
「でも、あの時と能力がだいぶ違いませんか?」
「それもそうだな」
〝翡翠の盾″の付属効果は【魔力抵抗・小】と【防御力向上・小】。そしてその場で見せた〝清鉄のインゴット″の付属効果は【水・氷属性能力上昇】だ。
しかしこの槍の効果はそれらをはるかに上回る。なんたっておそらく初めてとなる特定種族への特攻効果だからな。
「とりあえず、この槍はまだしまっておこうか」
「やっぱりそうですよね。せっかく作ったので出来れば活躍させたかったんですけど……」
残念そうに槍をしまうシュリちゃん。その表情はさっきのリンネさんと似ている。
やっぱり作った以上それを使ってほしいのは当然だよな。
そういう意味では単純に【錬金術】を楽しむだけに作っている俺はある意味異端だな。
なんとかできないものだろうか。
「なら、シュリちゃんの知り合いで口の堅い人で【槍】使いはいないの?」
「えっと……」
なぜか恥ずかしそうにもじもじしだすシュリちゃん。
あれ? なんかやばい質問だった?
この反応からして、もしかして付き合ってる、もしくは好きな人が槍使いとかか?
「……フレンドリストに載ってる名前、まだアルケさんしかいません」
予想以上の理由に、その場をしばらく沈黙が支配した。
「お茶お代わり持ってきますね」と言ってシュリちゃんが出て行ってからずっと考えている。
確かにシュリちゃんは自分から「フレンドになってください」とは言えないだろう。それに万が一その場に第三者がいてシュリちゃんの実力を知っていれば「俺も!」「私も!」と言い寄ってくる輩は確実に出てくる。
シュリちゃん目当てかその実力目当てかは別問題としてだ。
その時ふと一つのアイディアを思いつく。うまくいけば俺にとってもプラスになるかもしれないな。しかし、今はクエストに集中しよう。
「すいません、お待たせしました」
ちょうど戻ってきたシュリちゃんからお茶をもらい、持ってきたインゴットから新しい盾を作ってくれるようお願いした。
ダイブアウトする前と聞いていたので「明日でいいよ」と言ったのだが「それだとクエスト大変ですよね? ならすぐ作ってきます!」と勢いよく工房へと向かった。
大体十分くらいで戻ってきたシュリちゃんの手には壊れたはずの〝翡翠の盾″。まあ、品質が向上したとはいえ渡した素材が同じだから当然なのだが。
しかし、俺はシュリちゃんの実力を甘く見ていた。
〝清緑の盾″・盾・HR
清らかな力を秘めた盾。その力で味方を守り、癒すこともできる。
【魔力抵抗・中】【防御力向上・中】
【癒しの残光】:戦闘中のみ使用可能。HPの10%を回復する光を発する。パーティーメンバーにも適用可能。*一度使用すると現実時間で24時間は使えなくなる。
「ナニコレ?」
「いただいた〝清鉄″なんですけど、どうやら武器によって効果が違うみたいなんです」
「普通の〝鉄″のインゴット同様に?」
確かあの時は武器なら【攻撃力向上・小】で防具なら【防御力向上・小】だったはずだ。
なるほど、つまり〝清鉄″ならそれが強化されて【~・中】になったわけか。
あれ? となるともう一つの能力はいったいどこから?
「はい。武器には【水属性付与】。杖みたいに間接的な武器だと以前にもお伝えした【水・氷属性能力上昇】。そして防具だと【癒しの残光】が付与されるみたいです。ただ、鎧との相性は悪いみたいで鎧には付属効果が出たことがありません。あと、いずれも一定の品質以上じゃないと付属されないみたいですね。」
「……もしかして【~・中】は自動で付くの?」
「いえ。これも試したんですけど性質の高い異なるインゴットを同時に使うことで出てくるみたいです。実際〝清鉄″同士、〝翡翠″同士ではどちらも【~・小】しか付きませんでしたから」
ニコニコ笑顔で説明してくれるが、俺は冷や汗を流していた。
現状作っているインゴットは〝職人の心得″の中でも初めのほうのインゴットだ。果たして最後のほうに載ってるインゴットだとどうなるのだろうか。
翌日、クエスト期間終了がもう間もなくというタイミングで努と空が参加できるようになった。実際は補修期間を延長する代わりに週末だけ免除してもらったという形らしい。
そういうことで久しぶりに昼食がにぎやかだ。やっぱこの二人がムードメーカーだな。
「そうか、あとは要塞遺跡だけか」
「ああ。そっちはまだ上級挑むのか?」
「いや、スキル枠確保のためにまずはクリアすることを目標にした」
さすがに努も焦っているらしく、上様との戦いは後回しにすることにしたらしい。
聞けば上級で一騎打ちを挑むと部下の忍者は退場するが、上様は乗馬した状態で戦闘を行うため攻撃がなかなか当たらず敗北しているそうだ。
……お付きの者がいないからって勝てる見込みあるのか、それ?
「それ、勝った人いるのか?」
「さっき確認したら誰もいなかった。だからこそ、挑む価値があるじゃないか」
個人的には上様には負けてほしくないが、さすがに絶対に勝てない敵を運営も用意しないだろう。
「しかし、いいのか?」
「私は別にかまわないよ。むしろこっちのほうが楽」
俺の質問に答えたのは空だ。というのも、要請遺跡に向かうメンバーに空が含まれているのだ。
それだと一パーティー=6人という制限を超えてしまうのだが、実は昨日の去り際にアリアさんが今日参加できないことが告げられている。なんでも今日は実家の雑貨屋の手伝いがあるそうだ。
さすがに強制的に参加させることなどできず5人で挑もうとしたところ、心ちゃんがダメもとで空に頼んだらOKをもらえたのだ。
「楽ってひどくね?」
「だって努さんのところのメンバー猪ばかりなんだもん」
「イノシシ?」
「せめて攻撃主体って言ってくれないか? それにサポート担当もいたはずだが」
「支援も攻撃力アップばかりだったけど?」
そう言われた努は反論しなかった。それは猪って言われてもしょうがないな。
てなわけで、CWOにダイブしてティニアさんとアリサさんにエルジュのことを説明する。
そしてエルジュにも二人の戦闘について説明しようとしたが必要なかった。
その理由はエルジュも二人のことはタッグマッチ関連で知っていたからだ。
「今度ぜひお手合わせしたいな♪」
「あら? 負けませんよ?」
しかも何故かエルジュとティニアさんがバチバチ視線を交えている。一体何があった?
(ティニアさん、兄さんとどういう関係か確かめさせてもらいます。……でも、なんで兄さんこっちでもリアルでもこんなにモテるのかな? 兄妹なのにこの差は何?)
(エルジュさんを味方に落とせばアルケさんとの連絡が取りやすくなります。それに客人の世界でも警戒してもらえそうですから、これは負けるわけにはいきませんね)
(ふ~ん。ティニアってアルケさんにあそこまで惚れてたんだ。個人的には姉さんにがんばってほしいけど親友の恋も応援したい。どうしようかな~?)
「ねえスワンちゃん。なんかすごい怖いんだけど」
「リボンさん。私たちには関係ない話ですわ……たぶん」
「へ?」
なんか女性陣がすごいことになってる気がするがその前によるところがあるので一旦転移泉から離れる。
「あれ? アルケさんどこ行くんですか?」
「あ、言ってなかったか? 新しい鎧を受け取りに行ってくる」
「その装備ではないんですか?」
「これは暫定的にもらったやつだから」
そうスワンに返してオウルの店に向かった。
次回も水曜日投稿予定です。
なお、空はブラコンではありませんのでアルケ争奪戦には参加しません。空は参加しません。
重要なことなので二回言いました。
アルケ「重要か?」
作者「ブラコンを期待する人にとっては重要だろ?」
アルケ「期待してるのに地獄に落としてどうする」
作者「知らん」
アルケ「……」




