第三十話:新たな入居者
再開祝いのコメント、ありがとうございます!&更新が若干遅れてすいません!
翌日いつものようにダイブし、コミュを一通送った後、ルーチェに納品してから再びフェアリーガード本部に向かった。
「こんにちは」
「「お疲れ様です!」」
門番にあいさつし中に入る。中に入ると隊員と思われる人が待っていた。
「お疲れ様です。では、こちらへ」
案内役の隊員の後をついていく。ここまでの流れは昨日エイミ隊長さんから聞いていた。
「先ほども言いましたが、これはアルケさんとフェアリーガードとの正式な契約ですので契約書にサインを頂きたいのです。これは仮のモノで、これから清書しますのでまたお越しいただいてもよろしいですか?」
「それはかまいませんよ」
「ありがとうございます。アルケさんの都合がよい時にこちらにいらしてください」
「では、その時はコミュを送ります」
「わざわざすいません」
というわけで再びフェアリーガード本部を訪れたのだが、まさか翌日コミュを送ったらOKの返事が来るとは思わなかった。現実と時間がずれてるとはいえ三日後くらいを予想してたんだけどな。
そして今俺は結構緊張している。
なぜなら俺がいるのは総合隊長室。しかも1対1。
最初は隣に座っていたエイミ隊長さんは研究所の方で何かあったらしくそちらの方に行ってしまった。早く帰ってきてください。
「さて、他に確認したいことはありますか?」
「いえ、とくにはありません」
契約書自体は昨日見たモノと大差なかったのと、正直早く終わってほしい気持ちが重なり質問なんてしない、というよりそもそもない。
「……本当にいいのか?」
「ええ」
そんなことを考えていたので総合隊長の言葉の意味に全く気づけず、俺は契約書にサインした(正しくはウィンドウのYESボタンを押した)。
それを盛大に後悔したのはほんの十数分後のことだった。
「う~ん、これは必要ないかな? あ、これは持っていかないと」
俺が見ている前でエイミ隊長さんが部屋の物を吟味している。なぜこんなことをしているかと言うと、単純に移動するからだ。
俺のアトリエに。
「冗談のつもりで追加しておいた条件が通るなんて、もしかして私に一目惚れしました?」
口調が少しフランクになっていることから分かるかもしれないが、エイミ隊長さんはもの凄く上機嫌だ。対照的に頭を抱えこの世の終わりのような表情の俺。
実は先ほどの契約書にはある一文が追加されていた。
それは契約成立の条件欄。フェアリーガードが素材を提供するのはこれまでと変わらないが、研究協力によりさらなる素材を提供してくれるようにしてもらった。その代わりに研究には積極的に協力するようになったが、俺にとってもメリットになるかもしれない研究だ。むしろ進んで協力するつもりだったので問題ない。
しかし、その条件欄に昨日には無かった一文が追加されていた。
『より研究をはかどらせるため、フェアリーガード六番隊隊長エイミを協力者アルケの工房に住ませる』
そのため、今エイミ隊長さんは自室と研究所の研究室から研究用の道具を選んでいるのだ。なお、研究所で起こった何かは“エイミ所長が持ち出す予定の装置を副所長が今になって反対している”ということだった。なんでも研究所で一番性能の高い分析器を持ち出す予定だったらしい。ちなみに、説得は(物理的に)成功したそうだ。
攻撃魔法特化型じゃなかったか、六番隊って。
一応補足しておくが、影で【ハイディング】スキル不必要とまで言われているダンボールはCWOには存在しない。鞄の形をしたNPC専用のアイテムポーチの中に入れていくだけだ。
しかし見た目ハンドバッグなのにずいぶんたくさん入るんだな。買えるかどうかは別として、あとで購入元を訊いてみよう。
「さて、こんなものですかね」
「思ったより少ないですね」
「拠点が変わるだけで仕事先はここですから。最低限あれば十分です」
拠点とかいうあたり、さすが警備隊。
「自宅には帰らないのですか? まさか無いとか言いませんよね?」
「さすがにありますけど、私隊長ですから。何かあったらすぐに対応できるようにということでよく本部で寝泊まりしてるんですよ」
「それなのにアトリエに住み込みなんて大丈夫なんですか?」
「確かに反しているかもしれないけど、そこは問題無いです」
「……理由を訊いても?」
「総合隊長に転移魔法陣をこの部屋にもつなげてもらう許可を得ましたから」
「いつのまに!?」と思ったと同時に「なるほど」と納得する。それなら何かあっても一瞬で転移できるというわけか。
しかし、『水仙』といい、ハイフェアリーの里といい、アトリエの転移魔法陣の転移先がどんどんやばくなっていくな。今度オウルに鍵付きのドアでも作ってもらうか?
準備が終わり警備隊の鎧だと目立つので私服に着替えたエイミ隊長さんと一緒にアトリエに戻る。
道中は特に何も無く(精々名前を呼ぶときに隊長を外させた程度)アトリエに到着し、簡単にアトリエ内部の説明をしたところであることに気づいた。
「そういえば、寝る場所とかどうしますか?」
今ここにあるベッドは一つだけ。俺はログアウトすればいいけど、セリムさんとエイミさんにそれはできない。
「それは問題ないです。転移魔法陣さえ繋げられれば本部から持ってきますから。さすがにベッドは大きすぎてアイテムポーチには入りませんから」
「なるほど」
「というわけで、先に魔法陣を見ていいですか?」
エイミさんを魔法陣がある部屋へ案内するとエイミさんは歓喜の声を上げた。
「これはすごい! 想像以上の規格外ですね!」
「そこまでですか?」
「普通の転移魔法陣は転移できるのはお互いつないだ一か所のみですから複数の場所に転移できるだけですごいことなんですよ! さらに転移先を新しく登録できる機能付き! ……話には聞いていましたが、この魔法陣とんでもないですね」
それだけ言うとエイミさんは魔法陣を調べ始めた。
本来の目的は“【錬金術】の魔法陣の研究”だったはずだが、今それを言っても何も返してくれないのではと思うほどその表情は真剣そのものだった。その一方で目はキラキラ輝いて見えるから、エイミさん=『魔法陣を研究している人』から『魔法陣が大好きな人』へと認識を変えた。
しばしそのままにさせておいて俺は調合の練習に入った。PVP大会があったことで停滞しているが、ブローケンヴァイン対策用の毒はまだ完成していない。
それにセリムさんが持ってきてくれたのは毒草ではなく薬草の根。ということは教本とは違う調合法があるのかもしれないといろいろ試しているのだが、未だに成功はおろか、その兆しすら見えない。そういう意味でも突破口になればいいと研究に協力することにしたので、上手くいくといいと願うばかりだ。
なお、セリムさん今日はアリアさんのお茶会に行ってます。仲がいいのは良いことなんだが、不安な気がするのはなぜだろう?
ようやく一通り調べ終わったらしい光悦の表情をしたエイミさんが部屋から出てきて、魔法陣について訊いてきたが「初めからあった」と答えておいた。まあ「この魔法陣を入手した経緯は“『水仙』の遊女全員と会って【遊郭『水仙』の主】という称号を得た”なんです」なんて言えるわけない。言葉だけ聞いたら遊び人にしか聞こえないからな、例え真実でも。
「それで、この後どうするのですか?」
「そうですね、これまでの登録では転移先からあの魔法陣に転移することで転移先が追加登録されているのですよね?」
「ええ」
なお、エイミさんの調査では転移先までは分からなかったらしい。しかし「簡単な検査しかしてない」発言もあったので少し考えておく必要があるかもしれない。
悪用しないと思うけど、樹海の中にあるとされるハイフェアリーの里に簡単に行けるのは少々マズイ気がするし。
「となると、この魔法陣の魔力波長を覚えておく必要がありそうですね」
魔力波長とは各々の魔力が発するとされているモノで、人以外にも魔物など魔力を発するモノ全てに存在し、その波長は一つとして同じモノは無いとのこと。
そういうことでこの魔力波長を本人確認手段として採用しているところもある。なお、フェアリーガードもその一つで、俺の魔力波長も登録済みだ。
この魔力波長だが、属性ごとに特徴的な波があるらしく、未知の古代魔方陣を発見した時はまずは魔力波長を調べて属性を確認してからその属性に長けている者が調べるのが古代魔方陣の調べ方の基本らしい。ちなみに、転移魔方陣は【時空】という属性らしい。
「どうしますか? すぐ戻ります?」
「そうします。元々荷物を置いたら今日は戻る予定でしたので。ベッドもそうですが、まだ仕事が終わっていませんから」
エイミさんはなにやら装置を取り出して改めて魔法陣を調べ始めた。おそらくあれが魔力波長を調べるモノ、正確にはその小型版なんだろう。
以前フェアリーガードで登録した時は全身を囲むような感じだったからな。例えるなら空港にある金属探知機のゲートのような感じだ。
「登録完了しました。ところで、持ってきた荷物はどうすればいいですか?」
「それなんですけど、セリムさんがいないと聞けないしな」
「呼んだ?」
「「うわっ(きゃっ)!」」
いつも間にかアトリエにはセリムさんが帰ってきていた。しかも何故か濡れてる。
「大丈夫ですか?」
「外、いきなり降ってきたから」
タオルを手に取り、濡れてる髪を拭いてあげる。その間にセリムさんは服を着替えた。
CWOの服装チェンジは一瞬なので中の服や下着なんて見えません。……ホントデスヨ。
「雨? 今日そんな気配あったかしら?」
エイミさんが窓から外を見たので俺もそっちに視線を向ける。外は確かに暗く、雨粒が地面を叩いている。
「どうします? 傘は……ってこの世界に傘ってあるのか?」
「「傘?」」
俺の言葉に二人の声が重なる。
傘について簡単に説明すると、どちらも違う反応を返した。
「こういうときは自身や服に強化系の魔法をかけて雨をはじいてますね」
これはエイミさんの意見。魔法万能説ここにあり。
「雨とか気にしない。むしろ魔物も活動しなくなる場合があるから素材回収に役立つ」
これはセリムさんの意見。火属性の魔物なら確かにそうなるかもな。逆に水属性の魔物はパワーアップしそうだが。
「それで、この人は誰?」
俺はセリムさんに事情を説明し、セリムさんが使わないスペースにエイミさんの荷物を置いた。
そしてエイミさんは一度フェアリーガード本部に戻り、転移魔法を使って帰ってきた。
試しに魔法陣を確認すると『フェアリーガード本部:第六隊長室』が転移先に追加され、俺も転移してみるとそこは間違いなくエイミさんの部屋、すなわち第六隊隊長室だった。
「それと、一応機密扱いなので他の隊員には伝えないようにしてあります。気軽に行けるようになったら個人的にボムが欲しい隊員たちが押し寄せてきそうですから」
それを聞いて今度は俺がエイミさんに抱きつき、そして星になった。
その後落下した衝撃でしばらく激痛を味わい、初めて街では死なない仕様を恨んだ。
次の更新は11月1日(土)です。




