第51話 アンジェリカとの死闘
パトリック様が銀の剣を構えながら、わたくしへ小声で語りかける。
「光魔法が反転しているのか……見てくれ、あの血管のように走る光を。もはや正気を保てているとは思えない」
よく見ると、彼女の体には、ところどころ黄色がかった光の筋が走っていた。
それはまさしく光魔法が歪んだ形で宿っている証に見える。
アンデッドやゾンビが放つ気配とはまるで違う。
それでいて、ゾンビの荒々しい衝動を内包しているような感じだ。
歩みを止めず、アンジェリカは唸り声に近い声を漏らしながら、こちらへ近づいてくる。
わたくしは喉の渇きを感じながらも、意を決して呼びかけた。
「アンジェリカ……聞こえていますか。わたくしは、ヴィクトリア・コーエンです。思い出せるなら、どうかわたくしたちの話を聞いてほしい」
彼女に言葉が通じるなら、タイラーが命を懸けて信じたように、まだ救済の可能性があるかもしれない。
そう思ったのだけれど、彼女は反応を示すどころか、視線もどこへ向いているか分からない状態で、歯をむき出しにして唸り声を上げるばかり。
人間だった頃の知性や優しさがまったく感じられない。
タイラーが死亡したと聞いても何の反応もなかった。
あるいは何も感じないほど精神が崩壊しているのか。
「どうやら説得は難しそうだな」
パトリック様が息を詰めるような声で呟き、剣を握り直す。
わたくしも杖に魔力を込め、神官長がそばで樽を抱えて待機しているのを横目で確認した。
タイラーが言った、アンジェリカにまだ理性がある、という望みは、もはや無に等しいのかもしれない。
アンジェリカが魔力を込めた腕を振り上げる。
すると、青白い光が稲妻のように広がり、壁に当たって破片を飛び散らせた。
普段の光魔法なら人を癒やしたり救済の手段になったりするはずだが、彼女のそれは反転して正反対の性質を持ち、闇に染まった禍々しい破壊力を伴っているようだ。
騎士団のうち数名が思わず悲鳴を上げて身を伏せる。
「避けて!」
とっさに叫んだわたくしは、反射的に《浄化の炎》の火球を放ち、彼女の光弾をかき消そうとする。
激しい閃光がぶつかり合い、火花を散らして消える。
廃城の床には亀裂が走り、ほこりが舞い上がって視界を奪った。
「くっ……なんという魔力だ」
パトリック様が銀の剣に光魔法を纏わせ、さらに周囲にいたゾンビを弾き飛ばす。
けれども、どうやらアンジェリカの周囲には光のバリアのようなものが張られ、直接の斬撃も容易には通じそうにない。
騎士団が援護しようとするが、アンジェリカの発する魔力波で地面が揺らぎ、近づくたびに弾かれてしまうようだ。
わたくしは歯を食いしばる。
たとえ攻撃が通ったとしても、彼女の再生能力は厄介だ。
光とゾンビの力が混ざった今のアンジェリカは、通常の炎や聖水程度ではすぐに回復してしまうかもしれない。
「パトリック様、押し切りましょう。わたくしも全力を出します」
パトリック様が合図を送ると、神官長は霧状にした聖水を再び撒き散らし始めた。
それをパトリック様が光魔法で制御し、アンジェリカの周囲に集中させようとする。
わたくしも魔力を限界まで引き出し、《浄化の爆炎》を準備する。
「これで決める」
わたくしは心の中でそう誓い、膨大な熱量と聖性を帯びた炎を杖の先に集める。
パトリック様が合図し、彼の銀の剣が光を放った瞬間、わたくしは勢いよく爆炎をアンジェリカにぶつけた。
轟音とともに閃光が大広間を包み込み、アンジェリカの輪郭が炎に呑まれる。
騎士たちが喜びの声を上げかける。
が、次の瞬間。
彼女は神速の動きで横へ移動し、炎をすり抜けるように回避してきた。
それはまるで、目にも止まらぬ残像のようだ。
わたくしは息を呑む。
理性がないように見えても、本能的な戦闘技術を発揮しているのかもしれない。
「当たらない。こんな動きをするなんて」
パトリック様も焦りを滲ませる。
騎士たちも聖水を投げ込むが、アンジェリカは光の壁を瞬間的に張ってそれを弾き、そのまま突き進んでくる。
わたくしはすぐに追加の炎を放とうとするが、魔力がすでに悲鳴を上げている。
でも、ここで何とかしないと……!
すると、アンジェリカの瞳が一瞬こちらを正確に捉えたように光り、雷鳴のような閃光がこちらへ一直線に放たれる。
わたくしは避けるが間に合わず、パトリック様が剣で光弾をそらしてくれる。
光弾が床をえぐり、大きく砕けた破片が飛び散って騎士団が悲鳴を上げる。
「こんな……埒が明かないわ」
わたくしは息を荒げながら言う。
アンジェリカの再生能力と、光のバリア、それに神速の回避。
通常の攻撃では耐久力を削る間もなく、逆にこちらが消耗してしまう。
なんとか倒す方法はないだろうか。
その時、唐突に頭の中に前世のゾンビの知識が浮かんだ。
ゾンビを倒すには、首を落とし、切断面を焼き尽くせばいい。
ただ、そうすると、アンジェリカの復活は絶対にない。
それでも……、やるしかない。
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