第37話 浄化の爆炎
聖水を含む空気に混じり合う、パトリック様の光魔法が剣を介して閃光を生み、炎がさらに白く輝きながら膨張していく。
「ぐああっ……」
周囲のゾンビたちが叫び声を上げ回避しようと動くが、範囲攻撃をしているので逃げ場はほとんどない。
巨大な火の壁が周囲を薙ぎ払うかのように広がり、ついでに散布された聖水がゾンビの体に入り込み、内部から浄化の光を放ち始める。
空気が揺れ、地面が震えるほどの熱量と衝撃波が、一瞬で数多くのゾンビを巻き込んでいく。
爆発するような轟音に、わたくしも立っているのがやっとの程だ。
「これが……《浄化の爆炎》……っ……!」
わたくしは歯を食いしばる。
想像以上の大技になってしまったため、制御が難しい。ほんの少しでも気を抜くと、炎がこちら側にも向かいかねない。
それをパトリック様の光魔法が必死にコントロールしているのが見て取れる。彼も顔を青ざめさせながら剣を掲げ続けていた。
視界の片隅では、馬車の中にいるアラン殿下たちが、周辺に押し寄せていたゾンビが爆炎に飲まれ消えていく光景に呆然としているのが見える。
騎士たちは勝利を確信したような声を上げているのが聞こえるが、こちらはまだ油断できない。
爆炎の範囲から逃れたゾンビがいないか注意しながら、わたくしは杖を握りしめたまま炎を収束させる。
白煙の中では何体かのゾンビが地面に倒れ込んでいて、人間に戻った人が意識を取り戻してうずくまる姿があちこちに見られた。
倒れこんだままのゾンビは、やがて白い灰になってしまった。
救えなかったのがショックだけれど、ここで気を抜けない。
わたくしは更に魔法に集中した。
やがて、燃え盛る炎が完全に消えた。
「やった……のかしら」
わたくしは肩で息をしながら、周囲を見回す。
血の臭いと焦げ臭い臭いが入り混じっていて、胃がひっくり返りそうになるが、どうにか耐えた。
パトリック様も剣を下ろし、息を乱していたが、凛とした姿で立っている。
騎士たちが駆け寄り、残ったゾンビを浄化するべく聖水を振りかけていた。
そして人間に戻った者たちに声をかけ、手当を施す。
まさか馬車の行く手でこんな大規模な戦闘が起きるとは予想していなかったが、何とか被害は最小限に抑えられたようだ。
「すげえ……まじかよ、あのヴィクトリアが……」
わたくしの耳にタイラーの呆気に取られた声が飛び込んでくる。
どうやら私が爆炎でゾンビを一掃した光景に、驚いたらしい。
実際、自分でもあれほどの威力を出したのは初めてだ。魔力の底が抜けそうな恐怖があるが、ここで倒れるわけにはいかない。
「お、おい、すごい威力じゃないか。炎であいつらが……」
いつの間にか馬車から下りてきたアラン殿下が口を開くが、声が震えているのが分かる。
私のことが嫌いだったにしても、これほどの威力を認めないわけにはいかないのだろう。
でもアラン殿下がそれで態度を変えようがどうしょうが関係はないし、気にしている余裕はない。
今の大技で大きく魔力を消耗してしまったからだ。
肩で息をするわたくしを、パトリック様が支えてくれた。
「大丈夫か、ヴィクトリア」
「は、はい……少し息切れが……。でも、パトリック様がいてくださったおかげで、思い切り放てました……」
その言葉にパトリック様は苦笑まじりに私を支える腕に力を込めた。
彼自身も光魔法の大量使用で消耗しているだろうに、私の心配を優先してくれるのが嬉しい。
それに、彼が隣にいてくれるという安心感は大きい。
「馬車に戻って休もう。あとは騎士たちが動いてくれる」
「倒し損ねたゾンビはいませんか?」
「見たところ、いないようだ」
「良かった……」
呟きながら、わたくしは風に舞う白い灰に目を向ける。
……助けられなかった……。
「灰になったゾンビは、ここに来る前に攻撃を受けていたように見えた」
わたくしを慰めるように、パトリック様が言葉をかけてくる。
「ゾンビだった時に攻撃を受けると、人間に戻る際に灰になってしまうのだろう。君のせいではない」
「……ゾンビを回復できるのは、アンジェリカだけなのでしょうか」
「おそらく、そうだと思う」
では、やはりアンジェリカを倒せばゾンビを壊滅させることができる。
すべての鍵はアンジェリカにある。
「ここがゾンビゲームの世界なのだとしても、やっぱり悪役令嬢とヒロインは敵対するってことかしらね」
わたくしはそう、小さく呟いた。
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