第24話 聖水庫
パトリック様に抱きかかえられたまま階段を下りて廊下を進むと、大きな扉が見えてきた。
聖水庫へ続く通路の手前にある扉だ。
だが、その扉の前にも、ゾンビたちが立ちはだかっていた。
「数が多い……。」
わたくしの声が自然と漏れる。だが、パトリック様は毅然とした表情で剣を構え直した。
「ここを突破するしかない。ヴィクトリア、援護を頼む。」
「ええ、お任せください。」
わたくしは再び魔力を集中させ、ゾンビたちの足元に炎を放った。
白い炎が広がり、彼らの動きを鈍らせる。
その隙を突いて、パトリック様が次々と剣を振り下ろし、ゾンビたちを弾き飛ばしていく。
だが、わたくしの魔力も限界が近づいていた。息が上がり、手が震え始める。
それでも、ここで止まるわけにはいかない。
「もう少し、もう少しだけ……!」
わたくしは自分に言い聞かせながら、最後の力を振り絞り、再び炎を放った。
その瞬間、ゾンビたちが大きく後退し、通路が開ける。
「今だ、急ぐぞ!」
パトリック様の声に従い、わたくしたちは扉を押し開け、聖水庫への通路に飛び込んだ。
通路の先に見えた聖水庫の扉は、厳重な魔法で封印されているようだった。
わたくしを下したパトリック様が手早く封印を解除しようと試みる間、わたくしは扉の前で周囲を警戒していた。
通路の向こうからはゆっくりとゾンビたちが迫ってくる。時間がない。
「急いでください、パトリック様!」
「もう少しだ……持ちこたえてくれ!」
その時、背後にアンジェリカの姿が現れた。
彼女の瞳は濁り切り、わたくしをじっと見つめている。
その目に僅かでもかつての彼女の面影を探そうとしたが、見当たらなかった。
「《浄化の炎》!」
わたくしは再び炎を放ち、アンジェリカを押し戻した。
だが炎の効果は一瞬で、彼女は再び前に進んでくる。
その時、封印が解けた音が響いた。
パトリック様が扉を開け、中に入るよう促す。
「ヴィクトリア、早く!」
わたくしは最後にもう一度炎を放ち、アンジェリカたちの動きを止めると、急いで聖水庫の中へと飛び込んだ。
扉が閉じられ、外の音が遮断される。その瞬間、わたくしの体から力が抜け、床に膝をついた。
「大丈夫か?」
パトリック様が優しく声をかけ、わたくしを支えてくれる。
その手の温もりが、わたくしの胸に少しだけ安堵をもたらした。
「ええ……なんとか」
だが、外ではまだゾンビたちが蠢いている。これで終わりではない。
この聖水庫で何をすべきなのか、それを考えなければならなかった。
重い扉がわたくしたちとゾンビを隔てている今のうちに。
わたくしはその扉にもたれかかるようにして座り込み、乱れる呼吸をどうにか整えようとする。
学園の一角にある聖水庫は、白く磨き上げられた大理石の床と、四方を囲む頑丈な石壁に包まれ、外で荒れ狂う惨状が嘘のように穏やかだ。
でも扉の外に耳を澄ませば、校舎の廊下を埋め尽くすゾンビたちの呻き声や、生徒たちの悲鳴がまだかすかに届いてくる。
さっきまで食堂や廊下で見た光景が脳裏に焼き付き、胸の奥が恐怖で締めつけられた。
「なんてこと……。こんなにあっという間に、学園がゾンビに埋め尽くされてしまうなんて……」
わたくしは自分の手に視線を落とす。
手の平にまで、嫌な汗をかいていた。
パトリック様は、銀色に光る剣を手に、まだこの聖水庫にゾンビが侵入していないことを確認するように、聖水が入っている壺の裏側まで確認している。
そして戻ってくると、わたくしの横に膝をついた。
「ヴィクトリア、君は大丈夫か。怪我はない?」
低い声は穏やかで、それにホッとする。
その落ち着いた声を聞いていると、パトリック様がいれば、この恐ろしい事態も何とかなりそうだという気がしてくるから不思議だ。
「ええ、わたくしは平気ですわ……。パトリック様こそ、お怪我は?」
「私は大丈夫だ。君が《浄化の炎》でうまく牽制してくれたおかげで、傷らしい傷は負っていない」
そう言ってパトリック様は銀の剣の切っ先をそっと下げる。
一瞬とはいえ、安堵に似た空気が流れたが、まだ状況はまったく予断を許さない。
この聖水庫とは、万が一に備えて設置した備蓄倉庫だ。
もともと学園全体に結界を張ることができなかった頃に作られているので、魔物の侵入を想定しているため鉄扉と独自の結界の機能も備わり、堅牢な守りになっている。
しかし今回のような、ゾンビや、光魔法が暴走したままゾンビ化しているアンジェリカのような存在が、結界をどう破るかは不明だ。
魔物とも違う性質を持っていることは、すでに学園中で嫌というほど思い知らされた。
「聖水はどれくらいあるのかしら……」
聖水がどれほど役に立つかは、まだ未知数だった。
通常はアンデッド相手に効果があると言われるが、ゾンビに対して通用するのだろうか……。
恋愛要素が少ないのでジャンル変更しました。
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