王様達の罪
銀色に輝くまばゆい光が静かに収まり、王宮には息を呑むような静寂が戻っていました。
祈りの形を崩しそっと掲げた手のひらから、優しい輝きが波紋のように広がってゆく光景。空気が震えるような、けれどどこまでも穏やかな光。
それは確かに“死”を拒み、“生”を引き戻すための祈りの具現でした。
代償となり捧げられたはずの“命”達は戻ってきたのです。
一度消えてしまったはずの彼らの“命”がそこに、確かに還ってきました。
その姿は地面に横たわるものでしたが、彼らの胸はしっかりと上下しています。
姿を取り戻し、心臓は確かに動いていました。
そしてーーー
重く、深い魔力のうねりが空気を揺らしたその先に顔を向ければ…
…そこには、再び立ち上がった“彼”――魔王も存在したのです。
漆黒の髪が光に照らされて揺れ、瞳の奥の紅は揺るぎない意思を宿すように揺れています。
まるで死の淵を越えたことさえ気にしていないかのように、彼はゆっくりと視線を巡らせました。
「……聖女」
たった一言。その声が届いた瞬間、懐かしさと共に胸の奥に熱いものが込み上げるのを感じました。
「……よかった」
思わず安堵の息が漏れます。
流石、魔王で元勇者様です。一度命を落とした筈なのに動揺した様子さえ見せないなんて…
無事に生還した彼等から自分の手のひらへと視線を移せば、そこにはまだ微かな痺れが残っていました。
生き返らせるという、ただそれだけの奇跡の行使に、全身が悲鳴を上げているのがわかります。
だけど、不思議と苦しくはありません。
すぐ近くで呆然と立ち尽くしていた佐藤くんがへたり込むように地面に座り込みます。
「……戻ってきた……みんな、ちゃんと……」
小さく呟いたその言葉が、微かな風に乗って聞こえてきました。
足元には、まだ幾筋もの魔力の残滓が輝いて、その光の中に、確かな奇跡と――淡い疲労が溶けていく気がして自然に微笑みが浮かびました。
怒りはまだ胸の中に残っていましたが、それ以上に、安堵が上回っています。
こちらへとに近づいてくる魔王へと視線を向ければ、その表情には、かつての勇者だった頃の、優しさと痛みが同居して見えました。
「……お前は…また…」
目の前にまで近づいた魔王の指先が、そっと髪に触れます。
そして、優しく微笑みかけられました。
「……また、お前に救われたな…」
一方、背後で平穏とは言いがたい侍従や騎士たちが騒然とする声が聞こえてきました。
若い騎士の顔は強ばり、ただならぬ空気を背負っています。
「し、失礼いたしますッ! 第一王子殿下! ただいま王都――市街地にて、民衆による暴動が発生しております!」
一斉に広間の視線が彼へと向けられます。
若い騎士はひと呼吸だけ置き、必死に続けました。
「……謁見の間で交わされたすべての会話……王達の罪と欺瞞、それが、魔王様が遺した魔術により――王都全域に響き渡っておりました!」
「なっ――!」
「そんな本当に……!」
動揺の声が広間のあちこちから漏れ聞こえます。
「現在、民衆の一部が王宮の前に集まり、王を引きずり出せと叫び――城門を揺らしております! 司祭長や軍司令官に対しても非難が殺到、冒険者達も合流しつつあります!」
その報告に、玉座に座る王達の顔色が見る間に青ざめていきます。
側近たちは「何者かの謀略だ」「そ、そのような術はあり得ぬ!」と狼狽え、騒ぎ立てますが、その声はもはや誰の心にも届いていないでしょう。
第一王子はしばし沈黙したあと、毅然と立ち上がりました。
「……全ては、当然の結果だ」
彼は広間を見回す。蘇ったクラスメート達、ルミエール様や戦士様、そして静かに佇む私達、――その全員を正面から受け止めるように。
「国民が真実を知った以上、我らがすべきは隠蔽でも武力でもない。誠実な対応と責任の所在を明らかにすることだ」
一瞬で空気が張り詰めました。
彼の言葉はとても真っ直ぐで、どんな混乱の中でも、信じるに足る強さを感じます。
「王都の広場へ行く。私は、民に向けてこの事態の全てを説明する。……王国の未来のためにも、ここで真実から逃げる訳にはいかない」
「ですが、殿下……危険が――!」
騎士が止めようとしますが、第一王子は静かに首を振りました。
「誠意なき者が治める国に、民の未来はない。それを私は、父王たちの姿から学んだ」
その一言に、広間の空気が変わったのがわかります。
そんな中で私は小さく目を伏せ、魔王の残した魔法陣が消えていく気配を感じていました。
第一王子が扉の向こうへと姿を消したあと、謁見の間には一瞬、奇妙な静けさが訪れました。
けれどそれは、すぐに不穏な空気へと変わります。
「……ば、馬鹿な……っ」
震える声が響いたのは、玉座の上でした。
王はその場に座ったまま、呆然と空を見上げています。しかし、その目は何も映していないようでした。
まるで、現実を拒むように。
「余は……この国のために……国を……守ったのだ……それなのに……っ」
「お言葉ですが、陛下……」
王様達を捕らえるように囲む騎士様達は王様の言葉を慇懃無礼に返しています。
軍司令官もその顔には焦燥と恐怖の色が濃く滲んでいるようです。
「すべては余が……あの“魔王”が現れる前に手を打ったからこそ……! 勇者を召喚し! 聖女を……いや、あの娘を……使って! ……そうだ、民は何も知らぬ、知らぬはずだったのだ……!」
王の言葉は徐々に取り乱し、言い訳とも妄言ともつかぬものへと変わっていきます。
「禁忌の魔法だって……っ、余がわざわざ準備して…命を賭して魔王を葬ったのだぞ! それがなぜ咎められる!? この功績を否定するというのか……!? 国王たる余を誰が裁けるというのだ!!」
大司教はすでに沈黙し、汗をぬぐって天井を見上げていました。
王派の貴族である一部は顔を伏せ、王の姿を見ようとしません。
それでも王はそんな状況さえも目に入らないように己の言葉を正当化し続けていました。
「民は愚かだ……真実を知ってなど、なにがわかる! 誰かが泥をかぶらねばならなかったのだ……それが、たまたま余だっただけだ……!」
だが、誰ももうその言葉に頷く事はありません。
かつて忠誠を誓っていたはずの側近たちでさえ、目を伏せるだけのようでした。
「……信じぬ……信じぬぞ……余が責められるなど、あってはならぬ……!」
王の声は小さく、空しく、やがて誰にも届かぬものとなりました。
これで、彼の周囲には、信頼も権威も…すでに何一つ残っていないでしょう。




