聖女の怒り
「……フハハハハハハッ!!」
再び這い出てきた王様の腹の底から出たような笑い声が響き渡ります。
「見たか、見たか! 魔王は滅びたのじゃ! 我が決断により、この国は救われた!
これこそが“王”というものじゃ!」
大司教と軍司令官、側近たちも玉座へと上がると王の隣へと寄り満足げに頷いていました。
「…結果こそが全て。…ですな、陛下」
「…禁忌?召喚の代償?…だったか…?そんなものは些細なことだな。異世界の子らが何人か消えたところで、どっちみち元の世界には戻れぬのだ。口外される危険を考えれば、むしろ都合が良いぐらいだ」
軍司令官も鼻で笑っています。
「…この一件――全てはこの“謁見の間”で完結した故、外には何も伝わっておらぬ。残るのは、“魔王討伐”の栄誉のみ!」
「ハハハハ…!…真実など、愚かな民共には不要だ。知ってどうなる? 恐れ、混乱し、国を弱らせるだけ。
ゆえにこれは――国のためなのだ!」
王様達の姿を見た第一王子様は強く拳を握り締めます。
「……そんな道理が通るとでも? 人を生贄にし、真実を捻じ曲げて正義の名を騙るなど――!」
「“騙る”? ほう、第一王子よ――」
王の目はあくまで嘲りに満ちています。
「それを“偽り”と呼ぶのか?
“この国が救われた”という結果こそが正義だ。
魔王は消え、民は安心し、歴史に残るのは我が偉業だけ――
真実など誰も求めはしない。
わかるまい、お前のような未熟者にはな!」
「黙れ――!!」
怒鳴ったのは、戦士様です。
「人を犠牲にしておいて、何が偉業だ!!
魔王が現れたのは、お前たちが“聖女”を犠牲にしたからだろう!!」
「そうよ……!」
ルミエール様も続けます。
その澄んだ瞳には確かな怒りが宿っていました。
「貴方たちが、あの子を――聖女を、使い捨てたから……命を犠牲までにしたのにこの国を救ったのに…どこまでも見下し侮辱し続けたから…だから勇者が、魔王になった。
全部、全部貴方たちのせいじゃないの!!」
だが、王は冷笑を返すだけでした。
「――ほう。なるほどなるほど」
軍司令官が一歩前に出ました。
「…素晴らしいご高説だな。
…だがな!いまや貴様らはもう“ただの冒険者”に過ぎんのだよ。…立場も権限もない者が、口を挟むな!」
大司教様も、腕を組んで頷いています。
「…我らの加護に背を向け落ちた者が、いまさら何を語ろうというのです」
「貴様らのような卑しい身分に、この国の未来などわかるまい」
軽蔑と勝利に満ちた王様と側近たちの言葉が響きます。
「……魔王は、確かに恐るべき力を持っていた。だが――あの者は、この国を救ったのだ。魔物の群れが王都を包囲する中、それを撃退し街を守った…
それは事実の筈だ… 貴方は、それすらも否定するのか!」
王は訴える王子様を鼻で笑います。
「“救った”だと? あれはただ、自らの力を誇示し――この国を“支配”するための行動だったのだ。
あの怪物が見せた力に、民は恐怖し、跪くしかない。ならば……」
軍司令官が王の言葉に重ねます。
「『魔王は王都を救ったのではない、王都を掌握しようとしただけだ』と、そう記録すればよい。
愚かな国民どもは、真実など求めぬ。恐怖と勝利の話があれば、それだけで満足するのだ」
王は玉座にふんぞり返り、面白そうに笑っています。
「“魔王は世界を支配しようとした”。それを“偉大なる我が召喚勇者たち”が犠牲となり、
見事討ち果たした――。そう伝えれば、民は歓喜し、各国も黙るじゃろう」
「真実など、書き換えてしまえばよい。正しき歴史は、我が手の中にあるのだからな……」
「それでも……貴方はこの国の“王”なの……?!」
「こんな腐った考えで、国の未来なんか守れるわけないだろ!」
「神が沈黙しているのならば、それが“正しき証”である」
「…なっ!…神の名まで語るのか…!」
傲慢な王様の言葉に…第一王子様やルミエール様達だけでなく、その場に居た貴族たちでさえ言葉を失っていました。
まさか…王様達がこんな愚かな者達だったなんてーーー
「……王様。」
大きな声ではありませんでしたが、一瞬の沈黙の時に声を発したせいか思ったよりも私の声は皆に響き渡りました。
「それ、……全部、聞こえてますよ」
「……何?」
突然の発言に王様が訝しげにこちらへと視線を向けます。
他の人達も私の突然の発言と内容に戸惑った様子でした。
でも、そんな事は関係なく広い空を見上げれば黒く光る魔法陣が薄っすらと浮かび上がったままです。
それは……少し前に魔王──かつて勇者だった彼が行使した魔法陣の名残りのような消えそうな淡い光です…
…しかし、消えそうではありますが消えてはいません。
「彼の魔力はまだ消えていません……届く限りの民の耳へ、この広間の会話が伝わっています」
私は静かに王様達へと目を向けます。
そして、まっすぐと、静かな怒りを込めて王様へと伝えました。
「…今この言葉も、王都………いえ、…たぶん届く限りの広範囲で…人々に聞こえています」
王たちの笑みが凍りつきました。
「……っ、何を──!」
小さく私は口元に微笑みを浮かべます。
第一王子様達がこの謁見の間へと現れた時に魔王が外の人々にも聞こえるようにと広げた魔力は薄く広く伸びていました。
魔物達を退けるために空へと現れた魔法陣は出来る限り広範囲へと力を届ける為の補助的なものです。
もちろん魔物達を退けるためにも役立ちましたが、魔王が残したその魔術にももちろん効果はあります。
「…あなたが愚かだと言った人々はこの会話を聞いて何を思うのでしょうね」
「「…な!」」
私の言葉に王様達の顔色が変わったのがわかりました。
私は一歩、玉座の階段へ近づきます。
「“多少、平民が死ぬくらい”──そう言ったあなたたちに、守るべき国を語る資格はありません」
誰かが、息を呑んだ音がしました。
誰もが私の言葉に言い返せず、謁見の間には静寂が満ちます。
私は一度、深く息を吸い、まるで嘆息するように目を伏せました。
そして次の瞬間顔を上げると冷たい笑みで王様達を見上げます。
「……でも、少しだけ幸運でしたね。こんな私にも、“大聖女”のスキルが……目覚めたようですから…」
その声に、王達は目を見開きました。
“大聖女”スキルは希少スキルである“聖女”の上位互換です。
記録はあってもそれを発現した存在は確認されていません。
戸惑いの中に半信半疑な様子も伺えます。
しかし、私には別に彼らに信じて貰う必要なんてないのです。
「《還魂の奇跡》」
発動可能な時間は一刻以内。
けれど……その間に理不尽に命を落とした人を、生き返らせることができるものです。
私は祈りを捧げるために跪きスキルを行使しました。
神は残酷ですが無慈悲ではありません。
いつだって、選択は自身でしているのです。
魔王によって負傷した人々を助けていなければ私は今、“大聖女”のスキルが使える事は無かったでしょう…
足元に淡い光の輪が広がるのがわかりました。
祈るように両手を胸の前で組み、瞳を閉じます。
跪いた私を中心にまばゆい光が放たれ、空気が震えました。
「…命を弄ぶ者に、これ以降、“神からの慈悲”が与えられることはないでしょうね」
私の口から出た言葉に王様の口元が引きつりました。
また、彼の後ろでは大司教様が狼狽の色を隠せていません。
側近たちも言葉を失い、それを見ていた第一王子は静かに目を伏せました。
私の背中に揺れる長い髪が、光を受けて白銀に輝きます。
その姿は、神話に語られる女神によく似た姿となっていましたが──ただひとつ違ったのは、その瞳が優しさではなく透き通る怒りを湛えていたことでしょう。




