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禁忌の魔法


王都の空には魔力の余韻が渦巻くもののスッカリと暗雲は消え去っていました。


崩れ落ちる魔物たちの亡骸、それを成したのは、かつて“勇者”と呼ばれた男――今や、“魔王”と呼ばれる存在。


その蒼い瞳は、ただ一人を映していました。


『……聖女』


彼の冷たい声が風に混じって響きます。


その場にいた誰もが理解していたでしょう。


彼は、ただ“彼女”のために、すべてを破壊したのだと。



…それにしても…


まさか、勇者様が“聖女”様…いえ、鈴木さんに、そんなに思い入れがあったなんて、全く気が付きませんでした…






「……なんて力だ。……あれが魔王か……」


第一王子様は、王宮の広間から王都の惨状を見下ろしながら、眉をひそめます。


その声音は冷静ながらも、眼差しには確かな動揺と驚愕が含まれているようでした。


(…あれほどの力を隠し持ち、しかもその矛先は国家ではなく、たった一人の少女のために……)



また。王座の後方に居た者たちは、言葉を失ったまま立ち尽くしていました。


何人かは額に汗を浮かべ、怯え、震えているようです。





「うわ……これ、冗談じゃないな……」


戦士様は、壊れた壁近くから魔物達の惨状を見下ろしながらルミエール様と並んで立ちます。


そして、驚愕を隠さず、戦士様らしく苦笑いを浮かべました。


「魔物どころか……あの界隈ごと一掃って、洒落にならないな……」


「……そうね。…だけど…」


戦士様の言葉にルミエール様は目を細め、風に揺れる銀髪をなびかせながら、そっと呟きました。


「……彼は、ヤマダの方しか見ていなかったわね…」


ルミエール様の言葉を受けて戦士様は苦笑いを深めます。


「…ああ。…まるで、他のすべては視界にないみたいだったな」


そう答えると2人は目を合わせてから私の背中へと視線を送ったのでした。






「すっ……すご……」


「……マジで……?」


進藤くんと一緒に来た希少スキル持ちのクラスメートたちもまた魔王の力に圧倒され、口々に驚きの声を上げていました。


「ていうかさ……あれ、鈴木のためにやったってこと……?」


「……あれは絶対そうだよな?」


「うわー、すげーな、さすが“聖女”!」


ざわめく声の中心で、“聖女”な鈴木さんは、少し頬を赤らめながらも満足げな笑みを浮かべています。



「……ふふっ、そうよね、あれだけのことをしてくれるなんて……。やっぱり私は“特別”なんだわ」


わざとらしく胸に手を当てて、どこか芝居がかった仕草で視線を魔王の方へと流します。


「私を守るために、あれほどの魔物を一掃するなんて……あの魔王…そんなに私のことを……」


その様子に、進藤くんの近くに居たクラスメートの子達がますます興奮に声を上げました。


「いやー、これってやっぱり、スキルが“聖女”だからかな!」


「マジすげぇ!まさか魔王に惚れらるとか!」


「ふふ…でしょ? 私、なんとなく気づいてたの。あの時から……ほら、前に視線を感じたし」


鈴木さんはそう言うとは魔王の姿を見つめます。


「…よく見れば、背が高くて髪もさらさらで…あんな綺麗な顔したイケメン見た事ないし…ちょっと怖かったけど、それもまた良いかも……」


恍惚とした顔でうっとりと語る鈴木さんは、すでに先ほどまでの恐怖をどこかへ忘れているようでした。


そして、視線の先には冷酷なまでに魔物を滅ぼし尽くした、あの完璧な容姿の魔王の姿だけが映っているようです。


「……メチャ強い魔王…ステキかも……。

…いや、でも沙也加には王子様も居るし…うーん…でも、魔王の方がイケメン……

…あぁ…モテる女って辛いわ…」






「……はあ」


そんな彼女を横目で見ていた佐藤くんは、つい呆れた声を漏らしながら冷めた視線を向けています


「…ほんと……自分で言ってておかしいと思わないのかな?」


そんな佐藤くんの視線の先で鈴木さんは気づいた様子もなく「私は選ばれた存在なんだわ!!」と高らかに言い放って楽しそうにしていました。




「…よし、ギリギリ人的被害は抑えられた…かな…」


魔王の余りの惨劇に気が遠くなる気分にもなりましたが、魔王の被害による死者は出さずに済んだ事にホッとします。


魔力をなるべく遠くまで張り巡らしながら、魔王の魔力の余波で傷ついた人々を癒す作業はなかなかの大変さでした。


しかし、“聖女”という名と、人々の視線を鈴木さんが引き受けてくれたので安心して力を発揮する事が出来ました。


鈴木さん、ありがとう…


私は一通り落ち着いたところで、鈴木さんへと感謝の視線を送ったのです。



そしてその様子を、少し離れた場所で見ていたルミエール様と戦士様が見ていたのには気が付いていませんでした。



「……ふふ、あの子は相変わらずのようね…」


ルミエール様は手を口元に当てながら、目を細めて苦笑しました。


「……ま、あの調子じゃ、気づいてもらえるのは……もうちょっと先だな」


戦士様も肩をすくめながら、魔王の方を見て続けます。


「…だが、それでいいのかもしれねぇな。少なくとも、あいつが平穏でいられるなら――それが一番だろ」


ルミエール様は静かに頷きながら、優しい瞳で見つめます。


優しい光に包まれて人々を癒す姿は、紛れもなく“本物の聖女”そのもので――けれど彼女自身が求めていないのなら……わざわざ真実を公にする必要はないのだから…






嵐のような衝撃も過ぎて、ようやく皆の間にも落ち着きが戻ってきました。


魔王の圧倒的な力によって魔物の群れは一掃され、絶望的な空気は霧散したのです。



そんな中で徐に王の玉座の前に立っていた大司教が両手を上げました。


「……すべては陛下のため…ひいては我が国のためにーーー」


その言葉とともに、魔法陣が魔王の足元と進藤くん達を囲うように展開されます。



魔法陣には禍々しい文字と血のような輝きが浮かび上がっています。


「……な、何を――」


第一王子が叫ぶよりも早く、王が立ち上がりました。


「……愚か者めが!…あれは“魔王”じゃぞ?

結局は我らを脅かす存在じゃ。…ならばこの王の手で滅ぼし、正義を示すまでよ」


「まさか……!」


ルミエール様が声を上げます。



これは、この気配は――




魔王は冷たい瞳で王を見据えたまま動きません。


涼しい顔をしていますが、あれだけの魔術を行使したのです…魔力を跳ね除けるだけの体力が残っていないのでしょう…


冷たい眼差しには嘲りとも諦めともつかない感情が浮かんでいました。


「……大司教」


王の言葉に、大司教は既にほぼ完成している術の最後の詠唱を唱えました。


「……禁忌の門よ…この地より対価を捧げる……“希少なスキルを持つ命”をもって――!」」


その瞬間――


「ぐっ……!? ……ぁ……っ!」


進藤くん達が、次々と膝をつきます。


「な、何……身体が……動か、ない……!」


「熱い……何かが、奪われて……る……!」


「や、やめてくださいっ! 陛下……!? 私たち、なんで……!」


鈴木さんまでもが、顔を青くしながら叫びました。


王は、その様子を一瞥し、淡々とした声で告げたのです。


「これはおまえたちが果たすべき“役目”だ。

この国を救うため、魔王を討つため、召喚された存在だろう?」


「なっ……!」


「魔王を打ち滅ぼすには、同じ同等分の“希少な命”を代償に用いる必要がある。

ならばその命、国のために捧げよ――それが“勇者”の本懐だ」


魔法陣が閃光を放ち、魔王の周囲を包み込みます。


「…うっ…」


「がっ……」


一人が息を詰まらせて崩れ落ちるのを機に次々と倒れていきます。




「これは……禁忌魔法!? 王よ、何を――!?」


ルミエール様が叫び、第一王子が剣を抜きます。


王様はそんな彼らを見て高らかに笑いました。


「愚か者どもがっ! これが“王の正義”だ!

我が手により、魔王は滅んだと――再び歴史に刻まれるのだ!」



その言葉の直後、魔力の奔流が爆発的に広がり、空間に亀裂が走ります。


『…王とは、いつもこうだ。都合の悪い真実は闇に葬り…人の命さえも簡単に消し去る……』


冷たい声が耳に響きます。


そして――


――爆音とともに、魔力が収束し…


……魔法陣の中に存在した少年少女と共に魔王もサラサラと消えていったのです。






「……消えた……?」


第一王子が呆然と呟きました。



「――そんな、そんな馬鹿な……! ……消えた……!?」


騎士様の茫然とした声が響きます。


そんな中、王様は勝ち誇ったように笑いました。


「これでよい。

“この国を脅かした魔王は、我が手によって滅ぼされた”――

そう記録される。正義は我にあり。民は讃えるであろう、真の王をーー」




王様のその笑い声は…狂気を帯びて王宮の広間に響き渡ったのでした。




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