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魔王の話



『……お前は、城に戻った騎士から聞いたのだろう?…俺が…魔王になったと…』


魔王の静かな問いかけに、王様は言葉が出ないようでした。


「…!!!」


「そんな…」


『…お前があのような女を差し向けなければ、俺は魔王になる事も無かった…

…何も知らず…静かに、この身が朽ちて“聖女”の下へと向かう日を待っていただろう………』


静かに語るその言葉には、何処か深い悲しみを含んでいるようでした。







「――扉を開けろ!」



その時です。重々しい声と共に、大扉が勢いよく押し開かれました。


騎士たちの間には動揺が走り、謁見の間にざわめきが広がります。



そして、煌びやかな軍装に身を包んだ若き男が、数名の貴族を引き連れて、堂々と足を踏み入れてきました。


「……兄上!」


鈴木さんの近くにいる王子様が小さく叫んだ声が聞こえました。


どうやら現れたのは、この国の第一王子――正統なる次代の王位継承者でもある王太子殿下のようですね。


王子はまっすぐに王座を見据え、その隣に控える王たちの側近たちを一瞥すると、険しい表情のまま言葉を発しました。


「父上。

あまりに異常な事態を感じ駆け付けたのですが…

今の話は…いったい…どういう事でしょう…?」


冷たく、鋭い声でした。


背後には、名だたるこの国の有力貴族たちが多くの騎士達と共に並び、それぞれが王とその取り巻き達に警戒の目を向けています。


謁見の間にいた者達は、突然開いた扉と現れた人々に驚いた様子でした。



…まぁ、魔王がこれ程の気配を隠さずに登場すれば、そりゃお城中が何事かと大騒ぎになっていてもおかしくはないですよね。


きっと、王様の安否を確認しようとこちらへ集まったところ皆で魔王の話を聞く事となってしまったのでしょう。




…それに…魔王はどうやら外の人々にも気が付いていたようでした。


皆へと聞かせるように話始めた時に魔力の動きを感じました。


よく、聞こえるようにとの配慮かと思っていましたがそれにしてはどんどんと範囲を広げるので少し不思議に思っていたのです。


どこまで響かせているのかは分かりませんが、この場での発言は、きっと多くの人々の耳へと届くようになっているでしょう…



その時、魔王からまた、魔力の動きを感じました。


その瞬間ーーー


「……!……ゴホッ…!…っは、…はぁ、はぁ……」


「…陛下!!」


どうやら王様に掛けられていた沈黙の術が解かれたようです。




「……はぁ…は。…わ、わしは知らん…そう、知らんのじゃ…あれは、あやつが勝手にした事だ……」



声を取り戻した王様はざわめきの中、呼吸を落ち着かせると第一王子とその背後の貴族たちを見下すように苛立ちを滲ませつつも嘲笑いました。


「………第一王子ともあろう者が、何の事情も知らぬまま、父たる私に異を唱えるとは…」


低く押し殺したその声には、怒りと侮蔑が滲んでいます。


「お前には、まだこの国を背負う覚悟も、重みもわかるまい。

我らがこの国を守るため、どれほどの苦労をしてきたか……!」


王は、側近たち――司祭長や軍司令官と視線を交わし、まるで自分たちこそが正義だと言わんばかりに続けます。


「何も知らぬ若造が口を挟むな。

この国…この世界の事は、余たち…“選ばれた者”が決めるのじゃ…お前達は黙って従えば良い!!」


その言葉に、第一王子様の背後に並ぶ貴族たちの顔色が変わりました。


しかし、王はそんな事など意にも介さず、ふんと鼻を鳴らします。


「ましてや――この国を揺るがす魔王ごときに、耳を貸すとは。

……馬鹿も休み休み言え」


その場に重く冷たい空気が満ちました。


不遜な物言い。

自らの正しさを疑おうともしない、傲慢そのものの態度。


それを見ていた騎士たちは、顔をこわばらせながらも、徐々に王への不信感を募らせていくのを感じました。


「……」


第一王子は、まるで何かを飲み込むように目を閉じた後、静かに言います。


「父上。…私は、ただ国の未来のために真実を求めているのです。

――たとえ…それが、どれほど醜いものであっても」


その凛とした声が、横柄に振る舞う王と冷笑を浮かべる側近たちの醜悪さを余計際立たせていました。


そんな第一王子様とは対照的な王様たちは、なおも己の正義を疑う気配すら見せず、ただ己の地位と体面を守ろうと必死の様子でした。



「…ふん、そもそもあれは…彼奴が…王女が勝手に行ったのじゃ。…確かに結婚は認めてやったが…わざわざ孤児であった“聖女”の事を教えてやれ、なんて指示を出す筈がなかろう…」


自分はそんな指示など出していないとばかりに不貞腐れるようなその様子に皆の眉間には皺がよっています。


その王様の発言は自分は悪くないという主張のつもりなのでしょうが、王女の発言内容を否定するものではありませんでした。


“王女にそれを言わせたかどうか”が、問題なのではなく“そんな事を言っていた”事自体が問題視されている事には気が付いていないのでしょう…




「…勇者…いえ、魔王は聖女の為に耐えていたのに…それをわざわざ崩しに行ったのね…」


ルミエール様の怒りを含んだ声が響き渡ります。


「……いちいち平民だの孤児だのと煩いが…そもそも王都の教会に預けられる孤児なんて、ほとんどは王侯貴族の落とし胤ばかりじゃねーか…」


「「「「「…な…」」」」」


戦士様のよく通る声に人々が驚きの表情を浮かべました。


…一部、この発言に苦い顔をした者たちはなにやら思い当たる事があるのでしょう…


しかし、第一王子様や第三王子様たちは初めて聞く事実なのか私達同様に驚きの表情を浮かべています。




「…平民なんて衛生環境やら何やらで子供の死亡率も高い…特にあの頃は魔物やら何やらと人の命なんて軽かったからな…」


そんな周りの様子など気にする事もなく、戦士様は淡々と続けます。


「…そんな中で親が死んだりして残された子供達は立派な戦力であり、労働力であり、財産だった…つまり色んな理由でどこも子供を欲しがっていた…」


「…確かに…魔物襲撃に紛れて誘拐騒ぎなども多かったわね…生きる気力を失った者達は幼い命に未来と希望を持ってた…」


ルミエール様が補足のような相槌ををいれます。


「…だが、貴族の血が尊ばれる中でその血を中途半端に引いて生まれた者たちの扱いには困ったんだろ。不要だと思う反面、騒乱の世で万が一の為に予備として取っておきたい気持ちもあった…子を必要とする者達に引き渡す事もせず、中途半端に預けられた存在。

…それが王都の教会にいた孤児…だろ」


戦士様から向けられた視線を受け止める存在はいません。貴族の方々は俯いてしまっていました。


…きっと、それが答えなのでしょう…


「だいたい…聖女…セリアのあの綺麗な銀髪なんて平民にはまず居ないだろ…それにあの綺麗な碧眼…そんな色を持っているのは…この国では…」


王族だけの筈だ…


戦士様の声が響き渡りました。



「聖女を平民の血筋だ…なんて思ってる奴…お気楽な王侯貴族様の一部だけだったぜ…」


嘲笑混じりのその言葉に王子様達は驚きと共に考え込むような複雑そうな表情を浮かべています。


「高貴な血を引きながらも泥臭く一番過酷な惨状を走り回る…だからこそ尊ばれていたんだろ……

……そして、それをわかっていたからこそ彼女を前面に出して王族の支持を煽らせていたんじゃないのか…?…なぁ、王様よ」



そう、王侯貴族達は“聖女”を平民だ孤児だと馬鹿にしながらも、国民に対する王族の献身のシンボルとして彼女を差し出していたのでしょう。


王族の特徴を持つ“聖女”の無償の献身は全て王族たちへの感謝と支持に繋がっていたのです。


…そして、最期は“聖女”の命と引き換えに平和と確かなる地位を手に入れた…。




何も言わない王様とその近しい人達…。


静まり返った謁見の間に、第一王子の悲哀の籠もった冷静な声が響きます。


「父上、側近の方々。

もはや、今回の件は国の中だけで収められる問題ではありません」


彼は一歩、堂々と前に出ます。


その顔には強い決意が滲み出ているようで…彼の覚悟が伺えました。


「各国へは正確な情報を開示し、正式な謝罪と責任の所在を明らかにするべきです。

……そのためにも、父上には、王位を退いていただく他ありません」


その場が凍りつきました。


第一王子の背後に並ぶ有力貴族たちは深くうなずきながら続きます。


「我らも同意する」


白髪の老貴族が厳しい目で王を睨みました。


「これ以上、この国の名誉を貶めるわけにはいかぬ」


「聖女を犠牲にし、魔王を生み、なお責任を取らぬとは……」


別の貴族も低い声で言い放つ。


「そもそも世界を守るための召喚であったはずが、国…いや、己の保身と名誉のためであったとは、情けない」


次々と非難の声が上がりました。


貴族たちは、明らかに王や側近たちから心が離れている様子でした。


王は顔を真っ赤にし、玉座の上で吠えました。


「ば、馬鹿なことを言うなッ!」


拳を叩きつけ、椅子を軋ませます。


「すべては国のためだった! 

我が王であったからこそ、ここまで国を繁栄させたのだぞ!」


「そ、そうだ、そうだ!」


司祭長や軍司令官たちも慌てて続きます。


「聖女がいなければ、誰か別の者が犠牲になっただけだ!」


「聖女など…たかが小娘1人、何を惜しむ必要がある!」


言い訳と悪あがき。

それを必死に繰り返す彼らの姿に、場にいた者たちの冷たい視線が向けられます。


そんな中、第一王子は静かに…しかし決然と告げました。



「……その発言こそが己を貶めていると…なぜ気付かぬのですか」



静寂。


誰も、言葉を返しません。


この間、魔王の強い、食い入るような視線がずっと私へと注がれていた事に気がついている者はいませんでした。




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