王との謁見
「…いったい何の騒ぎだ?」
唐突に割り込まれた声にふと振り返れば、玉座の方向から王様達がちょうど姿を見せたところでした。
「陛下のお越しだぞ…!…無礼のないようにせんか!!」
王様と一緒に来た大臣らしき人が眉間に皺を寄せてコチラを見て叱責の声を上げました。
騎士達は慌てて進藤くん達“勇者様一行”を王様の向かって右側へと誘導します。
王様と共に来た高位の方々は王様の向かって左側へと鷹揚に歩いて進みます。
そして、王様の正面、階段挟んで下で待っていた私達一行は王様の正面にて向き合う形となったのです。
王子様は…鈴木さんの横のままなんですね…
王様は玉座で落ち着くとうっすらと笑みを浮かべながら、目の前に立つ私達をじっと見つめました。
「…お主らが最近噂の冒険者か…?
噂は聞いておるぞ。数々の依頼をこなし、ギルドでも名を上げておるとか」
挨拶も何もない突然の声掛けに、私は少しだけ頭を軽く下げて礼を返します。
私の隣では佐藤くんも、どこか緊張しながら頭を下げていました。
王様は満足げに頷きましたが、続いて私たちの後ろに立っていた人物に目を向け一瞬沈黙し、眉をひそめました。
…そうですよね。
私達の後ろにはルミエール様達がいるのですから。
「……その顔。まさか……魔術師ルミエール…? そして、そちらは……戦士ヴァルトか…?」
独り言のような…呟きのような声でしたが、その声は私たちにもしっかりと聞こえていました。
「ご無沙汰しております、陛下」
ルミエール様が優雅に頭を下げ、白銀の髪がさらりと肩を流れます。
「ふふ、まさか陛下が私の顔をまだ覚えていてくださったなんて、光栄ですわ」
ルミエール様はどこか好戦的な色を含めた眼差しで王様を見つめます。
戦士様も皮肉に笑いながら、片手を上げました。
「ちょっとばかし職業は変わりましたが…お久しぶりです。まあ、今の俺は戦士じゃなくて神父なんですけどね」
「…」
王は明らかに困惑の色を浮かべたまま、言葉に詰まった様子です。
「……まさ、か、そなたらまで同行しているとは…。……これ、は……実に心強い…」
なんとか絞り出した言葉は歓迎しているようにも聞こえますが、王様のその顔はわずかに引き攣っているように見えました。
かつて魔王を討伐した伝説の勇者パーティー。
その中の二人が現れ、そして今は――私達と共にいるのです。
「…ま、まぁ、良い…。…そなたらには控えの間を用意させよう。今後の事は追って伝えるーー」
始まったばかりの謁見でしたが…早々に話を切り上げ、別室での話し合いを示唆されました。
まだ何も建設的な話出来ていないのですが…王様は一刻も早くこの謁見を終わらせたいようですね。
しかし、そんな王様の言葉を遮る声が割り込みました。
「陛下! その者たちは――」
声の主は進藤くんです。
王様の言葉を遮るという無礼に周りに居た騎士達の空気が少しだけピリッとしました。
しかし、言葉を遮られた王様自身はすこし眉を顰めただけでその後は興味無さげに視線を進藤くんへと向けました。
「……よい。申してみよ、勇者よ」
王様の言葉を聞いてホッとした様子の進藤くんは、苦々しげに私たちを見ながら言葉を続けました。
「この山田柚葉と佐藤大地は、かつて我々と同じ世界から召喚された者です。ですが、戦いの役に立たぬと判断し、追放した者…… 冒険者とか、名を上げるとか…何かの間違いです!!」
「ほぉ……?」
王は先程と違い、ゆったりとした態度で玉座に背を預けると何やら進藤くんと私達を見比べます。
その顔は思わぬ私達のトラブルを楽しんでいるようにも見えました。
「しかしのぉ…調べによるとそやつらは随分と功績を上げているようじゃぞ…?
特にその娘――“ヤマダ”とか申したか? …なんでも、“ギルドの聖女”と呼ばれておるようではないか…?」
「「「!?」」」
王様の発言に皆の顔に驚きが走ります。
“ギルドの聖女”
この言葉を聞いた瞬間、鈴木さんの顔には強い怒りと共に憎しみのようなものが浮かび、鋭い視線をこちらへと向けてきました。
そして、そんな鈴木さんの隣にいる王子様の顔には僅かに興味の光が浮かんだように見えます。
佐藤くんやルミエール様、戦士様は噂を知っていたのか平然とした様子でした。
そんな中で…
そんな呼び名など全く知らなかった私はあまりの衝撃とショックに打ちのめされていたのです。
…まさか、“聖女”だなんて…
先程、厨二病っぽいと言われた“二つ名”に続いて…何故このような事になっているのでしょう…
私は、これを、これからどうしたら良いのでしょうか…?
「陛下! 山田柚葉はともかく……佐藤は無能です! …巧妙に取り入っているだけで――」
驚きによる僅かな沈黙を破ったのは進藤くんでした。
…進藤くん、どうせ否定するのなら、むしろ私の方を否定して欲しいです……
そんな事を思う私の心とは裏腹に、進藤くんは苛立ちと怒りが含まれた視線を佐藤くんへと向けます。
進藤くんの言葉に…佐藤くんの顔が僅かに曇りました。…しかし、それも一瞬の事です。
「……勝手な言い分だね。…無能っていうのはお前達がそう決めつけただけじゃないか…よく知りもしない癖に…」
「…んだと!?…実際、雑魚スキルだったんだから無能ってのは事実だろ!?雑魚のくせに…山田柚葉まで連れて行きやがって…!」
「山田さんは自分で決めたんだよ。…選ばれなかったからって、嫉妬するのはみっともないよ…」
「…なんだと!テメェ…同情されただけのくせに…」
「…気にもされてない存在よりはマシだよ」
いつの間に先ほどのような言い争いに戻ってしまった為、私は思わず戸惑いの表情を浮かべてしまいます。
「え、えっと……?」
進藤くんと佐藤くんが睨み合いながらも言い合っていますが、周囲は何故か呆れた様子で見ているだけで…仲裁に入る様子はありません。
「あらあら…」
「若いな…」
後ろからはルミエール様と戦士様の呆れたような、でも何処か面白がっているような、そんな声が聞こえてきました。
「あ、あの。…この話に…私は関係ないのでは…」
私は名前を出されたので仕方なく二人の間に立って抗議を試みました。
…佐藤くんの視線は進藤くんから動きませんでしたが、進藤くんは少し苛立ったようにこちらへと視線を向けます。
「は?…そもそもはお前が原因だろうが!」
進藤くんが苛立ちを露わにして私を睨みます。
…え?…いや…私!?……え、何故?
「お前は本来、俺のそばにいるべきだったんだ! それなのに、こんなヤツと一緒に行くから……!」
私は進藤くんの言葉に目を瞬かせます。
「それは八つ当たりだよ。進藤、お前自分勝手な事言うなよ…」
佐藤くんは冷静に言い返していまーー
「…そもそも山田さんは初めっからお前なんて視界に入ってなかったんだよ。…なのに、見苦しいな…」
…いや、えっと…冷静とは…なんだったでしょう…?
「そんな事ねぇ!…お前が邪魔なんだよ!!」
進藤くんは更に声を荒げています。
「…はぁ。お前が山田さんまで追い出したんだろ。…だから僕たちは生きるために“一緒に”頑張ってきたんだ。…それなのに…今さら勝手なこと言うなよ…」
いまいち、話の流れがよくわかってはいないのですが…私はとりあえず原因らしいので二人の間に立ち、どうにかこの状況を収めようとしました。
「さ、佐藤くん……もういいよ。私は――」
しかし、その時です。
「……もう!いったい何なのよ!?」
新たな怒鳴り声が響きました。
振り返れば鈴木さんが憎々しげにこちらを睨みつけています。
「皆がアンタなんかのこと気にして…なんなの!?…こんな状況おかしくない!?アンタはもう捨てられた人間だったのに…なんで今さらそんなに、注目を集めてんのよ!?」
鈴木さんは怒りを隠そうともせず、嫉妬に燃える目でこちらを見据えています。
いえ、“こんな状況がおかしい”という意見にも、“私なんかが注目を集めるなんて”という意見にも大賛成です。
全く同じ意見な筈なのに…鈴木さんの怒りが全て私へと向けられているのは何故なのでしょうか。
隣の王子様は言い争いに突如参加した鈴木さんにギョッとした表情を浮かべています。
驚くのはわかりますが隣にいたのなら止めて頂けると助かります。
「私がずっと一番だったのに…特別だったのに…どうしてまたアンタが現れるのよ……!」
鈴木さんの嫉妬に満ちた視線に戸惑いながらも同じ意見の同志として、理解し合える為の言葉を必死に探します。
その間にも、進藤くんは佐藤くんを睨みつけ、佐藤くんは静かに鈴木さんを睨んでいます。
上座では王様達が面白い余興でもみるような眼差しでこちらを傍観していました。
そんな混沌とした空気が漂う中、事態はさらに複雑になろうとしていました。
城の大広間に、突然冷たい風が吹き込んできたのです。
今までの熱気が一気に冷めるようなその風に皆んなの意識がいっぺんに持っていかれます。
冷たい風と共に今までとは違う…まるで空間そのものが歪むような…重々しい気配が満ち始めました。
「…何?」
「……何だ?」
ルミエール様と戦士様が一瞬で警戒態勢となり周囲を見回します。
周りに居た騎士達にも一気に緊張が走ったのがわかりました。
進藤くんや佐藤くん達も先ほどまでの苛立ちや嫉妬の感情が一瞬でかき消され、代わりに強烈な緊張と不安に支配されたようでした。
“何かが、ここに来る”
その予感に、全員が沈黙してしまったのです。
そして――ついに歪んだ空間が割れると……
………魔王が現れたのです。
…
…え?
まさか、こんなタイミングでこんな場所に魔王が現れるとかそんな事あるのですか……?




