城での再会
“勇者”こと進藤は、これまでと変わらぬ怠惰な城の生活を送っていた。
どこか満たされないものを感じることが増えていたがそれを誤魔化しながら過ごす日々。スキルは思うように発現せず、戦果を挙げることもできないままだった。
それでも王族や貴族たちは彼らを持ち上げ、表向きは変わらず「勇者様」と称えられていた。
そんな日々を過ごしていたある日、彼らは王に謁見の間へと呼ばれる事になった。
いよいよ魔王討伐についての具体的な話があるそうだ。
しかし、こんな状態で本当に討伐などに行けるのかと騎士へ不安洩らせば、『“勇者一行”を守るための戦力との顔合わせ』だと説明された。
その騎士の説明によって自分達は守られる立場だという事が改めてわかった。
そうだ、自分達は“勇者”で“特別”なのだ。
…だからきっと、魔王討伐の時もそこに存在すればきっとどうにかなるのだろう…
そう必死に思い込み、自分達を守る為にやってきた最近活躍しているという若手冒険者達との顔合わせに向かったのだ。
まさかそこに自分達が追放したクラスメートがいるとも知らずに…
「……なんでお前らがここにいるんだ?」
私たちを見た進藤くん達が驚きに目を見張ったのがわかりました。
…わかります。
まさか私も進藤くん達と謁見の間で会う事になるなんて、思ってもいなかったです。
私たちはルミエール様達との話し合いの末に、一緒に王宮に赴く事で話は纏まっていました。
しかし、王宮からの依頼を受けるかどうかはまだ検討中です。
一度詳しい話を聞いてから返事をするとの手紙を返した筈なのですが…何故か王宮からの返事はなく、返ってきたのは一方的に日時を指定された王直々の王宮への招待状だったのです。
基本的には王からの招待状となれば、平民に拒否権などありません。…いえ、貴族だったとしてもないでしょう。
…何となく、不穏な空気を感じつつもとりあえずみんなで城へと来る事になったのです。
王宮からの招待状通り“二つ名が付いた期待若手冒険者”と“ギルド代表者”としてやって来たのですが……
…まずは、王宮の何処かで軽く話や説明を聞くのかと思いきや、簡単な身分確認が済むとそのまま謁見の間へと案内される事になったのです。
色々と想定外な事が重なりましたが、ルミエール様が、
「王宮は横暴な場所だから、こっちの考えも都合も何も気にしないわ」
と、言っていました。
戦士様も横でちょっと呆れたように苦笑いをしていましたが、訂正はしなかったので同意見だったのでしょう…
そして、多分その通りなのだと思います。
まぁ、そんなこんなで謁見の間で私達が王様の登場を待たされていた所に現れたのが、騎士達に連れられた進藤くん達だったのです。
クラスメート達の様子を見たいとは思っていましたが、まさかこんなに早く会えるとは思ってもいませんでした。
騎士様達の先導によってやって来たのはクラスメート全員ではなく…進藤くん(勇者)とその仲良しな友達(希少スキル持ち)達、鈴木さん(聖女)とそのお友達(?)の王子様とそのお供の皆さん達でした。
私達を見て驚いた様子の彼らでしたが、最初に気を取り戻し、声を上げたのが進藤くんでした。
「……なんでお前らがここにいるんだ?」
私は懐かしい気分で以前と同じ視線を送りましたが、進藤君や他の人達の顔には驚きの後になにやら苛立ちや怒り、蔑みのようなものが溢れたのを感じました。
そして、鈴木さんも訝しげに睨みながらこちらを蔑むような視線を送ってきます。
…これは……久しぶりの再会ですが、全く歓迎されていなさそうですね。
佐藤くんもそんな彼らに冷ややかな目を向けています。
「お久しぶりです、“勇者様”」
皮肉めいた佐藤くんの口調に、進藤くんの眉がぴくりと動きました。
「……何のつもりだ?」
「…つもりも何も、僕たちは呼ばれたから来ただけだよ?」
佐藤くんは肩をすくめて言います。
そこには以前まであったおどおどとした様子は微塵もなく、まるで別人のように堂々としていました。
なんとなく進藤君が苛立たしげに奥歯を噛みしめるのが見えました。
かつての佐藤くんとは違い、堂々と立っているその姿が進藤くんには不快に映ったようです。
横にいる私にもチラリと視線を向けると何故か進藤くんの怒りは増したようで、憎々しげに佐藤くんを睨みつけました。
「…あら、…雑魚スキルな役立たずが今さら何しに来たのかしら?」
横から鈴木さんが不遜な笑みを浮かべながら、冷たい口調で言いました。
多分、鈴木さんの隣にいるのが噂の第三王子様っぽいですね。
王族の特徴である見た目と服装をしています。
仲良く腕を組んでいますが、エスコートにしてはくっつき過ぎではないでしょうか…?
そんな、王子様は鈴木さんの隣で優雅な笑みを浮かべながらも、どこか探るような目をしてコチラを見ていました。
私はひとまず静かにみんなの様子を伺います。
そして、ルミエール様と戦士様も少し後方で傍観の構えをとっているようです。
「あなたたちがどうなろうと私たちには関係ないけど。……でも、わざわざ城に戻ってくるなんて、ずいぶん未練がましいのね」
鈴木さんの言葉を佐藤くんが鼻で笑います。
「未練?…さっきから言ってるけど、僕たちは呼ばれたから来ただけだよ」
「は?…呼ばれたって…なにそれ…あんたたちなんて呼んでどうするのよ」
進藤くんは腕を組んで佐藤くんを睨んでいた視線を私へと移し、暫く暗い揺れる瞳でじっと見つめてきました。
「……山田、柚葉…。…お前、俺の事…恨んでるか…?」
唐突な問いに、少し驚きましたが少し考えた後に静かに首を横に振ります。
「…い、いえ、別に……」
全く気にしていません。
「……そうか」
進藤くんはそれ以上、私に何も言いませんでした。
そんな進藤くんの横で鈴木さんはギリッと奥歯を噛みしめます。
「……だいたい、あんた。何よその格好…なんでそんな格好してるのよ?!」
「…え!?」
突然の鈴木さんの指摘に思わず驚きの声を上げてしまいました。
今回、城に行くとの事で急遽服を準備したのですが…
「…へ、変、でしたか…?」
「変に決まってるでしょう。何よその白い服、清純ぶって、生意気なのよ!!…そういう服は普通、“聖女”である私が着るものでしょう…!!」
その声は苛立ちと嫉妬に満ちているようですが、その理由が私にはよくわかりませんでした。
「…大丈夫。とても似合ってるわ」
「おう、可愛いぜ」
後ろからルミエール様たちの声が聞こえました。
「…ありがとうございます」
この服はルミエール様が用意してくれた物です。前世、登城の時に着ていた服によく似ていたため何も考えていませんでしたが…確かに“聖女”の時の正装によく似ています。
佐藤くんは冷ややかに鈴木さんを見返すと肩をすくめます。
「…“聖女”様よりも似合ってるよ。…それに。そんなこと、今はどうでも良いんじゃないかな…」
「……なんですって…?」
「…まぁまぁ、ああいった服装が好みなら今度私から贈るよ。…それより、彼らは…?」
怒りが爆発しそうになる鈴木さんを宥めたのは隣にいた王子様でした。
王子様の疑問を聞き、先導してきた騎士様が答えを返します。
「…こちら、冒険者にて最近噂となっている“希望ノ翼”のお二人とギルド代表者の方々です」
「「…は?」」
騎士様の答えをきいた進藤くんたちは驚きの声を上げます。
「…は?噂の…冒険者…?」
「…はい。冒険者ギルドにて活躍されている事から“希望ノ翼”という二つ名が付けられたと伺っております。先程、確認も済ませておりますので間違いございません」
「…な…?……あいつはクラスでも落ちこぼれだった奴だぜ?…特別なスキルも、何もなかったのに……!?」
「…そうよ。…何の役にも立たないから追い出されたくせに……そもそも、何よ、“二つ名”って。名前も…厨二病みたいで…ウケるんだけど」
「…弱かったくせに…山田柚葉まで連れて行きやがって……スキルも雑魚だっただろ?…何だよ冒険者ギルドで活躍って…!」
苛立たしげに声を荒げる進藤くんと馬鹿にしつつも忌々しげな表情の鈴木さん。
2人の表情には苛立ちと焦燥、そして嫉妬の色が浮かんでいました。
佐藤くんがなにやら呆れたように笑います。
「……やっぱり…進藤って山田さんが好きだったんだ…」
呟いたようでしっかりと響くその言葉に進藤くんの表情が一瞬歪みました。
そして、すぐに憎々しげに佐藤くんを睨みつけます。
「…うるせぇ!それがどうした!」
「…どうした?……だったら……好きだったら、どうしてあの時山田さんまで追い出したんだよ? 僕を追放するのは勝手だけど、あの時お前には山田さんを守る力があった…なのにそれすらしなかった。…それなのに、今さら何を言ってるんだよ…」
「うるさい!」
進藤くんは拳を握りしめます。
「俺は……俺はただ、お前だけを、邪魔な…役立たずを追放するつもりで…! …でも……!」
その言葉の先は言葉になりません。
「でも……何?」
佐藤くんは容赦なく冷たく問いかけます。
進藤くんは口を開きかけますが何も言えないまま奥歯を噛みしめました。
その沈黙が、すべてを物語っていました。
そんな彼の様子に佐藤くんは静かにため息を吐きます。
「…お前はあの時それだけの立場があった…山田さんを守るだけの力があったのに。…お前はその力を使わなかった。…だからこうなってる。そういう事だよ」
進藤くんは何も言い返せないようです。
そんな、状況の中私はひとり大きなショックを受けていました。
“希望ノ翼”
まさか…この名称が厨二病っぽい名前だったなんて…
そもそも“二つ名”が厨二病っぽいなんて…
いつの間にか付けられてしまっていた二つ名。
いったい…何がいけなかったのでしょうか…?




