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ギルドの聖女 冒険者side




「なあ、あの新人コンビ、最近やたら噂になってるだろ? 特に男のほう、サトウとかいうやつ」


木のジョッキを傾けながら、粗野な中堅冒険者たちが噂を鼻で笑いあっていた。


「はっ、どうせギルドの連中が持ち上げてるだけだろ。薬草採取でちょっと魔物に遭遇して逃げなかったとか、そんなレベルじゃねぇの?」



新人の活躍話なんてものは、いつだって多少盛られて噂されるもの…そんな風に思いつつ、今日もまた盛りに盛られた噂話に花を咲かせようと笑い合っていた――その時までは。


「……いや、お前、あのサトウって新人があの情報提供してくれたやつだって知らないのか?」


「え? …あの“ 黒沼の魔犬(バルグ・ハウンド)”の群れの動きを読み切って情報提供してくれたっていう……?」


そんなギルド内では最近、新しい新人の噂と共に“情報提供”というものによって討伐方法に関していくつかの通達があった。


実際に実行するかどうかは自己判断に任されているが、効率の良い討伐方法や行動予測等が都度知らされるようになったのだ。そして、試しに新しい討伐方法を実行した者達はその成果に驚きの声を上げていた。


「…何だと!?…俺たちのパーティー、あの情報がなかったら多分やられてたぞ。…大まかに予測されてた奴らの巣の位置も当たってたし…。しかも魔犬が一時的に分散する時間まで、ほとんどズレてなかったぞ…あれが、アイツのお陰だったっていうのか…!?」


そんな話がちょうど広がっていた時だったので、情報提供者の冒険者には感謝と共に敬意の念が向けられ始めていた。


「嘘だろ……あのサトウって奴…新人の癖に、なんでそんな予測ができたんだ?」


「多分…アイツの“スキル”だろ。ちょっと前に見かけた時、地形と天候と魔物の習性を見て――なんかぶつぶつ言いながら地図に線引いてた。…俺たち、ただの遊びかと思って笑ってたんだよな……悪ぃことしたよ」


一人が真面目な顔で言えば、周囲の者も静かに頷く。


たった一人の若者…サトウからの“魔獣別行動予測情報と対策”によって、高ランク討伐も最小限の被害で成功し、報酬獲得率も上がるようになった。


最近は特に魔獣の動きも活発になり始めた為、余計に助かったと実感する事も増えていたのだ。


「情報屋でもないのに、あんな精度で魔獣の行動を読める奴、そうそういないぜ……」


「しかも、それを鼻にかけたりもせずに“お役に立てたなら嬉しいです”だとよ……」


実際に情報をもとに討伐を経験した冒険者達からはサトウへの興味と好意の視線が向けられ始めていた。



最初は弱そうな新人だと見下していたはずの者達もいつの間にかその眼差しに敬意が混ざるようになっていった。


だが――


「なあ、サトウと一緒にいる女の子って……」


「ヤマダって名前らしいけど……あいつはどうなんだ?」


「いや、正直まだよくわかんねえ。サトウのサポートしてんのかしてないのか、あんま目立ってねぇしな。でも、あの落ち着き方、ただ者じゃねぇ気もするんだが……」


「それに、サトウが妙に信頼してるよな…いや、でも見た目は悪くないし…ただの“寄生”かもよ…」


「…ま、しばらく見とくか。いずれ本性がわかるだろうさ」


「…そうだな。…いざとなれば俺らが何とかしてやれば良いし…」


サトウの実力は確実に浸透していたが、その仲間であるヤマダに対する評価はイマイチ定まっていなかった。


だが――その“ヤマダ”の実力を実感する事になる機会が訪れるのも意外と早かった。






その日、ギルドの扉が勢いよく開かれた。


「リーダーがっ……!」


「うそ……腕が……!」


夕刻、冒険者たちが集うギルドに、騒然とした空気が走る。


討伐帰りのパーティーがひとりの戦士を担いで戻ってきたのだ。男は血まみれで、右腕が肘から先ごとごっそりと失われていた。


「う……がっ……!」


男のうめき声に、周囲の冒険者たちの顔が引きつる。


一部の者は顔を背け、数人の仲間が応急手当を始めようと焦りながらも、出血の止まらない傷に手が出せずにいた。


「誰かっ、回復スキル持ちはいないのか!?」


「そんな高位のスキル持ち、ギルドにいるわけ――」


「……あ」


そんな時に、のんびりとした足音が廊下の向こうから響く。


まるで、どこかの野道を散歩していたような緩さで現れたのは、小さな包みを抱えたヤマダだった。


「ぐっ……うう……!」



血まみれの男を見ながら冒険者たちが顔をしかめ、どうしようもなく見守っていると横のテーブルからひょこっと顔を出す少女。


「……あの、わたし、薬草、持ってますけど…」


ヤマダだった。


「……薬草?」


「ああ……あー……」


場の空気が一瞬、気まずそうに止まる。


「あのさ、気持ちは嬉しいけど…そういうの、擦り傷とかに使うやつじゃ……」


「そうそう、無理に出てこなくていいって。悪化したら怖いしさ」


「ま、まぁ、ちょっとくらい貼ってもらえば気休めぐらいには……な、おい……はは……」


周囲からの反応はどこか“扱いに困ってる子”に向けられるような、微妙な空気だった。


誰もが――彼女の実力をまるで信じていないのだから当然の反応でもある。


しかし、ヤマダはそんな空気にも気づいていないのか、いつも通りのほんわかとした笑顔で、男に近付く。


「じゃあ……これだけ。…すこしでも楽になるといいですね」


ヤマダは持っていた包みをふわりと開くと、どこかで摘んできたような雑草にしか見えない薬草を取り出し擦り潰して失われた腕の断面にそっと貼り付ける。


「な、何して――」


止める間もなく、彼女は微笑みながら軽く何かを呟いたように見えた。


「……よくがんばったね。もう大丈夫だよ」


次の瞬間――


光でも熱でもなく、柔らかく満ちる“何か”が辺りに広がった。


風が吹いたような静けさ。傷口から血が止まり、肉が盛り上がり、骨が形を取り戻し、指先に至るまで、男の腕は元通りになった。


「………………は?」


「う、腕が……戻ってる……!?」


「おい、マジか……!」


周囲の冒険者たちは目を疑った。傷口にはかすかな薬草の香りと、ヤマダが触れていた温もりしか残っていない。


男自身も、まだ信じられないという顔で、自分の右手をぎこちなく動かしていた。


「……あれ、動く……力も、入る……!」


「お、おいヤマダ…お前、一体……何を……?」


「うそだろ……? あんな雑草みたいなもん貼っただけで……!」


その場にいた冒険者たちが、ぽかんとヤマダを見る。


彼女は、薬草の包みを畳みながら、


「…効いたみたいで良かったですね」


と、にこりと笑った。


沈黙。


そして、しばらくしてから――


「……あれが、“薬草”? いや、どう考えてもおかしいだろ……」


「まさか、あの子……魔術か何かを……いやでも、詠唱とか一切なかったし……」


「でも確かに治ってた。ガチで、完全に」


「え、なに…どういう事だ…?」


「……やべぇ…あの子…………」


数時間前までは「サトウのお飾りの仲間」くらいに思っていた誰もが、ヤマダの行動に口々に驚愕の声を漏らす。


そして、誰かがぽつりとつぶやいた。


「……あの子…“聖女”みたいだな……」


それは半分冗談で、半分は恐る恐るの本音。


こうして、オマケでしかなかったヤマダの噂は静かに、そして確実に広がっていった――。



その後もーー


「いってぇ……くそ、またやっちまった……!」


ギルドの片隅。


脚を引きずりながら帰還した若い冒険者が、椅子にぐったりともたれかかる。


「大丈夫か!? って、うわ、足の甲、腫れてるじゃん!」


「見張りで木の上から落ちたとか……そりゃ捻挫どころじゃねぇな……」


周囲がざわめく中、ギルドの扉が音もなく開いた。


「――こんにちは」


その声に、数人がピクリと振り返る。


ゆっくりと入ってくるのは、落ち着いた雰囲気をまとった少女。

長い髪を揺らしながら、今日もどこか、のんびりと。


「あ……ヤマダ!」


「……うわ、来た。“ギルドの聖女”」


「タイミングが良すぎんだろ……」


騒がしいざわめきの中、ヤマダは困ったように小さく笑って、痛がる冒険者の前にしゃがみ込む。


「ちょっと見せてもらっても、いいですか?」


「え、あ、はい……!」


彼女は腰のポーチから、小さく乾いた薬草の束を取り出す。


それを丁寧に指でちぎり、水に少しだけ浸して――傷に軽く当てる。


「……これで、大丈夫ですよ……」


静かな心に沁みる優しい声。


次の瞬間、腫れていた足がスゥ……と引いていく。


「えっ……? 痛く……ない……?」


「おい、嘘だろ!? さっきまで、歩けないって叫んでたのに!」


「……だから言ったじゃん。あの人は、“薬草で何でも治す”って」


驚きと戸惑いが広がる中、ヤマダはおっとりと立ち上がりながら、


「無理はしないでくださいね。ちゃんと冷やして、今日はおとなしくしていた方がいいです」


と、ふわりと笑う。


そうして何事もなかったように、再び扉の外へと歩いていく。


その後ろ姿を見送る冒険者たちの中から、ぼそりと声が漏れた。


「……“聖女”様だ」


「……あれが噂の、“ギルドの聖女”か」


「……てか、まじで神の使いとかじゃね?」


そんな声が、次第に広がっていく。


以来、ギルドでは――


誰かが怪我をすると、誰ともなく言うようになった。


「“ギルドの聖女”来てくんねぇかな……」


まるで祈るように。


まるで、ほんとうに“聖女”が現れたと信じているかのように冒険者達の中でヤマダの…“ギルドの聖女”としての人気は広がっていったのだった。




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