【王城】鈴木さん
“聖女”こと鈴木沙也加は、召喚された当初こそ進藤たちと共に行動していたが、次第に王族や貴族たちとの付き合いに重きを置くようになっていた。
訓練などの血生臭い話よりも若い少女らしく、華やかな貴族や王族達との会話の方が興味を惹かれたのだ。
特に第三王子は、王子様らしい金髪と緑眼の綺麗な甘い顔に優しい微笑みを浮かべながらとても親切に接してくれた。
慣れない自分達の為に王城だけでなく王都の貴族街などにも案内をしてくれた上に見た事もないようなドレスや宝石なども贈ってくれた。
最初は皆へ愛想が良かったけれど、沙也加が“聖女”だとわかってからは特別に丁寧な対応となり、クラスの女子達からもとても羨ましがられた。
それは沙也加の自尊心をくすぐるには十分の対応だった。
ご飯は美味しくないけど豪華っぽいし、快適ではないけど困ったら使用人に言えばなんとかなる。
前の世界にはなかった自分だけに与えられる特別感にやはり自分は選ばれた人間だったのだと不便さも許せる気持ちが上回っていた。
そして…なんといってもこの世界の王子様が沙也加の事が好きっぽいのが堪らない程の優越感を与えた。
会えば漫画でしか読んだことのないような甘い言葉をささやき、情熱的に花を贈られる。
護衛付きだけれど、デートにも沢山誘われたし豪華な宝石まで贈られてしまった。
これはもう、勘違いするなと言う方が無理な事だろう。
連れて行って貰った貴族街のお店ではVIP対応でドレスを買ってもらい、宝石店ではアクセサリーを贈られて、途中の高級レストランで食事をした頃には…既に気に入らなくて追い出したクラスメート達の事なんて綺麗さっぱり頭から消え去っていたのだ。
そんな事よりも、この自分の為の世界で王子様にチヤホヤされる事の方が大事だった。
王子様からの気持ちを確信した沙也加はあっという間に彼と親密な関係になり、いつも一緒にくっついて行動するようになっていった。
召喚前も裕福な家庭で育ち家族からも甘やかされ愛されていた沙也加は今回“聖女”として選ばれた事も何処かで“当然の事”だと思っていた。
「…やっぱ私って“聖女”って言われるくらいだし、特別で神聖な存在なんだよね…。それなら皆に特別扱いされるのだって当然じゃない…?」
そう言って笑う沙也加は、自分が特別な存在として他の子を見下す事も尊大に振る舞う事も当然のことだと信じきっていたのだ。
「…あなた、“聖女”だと言うのならもう少しマナーを学ばれてはいかがかしら…?」
「…は?」
しかし、そんな状況の中で彼女や王子の振る舞いに苛立ちを露わにする存在もいたのだ。
その代表ともいえる存在こそ第三王子の婚約者である侯爵令嬢だった。
“聖女”である沙也加に対して誰も何も言わない中、ある日彼女が取り巻きを引き連れて沙也加の前へと立ち塞がったのだ。
いくら“国”が呼び出した“希少スキル持ち”だったとしても、そこまで横柄な態度をとれる立場ではない筈だと直接沙也加へと文句を言いに来たのだ。
マナーも何も知らない傲慢な子供のような小娘のくせに男への媚を売るのだけは得意なようで、王子様以外でも見目麗しい騎士達に媚を売る沙也加は貴族令嬢達からの評判は最悪だった。
「…はぁ?…あんた誰よ?」
「…まぁ」
「…なんと無礼な…」
「…この方は第三王子殿下のご婚約者様でいらっしゃいます。…由緒正しき侯爵家の…」
「…は?王子様って婚約者がいるの?…ああ、それって…やっぱり王子様だし…“政略結婚”ってやつ?」
「…え、ええ…そうですわ。…この方こそ正式に家と国に認められた…」
「…うわぁ、愛がない“政略結婚”の相手がいるなんて…王子様…かわいそー…」
「「…は?」」
恋愛結婚が当たり前な感覚の沙也加にとって“政略結婚”とは悪いイメージしかなかった。
“政略結婚=親に無理矢理決められたもの”という認識の沙也加にとって“婚約者”という存在が現れても、それに怯むどころか“さすが王子様ね”ぐらいしか思わなかったのだ。
実際には絶対的な権力を持つ王族に選択権があるため、何人もの候補の中から本人の好みも含めて検討されたものなのだが…
そして…その立場ゆえ、代表として苦言を呈するつもりだった貴族の令嬢達にとって沙也加の発言は突拍子もないものだった。
この国でも当然、婚約関係の間に割り込むのは良くない事であるし、不貞は咎められるものである。
たとえ、高位貴族であろうとも表立ってそんな事をすれば非難を受ける。
更に、国に呼び出され、王や王子の威光を傘に着る“聖女”ならば、その王の意向で汲まれた“政略的な婚姻”に対して配慮するのは当然の事である筈なのだ。
しかし、そんな“当然の事”という部分がそもそも沙也加にはわからない。
「まあまあ、そんなに怖い顔をしないで? 侯爵令嬢さま」
そんな状況の中、沙也加は侯爵令嬢がいる場でわざと王子の腕に触れながら挑発的に笑う。
貴方は愛のない“婚約者”。
私は愛された“特別な存在”…さらに、この国でも大切にされるべき“聖女”様でもあるのだ。
自分の絶対的優位性を信じて疑っていない沙也加にとって、綺麗な顔をした侯爵令嬢も同じように綺麗に着飾った貴族令嬢達も、みんな“格下”なのだ。
「…あなたの婚約者が最近私とばかり一緒にいるから、少し嫉妬しちゃったのかしら……?」
侯爵令嬢の顔が一瞬怒りに震えたが、すぐに表情を取り繕う。そんな様子に王子は苦笑しながらも彼女を制した。
「ハハ…そんな事はないさ。なんといっても貴方は“聖女”で“特別な存在”だ。…だから、侯爵令嬢である彼女が君を尊重しないなんて…そんな事がある筈がないだろう……?」
王子の“聖女を尊重しろ”という意味にも取れる言葉と共に向けられた視線に、沙也加は勝ち誇ったように微笑んだ。
…一方、侯爵令嬢達は何も言えず、扇子の裏で悔しそうに唇を噛みしめるしかなかった。
そんな令嬢達の様子を見て、“聖女”である沙也加はさらに微笑みを深めて笑った。
「…でも、安心して。私の“聖女”の身分なんてささいな事なのよ。……ただ、王子様が私を1人の女性として…魅力を感じて求めてくれたから、それに応えているだけなのよ」
つまり、身分など関係なく王子は私を選んだと、そんな意味を込めて沙也加は侯爵令嬢に向かって嫌味を言い放つ。
そして、わざとらしく王子に縋り付くのだ。
「…きゃ、睨みつけられちゃった!…やだ、こわーい!…王子様…たすけて!」
「ははは。私がいるのだから大丈夫だよ…」
ニコニコとそんなやり取りを繰り返す様子に侯爵令嬢はそれ以上、何も言えない様子だった。
当たり前だ。今や“聖女”である自分こそがこの国で最も尊ばれるべき存在であり、最も高貴な女性なのだ。
そんな自分を王子が求めているのだから婚約者の座もいずれ自分のものになる筈…
………沙也加は、そう信じて疑っていなかったのだ。




