聖女の記念跡地
「…ルミエール様、そういえば王都から少し離れた場所に救護院のある村があったと小耳に挟んだのですが……」
私は自分の黒歴史を掘り返したいとは微塵も思っていませんでしたが、過去の自分の育った場所の行く末は少し気になっていました。
あの頃は魔王の脅威が高まりつつある時代だった為、いくつもの村が既に襲撃を受けたり、魔物の被害を受けている状況でした。
そんな中で保護を求めたり行き場を無くした者たちが頼ってきた場所が救護院です。
当初は王都へと救援を求めて人々が押し寄せていたのですが、王都での受け入れは難しく、かといって放置もできなかった為に急遽近くの廃村に救護院という名の避難地を設置したのです。
しかし、廃村は魔物のいる森からも近く常に脅威に晒されている状況でした。
更に、何処も物資が不足している状況のため食糧品も薬草類も満足に確保出来るような状態ではありません。
そんな中で、唯一人々へと与えることの出来るものが無償の“治癒”だったのです。
既に“聖女”として教会に受け入れられていた私は当然のようにそこでの生活が始まりました。
教会からは『これは神から与えられた“聖女”としての存在意義なのですよ』と教えられていました。
確かに“聖女”としてのスキルを磨く為には“質素倹約”を志し、清貧な生活環境で人々へ奉仕をする事が必要でした。
私は毎日必死に走り回り使える限りのスキルを使い、スキルが成長する度に人々の暮らしを少しでも良いものへと変えていくために力を尽くしました。
スキルの経験値が上がって治癒の力が強くなれば1人でも多くのものを癒し、加護の力が強くなれば森との間に加護付きの塀を作りました。
浄化が使えるようになれば村を浄化して畑を作り、行き先の無いものたちを受け入れながらも開拓し場所を増やして人の住める場所を大きくしたのです。
生きていくために必要な魔法も必死で覚えました。
…私はこの時、スキルが無くても必死になれば魔法を使えるようになる事に気が付いたのです。
スキル持ちの人が使う魔法には敵わないかもしれませんが、それでも使い続ければ精度も上がります。
魔法が使えるようになれば、森から来る魔物の撃退や討伐にも参加出来ます。
最初は怪我も多かったですが、幸運な事に私自身のスキルで治す事が出来たので命の危機に瀕しながらも、なんとか治癒院を守る事が出来たのです。
そして、定期的に教会から届く課題をする時間の確保はとても大変でしたが、課題の内容はどれも今後の役に立ちそうなモノが多くこちらも手を抜く事が許されませんでした。
その成果もあり私が勇者様たちと旅に出る時には支障がない程には鍛えられましたし、治癒院も私が居なくとも独立して成り立つ場所へと成長したのです。
私は王より“魔王討伐が成功した暁にはどんな褒賞を望むか”と、聞かれた時にこの先も救護院を残して欲しいと望みました。
それは、決して私の功績を残したい…とか生きた証を残したい…などと言う理由ではなく、ただただ…行き場のない者や救いを求めてきた人達の希望の場所を残して欲しい…と、そう願っての事だったのです。
だから、私の名前や存在を残して欲しいとはカケラも思っていなかったのです。
…困った人々の救済場所をこの先もずっと保持して欲しい……ただ、それだけだったのです。
それなのに…
「…あぁ、そこは今、各国の要人達への権威付けのための観光地となっているわ」
ルミエール様から聞かされた現実はとても残酷なものでした。
救護院としての機能も失っているのに…聖女の名前だけ残ってしまっていたのです。
まさか……まさかこんな…一番望んでない形で残されるなんて……
救護院のあった場所の建物には“聖女”の肖像画が飾られ、庭には銅像が建てられ…聖女の功績を讃える話がいくつも記録として残された場所として残されているそうです。
これを聞いた時、私は思わず倒れそうになりました……
現在……一応、救護院の名は残っているものの実情は貴族向けの保養所のようなモノとなり、一般の者は立ち入りが禁止されてしまったそうです。
過去にその場所にいた人達は魔王討伐後には自分達が居た場所…生まれた土地へと戻ることを命じられ、現在、当時を知る者はそこには誰1人として残っていないそうです……
苦労と努力の結果出来上がった森への防壁は唯一、その機能を認められ今もそのままの形で残されているようでしたが…
しかし、中の建物は全て美しく改装され、その中心地であった場所には、治癒院ではなく新たに教会を建て直したそうです。
魔王を倒す犠牲となった“聖女”生誕の地として観光する…上流階級の者達の保養地であり同時に交流の場へと変わってしまったと言われ、膝から崩れ落ちるかと思いました。
いやいや、生誕の地……?
私……そこで生まれたわけでもないのに……?
いくら私が混乱に落ち入ろうとも、既に救護院は私の望んだ姿とは全く違う形で残ってしまったのです……
一体どうして…?
どうしてそのようなものへと変わってしまったのでしょう。
よりにもよって……こんな…私の望みとは正反対の黒歴史を拡散するような、そんな暗黒の場所となってしまっているなんて…
…こんなの…褒賞ではなく罰ではないですか…
…こうして、前世聖女の時には無かったはずのこの国の王族や上層部に対する不信感は私の中でますますと大きくなっていくのでした。




