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戦士side



朝日が差し込む静かな教会の中で、戦士だった男――今はただの村の神父として生きる俺は、一人祈りを捧げていた。


木の長椅子に腰を下ろし、窓の外の景色をぼんやりと眺める。


そこには穏やかな村の風景が広がっていた。


子どもたちが走り回り、畑を耕す村人たちが笑い合いながら作業をしている。


その光景は、かつて命を懸けて守り抜こうと思い描いた平和の風景そのものだった。


――これで良かったのだろうか…



その問いは、何年経っても俺の胸を締め付ける。




あの時、聖女を助けられなかったこと。


国の思惑に逆らえなかったこと。


そんなことを考えていると、ふと懐かしい記憶も蘇った。





『戦士! ルミエール! また酒場で飲みすぎただろう!』


勇者の怒鳴り声が、まるで昨日のことのように思い出される。


当時の俺は、大の酒好きだった。

旅の途中でも時間さえあれば酒場を見つけては、ルミエールと一緒に飲み明かしていた。


明るくて豪快な彼女とは気が合い、どちらが先に酔いつぶれるか競い合うのが恒例になっていた。


『お前も飲めばいいのに、勇者~』


『酒臭いお前らと一緒にいるだけで頭が痛くなる!』


呆れたようにため息をつく勇者を見ながら、2人で大笑いした。


そんな勇者の横で聖女もニコニコと楽しそうに笑っていた。



当然、翌日は二日酔いで動けなくなるのがオチだった。


『……戦士さん、お水、飲めますか?』


聖女の優しい声が耳に蘇る。


気づけば、自分は酔うたびに木の根元にうずくまっていた。


そして、隣ではルミエールが頭を抱えている。


昨夜の酒が完全に残っている状態だった。


聖女はそんな俺らを見ても呆れることなく、心配そうに微笑んで、そっと手をかざす。


すると、その瞬間じんわりと温かな光が俺の身体を包み込み、頭の痛みと吐き気が消えていくのだ。


『……すまんな、聖女』


『ふふっ、これからは飲みすぎないでくださいね』


聖女はいつもそうやって優しい微笑みを浮かべながら、さりげなく助けてくれた。


貴族からも平民からも引っ張りだこなその能力を惜しげもなく、くだらないことにでも簡単に使うのだ。



いつでも自分の事よりも仲間のことを大事にしていた。




そんな穏やかに微笑む彼女にいたずら心が湧いたのは、彼女にも楽しんで貰おうと思った純粋な好意からだった。


『ほら、聖女も一杯くらいどうだ?』


「えっ?」と目を丸くする聖女に、ルミエールも面白がって乗っかった。


聖女の事を可愛がっていたルミエールはとりあえず何でも聖女に体験させようと色々な事を教えていた。


『いいじゃない、たまには! 乾杯くらいさ!』


そんな彼女の説得に聖女はいつものようにキラキラした瞳で差し出されたお酒を見つめていた。


ちょうど勇者が席を外している一瞬を狙った犯行だった。


聖女は少しだけ考えて、


『……では、一口だけ』


と、恐る恐る受け取った。


頬を紅潮させながらも何処か嬉しそうな彼女はいつもより幼く見えた。



が、次の瞬間――


『…………』


一口飲んで静かに杯を置いたかと思うと、顔を真っ赤にしてぱたりと倒れてしまったのだ。


『『聖女――!?!?』』


仲間全員が大慌てで駆け寄り、結局勇者の怒号とともに、ルミエールと2人で長いお説教を受ける羽目になった。


『お前らいい加減にしろ!!』


『『……すまん……』』


その時ばかりはルミエールと二人、素直に反省をした。大人しく長時間正座で説教を受けたのも、今では懐かしい思い出だ。



そんな見た目も中身も真っ新で清廉潔白を地でいくような彼女の最期は……


……図太い神経だと思っていた俺でさえも…たまに夢に見てしまう程に、なかなか精神的にくるモノだった……




結局、俺は聖女に何もできなかった。


一番この世の理不尽を知っていたのも、世の中の裏側を一番知っていたのも俺だったのだ。


もっと早く気がつくべきだった…




教会の奥に置かれた木製の棚に目を向ける。


そこには、封を切られることのない酒瓶が並んでいた。


あれ以来、俺は一滴も酒を飲んでいない。


飲んでしまえば、あの頃に戻れる気もする。


…けれど、それは許されない気もする。


楽しかった日々を思い出してしまうのが、怖かった…




「……神父様?」


物思いに耽っていると、入り口から声がした。


振り向けば村の少女が心配そうにこちらを見つめていた。


「おはよう。どうした?」


「あ、神父様にお手紙が届いてたから…。でも……なんだか元気がなさそう……神父様、大丈夫?」


俺は小さく笑い、少女の頭をそっと撫でる。


「ははっ、ありがとう。お前らが来てくれるから俺はいつだって元気だよ…」


そう言いながらも、心の奥に広がる寂しさは、拭いきれなかった。


この穏やかな日々は、確かに彼が求めたものだ。けれど、それでも時折、心のどこかで願ってしまう。


あの頃の仲間たちみんなにもう一度会いたいと。


いつか、みんなでまたあの酒を飲みたいと…。




そんな感慨に耽りながら、懐かしくも久しぶりに届いた王都からの手紙へと視線を落とした。





そんな彼はまだ知らない。


魔王が再び誕生し、聖女と同じ魂を持つ少女が、再びこの世界へと戻ってきた事を――。






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