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【過去】 戦士side(後)


王都は、祝祭の光に包まれていた。


街のあちこちに旗が掲げられ、人々が通りに溢れかえっている。

笑顔、歓声、音楽。


ーー何もかもが、耳障りだった。


俺たちは魔王を倒した。

世界は救われた。


それがどれほどの偉業か、誰よりも理解している。

だが、それを喜ぶ気持ちは、かけらも湧いてこなかった。


「勇者様! お帰りなさいませ!」

「魔王討伐の英雄に、万歳を!!」


通りを進む俺たちに、祝福の声が次々と投げかけられる。

子供たちが走り寄り、花を差し出す。


勇者は、黙ってそれを受け取った。


彼の顔は、青白かった。

目の下には隈ができ、唇は引き結ばれたまま。


俺も、ルミエールも、何も言わなかった。


俺たちは、勝者だ。

だけど、敗北したような気分だった。


セリアのいない帰還に、何の意味がある?


彼女がいない凱旋に、どんな価値がある?


俺たちは沈黙のまま、王城へと足を踏み入れた。





「勇者よ! よくぞ戻った!」


王座の上から響く声。


玉座の間には、貴族や騎士たち、そして教会の上層部がずらりと並んでいた。

彼らは皆、満面の笑みを浮かべ、俺たちを讃えている。


王は玉座から立ち上がり、誇らしげに腕を広げた。


「そなたたちの活躍により、魔王は滅びた! ついに世界は救われたのだ!」


部屋に拍手が響く。


まるで、何も失われなかったかのように。


「勇者よ、そなたの剣が世界を照らした。大いなる功績を讃え、褒美を与えよう」


王の言葉に、勇者は顔を上げた。


「……陛下」


その声は、いつもの力強さを失っていた。


「……我らの功績は……聖女セリアの犠牲の上に成り立っています」


室内が、一瞬だけ静まる。


次の瞬間、教会の司教が口を開いた。


「神に仕える者として、それ以上の名誉はないでしょう」


司教は穏やかに微笑んでいた。

まるで、何も問題がなかったかのように。


「聖女セリア殿は、その尊き魂を捧げ、世界を救われた。彼女の犠牲により、今こうして我らは祝福の時を迎えているのです」


まるで、それが名誉であることのように。


俺は、拳を握りしめた。


勇者も、唇を噛んでいた。

ルミエールは、静かに目を伏せている。


「そなたたちも誇りに思うべきだ。魔王を討ち、聖女の崇高な意志を継ぎ、これからの世を築くのだ」


王は堂々と言い放つ。


違う。


誇れるわけがない。


「……彼女は…元からその為だけに…」


不意に、ルミエールが囁いた。


「彼女は……最初からそのために同行させられたのでは?」


その言葉に、俺は息を飲んだ。


勇者も、拳を震わせ茫然とした顔でルミエールを見つめている。


王達の眼差しには特に動揺もなく、むしろどこかコチラを嘲笑うかのような表情を浮かべていた。


そこに罪悪感などは微塵もなく、むしろそんな事を言い出したこちらを馬鹿にするような雰囲気さえ漂っている。


何も応えないが、その表情が物語っていた。



「……本当に…そうだったのですね」


勇者が、低く呟いた。


「セリアは……あの瞬間のためだけに……“用意されていた” んですね」


誰も、答えない。


答えなくても、わかっていた。


この場にいる誰もが、それを知っていたのだから。



「ーーふざけるな!!」


俺は、堪えきれずに声を上げた。


「彼女は……まだ幼い少女だったんだぞ!!」


外の喧騒とは正反対に広間は静まり返っていた。


俺の声だけがその場に虚しく響く。


「彼女は…道具…じゃない!! 俺たちよりもずっと…若い、ただの少女だったんだ!! それを……“犠牲になれて名誉なこと” で簡単に済ませやがって……!!」


誰も、何も言わない。


「セリアは、俺たちの俺たちの大切な仲間だったんだ……!」


俺は、肩で息をしながら、王を睨みつけた。


王は、冷たい表情で俺を見下ろしている。


そして、静かに言った。


「戦士よ、そなたの気持ちは理解する」


「……っ!」


「だが、もはや過ぎたことだ」


「…なっ!?」


一言で、断ち切られた。


「聖女セリアは、その尊き魂をもって神の御許へと召された。今さら嘆いても、彼女が戻ることはない」


俺は、王の言葉に絶句した。


「…生き残ったそなたたちは英雄だ」


王は微笑む。


「今は、ただ勝利を祝うがよい」


ーーふざけるな。


こんな奴が、“国の王” なのか?


こんな奴らの治める国のために、“彼女”は犠牲になったのか?



…もし


…もしも彼女が生きていたら…彼女はどんな顔で帰還していたのだろうか…


きっと、嬉しそうに微笑んでいた。


きっと、自分よりも人々の為に…そして、俺たちのために心から喜んでくれただろう。


…なのに、そんな彼女はもういない。


それなのに、ここにいる誰もが、まるで何もかも予定通りに進んだかのように振る舞っている。


「……俺は」


勇者が、静かに口を開いた。


「俺は……英雄なんかじゃない」


その呟きが、王座の間に響いた。


王も、教会の者たちも…一瞬だけ動きを止める。


「セリアを救えなかった俺が……英雄のはずがない……」


勇者は、苦しげに目を伏せた。


俺たちの想いは、ここにいる誰にも届かないのかもしれない。


それでも。


「……もういい」


俺は、ゆっくりと振り向いた。


「俺は、祝う気にはなれねえ。勇者、帰るぞ」


「……ああ」


勇者が頷く。


ルミエールも黙ってついてくる。


俺たちは、何も言わずに玉座の間を後にした。


世界は救われた。

王都は祝祭に沸いている。


けれど、俺たちはーーただ、空っぽだった。




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