お礼と協力
冒険者達の活躍により、魔物の襲撃はすっかりと収束し、ギルドの中は以前の落ち着きを取り戻しています。
最近では順調に成果を上げる私と佐藤くんも既にギルドの冒険者達から受け入れられ、気が付けば“希望ノ翼”という二つ名で呼ばれるようになっていました。
そう、“希望ノ翼”……
“希望”…はセーフな気がしますし…“翼”…も大丈夫です…よね?
学校のクラスの目標などにも、よく聞く言葉ですし。
……え、これは黒歴史じゃないですよね…?
少しの不安を抱えながら、今日もまた依頼書の前で佐藤くんと受ける依頼の相談をしている時でした。
「ヤマダ、少しいいかしら?」
落ち着いた美しい声が耳に届きます。
顔を上げると、ギルドマスターであるルミエール様が、受付の奥から無表情のまま私達を見つめていました。
「サトウと一緒に来てくれる?」
ルミエール様の言葉に少し驚いて私と佐藤くんは思わず顔を見合わせました。
……私達、まだ何もやらかしてはいない筈ですが…
ギルドの奥にある執務室へと案内されると、先ほどまでの喧騒とは違い静けさに包まれていました。
ルミエール様はデスクに座り、私たちを真っ直ぐな瞳で見つめます。
「まずは礼を言うわ。魔物襲撃の件、貴方達がいなければもっと被害が出ていたでしょう」
「いえ、私は何も…。少し手伝っただけです」
どうやら、今回の魔物の襲撃の件でお礼を言われているようです。
…しかし、今回の件で私は何もしていません。
「僕も……その、偶然というか……」
佐藤くんが視線を落としながら言葉を濁しました。
《良眼》——彼が持つスキルは、多分色々な物を”見る”ことができるものです。
でも、本人はまだ最近使えるようになったばかりで、そこまでの自信も持てていないのでしょう。
私はそっと微笑みながら、佐藤くんの肩を軽く叩きました。
「偶然じゃないよ、今回は佐藤くんの力があったからこそ、これだけで済んだんだよ」
「……そ、そうかな……」
佐藤くんが少しだけ照れながらも小さく頷いたのを見て、ルミエール様の表情も少しだけ柔らかくなったような気がしました。
空気が少し緩んだところで、ルミエール様の視線が私の方へと向けられました。
「貴方も薬草を使って負傷者を治療していたわね?」
「……え?」
一瞬、心臓が跳ねます。
……どうしましょう…まさか、私が“聖女”だと気が付かれてしまったのでしょうか…!?
いえ、そんなはずはありません。
私は極力目立たないようにしていました。
大掛かりな回復魔法を使えば、すぐに”聖女”としての力を疑われてしまうと思い、薬草をうまく使って自然な形で治療をしていた筈です……。
「…お陰で重症者以外の負傷者達もすぐに復帰出来そうだわ」
特に疑った様子のないルミエール様にホッとします。
「……いえ、その、少しでも役に立てればと思って…」
命に別状はなくても怪我で暫く戦えなければ生活に支障が出ますからね。
「こういう緊急時に行動出来るのは当たり前の事ではないの…とても立派なことよ」
私の言葉にルミエール様は静かに言葉を紡ぎます。
「…今回、貴方達のおかげで救われた者が大勢いる…とても助かったわ」
相変わらず、優しく褒め上手なルミエール様に私は少しだけ笑ってしまいました。
「…そんな立派な事ではありません…」
柔らかな空気の中、ルミエール様は言葉を続けます。
「…それに、最近の2人の活躍も耳にしているわ」
「…」
佐藤くんと私は思わず顔を見合わせました。
「…いえ、あの、私は何もしていません」
「…」
…まさか、あの二つ名っぽい呼び名を知られてはいないですよね……
出来ればこれ以上、“黒歴史”になりそうなものは関わりたくないのですが……
困った顔の佐藤くんと嫌な汗をかく私を見つめていたルミエール様は私へと視線をズラします。
そして、小さく息を吐きました。
「……貴方を見ていると、不思議な気分になるわ…」
その言葉に、私は一瞬だけ心臓が跳ねます。
「え?」
「既視感がある……と言えばいいか。どこかで会ったような、そんな気がするの」
私は内心、冷や汗をかきそうになりながらも、できるだけ自然に笑ってみせます。
「わ、私なんてどこにでもいる普通の冒険者ですよ」
「……そう、そうかしら…?」
ルミエール様はそれ以上何も言わなかったけれど、どこか納得していないような表情をしていました。
なんとなく気まずい空気が流れます。
「あ、あの…お話がそれだけでしたら…私たちはそろそろこのへんで……」
「待って」
席を立とうとした私を、ルミエール様の声が引き止めました。
「……今回のことも含めて、今後も協力を頼みたいの。貴方たちは……信用できる、と思うから」
その言葉には、信頼が込められている気がしました。
今世ではそこまでの関わりがあった訳でもないのに、また信頼を寄せて貰えた事実に、私はなんだか嬉しくてふっと微笑んでしまいます。
「……ありがとうございます」
ルミエール様は目を伏せました。
その頬がなんとなくピンクを帯びているように見えました。
ルミエール様は少し咳払いをすると、ゆっくりと語り始めました。
その雰囲気は先ほどまでの柔らかなモノとは違い何処か緊張感を含む鋭いものへと変わっていました。
「…この国は今、危うい状態にあるの。王都では魔王復活の噂があるし、国の上層部は禁忌であった筈の召喚魔法を使ったという話もあるわ…」
「「!!」」
……私と佐藤くんは思わず目を合わせました。
魔王の事も召喚の事も一応情報としては広がり始めていたようです。
しかし、私たちがその召喚された者達の一部だとはまだ気が付いていないようですね。
「…私個人としての意見だけど、王都の動きは信用できない。だから、できる限り情報を集めてこちらでも独自に魔物対策をしたい……だからできれば貴方たちにも協力してほしいの」
私達は静かにルミエール様の言葉を聞いていました。
彼女の声には、ただの義務感だけではなく、何か別の感情——疑念や、警戒のようなものが滲んでいるようでした。
「……えっと、具体的にはどんな協力をすれば良いのでしょう…?」
私が尋ねると、ルミエール様は少し迷うように目を伏せます。
「ギルドとしては出来る範囲で警戒を強めているけど正直なところ、十分な戦力を確保できているとは言い難いの…」
ルミエール様は静かに私たちを見つめます。
「だから、貴方たちにも力を貸してほしい。次の魔物の襲撃に備えてギルドと協力して対応してもらえないかしら?」
私達は顔を見合わせて一瞬だけ考え——すぐに頷き合いました。
「……わかりました。力になれることがあれば、協力します」
「僕も……僕にできることなら協力します…」
私が答えると佐藤くんも少し不安そうに目を揺らしながらも、なんとか返事を返しました。
そんな私たちの返事を聞いたルミエール様は何故だかじっと私を見つめます。
「……貴方、妙に物怖じしないわね」
「え?」
「普通、こういう話をすれば、少しは動揺するものだけど……あなたはまるで慣れているかのようだわ」
鋭い指摘に、一瞬だけ息が詰まります。
……えっと、あの、まあ当然なのですが。
私は”前世”で、こういう雰囲気も何度か経験しております。
かつての勇者一行として、魔王と戦い続けた日々——それを思えば、今の状況はさほど驚くことではないのです。
……でも、そんな事をルミエール様に気づかれるのは困ります。
だから……私はわざと少しだけ肩をすくめてみせました、
「そ、そんなことないです…た、ただ顔に、出にくい?だけで…」
「……そう…?」
ルミエール様は私をじっと見つめます。
その視線には、どこか探るような色がありました。
……これは、気づかれてはいない…ですよね…?
——なんとなく、ルミエール様の表情には何か引っかかるものがあるように見えました。
……そして、何故か横の佐藤くんまでもがルミエール様と同じような顔でこちらを見ていることが私には腑に落ちませんでした。




