佐藤くんside
綺麗なエルフなギルドマスターの登場で浮き足だっていたギルドも、暫くするといつも通りの賑わいを見せていた。
依頼を受ける冒険者たち、酒を飲み交わす者たち、今日もまた、活気に満ちた光景が広がっている。
僕——佐藤大地は、そんなギルドの一角で山田さんとともに依頼の掲示板を眺めていた。
城を追い出されて既に何日も過ぎているけれど…
……驚くほどにコチラの世界に馴染んでいる気がする。
役に立たないスキルのせいで城を追い出され、そこに巻き込んでしまった山田さんだけは命にかえても守ろうと心に決めた……はずだったのだけど…
「……うーん、今の私たちでできそうなのは、この辺りかな?」
山田さんが掲示板から薬草採取の依頼や、とても弱い小型魔物の討伐依頼を選んでいる。
まだまだ僕たちは駆け出しの冒険者の為、派手なことはできないし力もない。
でも、地味でも堅実にお金になる依頼を選べば食費や宿代などはどうにかなる事がわかった。
(山田さんはなんだか色々とすごいけど……僕は、本当に役に立たずだな…)
なんとなく、そんなことを考えながら依頼の紙を手に取ろうとした、その時——
「——おい! 誰か、手を貸してくれ!!」
突然、ギルドの扉が勢いよく開かれた。
そして…そこに血まみれの冒険者が立っていた。
彼の背後には、同じく傷ついた仲間たちが何人も倒れ込んでいる。
「くそっ……あいつらが、こんなに早く街に来るなんて……!」
彼の言葉に、ギルド内の冒険者たちがざわめく。
「おい、どういうことだ?」
「まさか、魔物の群れがもうここまで……?」
「くっ、依頼の報告どころじゃねえ! 戦える奴は今すぐ向かうぞ!」
事態の深刻さを察した冒険者たちが、次々と武器を手に取り立ち上がる。
しかし、僕はただ立ち尽くしていた。
血だらけの人なんて初めて見た上に、こんな事態に巻き込まれた事で軽いパニックを起こしそうだった。
(……ど、どうしよう、こんな時、僕は一体どうしたら?…そもそも僕なんかが役に立つはずもないし…)
心臓が早鐘を打つ。
僕は強くない。戦えない。
(どうしようどうしようどうしよう)
あまりのことに混乱と共に倒れそうになった僕に……横から支える温かい手が、そして声が聞こえてきた。
「佐藤くん、大丈夫。落ち着いて」
…優しい、励ますような声にパニック寸前の意識が不思議と落ち着きを取り戻す…。
「…や、山田さん…」
山田さんは僕に声をかけながらも意志のこもった瞳で周りの状況を確認しているようだった。
(……そ、そうだ。…僕は山田さんだけは命に替えても助けるって決めたんじゃないか)
山田さんを見ている内に恐怖の中に強い決意のようなものが湧き上がる。
凛とした山田さんの横で震えそうになる足を何とか止めようと拳を握った。
僕にできること……
まずは今の状況をキチンと把握して……
……あれ?
—— 何かが引っかかる。
頭の奥が、ざわざわとする。
違和感。
——いや、これは 予感 ?
目の前で倒れた冒険者の口が、震える声で言葉を紡ぐ。
「やつら……森の奥から、まっすぐ……この街を……っ」
その瞬間、視界がふっと歪んだ。
俺の目の前に、“別の風景”が広がる。
森の中を駆ける影。
群れをなす魔物たち。
そして、その先頭を行くのは——
(——嘘だ!? 今のままじゃ、ギルドに直接突っ込んでくる!?)
まるで、未来を見ているかのような感覚。
気づけば、僕は口を開いていた。
「まずい! 正面の門じゃなくて、南側から魔物が来る!」
ギルド中の冒険者たちが一斉に僕の言葉に振り向いた。
「……なんだと?」
「どうしてそんなことがわかる!?」
自分でもわからない。…ただ、確信があった。
「お、お願い、信じて! …このままじゃ、ギルドごと襲われる!」
僕の必死の叫びに、冒険者たちは戸惑ったような表情を浮かべる。
そんな中で——
「佐藤くんは嘘を言うような子ではありません。言葉は本当だと思います」
静かだけど、はっきりとした声。
山田さんだった。
「信じがたいかもしれないけれど、彼の言う通り南側にも備えて下さい!お願いします!」
「お、おい、急にそんな事を言われても……」
山田さんは普段、あまり表に立つようなことはない。それなのに山田さんの言葉には何故か皆が無視する事が出来ない…不思議な力を持っていた。
信じがたいけれど無視することも出来ない…そんな緊張感が走る中、奥からルミエールが現れた。
ギルドマスターであるルミエールはその様子を見て少し考え込んだ後、静かに頷くのが見えた。
「……少しでも可能性があるなら、賭けてみる価値はあるわ。今すぐ南門への防衛も向かいなさい!」
マスターであるルミエールの一声で、冒険者たちが一斉に動き出した。
そして——
「——来たぞ!!」
南側の見張りの叫び声とともに、僕が見た光景そのままの魔物の群れが現れた。
「本当に……こっちに来た……」
「くそっ、あいつの言った通りじゃねえか!」
「やるぞ!!」
冒険者たちが武器を構え、魔物たちへと向かっていく。
僕はその場に立ち尽くしながら、手を強く握りしめた。
(……本当に、僕が見た通りだった)
これは一体……
「佐藤くん…すごいね」
山田さんが、俺の肩をぽんと叩いた。
いつもの優しい笑顔。
「これで沢山の人が助かったよ…」
「……う、うん。…でも、一体なんで…」
「…佐藤くんの“スキル”じゃないかな…」
「…スキル?…で、でも僕のスキルは…」
「《良眼》って、“良く見える眼”…つまり、先見の明だったり、千里眼だったり、とかの“良く見通せる眼”のスキル名だと思うよ」
「…え?…よく、見通せる?」
「…うん。でも、そんな希少スキルだから使うのは条件的に厳しかったはずなのに…すごいね」
裏のない純粋な尊敬の眼差しで『すごいね』と言われた瞬間僕の胸は急激に熱を持ったように熱くなった。
初めてかもしれない…
こんなにはっきりと何の含みもなく褒められるなんて…
そんなすごいスキルだなんて、僕はまだ実感が湧かない。
なぜ、僕に”起こる事”が見えたのか。
どうやって使ったのか。
——この力で一体何が出来るのか……?
何もかもがあやふやで、考えても答えは出ない。
でも、一つだけわかることがある。
(……僕は、また山田さんに助けられたんだ)
もし彼女がフォローしてくれなかったら、誰も信じてくれなかったかもしれない。
彼女が支えてくれなかったら、逃げ出していたかもしれない。
彼女が居なかったら…僕はまだ何もできないままだったかもしれない。
「……山田さん、ありがとう」
小さく呟くと、山田さんは「え?」と首を傾げた。
「……ううん、何でもない」
僕は静かに空を見上げた。
この力の事、正直まだよくわかっていない。
……でも、僕は初めて”役に立てた”気がする。
——このスキルを、もっと使いこなせるようになれば。
僕は、もう少しだけ自信を持てるようになるのかもしれない。
この世界に来て何度か絶望を感じる事があったけれど、その度に救ってくれたのは山田さんだった。
僕自身には何の希望もないと思っていた。
…だけど、ひょっとしたら僕にだって何かが出来るのかもしれない。
そんな気持ちを持たせてくれた山田さんのためにも、僕はこの“スキル”を使えるように死ぬ気で頑張ろうと再び決意したのだった。




