ルミエールside
夜のギルド。
静寂の中、私は手を止め、深く息を吐いた。
何故か今日はやたらと過去の事が頭を過ぎる。
最近ではあまり思い出さなくなっていた過去の記憶。
もう、大分前の事になるはずなのに、目を閉じるとまるで昨日のことのように思い出す。
聖女…セリアの事を…
彼女は、あまりにも純粋で…そして、優しすぎた。
生まれた時から聖女としての力を持ち、幼い頃から 人々のために尽くすことを強いられていた。
本当なら、もっと自由に生きることだってできたはずなのに—— 彼女は、自分の境遇を不幸だと思ったことがないと言っていた。
『私は当たり前の事をしているだけです』
そう言って、いつも笑っていた。
自分がどれだけ過酷な環境に置かれていても、不平不満を言うことはなく、むしろ 他人のことばかりを気にかけていた。
『私は、大したことはしてません』
『みんなが頑張っているのですから私も頑張らないと』
——セリア。
過酷な筈の旅でさえ、彼女はいつも楽しそうに笑っていた。
あなたは、どうしてそんなに自分を犠牲にできるの?
旅の途中。
ある寒い夜のことだった。
野営の準備をしていた私たちは、焚き火を囲んで休んでいた。
そんな中、セリアは薄い毛布にくるまりながら寒そうにしていた。
本来ならもっと分厚い暖かい布もあったのに途中に出会った貧しい老婆へと譲り渡してしまったのだ。
いつもそうなのだ。彼女はすぐに他人へと自分の物を与えてしまう。
「ちょっと、寒いならちゃんと火にあたりなさい」
「えっ? でも、大丈夫です!」
「……いや、見ればわかるわよ。寒いんでしょう」
私は呆れながら、持っていた外套を肩にかけてやった。
「……あ、ありがとうございます。…でも、これではルミエール様のが寒くなってしまいます…」
「私は魔法が使えるし。あなたよりは平気よ」
そう言うと、セリアは少し困ったように微笑んだ。
「ルミエール様は本当に綺麗で優しいです…」
「は?」
「いつも、私のこと気にかけてくれて……そういうのがとても嬉しくて…」
……なんなんだろうな、この聖女は。
自分がどれだけ人を助けているか、まるで気づいていない。
あなたがいるだけで、どれだけ私たちが救われているか——本当に、わかってないのか?
なのに。
あなたのたった一つの命を犠牲にすることでしか、この戦いを終わらせることができなかった。
『…これで、終わりです』
あの時の声が、今も耳にこびりついて離れない。
まるで 当たり前のこと のように、セリアは魔王の前に立った。
それが、この国のためになるのならそれでいいんだって。
それが 自分にできる、最後の役目なんだと。
……バカなの?
そんなこと、仲間は誰も望んでなんかいなかった。
そして、それがもともと国に仕組まれていた事だったなんて……そんな事にさえ気が付く事ができなかった自分が許せない…
あの時の私はあの子の意思だと信じて…それがあの子の望みなのかと躊躇ってしまった。
犠牲になんてしたくなかった…でも、それが彼女の意思なのだと思い、迷ってしまったのだ…
…だけど、あれがあの子の…セリアの意思では無かったのだとしたら…?
国によってそうするように指示されていたのだとしたら…?
私は…彼女を…唯一止められる場所に居たのに……
聖女の死を美談にし、国王たちは魔王討伐の成果を自分達のモノとした。
そして。いつしか驕り昂ぶり贅沢三昧の生活を送っている。
「聖女様の犠牲によって、この国は救われた」
「彼女の名は、歴史に刻まれることだろう」
——そんなことのために、セリアは命を捧げたんじゃない。
きっとセリアなら、国の平和が続くのならそれでいいと言ったかもしれない…
私たちのことも、国のことも自分を犠牲にしたすべてを許してしまうかもしれない…
……でも、私にはそんな事…許せるはずがない。
私は静かに目を閉じた。
かつて守るべきだと信じていた国は、こんなにも醜く愚かなものだったのか。
もし、セリアが生きていたら——今の私を見て何と言っただろうか。
……いや。
あの子はきっと、こう言うんだ。
「大丈夫、私は幸せだったよ」
(……ふざけるんじゃないわ)
あなたが本当に幸せだったなら、私はこんなに後悔するはずがない…
机の上に置いた拳を握りしめる。
魔王が復活したという噂が流れてきた。
彼女を犠牲にしてまで成し遂げた筈の平和のなんと短いことか…
…彼女の命は本当に必要だったのか…?
そして—— 国が禁忌とされていた勇者召喚を行ったとの話も聞こえてきた。
この世界のどこかに、あの愚かな者たちに召喚された者たちがいる。
彼らは、私たちと同じ道を歩まされるのか?
これから、何が起こる?
いや、それよりも——
もし、セリアが生きていたら…
もし、もう一度会う事が叶うのなら……
私は……
…いつの間にかそんなあるはずのない事を考えている自分に思わず大きなため息がもれた。
「…………」
窓を開けて大きく息を吸う。
暗い夜の闇の中、そんな私の顔に夜の風が冷たくそして優しく吹き抜けていった。




