“伝説の勇者一行”の噂話(後)
「…まぁ、でもな、結果的には悲劇だよな」
その言葉と共に場が少し落ち着きを取り戻します。
急に落ちた声のトーンと共に場もしんみりしたムードへと一転しました。
その様子に私と佐藤くんは不思議そうな顔をしてしまいました。
「そうだな。聞いた話だが、勇者一行が魔王を討つためには、聖女の犠牲は必要だったらしい…」
「…どういう事だ?」
急に変わった雰囲気に私たちと同じようについて行けなかった1人が話し手に質問を投げかけます。
「魔王はただの怪物じゃなかった。強大な魔力を持ち、不死に等しい存在だったんだ」
「どれだけ斬っても、どれだけ魔法を叩き込んでも、すぐに再生してしまう……。まるで絶望そのものだったらしい」
「じゃあ、勇者はどうやって倒したんだよ?」
「……最終的に、聖女様が自らの命を捧げたんだよ」
「…噂では勇者一行が魔王を討つための聖女の犠牲は想定内だったって話もある」
「えっ……?」
佐藤くんが横で驚いた顔をしています。
私ももちろん驚いていましたが、その驚いた内容は佐藤くんとはきっと違うでしょう。
私達は黙って話の続きを聞きました。
「国は知っていて聖女を同行させたんじゃねぇかって言われてる…」
「…まじかよ」
「…」
……なんという事でしょう。
それは確かに事実ですが、何故そんな話が出回っているのかがわかりません。
これは国が最も隠したがっている事のひとつに当たると思うのですが…
こんな機密に当たるような内容が噂に登る程に知れ渡っている事実に、私は混乱しながらも必死に無表情を保ちます。
「…じゃあ、聖女様と恋仲だった勇者様はその後どうなったんだ?」
いえ、恋仲ではないのですが……
「それがなぁ……。王城に戻ったって話までは聞いたが、それからの足取りは誰も知らない」
「…なんだよそれ!…おかしくね…?」
「そうだよな。…それに、なんか変じゃないか? いくら何でも、誰も知らないなんて……」
「まぁな。…国があんまり勇者様たちの話をしなくなったのも不自然だしな…」
「……それに、王様たちは城でぬくぬくと待ってただけで何もしてない癖に、魔王が討伐されたとなると自分たちの手柄とばかりに大手を振って豪華に暮らしてるって話もあるし…良い身分だよな」
「ま、俺たちみたいな下っ端が口を挟めることじゃねぇけどな」
誰かが冗談めかして笑います。
でも、その笑いの裏には薄暗い不信感が滲んでいるようでした。
——どうなっているのでしょう…?
私が犠牲にはなりましたが、魔王は討伐され仲間達には褒賞が約束されていたはずです。
平和になった世界で幸せに過ごしていると信じていたのですが…
しかし、その疑問を口に出すには私の今の立場では難しいです。
「……なんか、すごい話になってきたね……」
隣で聞いていた佐藤くんがぽつりと呟きます。
「魔王を倒して英雄になったはずの勇者たちが行方不明……しかも、国の奴らはそれを あまり話したがらない……」
彼は腕を組みながら考え込んでいます。
「……山田さん、これって変じゃない?」
「……そうだね。…変、かもね」
私はできるだけ冷静な声で答えました。
でも、本当は心の中ではさっきの勇者達の話が気になって落ち着きません。
私がいなくなったあと、勇者様たちは一体どこに行ったのでしょう?
犠牲は私1人で足りたはず…
王様たちは 何かを隠している……?
私は前世では決して持つ事を許されなかった王達への不信感と疑惑が胸に広がります。
…でも、今ここで騒いでもどうにもなりません。
「…僕たちは魔王を倒すために呼び出されたんだよね。…でも、魔王は既に倒されている?」
「…!」
そうでした。
過去の話に衝撃を受け過ぎて忘れていましたが、そもそも魔王が復活したために私達は再びこの世界へと来る事になってしまったのでした。
「…魔王の事をみんな知らないって事は、まだ王様達が隠しているのかな……?」
佐藤くんの冷静な言葉が頭に響きます。
私は気持ちを押し殺し、悟られないようにいつもの調子で言いました。
「…佐藤くん。…とりあえず、今は次の依頼を決めない…?」
「え…?あ、ああ……そうだね」
佐藤くんはまだ少し考え込んでいたようでしたが私の言葉を聞いて頷いてくれました。
すぐに気持ちを切り替えたようにコチラへと笑顔を見せてくれました。
…でも、王様達に対するこの不穏な違和感は、確かに私達の胸へと暗い疑惑を落とすキッカケとなったのです。
本当に、どういうことなのでしょう…
…私の黒歴史を、まさか今世にまで被せてくるだなんて…




