佐藤くんside
「追放だ」と告げられた瞬間、頭の中が真っ白になった。
役に立たないって言われるのは知っていた。
僕のスキル《良眼》なんて目が良くなるだけの意味がわからないスキルだった。
望遠鏡のあるこの世界では特に役にも立たない上に僕自身がクラスの中でも地味で目立たない存在なのだ。
居ても居なくても同じ存在だという自覚はあった…
でも、それでも…まさか追い出されるとは思っていなかった。
必死に何か反論をしようとしたけれど、そんな僕の気持ちなんて関係なく進藤は冷たく『出て行け』と言う。
どうすればいいのかわからなかった。
周りからも、同情の視線は感じてもこちらに加勢をしてくれるような雰囲気は感じない。
わかってる。みんな自分まで追い出されると思って怖いのだ…
俺はただ、俯いて拳を握るしかなくて——
でも、そんな中でーー
「“役に立たない”って、誰が決めたんですか?」
決して大きな声ではないのによく通る、落ち着いた響きのその声が俺を救ってくれた。
——山田さん。
彼女は、何も言えずに立ち尽くしている僕の為に唯一立ち上がってくれた。
震えもせず、迷いもせず、堂々と進藤に言い返す姿は、いつものおっとりとした優しい彼女とは違って、強くて、凛としていて——
……眩しかった。
僕のために、こんなに真剣に言ってくれる人がいる。
それが、どれほど嬉しかったか。
進藤からの問いに彼女は迷いもなく『友達だからです』と、そう言った。
その一言だけで、胸が熱くなった。
友達なんて居ないと思っていた。
ただのクラスメートな僕を友達と呼んで、こんなに真っ直ぐな行動と言葉をくれる人がいるんだ。
——それだけで報われた気がした。
…だけど、それが進藤を余計に苛立たせたんだろう。
彼は、誰にも聞かれないような小さな声で呟いたのだ。
『お前、俺のそばにいればいいんだよ』
……それが、心からの呟きなのがわかった。
誰かに聞かせるつもりは無かったのだろうけど、腕を掴まれる程に近くにいた僕の耳にはしっかりと聞こえてしまった。
そして、それが聞こえた僕の胸がざわついたのも事実だった。
進藤が言いたいことは、つまり“俺の側にいてくれ”ってことだろう。
…でも、山田さんは進藤の気持ちなんて全く伝わっていないようだった。
ザマァみろ…
彼女は進藤の手なんか取らずに、僕のそばにいてくれた。
……嬉しかった。
でも、はっきりと気持ちを伝えることの出来ない進藤に苛立った様子の鈴木さんが余計な事を言った。
『ねえ、じゃあ……山田さんも追放したら?』
鈴木さんは進藤が好きだったわけではない。確かに元々顔は気に入っていたようだったけど、多分“勇者”になったから手に入れたくなったのだと思う。
だから、進藤が気にしている山田さんが気に入らないのだろう。
…そして困ったことに山田さんのスキルは僕並みに“ハズレ”なのだ。
結局、うまい反論も思いつかないどころか、進藤は鈴木さんの挑発に乗ってしまった——
「お前も一緒に出ていけ」
その言葉を聞いた瞬間、僕は信じられない気持ちで進藤を見つめた。
なんで、なんで山田さんまで……僕はともかく進藤は山田さんの事が——
呆然とする僕の腕をそっと掴む温かさ。
「佐藤くん、行こう」
山田さんは優しく微笑んでいた。
その微笑みに怒りや悲しみどころか悲壮感などの暗い感情は見当たらない…山田さんの顔に浮かぶのは少しだけ困った感じの優しい微笑みだった。
……どうして…どうしてそんな顔ができるんだよ。
元々追い出されるのは僕だけの筈だったのに……
悔しくて、情けなくて——それなのに、彼女は僕を慰めるように笑ってくれる。
ああ、やっぱり山田さんははすごい。
僕なんかじゃ、全然追いつけないくらい。
「それじゃあ、失礼します」
彼女が俺の手を引いて門へと向かう。
本当は彼女だけは残していくべきなのに……僕は、その手を離したくなかった。
背後を振り返ると、進藤がじっと山田さんの後ろ姿を見つめていた。
——きっと後悔をしてるんだろう。
でも、お前にそんな顔なんてする資格なんてない。
たとえ唆されたのだとしても山田さんを追い出したのは、進藤自身なのだから。
僕の胸に少しだけ暗い嘲りの気持ちが浮かんだ。
城門が閉まる音が響く。
僕には進藤みたいな力も、みんなを率いるカリスマもない。
でも、山田さんが俺のために動いてくれたように——
今度は、僕が彼女を守れるようになりたい。
そのためなら、どんな努力でもしてみせる。
「……ごめんね。ありがとう、山田さん」
「ううん、当たり前のことしただけだよ」
そう言って笑う彼女が、あまりに綺麗で。
胸の奥に生まれたこの気持ちの名前に…この時の僕は、まだ気が付いていなかった。




