観察対象:男爵令嬢
本日二話目更新です。
バーナード男爵がつれてきた娘たち。報告によると、母親が女手一つで娘二人を育てていたが、母親が倒れたために生活が立ちいかなくなった。そんなときに、男爵が彼女達に接触を図った。姉であるアンヌは、性格がよく町の人からも好かれており、妹のアンナの方はその可愛らしさで町の人から評判だったそうだ。
可愛らしいとあったが、実際に顔を見てみるとそれほどでもないという印象を受けた。正直なところ、全く可愛いとは思えなかった。サーシャが可愛いのは言うまでもないが、バーナード男爵の娘以外の男爵令嬢の方が、一般的な目から見ても可愛らしいだろう。同じ町に住む者は良く見えたと云うところか、それとも、計算で可愛らしく見せていたのか。だが、あの程度の者に惑わされるなら、それだけのものなのだろう。
男爵令嬢は集まった人の視線を身に受けつつも、自分について話した。
「わたしはー、アンナ・バーナードといいますー。まだ慣れないことが多いのでー、よかったら仲良くしてくれると嬉しいでーす」
無理だと思った。何がというのは言えないが、なんというか生理的に受け付けない人種である。
「私の名前はアンヌ・バーナードと申します。先程説明がありましたが、アラステア・バーナード男爵の娘ということが先日発覚しました。まだ貴族としての礼儀などなっていないところために、皆様を不愉快な気持ちにしてしまうことがあるとは思いますが、寛大な目で見て頂けると幸いです」
姉であるからか、アンヌはアンナとは比較にもならないほど、しっかりとした言葉で明瞭に喋った。アンナとは違い、生理的に受け付けないという気持ちにはならないが、アンナもアンヌも同じ教育を受けてきたはずである。それなのに、妹の方はあんな感じになり、姉は違う。また、姉が常識人であれば、妹の態度を注意こそすれど、あのような話し方をそのままにするなどとはしないだろう。頭を使いそうであるという点で考えてみると、姉の方が要注意人物になりそうだ。
挨拶が終わった二人のうち、姉の方を特に注意深く眺めていると、姉は僕らが居る方から目を逸らし、足早に広間を出て行った。姉を見張るように命令を出してから、妹の方を見る。彼女は自分を囲っている令嬢や子息を掻き分けて、僕らの方へ駆け足で近づいてきていた。サーシャは少し前に僕の近くから離れたので、サーシャに害をなそうとしたわけではないのだろう。自分の周囲には、現在キューベレとフランがいる。他の人はキューベレがいるので、近寄っていなかったのだ。そんな僕たちの元へとクリノリンスタイルへ走り寄ってくるアンナ。
回避したいのはやまやまであるが、今この場を離れたら、バーナード男爵家の者を厭うてのことだと他の者にも知られる。僕としては知られてしまって近づけないようにしてくれればいいのだけど、バーナード男爵は憤慨したとか言ってきそうだ。諦めて彼女と接触しよう。考え方を変えれば、観察対象の方が情報を持ってきたのだから、手間が省けたともいえる。
「私が貴方たちを更正するわ! 任せなさい!」
僕は頭が痛くなった。この際、口調が変わっているのは気にしないが、初対面の僕たちに向かって、なんという言い草なのだろうか。
「あ、間違えちゃった! 語尾は伸ばした方が可愛いって言われてたのに、忘れてちゃってた! でも、いいよね、話しづらいもん。あの、貴方ってアラン・ブラッドリーで合ってる?」
僕は彼女の言葉に何も返さなかった。僕が誰か推測出来ている上での行動であるのならば、これらの言動は不敬ととられても仕方がないものだ。バーナード男爵をつつくための機会を、相手の方から渡してくれるだなんて、何か計略があってのものかと思ったが、バーナード男爵は青い顔をしているので、どうやらそうではないようだ。
彼女の馬鹿さ加減には感謝しないといけないね。
「もう! ちょっと、私の話聞いてるの!? あのね、貴方かっこいいからって何でも許されるだなんて思ってるでしょ! でも、人生顔だけじゃ生きていけないわよ。あとね、妹のことだけど、気持ち悪いわ! それに、私のことが気になってるんでしょ? 私のことを好きになっていい「ねえ」
「なによ?」
僕が話しを遮るために彼女に話しかけると、嬉しそうな顔をしつつも、怒ったような声色で僕に返答する。本当に怒っているのはどちらか分かってる?
「僕は僕の可愛い妹を侮辱する君に、軽蔑するのを禁じえないよ」
そう言って僕はその場を去った。「何でよ!? ちょっと、待ちなさいよ!」と言っている声が響いていたが、それすらも憎悪を増す原因にしかなりえなかった。自分でも抑えきれないくらい、怒りがぐつぐつと身体の中で煮えたぎる。誰かれ構わず当たってしまいたいくらいだ。
アンナ・バーナード。人の目があったから、あれくらいの言葉で済ませたが、衆人監視のもとでなければ、口に出せないことをやっていた自信がある。いらいらしつつも進んでいくと、サーシャに付けていたものが報告にやってきた。そして、報告と共にサーシャ用のショールが渡される。
「夜は寒いと云うのに、中庭に出て行ったサーシャ様に巻いて差し上げるとよろしいかと」
「ふぅん。準備が良いね」
「…」
「まあ、いいや。じゃあ、サーシャのところに行くよ。広間の方にいるものと合流して」
「御意」
了承の言葉を告げたかと思うと、瞬時にその場からいなくなる。僕もいつまでもここにいられない。寒い思いをしているだろうサーシャのところに行かなくちゃ。
中庭でサーシャのいるところにようやく辿り着いた。着くまでに報告と違う点があったけれど、それは今は置いておく。
寒そうに身震いしたサーシャの肩にそっとショールをかけた。サーシャは布を掴んで巻くのを阻止しようとしたが、僕だと分かると抵抗を止めた。巻いた時に回した手をそのままサーシャの身体に巻きつける。やっぱり、冷たい。早くサーシャを中に入れてあげなくては思うが、それでも今しばらくはこの腕の中の彼女の温もりを味わっていたい。
サーシャは首を僕の方へ向けた。
「お兄様、急にショールを巻くのはやめてくださいませ。私、とても驚きましたわ」
「お前がまた風邪になるんじゃないかと心配だったんだよ。ごめんね」
「誘拐かなにかかと思いましたわ」
誘拐。
サーシャは知らないことだが、今までも起こりそうになったことであり、これからも起こりうることである。でも、そんなことは絶対にさせない。
「誘拐、ね。そんなことは絶対に起こさせないけど、もし、そんなことがあれば」
「…そんなことがあれば?」
「相手はとても後悔するだろうね」
今までに誘拐を起こそうとしてきた相手を思い出しながら言うと、サーシャはぎこちなく首を正面に戻した。後ろを向く体勢が辛かったのかな。
…それにしても、男爵令嬢について考えるとやはり頭が痛い。溜め息をつくと、サーシャは正面を向いたまま僕に話しかけた。
「どうしたんですの、お兄様?」
「サーシャが僕といるのに、意識が飛んでいるから寂しくてね」
意識が飛んでいるのは自分の方も同じではあるが、咄嗟にサーシャに話したくないと思って嘘をついてしまう。だが、全くの嘘というわけではない。今の溜め息の原因ではないが、よく僕が思うことだ。
「私は真面目に聞いてますのよ」
「それほど嘘でもないんだけど、そうだね……サーシャが広間から去った後に、少々疲れることがあってね」
「まあ、そうなんですの?」
「そう。だから、今はサーシャで癒されているところ」
サーシャが心配してくれていることが分かった僕は、余計な心配をかけてしまうことは分かっていつつも、先程のことを話そうと思った。アンナ・バーナードの発言は少々曖昧にする必要はあるけれども。
「俺もサーシャで癒されたい」
「ふ、フラン!?」
僕ら目掛けて来たのだから、僕だけでなく、フランやキューベレにも何か言うとは思っていたが、やはり何かしら言ったようだ。フランの顔がいつもより険しい。
「もう来たの」
「アラン、ひどい」
「いつものことでしょ」
「うん。でも、もっと俺に優しくしてくれてもいいと思う」
「僕としては優しいつもりだけど」
「どこらへんかくわしく」
「そんなの自分で考えなよ」
会話しつつも、フランとの間で攻防が行われる。サーシャに抱きついているという僕の状態が気に食わないフランは僕を必死にはがそうとするが、フランに負けるほど非力では無いので、依然として僕はサーシャに抱きついたままだった。
フランはそれでも頑張っていたが、しばらくすると諦めてサーシャに正面から抱きついた。サーシャは僕の時とは違い、フランに抵抗するがそれでもフランはめげない。僕もサーシャに見えないところでフランを邪魔するが、それでも諦めなかった。
サーシャもフランに粘り負けしたようなので、僕も妨害を一時止めることにした。サーシャにバレると困ると云うのもあるが、フランも嫌な絡まれ方をしたようなので、気が参っていそうだったからだ。
僕は、サーシャに話すと決めたアンナ・バーナードについて話し始めた。
「サーシャは、男爵の話と簡単な男爵令嬢の言葉を聞き終わったら、颯爽と広間から去ったね」
「はい」
「だけど、男爵の娘の一人に同じ男爵や子爵連中の子息や令嬢が近づいていたのは見ただろう?」
「はい、それは見ましたわ」
「僕としては、どういう対応をするのか見てから付き合い方を決めようと思っていたんだ」
「俺は元から関わらないつもりだった。今もそのつもり」
「話しがずれるから、お前は口を出さないでくれる?」
「むっ」
「フラン、今はお口チャックですわ。しー」
「おくちちゃっく…うん、わかった」
お口チャックだなんて、可愛い言葉がサーシャから発されたことに驚いたが、フランが目で話しを続けるように催促したので、サーシャに動揺が伝わらないようにしながら、話を続けた。
「フランは別としても、僕とキューベレはそれぞれの思惑があって彼女を眺めていた。それは自分でも認めるよ。だけど、彼女は何を勘違いしたのか、僕たちが彼女に気があると思ったらしくてね……」
「え、それでどうされたんですの?」
「彼女は令嬢たちに挨拶もなく、僕たちの元めがけて走り寄ってきたんだ」
「あ、あのドレスで、ですか?」
「うん。すごい勢いで近づいてきたから、かなり驚いてしまったよ」
サーシャも彼女の姿をしっかり目に入れていたようだ。僕の言葉を聞いて、思い切り後ろを振り返った。それと同時に、サーシャの首からかなり大きい音が鳴った。
「っつ!」
「大丈夫かい、サーシャ」
「は、い。大丈夫ですわ。それで、男爵令嬢はどうしたんですの?」
「彼女は僕に対して、聞くに堪えない言葉を投げかけたんだ。だから、そのことは残念に思ったけど、どうしても僕は彼女を許せそうになかったから、彼女とは関われないなと思って、その場を離れたんだ」
「男爵令嬢はなんていったんですの」
「さて、ね。そういえば、フラン、お前も何か言われたんじゃないの」
「さあ」
「さあって」
「関わらないつもりだったから、聞いてない」
「…潔いね」
フランのこういうところは嫌いじゃない。だが、何て言われたのか気になるな。僕に向けた言葉の中にも、僕とフラン、キューベレしか知り得ないことが含まれていた。フランに対して言った言葉にもそんな要素があれば、怪しいことこのうえないし、僕としても確証が持てる。
「お兄様たちが大変だったのは理解できましたわ。だからといって、この体勢は理解できませんけど」
「僕の可愛い妹、そう意地悪を言わないでほしいな」
「だって、こんな体勢見られたら、私、恥ずかしくて、恥ずかしくて堪りませんわ」
「ん、大丈夫」
フランは自信を持ってサーシャの言葉に答えた。本当に大丈夫なのかと僕が思ったが、サーシャが僕の気持ちを代弁してくれた。
「なにが大丈夫なんですの? 二人に挟まれて私が見えないから大丈夫とでも言いたいのですか、フラン」
「ううん、ここ入れない」
「え? 入れてますわ」
「俺が来るときに、像の配置変えてきた。だから、中庭のここには今は来れない」
「まあ、そんなことも出来ますの?」
「うん。サーシャとここで過ごすことが出来たら、アランに邪魔されないように思って」
「じゃあ、もしも中庭に二人が出て行くようなことがあれば、ここを探すことにするよ」
「はっ」
聞かれてしまったというような顔をこちらに向けるフラン。言っとくけど、お前の方が後から来たんだからね。馬鹿なフランを慰めるようにサーシャは手を動かして撫でた。僕には一気にフランの機嫌が急上昇したのがわかったので、先程の発言も計算した上でのことだったのかもしれないと思えはじめた。
「それで、私、少々気になることがありますの」
「男爵令嬢に対してかな」
「男爵令嬢も確かに気になりますわ。だけど、そうじゃありません」
「他に何かあったかな」
サーシャの言葉にとぼけて見せた。優しいサーシャのことだから、きっとキューベレのことが気にかかったのだろう。
「その、私が居なくなって、お兄様とフランだけで男爵令嬢に絡まれたわけではないでしょう? ですから、その、キューベレ様はどうされたのでしょうか?」
「ああ」
「キューベレ様は、尊い犠牲になったのである」
「そうなったのかもしれないね」
サーシャが公爵子息になんてことを、といった感じの態度を取ったので、彼女の気を晴らすためにも僕はサーシャから離れた。それに見習って、フランもサーシャから離れた。
「それはただの予想でしかないよ。だから、そんなに心配しなくても大丈夫」
「でも、公爵子息ですのよ?」
「キューベレは一筋縄でいくような相手じゃないし、そもそも公爵子息、だからね」
公爵子息なのだから、公爵家の庇護下のものはキューベレを援護しようとするだろうし、キューベレ派のものたちは、キューベレを守護しようとするだろう。だから、本当に心配しなくていい。処罰についても、キューベレはそんな男ではないから大丈夫なのだと言おうと思ったが、わざわざキューベレの株を上げる必要もないかと思って、その言葉を呑み込んだ。
僕はサーシャの頭を撫でてから、フランにこのまま家へと帰る旨を告げた。フランはサーシャが帰ることが嫌そうではあったが、サーシャの顔色を見たので、文句も言わずに玄関まで見送ってくれた。
さて、男爵令嬢。今日の分のお返しはしっかりさせてもらうからね。馬車に揺られつつも画策するのは、バーナード男爵家のものについてだった。
アラン視点終了です。
閲覧有難うございました。




