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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第三幕 城塞都市・レーヴェンザール攻防戦

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大変お待たせしました。

 応戦の砲火けたたましいレーヴェンザールの東門陣地へと押し寄せる〈帝国〉本領軍鋭兵たちの突撃は、噴火する火口へと生身で飛び込んで行くようなものと等しいにも関わらず、その勢いを依然として失ってはいなかった。実戦的な運命論者である〈帝国〉軍将兵たちは退けぬとあらば進むより他にないことを数多の経験から熟知しているからであった。

 そして無論、苦境に陥っているのは決して〈帝国〉軍だけではないことも知っている。

 必死に応戦を続けるレーヴェンザール守備隊東門正面陣地も今や、地獄と同義であるからだった。


「左翼陣地、第3砲台沈黙! 内部へ直撃を受けた模様!!」

 正面陣地の指揮官であるエルンスト・ユンカース中尉の籠る壕の外にいた兵が、周囲で鳴り響く爆音を張り飛ばすような大声をあげて報告した。それに、ユンカースは指揮壕に設けられている銃眼を覗き込むと、報告にあった地点へとさっと目を走らせた。と言っても、指揮壕の開口部は狭く、辺りは着弾によって巻き上げられた土砂や黒煙がもうもうと立ち込めているせいで、目視で確認できるのは精々、発砲炎の煌きが見えるか否かという程度の情報だけであった。

「左翼予備隊を投入。復旧させろ」

 ユンカースは半ば投げやりな口調で命令を発しながら、壕の銃眼から吹き込んだ爆風に攫われぬよう軍帽を手で抑えつけた。自分の命令が少なからぬ部下を危険に、いや、死へと追いやるだろうことは理解しているが、それでも応戦の手を緩めるわけにはいかない。正面陣地には守備隊の保有するほぼすべての火力が集中して配備されているが、一個師団による突撃をしのぎ続けるためにはたった一門の砲も休ませている暇はない。

 煙で覆われた視界の彼方から、質量を持った轟音が響いた。

「中尉殿!」

 彼に付けられている細長い顔をした軍曹が、ベーデガーという名であった、警告するように叫んだ。紛れもなく、今の轟音の正体は〈帝国〉軍砲兵が一斉射撃を行ったものであった。今日、何度目になるか分からない衝撃で陣地が打ち震える。ユンカースは弾着点が次第に指揮壕へと迫っているのを見た。

「伏せろ!!」

 慰めに過ぎないと知りつつも、彼は指揮壕にいる兵たちへ向かって怒鳴った。指揮壕などと言っても、その役割は陣地全体の火蓋を切る、という以外にやることは他の砲台と同じである。壕内に据えられている四門の野砲を操っていた砲員たちが、ユンカースの声を聞き一斉にその場にしゃがみ込んだ。

 全身の神経が極限まで引き延ばされてゆくような、恐ろしい一瞬の空白。そして始まる、容赦のない鉄の豪雨。弾着。弾着。弾着。地上にある何もかもを一掃してゆく鉄火の洪水。

 炸裂する砲弾が齎す結果に善悪などない。

 退避壕の中へその中の一発が飛び込んだ。砲声とともに我先にと壕内へ滑り込み、身を縮めていた十人ほどの男たちが悲鳴一つ上げずにべしゃべしゃの肉塊と化して大地と同化した。弾薬を運んでいる兵たちの真上で炸裂したものもあった。抱えていた砲弾が誘爆し、肉体と内容物が盛大にぶちまけられる。

 だとしても、凶器は罪に問われない。どのような凶行が行われようとも、それによって生じた罪の全ては人間が背負うべきものであるからだ。そして、戦場を満たす罪業は個人にだけ帰することはない。

 ならばきっと、この場に居合わせた誰もかれもが咎人なのだ。戦争とは罪人同士による裁き合いであり、無慈悲なる鉄弾こそが公平無比な刑罰の執行者に他ならない。


 指揮壕にも次第に着弾の閃光と衝撃が迫り、遂に直撃した。もはや、音すら超えた振動。崩落する大地が張り上げる、絶叫のような地響きが壕内を満たした。石材と鉄材で補強された指揮壕の天井が震え、ぱらぱらと土を落とす。吹き込んだ爆風に煽られて砲の一つが横転した。壕内に絶叫が響いた。倒れ込んだ砲のすぐ横に伏せていた兵が、その下敷きになったのだった。しかし、今は誰も構っている余裕がない。ユンカースを含めた全員が、床に伏せて身を固めているだけで精いっぱいだった。巨大な鉄塊に半身を押しつぶされた兵は血の泡をふきながら悶え、何かに縋るように伸ばされた片手がぱったりと床に落ちる。

 この世の何もかもから現実感を失わせるような光景と衝撃が徐々に遠ざかっていった。それと共に、精神の揺れ幅も収まってくる。ユンカースは顔を上げた。ようやく呼吸が許されると同時に咳きこんだ。鼻と喉に詰まっていた埃とも泥ともつかないものを吐き出す。彼の周りでは兵たちが半ば茫然とした面持ちのままへたり込んでいた。砲身に押しつぶされて絶命した戦友の亡骸を無感動に見つめている。

 ユンカースは彼らを叱咤するように怒鳴った。

「何をぼうっとしている! 砲を起こせ! 誰か、療傷兵を呼んで来い!」

 自分の口から出たそれは、酷く遠くから聞こえた。どうやら、まだ鼓膜が痺れているらしかった。だが、彼はそれを無視してなお大声を上げた。

「ベーデガー軍曹!!」

「はっ!!」

 ユンカースから数歩も離れていない位置で、やはり同じように伏せていたベーデガーが名を呼ばれるなりひょろりとした顔を跳ね上げて応じた。

「周辺の損害を確認してこい! 他の者は応戦準備だ、急げ!!」

 彼の怒鳴り声に、ベーデガーは指揮所を飛び出した。他の兵たちも弾かれたように行動を始める。ユンカースは自らもまた指揮壕から出た。

 先ほどの一斉射撃に比べればマシだが、未だ敵からの砲撃は止んだわけではない。危険な行動かもしれなかった。だが、彼は与えられた立場としてそうする必要があった。安全な場所に籠り命令を飛ばす指揮官になど、誰も従わない。

 外へ出たユンカースは陣地をさっと見渡した。着弾点から離れた場所の砲台は、絶え間なく砲火が吐き出され続けていることを確認するとほっと息をつく。しかし、集中的に狙われたらしい指揮壕周辺では幾つかの砲台が沈黙していた。至る場所から療傷兵を呼ぶ悲痛な叫びが聞こえてくる。

 さすがは〈帝国〉軍。すでに指揮所ここの位置にも当たりをつけているか。

 そうした惨状の全てから意識を切り離したユンカースは胸中でわずかに敵を羨んだ。ありったけの火砲を搔き集めたにも関わらず、それを遥かに優越する敵の火力。あれだけの砲火の中を恐れずに突き進んでくる兵士たち。まさに〈帝国〉軍は大陸世界最強最精鋭の名に恥じぬ軍隊であった。

 しかし、いつまでも関心はしていられない。周囲の砲台を確認しにいったベーデガーが戻ってきた。

「中央陣地第5砲台は野砲一門が大破、ですが継戦は可能であります。問題は第7砲台です。指揮官を含めた半数以上の人員が戦死、残った者たちも重症者ばかりで」

 それにユンカースは頷いた。辺りに目を向ける。ちょうど良いところに、指揮所前の交通壕をこちらへ向けて駆けてくる若い少尉が見えた。

「少尉!」

 彼はその少尉を呼び止めた。

「は、はい、中尉殿!」

 突然呼び止められた彼は、いくらか足を縺れさせながら立ち止まった。気の弱そうな、青白い顔をした少尉であった。ユンカースはその顔に見覚えがあった。彼は独立捜索第41大隊で唯一生き残った少尉であった。

「確か、クリストフ・ラッツ少尉だったな」

「は、そうであります」

 ラッツは敬礼をした。足を揃えようとしたらしいが、地面の凹凸に足を取られてふらつく。その様子に、彼から将校としてというよりも、単純に男として頼りなさを感じ取ったベーデガーは顔を顰めた。しかし、ユンカースはあのヴィルハルト・シュルツの下で生き残った彼に対して余計な疑問は抱かなかった。ラッツの弱弱しい見かけは、ヴィルハルト・シュルツへの信頼を揺るがせるほどのものではない。

「少尉、貴様、すぐに第7砲台へ行け」

「は……?」

 ユンカースからの命令に、ラッツは硬直した。言葉の意味が分からないとでもいうように、見開いた目がぎょろぎょろとあちこちを見ている。

「第7砲台の指揮を執れと言っているんだ。さっさと行け」

「し、しかし、中尉……じ、自分は弾薬運搬のし、指揮を、」

「少尉」

 どもりながら口を開いたラッツを、ユンカースは罵るように呼んだ。

「弾運びの指揮くらい、その辺の軍曹か曹長に任せておけ。今は、砲台の戦闘指揮を執る指揮官が必要なのだ。戦闘要綱は分かってるな? 手持ちの部下を数人と、その辺で迷っている兵は自由に使って良い。分かったか?」

 それは普段の彼ならば絶対しないだろう強権的な物言いであった。しかし、この異常な状況下でユンカースには自由な言葉を口にする権利はない。権利を得るためには、まず義務を果たさねばならない。後の世にどれほど残虐非道な指揮官として語られようとも、今の彼には部下を戦わせ続け、押し寄せる一万の敵を食い止める責任があった。将校は時に、任務のためどこまでも冷酷であらねばならない。

「し、しかし、自分は……」

 なおももごもごと口を動かし続けるラッツに、ユンカースは苛ついたような舌打ちを響かせた。

「なんだ、俺の命令には従えないか。ならば、軍法に則って貴様を処断する」


 彼は腰元に吊った軍剣の束に手を置きながら言った。それに、ラッツの顔面がさらに蒼白に染まる。

「どうする」

 野獣の唸りに似た声で、ユンカースは最後の確認をした。

「り、了解しました! 自分は、だ、第、ななな、7砲台で戦闘指揮を、」

「じゃあ、さっさと行け」

 舌の回っていないラッツが返答を口に出し終えるよりも前に、彼は蹴飛ばすように言った。ラッツは猫に弄ばれた野鼠のように駆けだした。

「司令への戦況報告はいかがしますか」

 両者のやり取りを黙って聞いていたベーデガーがユンカースを労うような表情を浮かべつつ尋ねた。

「いらん、いらん。それよりも砲撃を止めさせるな」

 彼は片手をひらひらとさせながら応じた。

 どの道、彼はヴィルハルトからよほど重要な報告(例えば、陣地における応戦が不可能になった場合など)以外で伝令は必要ないと言われていた。何より、伝令を送ったところで砲弾飛び交うこの場所から司令部まで無事に届くとは限らない。

 どこかから、退避を叫ぶ声が聞こえてきた。ユンカースはさっと指揮壕へと潜り込むと、震える地面の中で再び戦闘指揮を執り始めた。

「しかし、今日は朝から随分と盛大に放っておりますが、残弾は気にしなくてもよろしいのでしょうか」

 指揮壕で次々と砲声を上げる四門の野砲を見ていたベーデガーが、こっそりとユンカースに耳打ちした。

「知らん。それは俺の考えることではない。兵站担当士官にでも聞いてみろ」 

 そう答えた彼の様子はどこまでも快活であった。

 理由は言うまでもない。砲火と銃声入り乱れるこの地獄こそが、彼にとってはあらゆる苦悩から解放される唯一の楽園であるからだった。

続きは土曜日。

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