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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第三幕 城塞都市・レーヴェンザール攻防戦

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 どこまでも冷酷な師団長からの命令を受け取った第二旅団ではあるが、誰一人として砲煙弾雨の中を突き進む任務を拒否する者はいなかった。名誉と伝統を重んじる〈帝国〉軍の歴史の中にいくつかの敗北という汚点は記されてはいるが、敵前からの逃亡や恐怖からの任務放棄といった例は一つとしてありはしない。

 それは現実的な意味で、真実であった。

 〈帝国〉軍で敵前逃亡の罪を犯した者に与えられるのは極刑のみであるからだった。将校、兵卒の区別なく、それを犯した者の名は軍籍から抹消され、処刑の記録すら残されない。神聖不可侵にして、地上における神の代理人である皇帝の藩屏たる〈帝国〉軍将兵の中に、名誉無き者など存在してはならないからである。

 であるが故に、彼らは与えられた命令を遂行することに疑問を覚えない。同時に、あらゆる幻想が打ち砕かれた戦場であっても、彼らは自軍の最終的な勝利についてだけは決して疑わない。生きたまま焼かれ、腸を零しながら這いずりまわり、敵弾によって頭蓋を砕かれ絶命するその瞬間まで。ただ勝利だけを確信し続ける。


「事前の探索が不十分でしたな」

 結果として探索攻撃のような有様に陥っている第44師団の激闘を見下ろしていた軍次席参謀が、後悔するように呟いた。それを耳にしたリゼアベート・ルヴィンスカヤ大将は無言のままに頷くと、片方の拳をもう一方の手の平に打ちつけた。

「確かに。認めよう。これほどまでに敵が火力を整えているとは正直、予想外であった。オストマイヤーには悪いことをしたな。いや、何よりも彼の兵たちに」

 自らの非を認めつつも、しかし彼女の美貌に陰りはない。砲弾が炸裂し、隊列が飛散してゆく光景を紺碧の瞳に移しながらも、リゼアは素早く命令を発した。そこで砕かれてゆく者たち同様に、彼女もまた自身の勝利を疑ってはいない。

「軍直轄砲兵に伝達。全砲門を敵城塞都市へ。突撃を敢行する第44師団将兵を支援せよ」

「撃ったとしても、半数以上の砲弾が城壁に阻まれますが」

 次席参謀からの当然の意見に対して、リゼアは構わぬと手を振り下ろしつつ応じた。

「砲弾が打ち砕くのは城壁や肉体ばかりではない。砲弾の残弾数に不足はないな?」

「兵站からの報告では、この一月で受け取った分を合わせれば大規模な会戦を四回は繰り返せるほどだと。これまでの大陸で行われた、主だった攻城戦で使用された弾薬量を考慮したとしても、十分に余裕はあります」

 それにリゼアは満足げに頷いた。

「十日だ」

 彼女は断言するように呟いた。

「十日であの城塞都市を陥落させる。そのためにも、今日は第44師団に血を流してもらうとしよう」

 年若くして数多の戦場を渡り歩いてきた彼女だからこそ、戦争である以上は甘んじなければならない悲劇があることも知っていた。それに、すでに勝利までの算段はついている。そのための準備に一月もかけてきた。敵の迎撃が予想よりも激しかったという程度の理由で、一度下した決断を覆すことなどできない。

 そう考えていたリゼアの見つめていた戦場で動きがあった。砲兵部隊の一部が突出して射撃を始めたのだった。

「ほう」

 次席参謀が感心したような声を漏らした。

「さすがは、猛将と名高いオストマイヤー中将。師団砲兵を前進させたようです」

「それだけではない」

 彼の言葉を引き継ぐように、リゼアはほっそりとした腕を伸ばして戦場の一角を指し示した。鉄の筒を担いだ兵たちが、突撃を行っている鋭兵たちの左翼から回り込むようにして駆けている。

「擲弾砲部隊も前進させたようだ。野砲からの直撃も跳ね返すほどの陣地に、それほど効果があるとは思えないが」

「速射可能な敵弾砲ならば、野砲以上の制圧効果が望めます。煙幕によって敵の視界を奪う意味もあるのでしょう。最も、それは見方も同じですが……」

「オストマイヤーの積極性は認めてよい。勝利を得るためには、まずもって旺盛な戦意が不可欠だからな」

 片手を腰に当てつつ、豊満な胸を張ったリゼアは、金紗の髪を西風になびかせつつ言った。次席参謀は覗き見るようにちらりと彼女を横目で見ると、感に堪えぬとばかりに額を歪ませて小さく息をついた。その可憐な見た目とは裏腹に、軍司令官としてのリゼアはどこまでも雄々しかった。

 軍直轄砲兵全部隊による一斉射撃が始まった。大地そのものを打ち砕く巨大な鉄槌が、レーヴェンザールに振り下ろされる。しかし、〈王国〉軍も挫けてはいない。爆炎と噴煙で満ちた都市の中からは、今なお反攻の鉄火が吐き出されている。

 リゼアは敵の行っている決死の防衛戦闘に内心で微笑んだ。

 大したものだわ。一月もの間、周囲を完全に包囲されていながら、今なお部隊の統率が失われていない。一体どのような戦闘指導をしたのかまでは分からないけれど、一個師団による突撃を凌ぎきっている防御射撃もお見事。

 それは敵に対する素直な称賛であった。だが、同時に自分たちの優位が確定している現実もまた、彼女は正しく認識していた。

 けれど、それがいつまで続くかしら。こちらの砲火が増すにつれて、引きずられるようにして応射も激しくせざるを得ない。たとえ指揮官がどう思おうとも、兵の心理としてそうなってしまう。補給が完全に断たれた現状で、弾薬がどこまで持つのかしら。いいえ、弾薬だけじゃない。負傷兵の治療に必要な物資は? 何より、食料は? それを調理するための燃料は? 夏場といっても兵に冷えたものばかり食べさせておくわけにはいかない。古今、軍を率いた者たちがどれだけ兵を養うために腐心したことか。いいえ、一番知りたいのは、一体、いつまで戦うつもりなのかしら? 


 前進した第44師団の砲兵隊と擲弾砲部隊が射撃を開始した。濃密な鉄雨に打たれた敵陣からの射撃は次第に統制が乱れ始めているようだった。だとしても、未だ城内に突入した兵は居ない。リゼアの予想した通り、敵の応戦が激しさを増しつつあるからであった。であるならば当然、〈帝国〉軍は突撃支援のための砲撃を打ち切れはしない。

 総攻撃開始から三刻余り、戦況が膠着しつつある〈王国〉旧王都、城塞都市レーヴェンザールを巡る戦闘は本格的な砲撃戦の様相を呈していた。陽が天頂へ差し掛かるよりも早く、戦場を満たす鉄量は半ば無意味なままに臨界点を突破しつつあった。

次回更新は来週中。

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