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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第三幕 城塞都市・レーヴェンザール攻防戦

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大変お待たせしました。その割に短くなってしまい、申し訳ありません。

「敵射程内にある部隊はただちに後退、もしくは射程外へと移動!」

 彼らがようやくこじ開けた突破口、瓦解させたはずの城壁の穴が吐き出す鉄風を浴びて、隊列が次々に壊乱してゆく様を目にした〈帝国〉親征軍、第一軍団長(事実上の軍総指揮官)であるリゼアベート・ルヴィンスカヤ大将は即座に命じた。艶めかしい肢体を赤色の〈帝国〉本領軍の制服で包んでいる美姫はやはり、全軍の最前列からそう遠くない位置に立ち、豊かな金髪を風でなびかせつつ、その指揮を執っていた。

 彼女の命令を伝える伝令がはじかれたように駆け出し、喇叭が隊列のそこかしこで音色を上げる。

「忌々しい」

 リゼアの傍らに立ち、同じ情景を眺めていた次席参謀が軋るような声を出した。

「これでは、むざむざと敵に射界を与えてやっただけではないですか」

 罵るような彼の声に、リゼアはその美貌を頷かせた。ただし、彼女の顔には不満の色はない。

「うむ。やられたな。時折、城壁の上からこちらを伺っている影があるにも関わらず、我々が攻城砲を据えるまでの間、ずいぶんと大人しくしているものだとは思っていたが。なるほど。こうした狙いがあったか」

 答えた彼女の声に、どこか面白がっている響きがあることを聞き取った次席参謀が、叱るような小声を出した。

「閣下」

「うん? ああ、済まぬ」

 口元に浮かんだ微笑みを消した以外は、さして反省した素振りも見せずにリゼアは謝罪の言葉を口にした。

「だが、これで敵の狙いは分かった。敵はあの城壁を端から捨てるつもりだったのだ。見事な装飾が施されていたのだが。惜しい」

 芸術の審美眼を備えていて当然の生まれである彼女は、素直にそう漏らした。ただし、だからといって攻撃の手を緩めるつもりはさらさらない。それは次席参謀も、いや、彼女の後ろで苛立たしそうに控えているこの軍の参謀長も同意見であった。

「敵の狙いが、我々にあの城壁を打ち崩させて射界を得ることにあるとしても、この先我々が取る手段は変わらぬ」

 鋼のような発音の〈帝国〉公用語でそう発したのは、高い鼻と尖った顎、そして薄氷のような青い目を持つ人物、〈帝国〉親征軍参謀長、マラート・イヴァノヴィッチ・ダンハイム大佐であった。

 彼は鉄火に打ち据えられて壊乱し、逃げ惑うばかりの兵たちを憤然とした表情で眺めていた。皇帝尊崇の念さえあれば、鉄弾など恐れるに足らずと言わんばかりに肩を怒らせている。

「あの城壁は敵の防御力を支えている要だ。今のところは開けた穴が小さすぎるために、敵はあの場に火力を集中できているだけに過ぎぬ。ならば、穴を広げてやればよい。あの忌々しい石壁さえなくなれば、あとは火力で優越している我軍に対してどれほどの抵抗もできぬ」

 ダンハイムはリゼアに対して顔を向けることすらせず、独り言のように参謀長としての言葉を口にしていた。

 彼の声を聴きながら、リゼアはふうと嘆息した。このところすっかり大人しく参謀長としての職務を果たしているのはいいが、あの一件以来、ダンハイムはリゼアへの敬意を微塵も感じさせないような態度をとり続けていた。

 総指揮官と参謀長の仲が険悪というのは、軍にとってどうだろうかとリゼアは思った。

 すぐにどうでもよくなる。そもそも戦場における彼女は、自身に頼るところが大きい。いや、己以外の何物にも頼らぬと言っていいほどだった。彼女にとって参謀とは、細々とした意見と手順の調整役程度にしか認識していなかった。

 凡百の指揮官であれば、この上ない増長と傲慢であるだろう。

 しかし、現実に彼女の才能はこれまでただの一度として、彼女の期待を裏切らなかった。

 それに、今のダンハイムの意見には一応の筋は通っていた。

 ただし。

 リゼアは内心で呟いた。

 ただし、城壁を崩すための攻城砲はわずかに四門しかないこと。そして何よりも、あの敵は攻城砲が砲列を敷いている場所へはただの一発も砲弾を落としていないことに、彼女は気づいていた。

 攻城砲の据えられている地点は、城壁からほぼ至近に近い距離にあるにも関わらずだ。あの程度の距離、通常の野砲でも十分射程に収めきれるはず。

 であるのに、未だあの陣地が無傷である理由は。

 間違いなく、敵は意図して狙っていないのだ。

 つまり、私たちを誘っている。もっと壊せ、ということね。

 リゼアの陽光を浴びて光る、血で濡れそぼったように赤い唇が微笑みに歪んだ。

「いいわ。乗ってあげましょう、その誘いに」

 リゼアは睦言を囁くように、小さく声を漏らした。

 そのためにわざわざ後方から一月もかけて、あの攻城砲を運搬してきたのだから。

「閣下、何かおっしゃいましたか?」

 ここの所、すっかりリゼアとダンハイムの間で板挟みにされている次席参謀が辟易したような表情を浮かべた。また、自分が通詞役をやらされるのではないかと思ったらしい。

「いいえ、何も。ただ、ちょっとね」

 そんな彼にリゼアは微笑みを向けると、彼女本来の言葉遣いで小さく応じた。

「まさか。こんな場所で時代遅れの攻城戦をやらされることになるとは思ってもみなかったものだから」

 彼女のその言葉に、次席参謀はああ、まぁそれはと同意するように言葉を濁した。彼にしても、戦争がこのような展開になるとは思ってもみなかったからであった。

「ともかく、攻城戦の準備だけは整えておいてよかったですな。あの敵はどうあっても抵抗を続けるつもりのようですから」

 次席参謀は、自分を納得させるように話題と視線を逸らせた。彼の視線を追えば、後退してきた部隊の者たちが続々と、弧を描く城壁に並行するよう地面に掘られた溝、塹壕へと飛び込んでゆく光景があった。

 それはつまり、これから時間と命ばかりが大量に浪費される、無益なことこの上ない要塞攻囲戦の開幕を知らせる情景であった。次席参謀はこれから自分たちを待ち構えているだろう運命を予想して、渋い表情を作っていた。

 だが、彼と同じような考えを持ちながらも、リゼアは決して現在、自分たちが置かれている状況を厭うていなかった。むしろ彼女はそのふくよかな胸の内側に、眼前の城塞都市を防衛する部隊の指揮官に対する、過剰なまでの期待感を募らせていた。

「まぁ。なにはともあれ戦争だ。後の展開について、確たる予測はできぬ。私は先日、それを改めて思い知らされたばかりだ」

 男性の口調に戻ったリゼアは腕を組むと、左手の人差し指を額に当てた。

 彼女はこの二月ほどの間にあった出来事を思い返していた。

続きは(多分どうにか)、二日後。

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