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大変短くなってしまいました。
前話、次話に組み込んでも良かったのですが、あまりにも納まりが悪いので・・・
第一防衛線を突破された後の〈王国〉領東部の丘陵地帯に広がる草原は、〈帝国〉軍に取っての楽園となった。
戦果。戦果。ただ戦果を。
それのみを追い求める血に飢えた猛獣どもの草刈り場。
当然、そこが追われる身である羊たち、〈王国〉軍将兵にとっては酸鼻を極める地獄であった事は語るまでもない。
〈帝国〉本領軍の参戦により、第一次線が一瞬で崩壊した事を知った〈王国〉東部方面軍司令官、アーバンス・ディックホルスト大将は、即座に指揮を執っていたライナー・シュトライヒ少将へと第二次線までの後退を命じた。
シュトライヒは壊乱した第一次線の部隊をどうにか掌握すると、二次線と合流する事自体には成功した。
ただし、そこまでに失った将兵は概算だけでも一万四千。
生きて第二次線まで辿り着いたのは、シュトライヒが元々率いていた将兵の半数以下でしかなかった。
もはや、東部方面軍単独での防衛は不可能と判断したディックホルストは、二次線の指揮を引き続きシュトライヒへと任せ、自身は最終防衛線である東部最大の都市、レーヴェンザールまで一度戻った。
そこに残る方面軍主力部隊の指揮を執るため、そして、王都へと現状を伝え、援軍を要請する為であった。
しかし今や、その第二次線ですら崩壊寸前だった。
司令部には引っ切り無しに砲台の沈黙や後退を求めて叫ぶ伝令が駆けつけ、彼らの告げる戦況から推定される損害数は恐るべき上昇曲線を描いている。
それであってなお、シュトライヒは最低限の過失と、最大限の努力を積み上げ、辛うじて戦線を維持し続けていた。
その粘り強い彼の戦いぶりには〈帝国〉軍の総指揮を執っているリゼアベート・ルヴィンスカヤ大将をして、
「中々どうして、敵将にも気骨のある将軍が居るものだ」
とまで評したのであるから、シュトライヒの指揮、作戦指導能力は大陸世界に名だたる名将、勇将たちと並べてもなんら遜色のないものであった。
しかし、如何に彼が有能であろうとも万能では決してない。
人間である限り、迫り来る現実を覆す事などできはしない。
〈王国〉軍は、じりじりと追いつめられていた。
第一次線での開戦から五日目の夜。
もはや、ここまでかと、覚悟を決めたシュトライヒは静かに瞑目していた。
兵たちの士気の崩壊は辛うじて免れていた。
援軍の可能性と、この場を突破されれば〈王国〉史上最大の悲劇が起こるだろうと、彼と、彼に従う将校たちが懸命に声を張り上げた結果であった。
いや、正確に言えば。
士気の低い者たちは既に生き残っていないと言った方が正しいのかもしれない。
戦場で戦おうとしない者を救うのは難しい。
そして、そんな者たちの積極的な自殺(消極的な行動)に巻き込まれるくらいならば、見捨てるより他にない。
結果として残ったのは、悲壮そのものの覚悟を抱いた死兵たち。
あと数日はどうにかできるかもしれないが、やはり後退はやむを得ないだろう。
最終防衛線と合流し、そして、その後は。
シュトライヒは灯りを消した司令部天幕の中で、静かに嘆息した。
彼の下へ、その運命が決せられる報せが届けられたのは翌日、早朝の事であった。
続きは2日後。




