表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第二幕 〈王国〉東部防衛戦

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/204

58

「貴方の帰郷に付き合ったつもりはないが」

 誰よりも早く復活したのは、意外にもアレクシア・カロリング大尉だった。

 水晶碗を弾くような凛としたその声からは、不思議にも今までヴィルハルトに対して抱いていたはずの感情が消えていた。

「17年前の、〈帝国〉軍南部襲来時の生き残りだという噂は真実だったのですね」

「別に隠していた訳じゃない。ただ、言ったところでどうなるものでも無いだろう」

 ヴィルハルトの素っ気ない答えに、アレクシアは小さく頷いた。

 そして、確かめるように尋ねた。

「一つだけ。今までの貴方の行動について」

「何だ」

「復讐ですか」

「まさか」

 アレクシアの質問を、ヴィルハルトは鼻で笑った。

「〈帝国〉軍に? 一体、何のために? そもそも、住んでいた村どころか、両親の事すら憶えていないのだぞ、俺は」

「それは……」

 アレクシアの顔が翳った。

 余計な事を聞いてしまったと後悔していた。

「大体、そうだとしても、私的な感情に誰かを付き合わせる趣味は俺には無い。それが兵ならば、尚更」

「失礼しました」

 アレクシアは頭を下げた。

 ヴィルハルトはどうでも良さげに手を振って応じた。

「それでは、大隊長殿」

 いつの間にやら、生来の不真面目さを取り戻していたエルヴィン・ライカ中尉が口を挟んだ。

 薄く笑みを浮かべながら、冗談を口にするように彼は言った。

「一体、これからどうするんですか?」

 普段ならば取り合いもしないだろう、新品少尉のような言葉だった。

 エルヴィンの口調が冗談染みていなければ、本気で無視したかもしれない。

 彼は続けていた。

「大隊長殿の帰郷にお付き合いさせられたからには、今度は自分らの帰郷のお手伝いを願いたいのですが」

 エルヴィンの横に居たデーニッツ中尉が、場にそぐわない元気な笑いを上げた。

 彼の笑いには、場の雰囲気を洗い流す効果があった。

 先ほどまで怯えた小動物のようだった少尉たちまで、口の端をひくつかせていた。

 ヴィルハルトは彼の言葉に、深く頷いた。

「そうだな」

 赤ん坊を抱いていない事以外にも、17年前と違う事はもう一つあった。

 少なくとも、彼はあの頃ほど無力では無かった。

 確定的な口調で、彼は言った。

「まずは、最善を尽くさせてもらう」

 ヴィルハルトのその言葉に、今度はヴェルナー曹長が口を開いた。

「この状況で、最善などあるのでしょうか、大隊長殿」

 そう尋ねたのは、ちょっとした反抗心のつもりだった。

 だが、彼の上官は思いがけないほど強く、ヴェルナ―に頷いた。

「ある」

 そして、敬虔な信徒が祈りの聖句を読み上げるような口調で断言した。

「生き残る事だ」


 ヴィルハルトは大隊をさっと見回すように首を巡らせて告げた。

「諸君を必ず、この地獄から生還させよう。なに、ここは俺の故郷だからな。勝手は良く知っている。これは大隊長としての確約だ」

 彼のその言葉に、兵たちの顔がみるみる引き締まった。

 地の底でたった一つの光を見いだしたかのように、一心にヴィルハルトを見つめている。

 もはや彼らには、他に信じられるものが何もない故に、ヴィルハルトを盲信する以外の選択肢を持たないのだった。


「それで、具体的な方法とは?」

 兵らの様子を確認した後で、エルンスト・ユンカース中尉が小銃を担ぎ上げながら尋ねた。

 ヴィルハルトはさっと地平線を見渡すと、素早く考えを纏めた。

 口を開く。

「恐らく、友軍は現在、第二次線で抵抗中だと思われる」

 それに、アレクシアたちが北へと顔を向けた。

 その地平線からは、所どころ大火事でも起きているような黒煙が立ち昇っては、空へ飲み込まれている。

「まずは、友軍との合流を第一に考えて行動する」

「ですが」

「分かっている」

 アレクシアの反論するような声に、ヴィルハルトは畳みかけるように言葉を被せた。

 彼女の言いたいことは理解していた。


 大隊と友軍との間には前線が存在し、敵との接触は避けては通れない。

 たったの500名足らずで、一体どうやって〈帝国〉軍本隊の壁を超えるのかと言いたいのだろう。

 もちろん、ここまで後退してきたように東側の森の中を進むという手もある。

 だが、その為には大きく迂回せねばならないし、友軍と合流する頃には前線がどこまで後退しているものか予測がつかない。

 既にヴィルハルトは防衛線の失敗を悟っていた。

 もはや東部方面軍単独での〈帝国〉軍に勝利を収める事は不可能だ。

 であるならば、東部方面軍司令官のアーバンス・ディックホルスト大将はどうするか。

 どうにかして、防衛正面の縮小を図るはずだ。

 そこへありったけの兵力を投入して、出来る限り時間を稼ぐ。

 そして、増援を待つ。来なければ国が滅ぶ。


 その為にはどこまで後退するか。

 東部最大の都市であるレーヴェンザールか。

 あそこは城郭都市として半要塞化されている。

 〈帝国〉軍が進撃路として定めているだろう、王都へと続く本街道を擁しても居る。

 だが、問題は籠ったところで意味が無いことだった。

 しょせん要塞とは、局地的防御を行う為だけのものだ。

 敵の目標がそこの攻略にあるのならば問題は無いが、〈帝国〉軍の目標はあくまで王都だろう。

 ならば、途中にある要塞になど一個師団程度を張り付けておけば、無視して良い。

 適当に包囲し、補給を断てば、後は敵が勝手に飢え干からびるのを待つだけで良いからだ。

 まぁ、あの街は旧王都だけあって広さは大したものであるから、立て籠もった側が飢えて死に絶えるまで一年は掛かるだろうが、その頃には王都が落ちている。

 であるならば……。


 そこで、ヴィルハルトは思考を切った。

 長い思考の結果で辿り着いた答えを振り払うように、頭を振る。

 それは立場的にも、現在自身が置かれている状況的にも、彼が考えるべき事では無いからだった。

 今は、まずもって目の前の問題を解決せねばならない。

「大隊長殿?」

 エルヴィンが気遣うように呼びかけた。

「ああ」

 それにちらと笑みを浮かべて応じると、ヴィルハルトは口を開いた。

「まずは、〈帝国〉軍の砲兵陣地を見つける」

 彼は短く告げた。

「砲兵……ああ、成程」

 それにユンカースが納得したように頷いた。

「前線突破の前に、まずは敵の火線に穴を開ける。その後、敵前衛部隊に背後から襲い掛かり強引に突破、と。それが、大隊長のお考えですね」

 自分の言葉を正しく読み取ったユンカースに対して、ヴィルハルトは頷いた。

「そうだ。成功の見込みはある。昨日の事で、前線後方に我々が潜り込んでいる事はばれてしまったかもしれない。だが、我々が何を考えているのかまでは、敵にもまだ知られていないはずだ」

 ほっそりとした流線を描いている顎に手を当てて、なにがしかを考えていたアレクシアもまた、決断するように頷いた。

「確かに。敵と混戦になればともかく、突破した後に集中砲火を浴びて全滅という運命から逃れるためにはそれしかありませんね」

 そして、彼女がヴィルハルトの危険な思い付きに賛同したのはそれだけでは無かった。

 安全だけを取るのならば、森を迂回しても良い。

 それでも、たとえ友軍の前線がどれだけ後退していようとも、合流はできる。

 何より、その方が大隊は損害を出さずに済む。

 では、なぜあえて敵陣へ突撃するのか。

 大隊長は恐らく大隊を連れ帰るとともに、友軍への援護を行おうとしているのだ。

 たとえ局所的であろうとも、〈帝国〉軍砲兵が沈黙し、前線の部隊を挟撃によって壊乱させることができたなら。

 そして(もちろん、成功すればだが)、〈帝国〉軍に、或いは前線後方へ潜んでいるのが我々だけでは無く、どこかで同じようなことを計画している部隊が存在するのではないかという疑問を持たせることができれば。

 攻勢は一時的に弱まる。

 それはささやかなことかも知れない。

 だが、防衛線を後退するにしろ、立て直しにしろ、どれほど極僅かであったとしても、その為の貴重な時間を得る事が出来る。

 大隊長は、ヴィルハルト・シュルツという人は、未だに友軍を、いや、〈王国〉を救う事を諦めていない。


「ま、どの道、ここに残っても地獄、退いても地獄なら、進んだ方がマシですね」

 エルヴィンが話を纏めるように肩を竦めた。

「地獄の底から帰るのは二度目です」

 ユンカースが言った。

「まぁ、少なくとも地獄へ向かうよりは気分が良いですね」

 彼の表情は、普段の後悔と苦悩から解き放たれた、朗らかなものだった。

続きは2日後。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ