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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第二幕 〈王国〉東部防衛戦

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 司令部を出たヴィルハルトは、そこで待っていたヴェルナーの案内でレシュゲンに駐屯する独立銃兵第11旅団隷下、銃兵第17連隊の兵舎へと向かった。

 兵たちの寝床として、エルヴィン・ライカ中尉が確保したらしかった。

 だとしても、突然数百人を受け入れられるほど部屋に空きがあったのかというヴィルハルトの疑問は、部隊の指揮官である立場として礼を言わなければと訪れた連隊長執務室で解決した。

「ああ。ベッドの数は気にするな。正直、今の連隊全員よりも多いのだ」

 憔悴した顔の連隊長は言った。

 ヴィルハルトがその言葉に意味について考えていると、彼はどこか達観したような、何処か恨みがましい目つきを浮かべながら、自嘲するように笑った。

「誰もが、君の大隊のような痛快な勝利を得たわけでは無いという事だよ」

「勝利と言う訳では……自分は、ただ敵を足止めしただけです」

 言い訳のように口にしたヴィルハルトに、彼は首を大きく振った。

「三倍の敵勢を相手にして、たった30名かそこらの損害で任務を完遂。これが勝利でなくて何なのだ」

 その声には怒りが滲んでいた。

 彼にはヴィルハルトの謙遜が、傲慢としか目に映っていなかった。

「この兵舎にはな、先月まで1700名の兵が詰めていた。それが今や、たったの400名足らずだ」

 悔やむような彼の声は、窓から吹き込んだ風に誘われて消えていった。

 そこでようやく、ヴィルハルトはベッドの空きが多い理由に思い至った。

 そうか、と。今さらに納得していた。

 俺たちは今、戦争をしているのだった。


 取りあえずの礼儀は尽くしたと判断したヴィルハルトは連隊長室を後にすると、すぐさま大隊将校の集合を命じた。

 ただし、エルヴィンが確保していたのは兵たちの寝床と将校用の寝室だけだったため、彼らが集合したのは兵舎の営庭の隅に設けられていた、ちょっとした休憩用の東屋であった。

 流石にあの様子の連隊長に対して、会議室を貸してほしいなどとは口に出来る程、ヴィルハルトも恥知らずでは無かった。

 それに、将校が集まって話し合いをするにはあまりにも質素過ぎるという点を除けば、11名しか残っていない大隊将校団には十分な広さがある。

 ヴィルハルトは全員が集まった事を確認した後、司令部で得た情報、戦況を簡単に説明した。

 詳しく説明する必要は無かった。

 そもそも、自分たちの置かれている状況は絶望的だという以外に、言葉は要らないからだった。


「20万……」

 全てを聞き終えた後で、そうぽつりと漏らしたのはアレクシア・カロリング大尉だった。

 陶器のような肌からは、さらに血の気が引いている。

 蒼白に近い顔には諦観のような、悲壮のような表情が浮かんでいた。

「目が覚めたか、カロリング大尉」

 ヴィルハルトは彼女をせせら笑うような声を出した。

「まぁ、気持ちは分かるが。俺も、ここにきてようやく現実を知った気分だ」

 連隊長との会話を思い出しながら、ヴィルハルトは前歯の裏を舌でなぞった。

 つまりは、誰もが忘れていた〈帝国〉と戦うという事の意味、その真実について。

「だが、その数が相手では我軍の採用している縦深防御では意味が無いのではないか」

 そう声を発したのは、オスカー・ウェスト大尉だった。

 彼の顔には、今さらの絶望など無意味だという内心がありありと浮かんでいる。

「〈帝国〉軍は間違いなく、圧倒的多数による飽和攻撃を仕掛けてくるだろう。そうなってしまえば、防衛線をどれだけ多重に敷いたところで……」

 最後までは言いきらなかった。

 言ってしまえば、東部方面軍司令官、ディックホルスト大将への侮辱にもなってしまう。

 そしてそれは、ディックホルストに対してヴィルハルトが口にしようとした言葉そのものだった。

「我々に言われずとも分かっているといった様子だった。ディックホルスト閣下は」

 ならば、何故。とは思わない。

「これは戦争開始以前から決定されていた方針だった。だからこそ、この東部には数多くの小型要塞や掩体壕などと言った、戦闘を目的とした構造物が無数に配置されているのだ。それに、今は他に手が無い。中央軍か、西方軍からの増援が到着しない限り、これ以上の戦力拡張は無理だからだ」

「むしろ、我々の全滅は免れないと判断した時点で大河の橋を落とすのではないでしょうか、中央は」

 言ったのはエルンスト・ユンカース中尉だった。

 彼は国境部隊へ異動になるまで長らく中央軍に在籍していた。

 その気風については知り尽くしている。

「だろうな」

 それにヴィルハルトはにべもなく応じた。

 アレクシアが顔を顰めていたが、誰もが彼女のように高潔であるわけでは無い事を知っているヴィルハルトはそれを無視した。

 そして、卑しい笑みを浮かべながら言った。

「もはや、我が〈王国〉の命運は風前の灯というわけだ。このままではあのうら若き女王陛下の治世も、実に短いものになってしまうだろう」

 自国の君主に対して微塵の敬意も払わないヴィルハルトの言い方に、アレクシアの顔がますます歪んだ。

 だが、次の瞬間に彼が口にしたのは、愛国主義の徒でしか発声しないだろう言葉だった。

「であるからこそ。陛下を、いや、この国を、俺たちがお救いする」

 ヴィルハルトは、今や己でも信じていない理想を語る革命家のような口調でそう断言した。


 誰もが言葉を飲んでいた。

 誤解のしようがないヴィルハルトの言い様に、どう応じたべきか迷っていた。 

 アレクシアは曇天に突如差し込んだ陽光を目にしたような驚きを浮かべていたし、ユンカースやウェストたちは目の前の男がどこまで正気なのかを見定めようと顔を顰めている。

 その中で、誰よりも早く言葉を取り戻したのは、エルヴィンだった。

「たったの一個大隊、500名足らずで国を救う。まるで、神話の中の英雄譚ですね」

 彼はその、若作りというよりは幼く見える顔に冗談染みた笑みを浮かべつつ、茶化すように言った。

「それで先輩、作戦の具体的な内容は?」

 全てはそれを聞いてからと言った態度で、エルヴィンは尋ねた。

 ヴィルハルトは気の抜けたような顔をして、それが彼なりに微笑んで見せているのだが、応じた。

「我々は、東部方面軍が〈帝国〉軍との戦闘に突入した後、その混乱に乗じて敵前線後方へと潜り込み、敵司令部の位置を特定、これを撃滅する。当作戦は既に、ディックホルスト司令官閣下のご裁可を得ている」

「つまり、敵のど真ん中に突っ込むと」

 ユンカースが歯をむき出した。

「そうだ」

 ヴィルハルトは頷き、そして実に楽しげな様子で続けた。

「危険な事この上ないが、その価値はあると思う。少なくともここで敵を迎え撃ち、銃を枕に犬死にするよりも遥かに納得のゆく理由だと、俺は思う」

 彼は顔面に狂気を張り付けたまま、居並ぶ者たちの顔を眺めまわした。

 エルヴィンは何かを計算している時の顔つきをしていた。

 ウェストは瞑目し、腕を組んでいた。作戦の問題点を洗い出しているようだった。

 ユンカースは忘れている事を思い出そうとしているように、眉間を揉んでいた。

 戦争が始まって以来、ただの一度も戦意に不足を覚えた事の無い大隊砲兵中隊長のデーニッツは舌なめずりをしていた。

 ただ一人、アレクシアだけが地面に目を落としていた。

 その表情は、納得していないというよりも、何かを悔いているようだった。

「まさか、この期に及んで卑怯だなどとぬかすつもりか、カロリング大尉」

 ヴィルハルトは目つきを凶悪なものに戻すと、彼女に尋ねた。

「そうではありません。大隊長殿」

 アレクシアは小さく首を振って答えた。

 彼女とて、将校としての教育を受けた身だ。

 この状況でヴィルハルトが口にした手段が如何に有効な事かくらいは判断が付く。

「ただ、何故、貴方はそんなにも当然のように、そのような策を思いつく事が出来るのか。何故、私はそれを思いつけないのかと、自分が情けなくなっているだけです」

 そして、同時にヴィルハルトが、本気で〈王国〉軍の敗北という限りなく確定した運命を覆そうとしている事にも驚いていた。

 だからこそ、己に与えられた使命、この大隊が平民出身の司令官による私兵部隊では無いのかと言う誰かの疑念を、今こそ彼女は否定出来た。

 だが、分からない事もあった。

 一体。何が彼をここまで。

 そう考えているアレクシアに、ヴィルハルトが答えた。

「何。俺は所詮、下賤の生まれだというだけだ。君のような高貴な生まれの、正々堂々たる騎士には何一つ勝らずとも、卑怯姑息さだけは負ける事が無い。そんなところだな」

 自嘲するように言った後で、彼は付け足した。


「それに何より、このためにこの三年間があったのではないか」

 当然のように言い放たれたヴィルハルトの言葉に、アレクシアは顔を上げた。

 彼の凶相を真正面から見据える。

 そこには、この三年間突き合わせ続けたものと何も変わらない表情が浮かんでいる。

 ああ。そうか。

 アレクシアの中で、一つの確信が形になった。

 それは恐ろしい想像だった。

 だが、それ以外に、目の前に立つこの男を理解する事が出来なかった。

 この戦争が始まって以来、〈帝国〉軍が侵攻を開始して以来、初めての実戦を指揮した時も。

 時折、異常なほど高揚した表情を浮かべる事以外、彼の態度は一貫して“いつも通り”のそれだった。

 そうだ。

 恐らく、彼は。

 恐らく、ヴィルハルト・シュルツというこの男は、軍に入隊したその日から、王立士官学校に入校したその日から、いつの日か臨む事になるだろう戦場の事だけを考え続けていたに違いない。

 〈西方諸王国連合〉は同盟国と彼らが国家として認めた国に対しては侵略戦争を行わない。

 戦術を、戦略を、軍事を学べば学ぶほど克明に浮かび上がる一つの真実。

 つまり、〈王国〉がもしも戦争に巻き込まれる事があるのならば、間違いなく敵は〈帝国〉軍であるだろうという事実。

 そして、もしもあの〈帝国〉軍と戦うことになれば、〈王国〉軍には絶対に勝ち目がないという、誰もが目を逸らす現実を、彼だけは直視し続けていたのだ。

 そして、彼は軍で過ごした十年余りの歳月の中で、繰り返し想像し続けたのだろう。

 〈帝国〉と戦うにはどうするべきか。

 〈帝国〉に勝つにはどうすればよいのか。

 それこそが、ヴィルハルト・シュルツの異常性に他ならない。

 平和の中で、戦争について本気で考える人間など異常者以外の何者でもない。


 そして、一つの回答を導き出した。

 その為の三年間を営々と積み重ねた。

 だからこそ、戦争に対しても動じる事は無い。

何故ならば、今こそ彼の十年間に、或いは彼の努力に報いるように。

〈帝国〉軍による採点しんこうが始まったのだ。 


「だが」

 アレクシアが自身の確信について思考していると、それを撃ち破るようにヴィルハルトが口を開いた。

「今回の任務は女性の身には酷かもしれない。君が任務の放棄を望むのならば、それでも良いのだが」

 それまでの態度とは一転、ヴィルハルトはそんな甘い言葉を口にした。

 その口調はむしろ、そうするべきだと言っていた。

「ですから、私の事は男として扱って頂いて結構です」

 彼の言葉に険しい顔を浮かべたアレクシアは、この三年間で何度言ったか分からない言葉で反論した。

 しかし、ヴィルハルトはその反論を打ち払うようにさっと手を振ると答えた。

「無理だ。そんな事はしないし、出来ない」

「それは、アレクシア・カロリングという私の人格に対する侮辱でしょうか」

 水晶碗を弾く様な声を、鋼のそれに変えたアレクシアが詰め寄ると、ヴィルハルトは心底面倒くさそうな表情を浮かべた。

「違う。俺はそんな事を言っているのではない」

 そして、深く溜息を吐いた。

 何故、分からないのだろうかと言わんばかりの態度だった。

「君が何と言おうとも、君は女だし、男にはなれないと言っているのだ」

 馬鹿にするようなヴィルハルトの口調に、アレクシアの目が細められる。

 既に視線だけで人を斬り殺しかねない鋭さになっていた。

 それを凶眼で受けながら、ヴィルハルトは言葉を続けた。

 彼女に反論の機会を与えるつもりは無かった。

 主導の原則。戦場で主導権を握ったならば、決して放してはならない。

 この場の誰もが今さら教えられる必要すらない軍事の基本原則を実行していた。

「男と女。人類誕生のその日から、我々はその二つに引き裂かれている。そしてそれは交わる事は出来ても、決して代わる事は出来ない。大陸が七つに裂けるその日まで、未来永劫変わらない」

 ヴィルハルトは軍帽を被りなおしながら、ぽつりと言った。

「それに俺は、女性を尊敬しているのだ」

 一瞬、この男から発せられた言葉とは思えないそれに、場が凍り付いた。

 彼はそれを無視し、独白のように続けた。

「女という生き物は、男に比べてどれほど身体的な強さで劣っていたとしても、もうどうにもならないほど追いつめられたその時でさえ現実に屈する事だけはしない。名誉や義務などに縋りつく事でしかよって立つ事の出来ない男などとは比べるべくもない強さだ」

 そんな言葉を連ねつつ、ヴィルハルトは内心でアレクシアに対して腹が立ってきていた。

 せっかく、そのような地位ある家に女性として生まれついたにも関わらず、何が騎士だ。何が名誉だ。

 戦争は男の領分だ。

 女がでしゃばる必要などない。

 戦争などという馬鹿な事は、俺たちのような、愚かで阿呆な男たちにやらせておけば良いのだ。

 その愚かな男どもを踏み台にして、上等なドレスにでも身を包み、宝石をちりばめて幸福に暮らしていれば良いではないかと言ってやりたかった。

 だが、常のように長く話し続けている内に、ヴィルハルトは自分が一体何を言いたいのか、いや、自分が考えていることをどう言葉にすれば良いのかが分からなくなってしまった。

 たまに口を開けばこの様かと、彼は自分を嘲笑った。

 歯を食いしばる。

 畜生。やはり、俺は無学だ。

「そもそも、君のような魅力的な男が居てたまるか」

 結局、最後にヴィルハルトは、そんな負け犬のようなセリフを吐き出した。

「なっ」

 アレクシアは絶句していた。

 ヴィルハルトの吐き出した言葉の意味を理解すると、白い頬にさっと朱が走った。

 

 そのやり取りを聞いていた他の者たちは、会話に割り込む気が失せていた。

 自分たちは一体、何を聞かされているのだろうと、教会で神父の説法を聞いている時のような表情を浮かべている。

 ただ、エルヴィンだけがそう言えば先輩って、士官学校時代にも一部の女生徒からやけに受けが良かったよな、などというどうでも良い事を思い出していた。

 彼は時々、無自覚で先ほどのような言葉を口に出してしまう事があるからだった。

 本人に自覚が無い上、相手に対して言葉以上の興味すら持っていないのだから、悪癖と呼ぶ以外に他が無い。

 しかし、言われた方は違う。

 大抵が、彼を自分が思っていたよりもマシな人物なのではないかと勘違いする。

 そして、そうした勘違いはさらに発展し、彼がそのような態度を取るのは自分だけだと思い込む。

 士官学校生徒は17、8の多感な時期だ。

 あっと言う間に、思い込みは恋という名の精神障害へと昇華される。

 そして最期に、ヴィルハルトは向けられた好意に対して、苛烈なまでの冷たさで応えた。

 つまりは、まぁ、好意を寄せていた女性の全員を、一人残らず手酷い方法で振ったのだった。

 結果、残ったのはそれまでの好意を憎悪へと裏返した、怨念のような女たち。

 しかし、エルヴィンにとって何よりも恐ろしかったのは、その隠そうともしない憎悪の対象にされていながら、平然としていたヴィルハルトの態度だったのだが。

 いや、むしろ、そうした感情を向けられる事に慣れているようにすら思えた。

 何ともまぁ。本当にこの人は。

 エルヴィンは呆れたような、哀れみのような感情を、士官学校の先輩に対して抱いた。


「大隊長のお考えは、良く分かりました」

 取り直したような、冷静な態度でアレクシアが言った。

「しかし、ならばせめて、私を軍人として、将校として扱ってはいただけませんか」

「つまり、今まで通りで良いというわけだな」

 アレクシアのその言葉に、ヴィルハルトはそう応じた。

 それに、アレクシアは自分は一体、何に意地を張っていたのだろうかと思い知らされた。

 そうだ、この人は。

 ただの一度も私に対して女としても、騎士としても接してこなかった。

 ただ将校として。その地位に見合った実力のみを求められてきたではないか。

 それを「女として扱うな」などと。恥ずべき者だ、私は。

 ヴィルハルトは再び自責の表情を浮かべて俯いた彼女を無視し、それまで蚊帳の外に放り出された者たちの顔を見渡した。

 そして、大隊長として口を開く。

「では、作戦の詳細な説明に移る――」

続きは2日後。


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