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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第二幕 〈王国〉東部防衛戦

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「それでは、戦況のご説明に移らせていただきます」

 アルメルガーは背筋を伸ばして気分を切り替えると、そう口を開いた。

「我が先遣隊は飛空船での空中兵員輸送による敵地後方侵入、陽動作戦の成功により、叛徒の軍を混乱に陥らせ、初戦においては大勝を勝ち取りました」

 彼の説明に、リゼアは素直な喜びに頬を緩ませた。

 飛空船を使う事も、それによる陽動作戦も、全て彼女が発案した事であるからだった。

「そう言えば、飛空船作戦の指揮官は誰だったかしら? 出来る事なら、直々に会って労ってあげたいと思うのだけど」

 リゼアの無邪気なその問いに、アルメルガーとダーシュコワが同時に顔を翳らせた。

「飛空船に乗り込んだ部隊、西方領第77猟兵連隊長、ワシリー・スヴォ―ロフ大佐は現在、当司令部の一室にて拘禁中であります」

「拘禁?」

 リゼアの蒼玉の瞳が、驚きに見開かれた。

「一体、どうしたというのか」

 男性的になったリゼアの言葉に、アルメルガーの隣に立つダンハイムが忌々しげに喉を鳴らした。

 何か不快な事を思い出したようだった。

「それについては、戦況報告の続きをお聞きください」

 口を開かせればろくなことにならないだろうと、アルメルガーは身を乗り出すようにして説明を続けた。

「初戦の敗退を受けた叛徒の軍は、当該地域からこの国の者、あ、いや、叛徒どもがドライ川と呼ぶ、この街から12リーグほど北を流れる川の向こうまで戦力を撤退させました。その際、東西に在る渡河点のそれぞれに遅滞防御部隊を配置。我々は、敵へ更なる追撃をかけるべく、東西それぞれの、敵の防衛線突破を試みました」

 アルメルガーは立板に張られている戦況図の上で指を滑らせた。

「当初、西側、街道が続く先に在る渡河点へ布陣する一個旅団規模の敵勢に対してはイグナティワ中将閣下の指揮する第101鋭兵師団と小官の率いるトルクス自治領軍第1猟兵旅団が、そして東側に布陣する一個大隊に対しては、スヴォーロフ大佐率いる第77連隊が、それぞれ攻略に当たる事となりましたが……」

 さて、何と言ったものかとアルメルガーは考えた。

 だが、生来の無粋者である彼には結局、〈帝国〉貴族たちが繰るような敬意やら装飾に満ちた言葉は見つからなかった。

「スヴォーロフ大佐の第77連隊は敵との接触から僅か二刻で、二個大隊規模の損害を受けて敗走。現在はその責を受ける形で、司令部の一室にて拘禁中であります」

 ぐうぅと、隣でダンハイムの唸る声が聞こえた。

 伝えるのが己でなくとも、このような報せをミハイルの耳に入れる事自体が、彼には我慢ならないのかもしれなかった。

「その後、小官が東側渡河点の攻略を拝命し、旅団隷下一個連隊をもってこれに当たりました。およそ三日に渡る戦闘を行いましたが、敵の撤退を許し……結果としては現在、この場所で元帥閣下にこのような無様な戦況をご報告している有様であります」

 アルメルガーが半ばや自棄になりつつ、そこまで言い切ったところで円卓に着いていた神経質そうな顔つきの壮年の男が立ち上がった。

 本街道、ドライ川西側渡河点の攻略を任されていた〈帝国〉西方領軍第101鋭兵師団長の、イグナティワ中将だった。

 彼はくるりと身を翻してミハイルに向くと、深々と頭を下げた。

「将兵の勇戦敢闘をもってしても敵の遅滞防御突破がならず、作戦に大幅な遅延を齎し、その上で陛下の兵をあたら失ったは、全て小官の責。もはや、殿下に対して弁明はおろか、お詫びの言葉すらも浮かびませぬ」

 やはり、神経質そうな硬い発音で陳謝しつつ、深く下げられた彼の顔は恥辱に染まっていた。

 当然であった。

 彼の言葉全てが嘘だったからだ。

 敵の防衛線突破、攻略出来なかった事も、それによる作戦の遅延という結果も、全て彼の責任ではなかった。

 本来であれば本街道に布陣する敵一個旅団程度、彼の指揮する鋭兵師団ならば障害とすら認識しないほどの勢力であったはずが。

 軍事的に見てどうでも良い副街道に布陣するわずか一個大隊の敵殲滅に拘り、主功を受け持つ彼の部隊への補給を後回しにするよう指示した人物こそが責められて然るべきなのだ。

 その人物は今、立板の前に立ち、後ろ手を組みながら、彼の謝罪を当然のように眺めていた。

 そのあまりの態度と、イグナティワに対する憐憫を堪え切れず、隣に立つアルメルガーもまた深々と頭を下げた。

「いえ。イグナティワ中将お一人の責ではありませぬ。たかだか一個大隊の敵すら、早々に殲滅せしめる事あたわなかった、小官の無能こそが責められて然るべきであります」

 彼らは戦闘の詳細について説明する事を禁じられていた。

 この会議が始まる前、ダンハイムによってその必要が無いと言い渡されたからであった。

 殿下のお耳に入れるには、余りにも無様。

 それが、彼の言い分であった。

 そして、例えどれほどの理由を連ねたところで、敵を撃破出来なかった事は真実である。

 皇帝の軍に全滅はあれど、敗北は許されない。

 彼らはただ、この恥辱に耐えるよりも他に無かった。


「構わぬ。二人とも、面を上げよ」

 哀れな彼ら二人を救ったのは、口調を男性の者へと切り替えた美姫だった。

 彼女は立ち上がり、右手で作った握りこぶしを流麗な丸みを帯びた腰に当て、言った。

「面白い。一個大隊相手に連隊が二刻で敗走。アルメルガーをもってしても突破は叶わず。いいぞ。実に良い。面白い」

 面白いと繰り返すリゼアの瞳は、星の雫を受けたかのように煌めいている。

「たかが小国と侮っていたが、思わぬ所に才能というものは存在するものだ。やはり、この大陸はまだまだ広い。この世界は面白い」

 リゼアの示したその態度は、場に居た全員を圧倒した。

 何処までも奔放で、何処までも可憐な姫君としか形容出来ない彼女の顔には、途方に暮れるほど壮大な野望を抱く、男性的な表情が浮かんでいた。

 ミハイルですら、彼女のこうした一面を知らなかったのか。

 典雅な顔をやや引きつらせながら、人差し指で唇を撫でている。

 ただ一人、かつてリゼアと正対した事のあるアルメルガーのみが、褐色の顔を野性的に歪ませていた。

 これだから。

 これだから、この姫様は恐ろしい。

 内心で声にならない呻きを漏らしつつ、アルメルガーはリゼアに対して腰を折ると言った。

「その敵については、部下に調べさせました。捕虜からの聞き込みによると、とある実験部隊であるとの事です。その目的についての詳細は流石に分かりませんでしたが、指揮官の名は聞き出しました」

「名は何と?」

「ヴィルハルト・シュルツ。この戦争が始まる以前は大尉でしたが、開戦と同時に野戦昇進で少佐に任じられたそうです」

 リゼアの白い喉がくっくっと鳴った。

「敗戦必須の祖国。野戦昇進で少佐か。似ているな。何か、思う事があるのではないか、アルメルガー?」

「立場が違いますから。まだ何とも言えません」

 かつて野戦昇進で大佐へ、そして軍功によって総軍指揮権を得た亡国の英雄は、彼女の質問にそう肩を竦めて応じた。

「ただまぁ、奴が本物だとするならば。これから我が軍を悩ませる事になるのは事実でしょう」

 この言い方は、ちょいと狡いかなと思いつつも、アルメルガーはそう締めくくった。

「アルメルガー准将、ルヴィンスカヤ閣下も、両人とも敵へ対する過剰な評価は控えて頂きたい」

 ダンハイムが氷のような声で、彼らの会話に割って入った。

「所詮は一個大隊、たかだが少佐。我が軍を前に、何が出来る訳でもありますまい」

 そのたかだかな奴らにしてやられたんだろうがと、アルメルガーは内心で罵った。

 ダンハイムはアルメルガーと、そして頭を上げたイグナティワを交互に睨みつけてから言った。

「そもそもは、その程度の敵すら降しえなかったこの両指揮官の力量に問題があるのではないでしょうか」

 嘲るように言い放たれたダンハイムの言葉に、アルメルガーとイグナティワの顔がぐっと険しくなった。

「構わぬ」

 再び、リゼアがそれを否定した。

「諸君の失態は、今後の働きで大いに取り返せばよい。それに、今さら敵軍が何を企んだところで詮無き事」

 この世の誰にも屈せぬであろう勝ち気な笑みを浮かべたまま、リゼアはその視線を隣に腰を下ろすミハイルへと向けた。

「で、ありましょう。殿下?」

「うむ」

 リゼアからの問いに、ミハイルは生まれながらに君臨するものとしての態度で頷くと、告げた。

「余の軍はこれより、叛徒の首邑へと向けて整然と進軍を開始する。その障害となるあらゆる抵抗は、真正面から受けて立ち、これを撃滅する。この国の大地を余すことなく〈帝国〉の、皇帝陛下の御威光で照らし奉るのだ」

<続きは-?    



                2日後-!>

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