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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第四幕 王都

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157/204

王都の日々 5

 弟と夜遅くまで語り合ったヴィルハルトは翌朝、早くに起き出すと軍務省人事局へと出頭した。休暇中とはいえ、呼び出しを受けていた以上、顔を出さぬわけにもいかない。

 怠惰を極めようとする肉体をどうにか引きずってやってきたのは、王宮ではなく、その丘を下ってすぐ右手側に建つ白い四階建ての建物だ。

 当然のことながら、王宮の二階に割り当てられた区画だけでは、軍の機能を全て押し込めることなど不可能である。軍務大臣や、軍総司令官の執務室、それに戦時と言うこともあって参謀本部の要員はそちらに詰めているが、それ以外の部署は、こちらの庁舎に置かれていた。

 人事局もまた、その一つであった。


「失礼します。〈王国〉軍中佐、ヴィルハルト・シュルツ、参りました」

「来たか」

 胡散臭そうな目を向けてくる副官と二言三言交わした後、人事局長執務室へと通されたヴィルハルトに、その部屋の主であるレーヴェンザール侯爵、ルシウス・フォン・ブラウシュタイン大佐は壁際の本棚から冊子を抜く手を休めることなく応じた。

「好きに掛けてくれ。今、少し手が離せなくてな」

 ブラウシュタインにそう言われ、ヴィルハルトは部屋の中央にある背の低い机を挟む形で、対になって置かれている来客用の詰め椅子の片方に腰を下ろす。それから、がさがさと執務机の引き出しを漁りだしたブラウシュタインを傍目に、部屋の中を見回した。

 部屋は良く片付けられている。いや、むしろ片付きすぎていた。部屋の隅には大きな旅鞄が幾つも置かれており、本棚はほとんど空になっている。

 これでは、通常の執務もこなせないだろう。

「どこかへ行かれるのですか?」

 ずっと黙ったまま待つのもどうかと思い、ヴィルハルトは片付けを続けるブラウシュタインにそう尋ねてみた。それに手を止めたブラウシュタインは、ちらと彼に視線を送って答えた。

「ああ。しばらく、前線の空気を吸いにな。君への申し送りが終わったら、私は東部本面軍司令部付きの作戦参謀として赴任する」

 休暇にでも出るような口ぶりだった。

「それはまた、急ですね」

 東部方面軍。ということは、ディックホルスト絡みかと思いながら、ヴィルハルトは言った。

「半分は君のせいだぞ」

 恨んでいるというよりも、からかうような口調でブラウシュタインが返す。

「どういう意味でしょうか」

 惚けるように聞き返したヴィルハルトに、彼は引き出しをぱたりと閉めた。机の上から数枚の書類を取り上げて、ヴィルハルトの対面に腰を下ろす。

「君には二つの選択肢がある。いや、正確に言えば、あった」

 持ってきた書類の一枚を差し出しながら、ブラウシュタインが言う。ヴィルハルトはそれを受け取ると、苦笑を浮かべた。

 発、〈王国〉軍総司令部と記されたその下には、聞いたこともない村の兵站支部への出向を命じる文が続いている。

「どこですか、ここは?」

「私も聞いたことが無い。多分、西部の外れだろう」

 ヴィルハルトは頷いた。

「故郷へ帰らせてやるという温情でしょうか」

 皮肉のつもりでそう口にすると、ブラウシュタインは馬鹿にするような瞳を彼に向けて言った。

「残念だが、君の故郷はもはや、この地上のどこにもない」

 言って、ヴィルハルトの手からその辞令を取り上げると、新たな一枚を差し出す。そこにはすでに、人事局長の判が押されていた。

 つまり、先ほど言っていた選択肢が“あった”というのはこういう意味か。

 ヴィルハルトは小さく、くすりと笑った。

 すでに、彼への辞令は発令されていたのだ。その前に、わざわざ総司令部からの異動辞令を見せたのは、恩を着せるつもりだったのだろうか。それとも。

 あれこれと腹の中で考えながら、新たに渡された書面に目を通したヴィルハルトが、驚いたように目を剥く。

「大隊を、三つ、ですか」

「そうだ」

 信じられないと言った口調でその文字を読みあげた彼に、祝儀を渡すような笑みでブラウシュタインは頷いた。

 装甲擲弾兵大隊。なんとも、大それた名だな。

 そう思いながらも、ヴィルハルトは口元がにやけるのを止められなかった。

 三個大隊。実質、一個連隊規模の戦力が自分のものになる。

 それは彼の生涯で、記憶にある限り、最も素晴らしい贈り物だった。


「随分と、無茶をしたのではないですか?」

「だからこそ。私は大河を渡る羽目になったのだ。だから言っただろう。半分は君のせいだと」

「もう半分は誰ですか」

 ヴィルハルトは訊いた。

「もちろん、ディックホルスト大将だ」

 ふぅと肩を落としながら、ブラウシュタインは答えた。

「いや、むしろ、あの人に嵌められた自分自身か」

「自分と同じですね」

 ヴィルハルトがそっと微笑んで言った。それを見て、ブラウシュタインは少し驚いた顔を作った。

 流石に、人殺しの才能だけに溢れる男では無かろうと思ってはいたが。想像していたよりもはるかに柔らかなヴィルハルトの表情に、この人物に対する評価を書き替えねばならないようだと思った。


「そこにある通り、君を新たに新編する三つの大隊の、大隊長に任じる。所属は東部方面軍だが、あちらは今忙しいからな。訓練には王都から南に三リーグ行った先にある、グロウラッドの練兵場を使え」

 囲んでいる机の上に、書類を投げ捨てるように広げながらブラスシュタインは言った。

「ただし、私が用意できたのはここまでだ。あとは、餞別というわけではないが幾人か、私とディックホルスト大将が推薦した将校を送る。だが、それ以外は予備役から呼び戻されたばかりの連中が多い。配属される兵もほとんど新兵だ。君は本当に、一から部隊を作らねばならない。もしも、人員について何か希望があるのなら行っておけ。できる限り融通してやる」

「一つだけ」

 ヴィルハルトは素早く応じた。

「自分が元々率いていた大隊の生き残りを、全員」

「良かろう」

 その言葉を待っていたかのようにブラウシュタインは頷いた。

「それと、レーヴェンザール守備隊に所属していた者からも数名。エミール・ギュンター大尉と、彼が推す者を全て」

 ヴィルハルトが続けると、彼はそれにも黙って頷いた。

 その程度のことは想定済みだったということか。

 半ば、呆れたようにヴィルハルトが息を吐いたところでブラウシュタインは口を開いた。

「他に何かあるか?」

「ねだって良いのなら」

 ヴィルハルトは答えた。ブラウシュタインは当たり前だとばかりに頷いた。

「早く言え。私がこの部屋の主でいられるのも、あとわずかなのだ」

 さっと手を振って、先を促した彼にヴィルハルトは頷くと、口を開いた。

「では、自分の部下たちを全員、昇進させていただけませんか」

 それを聞いたブラウシュタインは、ふむと考え込むような顔つきになる。

「……全員、というのは難しいな。というよりも、君の部下たちは皆、今回の戦功で大尉以下だった者たちは全員、大尉に昇進しているじゃないか。それを少佐にというのは……」

「ああ、いや、そうではないのです」

 ヴィルハルトがブラウシュタインの言葉を遮った。

「申し訳ありません、言葉足らずでした」

 そう詫びて、彼は改めて自分の希望を口にした。

「全員というのは、将校ではなく、兵のほうです。自分が元々率いていた兵を全員、下士官に昇進させてください」

「それは……」

 その望みに一瞬、驚いたように口を開けたブラウシュタインだったが、思い直したように言葉を飲むと、頷いた。

「そうか、つまり……」

「はい。兵を全員、最低でも軍曹に。それが務まる程度には鍛えてあります。そうなるように、自分が訓練しました」

「……謙虚なのか、傲慢なのか分からん男だな、君は」

 呆れたように言い返しながら、ブラウシュタインはレーヴェンザールにおける戦闘報告書の内容を思い返した。


 彼が元々率いていたという第41大隊の生き残りは確か、二百名ほどだったか。

 二百人の軍曹。それも一人残らず、激戦を生き残ってきた男たち。

 編成が完了すれば、恐ろしい部隊になるな。

 ブラウシュタインはそう確信した。

 結局、部隊の質とは下士官の質なのだ。無論、指揮官からの的確な指示や、然るべき訓練計画を立てねばならないのは当然だが。事、ヴィルハルト・シュルツに関して、その点に不安はない。

 そして、戦慣れした下士官は一度の戦闘で、一年分の訓練に匹敵する経験と勘を兵に叩きこむという。

 つまり、戦えば戦うほど、強くなる部隊。

 敵にとっては悪夢だろう。


「よろしい。分かった」

 ブラウシュタインは考えを纏めるように頷いた。

「さて。それでだな、中佐」

 咳払いをしてから、姿勢を正した彼はヴィルハルトに向き直ると、企みごとを打ち明けるような小声で言った。

「分かっているとは思うが。三個大隊の大隊長、などと言うのは無論、建前だ。合わせて1800名以下になるのであれば、好きに編成して良い。ディックホルスト大将は作戦時、君の部隊はまとめて運用するお考えだ。名称も決まっている。装甲擲弾戦闘団だ」

「それについて、総司令部の了解を得ているのですか?」

 ヴィルハルトも小声で返した。ここへ来る途中に出会った副官から向けられた目つきを思い返すに、ブラウシュタインもまた敵が多いのだろうと思った。

 彼の質問に、ブラウシュタインは苦笑いのような顔を作って答えた。

「了解など要らん。作戦で隷下の部隊をどう扱うかは、司令官の裁量に任されているからな。ただし」

「外面は良くしておくべきですね」

 ヴィルハルトはにやりとして、彼の言葉を継いだ。

「それが分かっていればいい」

 ブラウシュタインは頷いた。

「さて。話は以上だ。君の着任は七日後。グロウラッドの練兵場だ」

「は」

 ヴィルハルトは立ち上がった。

「いいか、くれぐれも急げよ。君の持ち帰った情報が確かならば、三月後……いや、君がその話を敵司令官から聞いたのは先月末か。ならば、早くて二月。遅くとも、十一ノ月までに、敵増援が到着する。それまでに部隊の練兵を間に合わせるのだ」

「微力を尽くします」

 答えて、ヴィルハルトは敬礼した。

「なにか問題があれば、私のところにもってこい。もっとも、その頃には、私は東部方面軍の陣営にいるだろうが」

 ブラウシュタインはぶっきらぼうな口調でそう言った。

「そこまでしてくださるのには、何か理由があるのでしょうか?」

 尋ねたヴィルハルトに、ブラウシュタインはハッとして顔を上げた。

 確かに。なぜ、今自分がそんな好意を目の前の男に向けているのか分からなかった。

「……ないよ。何も。理由など。強いて言えば、与えられた職務を果たしているだけだ」

 その返答に、ヴィルハルトはそうですかとだけ頷いた。

「それでは」

 もう一度、頭を下げて彼は退室した。扉を開け、部屋の外へ出る瞬間。

「ああ。そうだ」

 ヴィルハルトはブラウシュタインへ振り返ると言った。

「御父君は、御立派な最期でありました」

 そして、ブラウシュタインの返事も待たずに、彼は扉を閉めた。

 ブラウシュタインは魔女に誑かされた狐のような顔で、しばらくヴィルハルトの出て行った扉を見つめていた。


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