密会 2
「それでいったい、自分になにをしろと?」
自嘲するような笑みを浮かべつつ、ブラウシュタインは訊いた。
「どうにかして、奴に連隊を与える。その方法を考えてもらいたい」
ディックホルストは、犯罪組織の頭目が誰かの死を命じるような素気の無さで答えた。
目の前の老人がどこまでも自分を利用するつもりであると確信した彼は、思わず苦笑を漏らした。
本来であれば、腹の立つ話ではあるだろう。だが、今の彼は不思議とディックホルストに協力することが嫌ではなかった。
彼が自らの保身だけを考えているわけではないと分かっていたし、何よりもこの話の中心にいるヴィルハルト・シュルツという存在が大きかった。彼の才能を最大限に活用すべきというのは、ブラウシュタインもまた同意見であるからだった。
もちろん、面倒なことにはなるだろう。だが、それがどうしたと言うのだ?
そもそも、今、この国はあの〈帝国〉と戦争をしているのだ。あの大陸世界最大、最精鋭の軍隊相手に、政治だなんだと言っている場合ではない。負ければ、待っているのは絞首台か農奴としての惨めな人生。であるのならばせめて、納得して死にたい。
ただ、このまま唯々諾々と流されるのだけは悔しかった。
「自分はまだ、共犯者になることを了承していませんが」
ちょっとした反抗心から、ブラウシュタインはそう口にしてみた。
「では、祖国の滅亡を書類整理でもしながら待っているか?」
ディックホルストはにべもなかった。ブラウシュタインは笑みを零すように、ふっと息を吐いてから言った。
「シュルツ中佐に連隊を与える。それも、できることならばどこからも文句が付かないような方法で」
確認するように呟いた彼へ、ディックホルストは大きく頷いた。
「もう一つ、所属はどこにしますか」
「東部方面軍だ。もちろん。西部方面軍はともかくとして、中央軍に奴の居場所はない」
その返答に、ブラウシュタインは好意的な笑みを彼に向けた。何も面倒の全てを自分に背負い込ませるつもりではないようだ安心したのだった。
「思いついた中では、名目上は大隊ということにしておいて、実際には連隊規模の兵数を割り振るというのが一番手っ取り早いのだが」
「駄目です」
それをブラウシュタインがさっと遮った。ディックホルストの瞳の奥で、きらりと何かが光った。これだから、この老人は苦手だとブラウシュタインは思った。
「部隊編制における定員には規定があります。それ以上の数を抱えてしまえば、必ずそこを突かれるでしょう。予算申請の時点で却下されるかもしれません。これは、極めて政治的な問題です。出来ることならば、相手に反論の余地を与えてはなりません」
そうだ。これは政治なのだ。馬鹿馬鹿しい。
だが、政治であるのならば。
懐かしい声がブラウシュタインの頭の中に響いた。同時に、一つの閃きが脳裏を駆け巡る。
まったく。こんな時に限ってどうしてと彼は溜息とともに口を開いた。
「……我が国の連隊は通常、同兵科の三個大隊を基幹として編制されます」
今さら、教えられるまでもない常識を口にしたブラウシュタインへ、ディックホルストは黙って頷いた。先を促すような彼の視線に、若き侯爵はさらに確認するように言った。
「もう一つ。我が国の軍法は、同一の者が複数の部隊の指揮官になることを禁じていません。仮にそうであれば、ローゼンバイン大将が中央軍司令官とともに、全軍総司令官を兼任していることに説明が付きませんから」
「なるほど……」
そこまで聞いたところで、彼の言わんとするところを察したディックホルストの顔が不敵に歪んだ。
「つまり」
ブラウシュタインは頷いた。
「簡単なことです。ヴィルハルト・シュルツ中佐を、三個大隊の大隊長へ任じてしまえば良いのです。そして、作戦時にはこれをまとめて使えば良い。支隊のようなものです。名称は、そうですな、戦闘団とでも言ったところでしょうか」
「しかし、事実上、奴が連隊を手にする点は変わっておらんぞ?」
「書類上は大隊が三個あるだけです。たまたま、指揮官の名が同じというだけで」
「詭弁だな」
ディックホルストは楽しそうに鼻を鳴らした。
「政治とはそれです」
それにブラウシュタインは、何時か、どこかで教えられた言葉を使って答えた。今度こそ、老大将は声をあげて笑った。
「しかし、兵科はどうする。前と同じく捜索部隊ということにしても良いが、東部方面軍もすでに自前の部隊がある。そこにもう一つ増やすとなると、余計な文句を付けられるかもしれん」
ひとしきり笑い終えたあとで、ディックホルストは挑むように尋ねた。
ブラウシュタインはそれを聞きながら、暫し考え込むように顎に手を当てた。
「……〈帝国〉軍は精鋭の歩兵部隊を“親衛隊”と呼びます」
「うちにも近衛があるぞ。それに、近衛部隊を指揮下に置けるのは中央軍だけだ」
独り言のように呟いた彼へ、ディックホルストが口を挟んだ。
「では、西方諸王国連合では何と呼ぶか、ご存じですか」
ブラウシュタインは、復讐するような声で聞き返した。
「なるほど」
ディックホルストはにやりとして言った。
「“擲弾兵”か」
それは、歩兵が小銃を携行するようになる以前。未だ、剣と槍、そして弓で合戦が行われていた時代に存在した兵科である。隊列を組まない、散兵のさきがけのような存在であり、密集戦法の最盛期とも言える当時、敵陣に肉薄して擲弾を投げ込み、その隊列を崩すことを任務としていた。
小銃の登場とともに廃れた兵科ではあるが、想い爆発物を出来るだけ遠くへ投擲する必要性から、特に体格の良い兵が選ばれていたこともあり、西側諸国では現在でも精鋭歩兵を意味する称号として使われている。
「敵弾兵、擲弾兵大隊か」
そう繰り返すディックホルストに、ブラウシュタインもまた大それた犯罪計画の共謀者のような微笑みで頷いた。
「それを三つあわせて、擲弾戦闘団」
「少し語感が悪いな」
ディックホルストが文句を付けた。
「装甲擲弾戦闘団」
ブラウシュタインが挑むように答えた。さぁどうだ、と言いたげな顔をしている。
「今さら甲冑を付けた兵などいませんが、まぁ、ありがたみが増します」
「よかろう!」
これで決まりとばかりに、老大将は膝を打った。
「装甲擲弾戦闘団、か。なんとも、奴にピッタリじゃないか。ええ?」
楽しそうに言いつつ、彼は立ち上がった。
「話は決まった。では、あとはよろしく頼むぞ、ブラウシュタイン卿」
「閣下はもう、戦地へお戻りですか」
自らも立ち上がりつつ、ブラウシュタインが尋ねた。
「まぁな。いつまでも司令部を留守にはできん。明日の朝には王都を立つ。その前に一度、家によって顔を見せておかんとな。そうそう」
部屋を出る直前、ディックホルストは思い出したようにブラウシュタインへ振り返ると言った。
「ブラウシュタイン大佐。あとで何か困ったことがあれば、俺の下に来い。貴官なら、東部方面軍司令部でも活躍できるだろう」
「……お心遣い、感謝いたします」
詫びのつもりかなと、ブラウシュタインが頭を下げた先でぱたりと扉が閉められた。
擲弾戦闘団、か。
一人になったブラウシュタインは、静かに心の中で反芻した。
まさか、自分にこのような創造性が残っていようとは。
そう驚きつつ、彼は従兵を呼びつけて必要な書類の準備を始めた。確かに、新部隊の創設を上に認めさせるのは面倒と言えば面倒だが、一番苦労するのはそれを一から編制せねばならないヴィルハルト・シュルツのほうだ。人事局長である自分の力が必要だろう。
自分があの老人にあそこまで協力した理由も、ヴィルハルト・シュルツという男にここまで入れ込んでいる理由も、深くは考えなかった。
今よりも遥かに若い時分、袂を別った父親への意地を今もなお、頑なに張り続けているから。




