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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第三幕 城塞都市・レーヴェンザール攻防戦

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「え?」

 太った兵は、腰帯に掛けた手を止めて、頭を失くして崩れ落ちた仲間を見下ろした。床に転がっていた眼球が、彼を見つめ返している。

「だ、」

 誰だと、思考を取り戻した彼が振り返るよりも早く。ヴィルハルトはその懐へ入り込むと、引き抜いた軍剣を彼のたるんだ腹へ突き立てた。

「がっ……!!」

 ヴィルハルトは苦しげな呻きを漏らした〈帝国〉兵の肉体から刀身を引き抜くことなく、そのまま床へ押し倒す。

「司令!」

 カレンが安堵に満ちた声で彼を呼んだ。しかし、ヴィルハルトはそれに答えず、倒した〈帝国〉兵の腹に刺さった軍剣から手を離し立ち上がると、その顔を軍靴で踏みつけた。

「ぎゃっ」

 硬い軍靴の底で顔面を強打された〈帝国〉兵の口中から血があふれ出す。構わず、ヴィルハルトはもう一度その顔を踏みつけた。奇妙な音が鳴り、〈帝国〉兵の鼻が陥没する。もう一度。前歯が全て折れた。もう一度。眼球が破裂した。もう一度。水音が大きくなる。もう一度。もはや、叫ぶ声さえ上がらない。

再び、足を持ち上げて顔面を潰そうとした時だった。

 

「もう十分です! 司令! もう……!!」

 突然、泣き叫ぶような声とともにカレンがヴィルハルトの腰に抱き着いた。そのせいで狙いが逸れてしまい、軍靴の底は床を打った。部屋中に、硬い音が反響する。

「やめて、ください、司令……もう、それ以上は……」

 先ほどまでの恐怖によるものか、或いは目の前で繰り広げられている凄惨な光景のせいか、まだ立つことのできないカレンはヴィルハルトの腰に縋りつくようにして言った。

 顔だけを振り向かせたヴィルハルトは、不思議そうな目でカレンを見下ろした。彼女の顔は、〈帝国〉兵に襲われていた時よりもよほど青褪めている。

 もう十分?

 ヴィルハルトは、カレンが何を言っているのかを理解しなかった。

 床に倒れている〈帝国〉兵へと目を向ける。およそ、人間らしい顔面を失った〈帝国〉兵は口からごぼごぼと血の泡を吹き、浅い呼吸を繰り返している。

 十分なものか。これからだ。これから、もっと、もっと。

 ヴィルハルトはカレンを乱暴に払いのけると、もはや目も見えないらしい〈帝国〉兵の上へ屈みこんだ。耳元へ口を近づけると、彼は〈帝国〉語で囁いた。

 この腹の傷では十中八九、君は助からない。しかし、すぐに楽にもなれない。なぜなら、君は死ぬまでの幾許か、俺の楽しみに付き合わねばならないからだ。

 〈帝国〉兵は何を言われているのか分からないようだった。ヴィルハルトは言い終わると同時に、彼の片腕をへし折った。

 新たな激痛に、〈帝国〉兵が絶叫を上げた。喉は未だ機能しているらしい。

 新鮮なその反応に、ヴィルハルトは口角を吊り上げた。次は手の指を一本ずつ、丁寧に折ってゆく。片方の腕が終わると、もう一本の腕でも同様の作業を続けた。

 最初の内は身体を揺すり、抵抗を示していた〈帝国〉兵はやがて、諦めたように動きを止めると、啜り泣きのようなものを漏らし始めた。血まみれの口で何度も呼んでいるのは母親の名か、恋人の名か。

 下らない。

 この期に及んでそのようなことを口にするのならば、最初から戦場になど来なければ良い。

 何度も慈悲を乞う彼の擦れた声を聞き流しながら、ヴィルハルトはその腹に刺さっていた軍剣を引き抜くと、次は指を切り落とすと告げた。

 哀れな〈帝国〉兵は唯一自由に動かせる首を、ぶんぶんと横に振って喚いた。

 顔中を狂喜に染めたヴィルハルトが、解体作業に移行しようとしたところで。 


 ヴィルハルトの肩越しから白銀の刃が伸び、〈帝国〉兵の喉元へ吸い込まれるように突き立てられた。

一息に頸椎まで断ち切られ、弛緩したその肉体へ詰まらなそうな目を向けるヴィルハルトの背後で、カレンの震える声が聞こえる。

「か、カロリング大尉……」

 それに、ヴィルハルトは先ほどとは打って変わった、白けた表情のまま振り向いた。

 目を向けた先には、アレクシア・カロリング大尉が憤怒の表情を浮かべながら立っていた。

「何をしていたのか」

 アレクシアは、上官に対する言葉遣いなどかなぐり捨ててヴィルハルトへと詰め寄った。

「戦場で敵と出会ったらどうするかなど、聞くまでもないだろう」

 それにヴィルハルトは、拗ねたように応じた。まるで、おもちゃを取り上げられた幼子のような態度だった。

「ふざけるな!」

 それに、アレクシアは声を張り上げた。床に落ちている〈帝国〉兵の死体を指さす。

「あれが戦闘だったなどと言うのか!」

「どう殺そうが、結果は同じではないか」

 怒鳴るアレクシアへ、ヴィルハルトは今日の夕飯をどうするか考えているような口調で答えた。

「貴方は……」

 それに彼女は吐き気を堪えるように細かく息を吐きながら言った。

「貴方は、殺人を、愉しんでいた!」

 突きつけるようなアレクシアの言葉でも、ヴィルハルトは動じない。いや、むしろ白けた目を彼女へ向けている。

「それがどうした」

「なっ……」

 あまりにも明け透けな彼の態度に、アレクシアは再び絶句した。

 それを無視して、ヴィルハルトは続ける。

「君たち騎士だって同じようなものじゃないか」

「違う、私たちは……」

「違わない」

 反論のために口を開いた彼女を遮るように、ヴィルハルトは発音を強調しながら言葉を発した。

「君たちは名誉とかいうもののため。俺は愉しむため。どういった理由で殺そうとも、殺される方にはその価値が分からない。何より、動機は罪ではない。ならば、殺人の功罪はどちらも等しい」

 彼の言葉に押し黙ったアレクシアは、やがてこの世の滅亡を悟った老賢者よりも深い諦観とともに口を開いた。

「やはり、貴方とは分かり合えない」

「同感だ」

 ヴィルハルトはにべもなかった。

「そもそも、君には予備隊とともに後退するよう命じてあるはずだ。何故ここにいる」

「副官殿の姿が見えないと知って走り出した貴方の後を追ってきたんです。悲鳴を聞きつけて辿り着いてみれば……」

 そこで彼女は言葉を切った。話し合いは無駄だと悟っていた。

 代わりに、床にへたり込んでいたままのカレンへと手を伸ばす。

「ご無事か、副官殿。お怪我は?」

「あ、だ、大丈夫です……」

 ややよろめきながらも、手を引かれたカレンは立ち上がった。

「その、司令も、ご迷惑をおかけしました」

 彼女は戸惑うような声でそう詫びた。未だ、この上官にどういった感情を向ければ良いのか分かっていない。

 ヴィルハルトは彼女の言葉を無視した。

「カロリング大尉。副官を連れて、ただちに後退しろ。これ以上、俺の邪魔をするな」

 言って、彼は家の中を通り、入ってきた反対側から道へと出た。後に続いたカレンは、逃げ込んだ家がそれほど通りから離れていなかったことに気が付いた。

 数十ヤード向こうには見覚えのある家並みと、こちらに向かってくるヴェルナー曹長の姿があった。

ようやく、時間が取れるようになりました。

しばらく、月金更新で行きたいと思います。

読者の皆様には大変お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。

第三幕も佳境。お楽しみいただければ幸いです。


平行で連載している「桜花舞う!!」も何卒よろしくお願いします。

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