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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第三幕 城塞都市・レーヴェンザール攻防戦

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「陛下、こちらへお掛けください」

 押し黙ったファルケンハイムにローゼンバインは一瞬下卑た笑みを向けた後、さっと表情を切り替えてアリシアをそう促した。彼が示した席へ目を向けたファルケンハイムの顔が、憂慮よりもさらに深い疑心で曇った。彼女が示されたのは上座ではあるが、用意されていた椅子は他の者たちが座っているものと何ら変わりのないものだった。とてもではないが、臣下の者が主君に対して勧めて良いようなものではない。

 彼は正気を問うように、室内にいる者たちを見渡した。皆、アリシアが入室するとともに立ち上がり、直立不動で礼を送っている。だが、参謀総長のカイテルが浮かべている鉄面皮は常のこととしても、西部方面軍司令官バッハシュタイン大将、そして軍務大臣のグライフェンまでもが素知らぬ表情を浮かべ、女王の着席を待っている。

 ファルケンハイムの心中に絶望感が押し寄せた。

 もはや、この場にいる軍人たちは誰一人として陛下に忠誠を誓っていないのではないか。

 それは確信に近い、最悪の予想であった。彼にそう思わせるに足るほどの態度を、ローゼンバインたちは示している。

 であるにも関わらず、アリシアは彼らに対してさしたる反応も見せず従った。目の前に光景に、ファルケンハイムはその端正な顔をもはや苦痛に近いものへと変えた。


「では、まず軍からは東部方面軍司令官の後任について……」

 会議室に置かれていた、それなりには値が張るが格調高いわけではない椅子へ女王が腰かけるのを満足げに眺めた後で、ローゼンバインはそう口を開いた。唐突に切り出されたその話題に、アリシアはわずかなに眉を傾けさせた。

「東部方面軍の司令官でしたら、ディックホルスト大将が」

 彼女は内心に生じた驚きを見事に感じさせない声音でローゼンバインへ言った。ローゼンバインは喉を気味悪く震わせると、無知な幼子に一から物を教えるような口調で答えた。

「陛下、畏れながら軍司令官とは自ら軍を率いてこそ軍司令官足りえるのです。それが、ディックホルスト大将は現在王都に在り、本来率いるべき、それも今現在、敵軍と相対している軍から離れているのです。これではとても、彼が自らの責任を果たしているなどとは言えますまい」

 なんという論理だ。 

 ファルケンハイムの歯が野盗を吊り上げる荒縄のようにギリギリと鳴った。怒りの唸りを辛うじて堪えたのは、近衛騎士として彼に叩き込まれてきた教育の賜物であった。

 ディックホルスト大将を王都へと呼び寄せたのは、他ならぬ自分たちではないか。〈帝国〉軍の侵攻に対処し得るには三軍司令官の密なる連携が必要不可欠であるなどとのたまい、その為に一度、王都で協議を行うことを強く要望した結果が現在ではないか。戦地にある軍から司令官を引き離すことについて反対なさる陛下を説き伏せて……。

 そこまで考えたところで、ファルケンハイムは脳を矢で貫かれたような衝撃を受けた。心臓が気味悪く跳ね、額が痛みを覚えるほどに冷えてゆく。

 彼の内心を読み取ったかのようにローゼンバインは満面を勝ち誇ったように歪ませると、決定的な一言を発した。

「それに。ディックホルスト大将をこの王都へと召喚なさったのは、他ならぬ陛下自らではありませんか」

 そうだ。アリシアは反対していた。だが、強硬に三軍司令官協議の必要性を主張した彼ら、ローゼンバインとグライフェンからの度重なる要望と要請に、遂に根負けしてしまった。そもそも新任職である軍務大臣と三軍の司令官は、君主以外の何者からも命令を下されることはない。

 つまり、ディックホルスト大将を王都へ呼び寄せることに最終的な決定を下したのは女王アリシア以外の誰でもないのだ。

 ようやく、ファルケンハイムはローゼンバインの真意を理解した。彼はアリシアがディックホルスト大将へと三軍司令官協議の場へと呼び寄せたことを、実質的な更迭として事実をすり替えるつもりなのだ。

 目的は考えるまでもない。

 ディックホルスト大将を、平民出身の軍大将を、軍上層部から追放するためだ。

「陛下が民草にお優しいことはよく存じております」

 ローゼンバインは一転して、理解ある君臣としての声を出した。

「しかし、今はそのような時期ではありますまい。〈帝国〉軍の侵攻という、この〈王国〉始まって以来の国家の苦難に、建国以来の忠臣であり続けてきた我々を、もっと信頼していただきたいものです」

 よくも、そこまで次々と美辞麗句が口を突いて出るものだと感心すらしながら、ファルケンハイムは額にそっと手を当てた。胸の中に、酷く空虚なものが広がってゆく。

 ローゼンバインを筆頭にした、この場にいる誰も彼もが。この期に及んでまで、自らの地位と権力を保つためだけに行動しているのだとはっきりと理解してしまったからだった。

「軍務省としては、後任は現在現地で指揮を執っているロズヴァルド中将か、或いは第一師団長のマイネルハイム中将に任せてはと。どちらも階級が足りませんが、ことが事ですので。司令官としての任に就いた後、追って昇進とすればよろしいかと」

「待ってください」

 ローゼンバインの言葉を引き継ぐようにして口を開いた軍務大臣のグライフェンを、アリシアは遮った。

「ディックホルスト大将は、父の代から我が軍の宿将でした。私は今もなお、あの方が軍には必要だと信じています」

「ほう?」 

 そう言った彼女に、ローゼンバインは大げさに片方の眉を持ち上げると答えた。

「そうですか。陛下がそうお考えであれば、私どもからは何も言えませんな」

 彼はそう深く頷くと、それまでの会話を忘れてしまったかのように唐突に話題を切り替えた。

「ところで、レーヴェンザールの戦況はお聞きになりましたか? どうにも、〈帝国〉軍は本格的な総攻撃へと移ったとか。今のところ、どうにか耐えておるようですが……」

 何かしらの反論に身構えていたアリシアは思わず、拍子抜けしたような気分になっていた。だが、ローゼンバインは気にすることなく話し続けている。

「そう、そういえば軍の内部からレーヴェンザールを支援するべきではという意見が出てきておるのですが……参謀総長は時期尚早であると判断しているようで……」

 ローゼンバインが語るそれはもはや、軍状報告でも何でもない、ただの世間話のような内容であった。時々、グライフェンや参謀総長のカイテルが相槌を挟み、彼の語りは長く続いた。

 およそ、半刻ほど経った頃であろうか。

 ファルケンハイムが彼らの意図を読み取ろうと耳をそばだてている横で、アリシアは急激な眠気に襲われていた。このところ、まともに眠りに付けなかったのはファルケンハイムだけではない。

 アリシアは日中の政務に加え、日々行われる国防会議やこうした唐突な呼び出し(ここまで無礼なものではないにしろ)の総てに応えてきた。幾ら取り繕おうとも、心労に加え、肉体的な疲労が癒える暇などないのは当然であった。

 ローゼンバインは自分の呼びかけに対して、アリシアの返答が遅れ始めたことに気付いた。だが、話を終わらせようとはしない。むしろ、畳みかけるように舌を回転させる。終わりの見えぬ彼の話に、意思と気力だけで瞼を開き続けていたアリシアにも遂に限界が訪れた。

 策の切られた落とし格子のような勢いで意識が途切れるその間際、彼女はローゼンバインが口にしたとある人物の名を聞いた。

「防衛の指揮を執っているヴィルハルト・シュルツ少佐は――」


 ああ。その人は知っている。ヴィルハルト・シュルツ大尉。独立捜索第41大隊、大隊監督官殿――。

 夢か現かも分からぬ狭間で、彼女の意識は記憶の大海へと没していった。

続きは日曜日

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