8 ベリオン・タベリット
カルシェンツの執事、ベリオン・タベリット視点です。
時間軸が一・二話目と被っています。
胡乱気に窓の外を眺める少年の気を引こうと、5人の男達が取り繕った笑顔を張り付けねこなで声を出す。
かれこれ30分以上もこういった光景を眺めていると、忍耐力が強い方の私でも辟易としてしまいますね。あの御方ならなおさら耐えられないでしょう。
男共に目もくれずだんまりを決め込んでいる自分の主人を想い、ベリオンは気付かれぬように溜息を吐く。
「歳も近いことですし、自慢ではありませんがとても器量がいい子なんですよ!」
「なんの!私の娘の方が数段、いや数十段美しいっ」
「なんだと!?姪の方がバイオリンの腕は上だ!」
「それだけではないか!」
「貴様の方こそ顔だけであろうっ!」
「是非ともお耳に入れて頂きたいのですが私の孫はですね・・・」
ヒートアップしていく大人たちをしり目に主人に近づくと、小さく口が動くのが見える。
「退屈だ。この世はなにも面白味がない・・・」
険悪な雰囲気になっている男たちを一瞥し、少年は静かな声で言う。
「私は誰とも関わり合いたくありませんね。他をあたって下さい。失礼する」
そのまま退出しようと扉に向かう主人に大人達は口々に何か訴えてきているが、近づかせないように間に入る。
『執事兼護衛』のベリオンの耳には、何も聞こえない。
引き留める言葉を発しているのだろう。実際にはうるさそうですね。
10歳で縁談の話が来るのは貴族では普通の話である。
しかしそれを国王陛下に、『結婚相手は自分の好きに決めていい』と許可を貰っている目の前を歩く少年は、やはり普通ではない。
一応婚約者候補を王家側が用意しているのだが、最終的な決定権は本人が持っているのだ。こっちの子と結婚したいと言えばたとえ平民でも異国の者であっても自由に王妃にすることが出来るらしい。
異例中の異例。
様々な事柄で王家と国に貢献している第三王子だからこその権利。
普通許すものろうか。世継ぎ問題は王家ではとても重要な問題であり、婚姻は外交の武器となるものである。
こんな異例が許される程この10歳の少年がこの国にもたらす利益は膨大だという事なのだが、しかし少年は無表情に世界を見下ろす。
「少し話したらあっさり許可を貰えた」
そう唐突に契約書を見せてきた主人の目は何も写さず、何も見ていないかのように曇っていた。
カルシェンツ・ゼールディグシュ
第3王子として生を受け、なに不自由なく最高位の人生を歩んできた少年は僅か10歳で全てを手に入れ――
人生に退屈していた。
そんな第三王子に仕える唯一の執事、ベリオン・タベリットは聴覚が著しく低い、障害者である。
彼以外に傍仕えがいないわけではない。今も20M以上離れた場所に、大勢の護衛が隠れて待機している。
だが気難しい性格のカルシェンツは人を近づけたがらず、ベリオンだけに傍で仕える許可が出された。
これも、異例の事態だった。
二年前。
抜擢された当時は、ベリオンの耳が聞こえない事と嫉妬も合わさり、様々な中傷や噂が飛び交った。
『嫌な噂も私には聞こえませんから構いません』と手話で伝えると、滅多に笑わない王子様は微笑んでくれた。
20歳を過ぎたあたりから徐々に聴力が低下していった頃は荒れに荒れていたが、現在は穏やかな気持ちで日々を過ごせている。
不自由に感じる面は否めないが、忙しなく過ごしてきた時の中でカルシェンツに救われた部分は大きい。
何故私だけ許しが出たのか未だに謎だが、誰もが感嘆の声を上げる彼に必要とされた事で、失いかけていた自信を取り戻す事が出来た。
私を傍仕えに置いた理由はわからないが、カルシェンツ様には感謝している。
『なんでも思い通りになってしまうとそんなものですか? まだ10歳ですし、様々な出会いがこれからあるのでは?』
「どいつもこいつも同じ様な態度しかとらない。心底くだらないな。初めはただの子供と侮って様々な反応が返ってきていいが、出生や能力を知るとすぐに媚びて来る」
施設の庭に冷めた視線を向ける少年に、好意的な熱視線を寄越すマダム達が歩みを進めてくる。
「人間は浅くてつまらん。何か面白い事が起こらないだろうか」
先程の男性たちの親族の奥方が、縁談が上手くいったか気にして待っていた様だ。
さっさと帰路に着こうとしているカルシェンツは彼女達を視界にすら入れず、そのまま通り過ぎた。
『そういえばレミアーヌ嬢が本日此方で見合いをすると聞きましたが』
「ふーん」
ベリオンの手の動きを見て興味なさげに返事する主人に、更にとっておきの情報を与える。
退屈を持て余している主人の気分をどうにかして上げたい。
『なんでもレミアーヌ嬢本人が強く希望し、お父上に頼み込んだ事で開かれたお見合いだそうで』
「なに、それは本当か? レミアーヌ自ら・・・」
驚きながらもすぐに現場へ向かおうと小走りになったカルシェンツの様子に、ベリオンは笑顔がこぼれた。
珍しく楽しそうだなぁ、暇つぶしが見つかったことが嬉しいのでしょう。レミアーヌ嬢には悪いですが、少し覗かせてもらいましょうかね。
貴族内で、カルシェンツ様はもはや神格化していると言っていい。
そのカルシェンツに格段に劣りはするものの、常人と比べれば高い能力を持っているレミアーヌもまた、かなりの優良物件で縁談の話が尽きない。
外見だけならカルシェンツと並び立てるほどの美しさだ。
いままで全ての縁談を断り、達観して世を眺めていた風のある少女が自らの意思でお見合いを希望した。
彼女の心境の変化は確かに気になりますね。
「レミアーヌはあまり媚びてこないから他の連中よりはまだマシだな」
そう前に言っていたことから、カルシェンツが認めている一人である少女。
少し似ていると思うんですよね、この二人。
言えば嫌な顔をされ怒られる為告げないが、おそらくカルシェンツとレミアーヌは同じタイプの人間。二人ともお互いに近づこうとはしないのは、同族嫌悪なのかもしれない。
しかし、相手が普段と違う行動をとると気になるという面倒臭い間柄である。
男同士だったらいい友人になれたかも・・・
そう考えると惜しく感じ、ベリオンは内心で溜め息をついた。
友達が一人でもいれば、大きく変わるのに。カルシェンツ様には傍にいてくれる存在が必要だ。
退屈だとか言ってる暇がないくらい一緒に笑ったり、遊んだりするような存在が。
同年代の子達に上から言いつけるように主従関係しか結ぼうとしないのは、色々とレベルが違いすぎて向こう側が最初から下手に出てくることも原因の一つ。
高すぎる地位や能力は人々から孤立させ、このままでは歪んだ価値観のまま育っていってしまう。
何か彼の意識が変わるようなきっかけが、起こりはしないだろうか。
まだ10歳の今、子供の内に――
「ごめんなさいっ!!」
勢いよく下げられた頭に、思い悩んでいたベリオンは顔を上げ庭の中央に目を遣った。
ん、なんでしょう?
黒い服を着た少年の後ろ姿が見えるが、声の聞こえないベリオンにはお見合いの状況が把握できない。
『何やら少年が謝っている雰囲気ですが、あの少年は一体どうしたのですか? レミアーヌ嬢に何か失態でも?』
一応貴族であるが没落貴族だと噂の家の嫡子が、ブロンディス家の令嬢を怒らせる様なことをしたら一大事だ。
二人の会話が聞こえる距離にいるから何が起こったかわかっているはずだが、カルシェンツは庭を凝視したまま話さない。
固まったまま動かない主人を軽く揺するとハッとしてこちらを向くものの、すぐに視線を対話している二人の子供の方へと向けてしまう。
「ベリオン・・・」
『はい何でしょう』
横を向いたまま話さないでもらいたい、唇が読みずらいんですよね。
「あの者は何者だ? どこの誰だ、あれは」
そう問いかけるカルシェンツの顔は驚きに目を見開き、とても複雑な色をしている。常に余裕のある表情を浮かべている主人の珍しく動揺している姿に、ベリオンは驚いた。
『モーズリスト家のご子息だとか、表にはあまり出てこないので没落貴族と評されていますね』
「没落?なぜモーズリスト家が・・・」
なぜ、とは?
少ししてモーズリスト家の少年が会場を去ると、とりあえずあの者を調べてくれと言われる。
もしや、興味を持ってる? あの少年に?
理由はわからないが彼が気になっている様子の主人を見て、ベリオンは拳を握りしめた。
これは・・・チャンスだ。
会話が聞こえないからどんな子かわからないが、カルシェンツ様がこれほど興味を示す者は珍しい。
「覗き見とは悪趣味ではありませんこと?」
「やあ、レミアーヌ嬢。なんのことかな? 私たちはここでお茶を楽しんでいるだけだが」
「そうですか」と息をつく美少女。
いつの間にか近づいて来ていた令嬢に平然と嘘をつく王子様。
ばれていましたか・・・
お辞儀をしながら冷や汗をかいていると、彼女はベリオンの前で手を軽やかに動かす。
『ごきげんようベリオン。調子はいかが? 殿下はこう言ってますが、本当に偶然?』
『こんにちは、レミアーヌ嬢。調子はとても良いです。レミアーヌ嬢もお元気そうで安心しました。・・・ここにいるのは、失礼ながらレミアーヌ嬢のお見合いの様子を拝見しておりました。噂が気になってしまい私がカルシェンツ様をお誘いしたのです。大変申し訳ありません』
どうせ嘘を吐いてもこの少女には見破られる。そもそも私はすぐ顔に出るタイプですし。
ベリオンの答えにカルシェンツはおかしそうに笑い、頬杖をつきながら話す。
「私の執事は素直でいいね、こういう所が彼の美点だ。私も見習いたいところだよ」
「そうですわね・・・ふぅ、もういいですわ。ベリオンに免じて追及はしないことにいたします」
「こちらは追及したいな。先ほどの彼は何者だい? 女神の生まれ変わりと言われている天下のレミアーヌ嬢をあっさり振るとは常人では考えられない」
えっ! レミアーヌ嬢を振った!?
「嬉しそうですわね」
「ああ、とても面白いね。晴天の霹靂というやつさ・・・何故彼と見合いを?没落貴族らしいが」
「好きだからですわ」
あっさりと言い切ったレミアーヌの言葉に二人は固まった。彼女は僅か9歳の少女だが、堂々とした立派な立ち姿は凛として毅然としたものだ。
今年29歳になる私よりも時々大人びて見えますね。
「断られてしまいましたが、諦める気は毛頭ありませんの。家柄なんか関係ない。そう思える恋が出来るのは幸せなことだと、祖母も言っていましたもの」
「恋・・・」
「ジェノ様が家柄で結婚相手を決めないと知れただけでも、本日のお見合いは意味がありましたわ。私自身を好きになっていただけるよう今後も努力してまいります」
「君自身を・・・?」
「断られて直ぐ言い寄るのは面倒な女だと思われるかもしれませんから会うのは控えますが、ジェノ様に私のことをもっと知っていただきたいもの」
そういって帰って行った少女を見つめ、女の子とは強い生き物だと心底思う。
いや、彼女は多少特別な存在か。私があの歳の時はどんなだったでしょう? 何も考えず遊んでいた気がしましますが・・・体を動かすのが好きでしたからそのまま鍛えて護衛の仕事について――
いえ、今は私の話はいいんですよ。あの少年のことを考えなければ!
『ジェノという少年と話してみては?』
のろのろと迎えの馬車に乗り込んだ主人に進言してみた。
「何故?」
・・・何故と言われると困りますね。
友達になってみたら、とは言えない。プライドの高いカルシェンツ様が素直に従うはずがない。しかし彼のことが気になっているのは事実。ここで折れていては駄目だ。なんとか言い繕わねば。
『あのレミアーヌ嬢が惚れた程の人物。どんな者か、気になりませんか?』
おもいつく限りの理由を並べていたベリオンの思いが通じたのか、なんと目の前を先程の少年が歩いている。
おぉ、一斉一隅のチャンス到来っ!!
颯爽と馬車を降り、少年の目の前に立つ王子様。
あまりの美しさに息をのむ漆黒の少年。
・・・少し眠そうに見えますが。
「友達になろう」とまではいかないまでも、レミアーヌ嬢の話なんかを振って世間話でも出来ればっ!
「そこのお前、レミアーヌを振るとは気に入った! 特別に私に付き従うことを許してやってもいいぞ! お前は運がいいな。嬉しいだろう、喜べ。」
あ・・・ 終わった。
「私の目に留まるとは、お前はなんて幸運なんだ。まあ、頑張って役に立つといい!・・・いい働きをすれば、ちゃんと私の中でお前の評価を上げてやる」
ちょっ、ちょっと! どうしたんですか!?
いつもそこまで高飛車な言い方しないでしょう! 確かに上から目線な所がありますが普段ここまでは――
えっ、もしかして・・・あがっている?
よくよく見ると普段より明らかに血色がいい。もの凄い色白だから初対面の少年は気付いていないが、これは完全にあがってしまっている。
まずい! 少年が思いっきり眉を顰めている、あたりまえだ。
「レミアーヌとの縁談を蹴るとは、よく互いの家の立場を理解しているな。釣合のとれる家系同士でなければいずれ互いに不利益を被ることは目に見えている。その点、自分の立場をよく理解し、身を引いたその判断は称賛に値する! あのレミアーヌの情けない顔も拝めたしな!」
まさか、あのカルシェンツ様が緊張している? 同い年の少年に話しかけただけで!?
様々な大舞台を平然とこなしてきた天才中の天才が、今世紀最大の怪物が、大の大人達を次々と泣かしてきた『氷の王子様』が。
何故!?
レミアーヌ嬢が惚れた事といい、このジェノ・モーズリストという少年には何かあるのでしょうか?
たしかに綺麗な顔をしているし芯の強そうな瞳は目を引き、黒い髪はとても美しいと言える。
が、少し地味な印象を受けてしまう彼は街ですれちがっても人混みに溶け込んでしまって、振り返られるほどの『オーラ』などは見受けられない。
まあ、カルシェンツ様とレミアーヌ嬢の二人が異常な人種なんですけどね。
「帰っていいか?」
!?
ちょ、待って下さい!
わかる、気持ちはわかりますが頼むから待って下さいっ!
面倒臭そうに歩いていくジェノにくらいついて行く主人を熱い眼差しで応援しながら、ベリオンも移動していく。
今あがっちゃってかなり面倒な感じになっていますが、いつもはもう少しまともな子なんです!
ドジョウの世話はもう少し後でもいいじゃありませんか、カルシェンツ様に猶予をっ!
・・・え? へったくれ?
え――と、確か「へちま」がどうのこうの・・・くっ、体ばかり鍛えて頭を鍛えなかったのが悔やまれますね。
カルシェンツ様も普段なら直ぐ意味が出て来るのにテンパってて駄目な様子。
あたふたしている姿がなんとも微笑ましく、まるで子供の様だ。
ジェノに肩を叩かれ、驚きながらも少し嬉しそうな主人を見て胸が締め付けられる。
こんな風に同年代の子に接せられた事がない孤高の少年。
・・・まだ、10歳の子供なんですよね。
やはり彼には友達が必要だ。地位や才能など関係なく、本当の彼を見てくれる。そんな友達が。
無意識だがカルシェンツ様も求めているようですし、このまま汚い大人達の傍に身を置くのは避けたい。
しかし健闘むなしく、少年はスタスタと去って行ってしまった。
ああ、本当に終わった。友達が出来る絶好のチャンスが泡となって消え失せてしま――
「あの子、やっぱりあの時の少年かも」
え、あの時?
お知り合いだったのですか!?
一話では収まらなかったので次話もベリオン視点となります。




