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ひらひらと舞い落ちる薄ピンクの花弁が凍り付いた池の上を滑り、風に吹かれて再び舞い上がる。凍えるような寒さに身を震わせながら、視界を彩る光景にほうっと感嘆の溜息が零れた。
「わあ・・・綺麗」
雲一つない夜空に浮かぶ満月と、雪かと見紛う程の舞い落ちる桜。下から淡く照らすライトにより幻想的な夜桜が楽しめる空間にジェノの頬はふわりと緩んでいく。
寒さなど忘れて高揚した気持ちのまま足を奥へと進め、花弁をそっと掌に迎え入れては魔法で上へと昇らせて遊んだ。
「ベリオンさん?」
適当に歩いてきた先に見覚えのある背中が見え、ジェノは声を掛ける。ジェノの声が聞こえた様子は無かったが、気配を感じ取った男は油断ない様子で振り返り、優し気な目を見開いた。
『ジェノ様、お散歩ですか? ・・・おひとりで?』
周囲にカルシェンツもメロスの姿もない事に怪訝そうな顔をした後、土で汚れた軍手を外して立ち上がる。足元を見ると木の根元に埋めかけのライトがあった。
「ベリオンさんがライトアップしてくれていたんですね。すっごく綺麗です! あんまりに幻想的で美しかったからふらふら散歩して一人で浸っちゃいました」
『使用人が行っているのを見かけて私は先程始めたのですが、そう仰っていただけるととても嬉しいです。死滅した木々がまさかここまで蘇るとは・・・メロス様とオババ様には感謝してもしきれません』
そう、この場所は以前見かけた黒く変色し死滅していた森なのである。メロスに「合コン会場は庭にしよう」と言われ案内された地が桜で咲き乱れ、あまつさえ例の場所だと知った時は驚いたなんてものじゃない。
『元々桜の木ではなかったので元通りという訳ではございませんが、土地自体が呪われ腐ってしまっていた為、こうして草木が再び生えてる光景を見られるとは思いませんでした』
眩しいものを見る様に瞳をきゅうっと細ませて微笑むベリオンさんは本当に嬉しそうだ。庭や植物が好きなのかもしれない。
『ジェノ様、寒くはないですか? 桜は咲いておりますが今は真冬。風邪をひかれてはカルシェンツ様が発狂して大変です』
「ふふ、あいつ看病とか言いながら風邪菌貰いたがってウザイですもんね。廃病院に居た時は山の上でもっと寒かったので、なんか慣れちゃいました。でもそろそろ戻ります」
『廃病院の方でボランティア活動に励まれていたんでしたね。素晴らしい取り組みです。大変ではなかったですか? 山は危険が多く、天候の変化も激しいでしょう』
来た道を一緒に戻りながら山でのボランティア生活の様子を話し、洞窟を探検したり薬草や医術について学んだ事を語った。ベリオンさんは感心した様子で頷き、適度な相槌とたまに適切な質問で話を聞いてくれるので、ジェノはついつい楽しくお喋りしてしまう。
そろそろメロス達の居る付近へ近づいて来た所で、ジェノは魔法の修行は順調だが詰まってしまった部分があり難しかったと零した。
「昔の自分の事を思い出して紙に書き込む課題があったんですが、うまく思い出せなくて結局クリアは出来なくて・・・」
『記憶ですか? 幼い時の記憶などは、余程印象的な出来事でなければ私も覚えてはいません。魔法の修業とは不可思議な課題が多いのですね。それは仕方がないのでは?』
「そうなんですが、なんというか・・・覚えてないというより無くなっているような・・・んー、上手く説明出来ないんですけど知ってる筈の事が靄がかかって思い出せない様な、そんな感覚で」
ジェノはもどかしいその感じをどうにか伝えたいが、自分でも曖昧にしか把握していないものを説明するのは難しい。たどたどしい言い方に、しかしベリオンは優しく頷いて身を屈めた。
『私も昔・・・一部抜けている記憶がありまして、思い出そうとしても無理だった事がありますので少しお気持ちがわかるかもしれません』
「ベリオンさんも?」
『ええ、実は10日間程の記憶がすっぽりと抜けているんです。とある街に居たのですが気が付いたら全く知らない別の村の部屋で寝ていて、認識していた日にちから10日経っていまして』
「ええ!?」
そんな事があるのかと驚きの声をあげるジェノに、子供の時ではなくだいぶ大人の時の出来事だと言う。
『周囲の人間に聞くとその間の自分は普通に生活して買い物やトレーニングをしていたそうです。特におかしい素行は無かったと・・・でも記憶はないですし、一時的な記憶喪失なのでは、と』
短い期間だけの記憶が抜けた状態で、他者からの目撃証言はあるわけか。健忘症も疑ったベリオンさんだが、その後は同じ事も起こらず医者の診断も問題なしとの事。
「不思議な体験ですね。その後何事もなく大丈夫だったなら良かったです」
『そうですね。人間の脳部分は謎が多く、記憶喪失でも急に思い出すこともあれば一生そのままの場合もあるそうです。無理せずに自然に過ごし、思い出すのをのんびり待つ心構えの方が堅実的だし楽だと思い、気にしない事にしました。だからジェノ様も・・・』
青白い月が見守るように照らす下。安心するような慈愛に満ちた眼を細め、ベリオンがゆっくりと口を開く。
「きっと、ちょっとした拍子で記憶を思い出すかもしれませんよ。あまり気になさらず、徐々に思い出すのを待つのはどうでしょう」
「・・・はい、そうですね。僕ちょっと変に気にして考え過ぎてたかもしれません」
「大丈夫ですよ。ジェノ様の記憶はいつか望み通り蘇る、そんな気がするんです。焦らないで待ちましょう」
低く心地の良い声音に励まされ、ジェノは笑顔で頷いてお礼を言った。ベリオンさんの優しい言葉を胸にしまう。
『それにしてもジェノ様がカルシェンツ様に会いに来て下さって本当に助かりました。私ではもう抑えられない領域に達していた為、積み重なる証拠隠滅も間に合わず危なかったのです』
再び手話に戻り自重した笑みを浮かべたベリオンは、眩しいくらいの満月を仰ぎ見る。
「証拠隠滅って、何したんですかあいつ」
『・・・いえ、なにも』
「え、嘘ですよね? 何もなかった訳ないじゃないですか、何で嘘つくんです? カルシェンツが精神的にヤバかったのは、襲われたし馬になりたがったりでもう見てますよ。てかそんな奴の傍にずっと居たベリオンさんが一番心配です。大丈夫でしたか?」
『・・・・・・大丈夫です』
その間が大丈夫ではないと訴えている。精神異常者を付きっきりでお世話して犯罪行為の尻拭いして馬になるとか言いだした主人である王子様に乗れと命令されたりして・・・最大の被害者であろうベリオンは、それでも『ありがとうございます。大丈夫です』と微笑みを浮かべている。
「優しすぎるんですよ、ベリオンさんは。僕に出来る事なら些細な事でも協力します。何時でも頼って下さいね」
『もの凄く頼もしいです。ですが、私はジェノ様に謝罪しなければならない事がありまして・・・実はあのジェノ様に酷似した人形なのですが、私が有名な人形作家に依頼して作らせた代物なのです』
「え!?」
『ジェノ様には大変ご不快な思いをさせてしまい申し訳ございませんでした。カルシェンツ様の精神をなんとか安定させたい一心で様々な事を試した内の一つだったのですが、人形を置いた次の日は少しだけ症状が治まり穏やかに過ごされたもので、つい酷くなる度に設置してしまい・・・気づけば毎日のように』
まさかのカミングアウトだった。
増えるホラー人形の正体とカラクリが判明し驚くと共に、納得もする。
本当にカルシェンツの部屋に突如として人形が増えたのなら、それは不法侵入されたという事だ。側近のベリオンさんからしたら主の危機につながる案件なわけで、犯人を血眼になって捜索するし人形も調べて撤去するだろう。
そうなっていない時点で犯人は身近な人間に限定される。ベリオンさんが犯人だと恐らくカルシェンツは気付いていた筈だ。だから突如増える恐怖人形をそのまま放置していた、と。
『私が言うべき事ではないかもしれませんが、人形一体で馬車一台買える金額しますので、破壊するより売り払った方が経済的かと』
「え! 馬車一台分!?」
『髪や瞳の色を変更し、ジェノ様だと判別できる特徴を変えてからマネキンとして売りに出すのは如何でしょう。勿論気分を害されるようでしたらお好きな形で処分していただいて構いません』
人形を依頼して購入したのはベリオンだが、全権をジェノに委ねると謝罪を込めて頭を下げられた。ジェノとしては人形に恨みなど無いし、ある程度容姿を変更してもらえれば売りに出す案は賛成だった。
後日売上金の渡し方法など相談しましょうと言われ、恐縮してしまう。
ベリオンのポケットマネーで作られた人形の売上金を貰うのはどうにも承諾出来ない。なんとかお金を貰うのは回避したいが、罪悪感を感じている様子のベリオンさんは聞いてくれるだろうか。てかベリオンさん超お金持ちだな。王子の唯一の側近だし、給料は僕の想像以上に凄いのかもしれない。
「おーいジェノ、始めるよー」
賑やかなテラス席から声が掛かり、2人は桜に囲まれた舞台へと足を向けた。
丸テーブルを囲う形で座る男女8人。
目の前に置かれていく豪勢な料理に舌鼓を打ち、和気藹々と談話している彼らの背後にはライトアップされた夜桜が聳える。
搾りたての果汁たっぷり新鮮なアップルジュースをこくりと一口含み、ジェノは説明を開始したメロスに視線を向けた。
「じゃ、美味しい食事を楽しみつつ、始めていこうかな。僕が幹事・・・進行役をやるから皆は自由に会話してね」
「合コンってやつはただ食べながら話すだけなの?」
「そうだね。ご飯食べて話してゲームして男女の仲を深めていく感じかな」
ふーん、そんな事ならいつもと変わらないし大丈夫そうかな。メロスが突発的に始める物事に警戒していたジェノは胸を撫で下ろした。
「それではまず自己紹介しようかな。まずは僕からねー」
「ん?」
自己紹介?
顔見知りしか席についていない状態で今更自己紹介なんてどういう事だと眉を顰めるジェノに構わず、ナイフとフォークを置いたメロスは長い前髪をかき上げた。
「僕はメロス・モーズリスト。貴族だしモーズリスト家の大黒柱だしお金は持ってるからお買い得だよ。チャームポイントはつむじが三つある事さ。はいじゃー次は神林な」
「俺か・・・チャームポイントとか言った方がいいのか?」
「つむじ三つもあるんですの? 知りませんでしたわ」
「初出し情報だよ」
「お金持ってるって自分で言っちゃうんすか」
「合コンなんだから女の子たちにアピールしなきゃ」
「なるほどっす!」
女性メンバーにウインクをするメロスを見て、ゴッデスは頻りに頷いてはなにやらメモしている。
「えーと、神林虎丸だ。日本国出身で今は庭師をやってる。あとチャームポイント、か・・・特にねぇな。んー背が高いのと鍛えてるから力こぶが凄い所?」
「筋肉は男のステータスの一つだよねぇ」
「はいはい次は俺っす!」
メロスの隣に座る神林が話し、すぐさまその隣のゴッデスが手を上げた。
「ゴッデス・サーフナーっす! 天才音楽家で全国渡り歩いてたけど今はモーズリスト家で作曲したり編曲したり楽器作ったりジェノ氏のお世話したりしてるっす! 女の子好きっす! 可愛くて柔らかくて良い匂いしてエロいから好きっす! 冷たい目で蔑まれて罵倒されて蹴られたいっす! チャームポイントは自由に関節が外す事が出来るんすけど、その外れた時の音でどんな難曲でも奏でられる事っす。女の子に関節バキバキに外されたいっす! よろしくお願いするっすー」
「やべえ色々気になる事言いやがった」
「チャームポイントの意味をはき違えていませんか? 関節が外せるのは特技であってチャームポイントとは言わないのでは? しかし気持ち悪い自己紹介ですわね」
「え、そういう問題か?」
「はうっ、マリーテア氏の凍えるような眼が堪らないっす!」
テンションの高いゴッデスに冷めた視線を向けていたマリーテアは「相手にしない方が良さそうですわ」と料理を口に運ぶ。
「はら、次はジェノの番だぞー」
「え、僕!? 自己紹介するって言ってもな・・・あーえっと、ジェノ・モーズリストです。んっと、12歳で、一応貴族です」
「一応? 完全に貴族だようちは」
「まあそうなんだけどさ・・・チャームポイントは、口元の黒子かな」
「それは素晴らしいチャームポイントですわね。可愛らしいです」
「エロいっすよね! ぐはっ」
褒めてくれたマリーテアは笑顔のまま「蛆虫が湧いていましたわ」とゴッデスの喉にカトラリーを投げつけた。
悶絶しているゴッデスは苦しそうに咽ているがとても嬉しそうだ。やはりドⅯは攻撃しても逆効果にしかならない。
「男メンツは以上だな。次は女の子いってみようか」
メロス、神林、ゴッデス、ジェノの並び順で自己紹介が終わり、ジェノの隣で白ワインをボトルごとラッパ飲みしていたオババ様が口を開いた。
「ふぉふぉ、わたしゃの番かね? 気軽にオババと呼んでおくれ。年の差なんてそんな些細な事は気にしないさね。いい男は余さず頂くつもりで狩りに行くから覚悟するとええ。ん、あたしゃの年齢かい? ばかもん、乙女の歳を聞くもんじゃないよ全く。ふぉふぉふぉ ヒ・ミ・ツ じゃ。ただならぬ関係になったらベッドの中で教えてあげようかねぇ」
「おお・・・ただならぬ関係っすか。意味深すね!」
「いいねーいいねー」
「オババ様ノリノリだな」
「因みにチャームポイントは長時間見つめた対象者を石化させられる眼じゃ」
「かっこいいっす!」
「え、本当?」
お酒のお代わりを頼み上機嫌なオババ様は頷きを返し、「今日は誰狙いで行こうかの」と視線を彷徨わせている。
「ティアラだ」
続いてティアラが簡潔に名乗る。
「・・・・・・え、以上っすか?」
「うむ」
「短っ! チャームポイントとかないんすか?」
「肺活量」
ティアラはそれ以上喋るつもりはない様で、メインディッシュの白身魚を一口で頬張った。豪快だな。
「では私ですわね。マリーテア・ぺリスですわ。ジェノ坊ちゃん付きのメイドをしております。嫌いなタイプは煩わしく身の程を知らず理解力の乏しい利用価値の薄い人間です。ゴミはゴミ箱に、虫は土の中に埋まっているべきかと。チャームポイントは指が長くて綺麗だとよく言われますのでそれで。以上ですわ」
「おおー素敵っす!」
どこはかとなく滲み出すSっぽい自己紹介にゴッデスは気持ちの悪い笑みを浮かべるが、マリーテアは無視。
「放置プレイ美味しいっす」と一人で盛り上がっている男は僕も無視しよう。関わり合いたくない。むしろ女性側最後の一人にどうしても意識がいってしまってそれどころではないのだ。
「初めてで緊張するかもだけど、最後どうぞー」
メロスとマリーテアの隣、ジェノの真正面の位置に座る最後の人物は小さく「ぁ・・・」と声を漏らし、大きな瞳をジェノへと向けた。白を基調としたドレスに淡いピンク色のフリルが散りばめられ、計算された位置に飾られたアクセントのバラが素晴らしい。
儚くもあり、胸の大きなバラが目を引く可愛らしいドレス。
そんなドレスを纏った人物が更にそのドレスすら霞む程整った容姿をしているとあって、ジェノはもう溜息しか出ない。
舞い散る桜と相まってこの世の者とは思えない美しさだった。
「あの、私すごく緊張しています・・・こんな素敵な方に出会えて・・・感無量で」
白く透明感のある肌と、桃色にほのかに色づく頬。金色の髪がはらりと滑り落ち、目を伏せながら耳に掛ける。一つ一つ洗礼された仕草は、見る者の心を自然と惹きつける魅力に溢れている。
初々しい姿にジェノは正面を見つめて眉を顰めた。
まずいな・・・これは気を引き締めないと。
「ジェノ君の黒子、とても魅力的ですね・・・私、ドキドキしちゃいます。あの、ジェノ君はハンバーグとお寿司とすき焼きはお好きですか? きっと好きな気がします。私料理が得意なので今度是非お作りしたいです。絶対気に入ってすぐさま一緒に二人きりで暮らしたいって思ってもらえると思うの・・・あ、私ったらジェノ君に夢中で自分の名前言い忘れちゃった。ごめんなさいおっちょこちょいで・・・てへっ」
小首を傾げてこつんと頭に拳を当てる動作をした後、此方の様子を窺うような視線を寄こす。
ジェノは遠くを見つめ、心を無にしようと己に言い聞かせた。
「私は、カルシェン子・カルカルンって言います。今日の合コンはジェノ君狙いでやって来ました。ライバルは木端微塵に粉砕していく所存です。よろしくね!」
「誰がよろしくするか!」
心は無に出来なかった。
いやいやいやお前何やっての!? 何でドレス着て化粧とかしてんの? カルシェン子・カルカルンって何!? ネーミングセンス皆無かっ、そして物凄く可愛いのが腹立つな。
「チャームポイントは大切な人が「ふわふわだな」って優しく撫でてくれるねこっ毛の髪です」
「なんでそんなノリノリなんだよ」
「合コンは男女が同じ人数じゃなきゃ余りが出て可哀想だからさー。女の子少ないんだししょうがないんだよジェノ。今は超絶美少女カルシェン子ちゃんだと思って接してあげてな」
メロスは笑いながら話し、神林は完成度の高さに「女にしか見えないな」と感心している。ゴッデスは「カルシェン子氏に罵られたいっす」と嬉しそうにし、女性陣は会心の出来だと満足気だ。
「ジェノ君にロックオンしちゃいまーす。カル子のハートを全身全霊で受け止めてくれると嬉しいな」
「ドブに捨ててやる」
「こらジェノ、カルシェン子ちゃんが可哀想だろ。女子には優しくしなさい」
「女の子じゃねーけど!」
そこらの女の子とか目じゃないくらい目茶目茶可愛いけど女の子じゃないからな!? 元が良すぎてちょっと体格が良いスーパー美少女モデルって感じだ。格が違い過ぎて逆に女として悔しさが湧かない出来の親友の女装に、ジェノは頭を抱えた。
「ジェノ君大丈夫? カル子お薬持ってるよ。飲ませてあげるね、はいあーん」
そして本人がやる気満々なのが一番手に負えない! 誰も止めないこの状況マジなんなんだよ。
男4人、女4人で行うらしい合コンという遊び。だがモーズリスト家の女性はオババ様とティアラとマリーテアとジェノだ。
性別バレを恐れるジェノの為にメロスが提案したのは、なんとカルシェンツに女性側に入ってもらうというものだった。
自国の王子様に対してまさかのお願いだ。普通なら不敬罪で処罰されてもおかしくない発言だが、カルシェンツは何故か二つ返事で承諾した。
馬鹿なの? 笑顔で面白そうだねっておかしいからな? お前一応王子様なんだぞ。この国背負うとか世紀の天才とか期待されてる傑物なんだぞ。まあ今更変態ストーカーに女装趣味が追加されたところで問題はないか。いやあるわ! 女装は初めてだと言っていたのがせめてもの救いだ。
その後準備をしてくると奥に引っ込んでいったカルシェンツは、マリーテアとオババ様の手によって圧巻の美少女に生まれ変わって帰ってきた。
「突発的だったのにこのクオリティは凄いよねー。カルシェン子ちゃん可愛いなぁ」
「あら、メロス様はカルシェン子ちゃん狙いですの? 面食いなのね。男って皆そう。女の顔と胸しか見ないんですから」
「おやおやマリーテア嬢、僕は女の子全員可愛いと思っているよ? それに胸よりお尻派だ」
「博愛主義だなんてサイテーな方ね」
「結婚しても他に目移りして妻を大切にしないタイプかのう。わたしゃお尻には自信あるよ。プリプリなんじゃ」
オババ様とマリーテアがなにやらメロスに刺々しい。そして食事中にお尻の話は止めて。
「オババ様いつもローブ着ててお尻全然見えないから意外だわ。んー僕は子供が大事でね、確かに奥さんより我が子を優先しちゃうタイプかもしれないな」
「あら、子煩悩なのはポイント高いですわ。妻に異様に執着してあまつさえ子供に対抗して赤ちゃん返りしたりする精神年齢低い男性は嫌だもの」
「そうじゃの。子を第一に考えてくれる男は高ポイントじゃ」
メロスの評価がなんか上がったらしい。良かったな。
「カルシェン子氏はⅯすか? それともSなんすか? 俺と今度SMプレイデートしないっすか?」
「エス・・・エム? カル子よくわかなーい。デートはジェノ君としかしません」
「俺が教えてあげるっすよ! カルシェン子氏はヤンデレ属性強そうっすから執着されてみたいっす」
ゴッデスのウザ絡みに、頬に掌を当てたカルシェンツは困った様子で眉を下げる。可愛い。
見た目が綺麗すぎて違和感がない為、普通にこの状況を受け入れ始めている己に気付く。
本来はジェノとカルシェンツの性別が逆なのだが・・・まぁいいか。どうせ暇を持て余したメロスの遊びだしな。
「ティアラの趣味はなんだ?」
「鍛錬」
「俺と一緒だな。屋敷戻ったら手合わせするか」
「うむ」
神林とティアラは普通に会話してご飯を食べている。ここは平和だな、混ざりたい。
「ジェノ君」
か細い声に呼ばれ視線を向けると、恥ずかしそうにもじもじしながら瞳を揺らす親友と目が合った。
「ジェノ君の、ご趣味はなんですか? 休日とかの過ごし方は・・・」
「知ってるだろ?」
「カルシェン子はジェノ君と今日初めて会ったから知らないよ? ふふ、ジェノ君の事カル子に教えてほしいなー」
「あ、そういう設定なの?」
どうやらカルシェンツとカルシェン子は別人設定らしい。面倒くさいな。
「趣味は筋トレ。休日・・・毎日が休日みたいなものだけど、最近は魔法の訓練してる」
「ふわわー凄いですぅ。ジェノ君の筋肉隅々まで触って舐め回したいなー」
ふわわーって何だふわわーって、そんなこと言う女子居ないだろ! え、カルシェンツの中の女子のイメージってそんななの? 仕草や言動も腹立つわー。
「あの、いいでしょうか」
なんやかんや和やかに食事していると、カルシェンツが急に恥ずかしそうに手を上げた。
なんだ、その恰好やっぱり恥ずかしいと思ってたのか? 羞恥心というものを持ち合わせていたのか?
「席替えしませんか? カル子ジェノ君の隣になりたいです。きゃっ、言っちゃった」
こいつにそんなものはなかった。
何のために席替えなんてするんだよと冷めた視線を送るが、可憐なウインクを返される。女装に全く抵抗ない親友の姿に胸騒ぎが止まらない。
実はそういう趣味があったのか? いつも男装している僕が言うのもなんだがアブノーマルだからな? わかってるのか!?
男装しているジェノと女装を楽しんでいるカルシェンツ。さすが世紀の大親友だとこの場にいる誰もが思っていたが、ジェノは自分を棚上げし「やれやれだぜ」と溜息を付いた。
「席替えはまだ早いかなー」
「私もジェノ坊ちゃんの隣がいいのですが」
「えっ、マリーテア氏はジェノ氏狙いなんすか!? 俺と隣はどうっすか?」
「ジェノ君の隣は私だけのものです! 両隣占領します。ジェノ君の隣で肩とか肘とかぶつけて意識してもらってお持ち帰りするんですから」
「欲望駄々洩れてんなカルシェン子」
「女の子陣営になればジェノをお持ち帰り出来るって言ったら速攻で承諾したもんなー」
交わされる会話に、合コンがどういったものか理解出来ていないジェノはいまいち付いて行けない。おもちかえりって何? なんかそういうシステムやルールみたいなものがあるのか? 席替えはまだ早いって事しかわかんなかった。
「ジェノ君」
「ん?」
「私、酔っちゃったみたい」
赤らんだ頬で小首を傾げる美少女にしか見えない親友は、手で風を送るように仰ぐ。
「あつい・・・ジェノ君、酔って熱くなっちゃった。部屋で二人きりで休まない?」
「はあ?」
「早い早い早い」
「速攻で決めに掛かってるカルシェン子氏うけるっす」
「合コン必殺技の『酔っちゃったみたい』教えたの誰ー」
「オババ様が伝授しておりましたわ。でもタイミングが早すぎですカルシェン子ちゃん。まだ機が熟してませんわ」
「く、合コンとはなかなかに奥が深く難しいですわね・・・私としたことがジェノ君に夢中で焦っちゃったみたい。ドジっ子なんだ、てへっ」
そのキャラ設定マジなんなの? 捻り潰したくなるんだけどカルシェン子。
「ひゃっひゃひゃ、ええのう肉食系美少女。ジェノちゃんはモテモテで羨ましいわい。どれ、オババも動こうかね・・・ゴッデスよ、踏んでやるからこっちゃ来い」
「まさかの俺狙いっすか!?」
「カルシェン子ちゃんは年下と年上ならどっちが好きなんだ?」
「同い年のツンデレ属性が好みです」
「ティアラの好きなタイプはどんなの?」
「・・・勇敢な猛者」
「ジェノ坊ちゃんは変態が好みって聞きましたけど本当ですの?」
「断じて違うから! 好きなわけないじゃん」
神林から質問されているカルシェンツの返事が気になりつつ、追及してくるマリーテアにキッパリ応えていく。
僕は変態が好きなんじゃない。好きになった奴が変態だっただけだ! ・・・あれ、一緒か?
「デザートが来る前に、化粧を直してきますわ」
「トイレ行こうかね」
そういってマリーテアが立ち上がると、オババ様とティアラも席を立ち屋敷の方へと向かって歩く。ただひとり座っていたカルシェンツは、遠くで手招きするマリーテアを見て急いで追いかけて行った。
「さて、女性陣が化粧直しと言う名の作戦会議に行ったから僕達も話し合おうか」
「作戦会議?」
「現状で誰を狙ってるとか今後の動きを話すっす。ジェノ氏は誰狙いなんすか?」
「誰狙いとか聞かれてもよくわかんない。会話のテンポ速いしカルシェンツは女装してて意味わかんないし、皆普段しない恋バナ振ってるし」
「合コンだからな」
合コンでは女の子達がトイレに籠って話し合う作戦タイムがあるらしく、今がそれらしい。合コンメンバーで気にいった子がいれば宣言してアシストしてもらったり、被ればライバルとして競い合ったり。
メインディッシュを食べ終え給仕がテーブルの上を片付けている間、男陣営も話し合う。
「カルシェン子ちゃんは完全にジェノ狙いだし、俺は今回はティアラかな」
「神林一番の安全圏いったな。じゃあ僕はいつも通りオババ様狙うよ」
「マジすか!? 毎回振られてるのに鋼の心臓っすね」
「ゴッデスはどうせマリーテアだろ? どうせ冷たくシカトされるだけじゃねーか」
「今回はマリーテア氏とカルシェン子氏で揺れてるっす」
「どの道無理な所狙うのな」
「まだわからないじゃないっすか! 無理じゃないっすよ!」
神林はティアラ狙いでメロスはオババ様狙いか。
合コンという今だけの遊びの中で意中の相手を決めているだけで、そこに恋愛感情が一切ないのはわかる。ゴッデスは普段からマリーテアに踏まれたがってるからなんとも言えないが。
「僕は、ティアラと仲良くなりたいかな」
「え! カルシェン子ちゃんじゃないの?」
「カルシェン子氏絶望するっすよ! ヤンデレ爆発するっす」
「ジェノがライバルかよ。でもカルシェン子ちゃんが邪魔してくれるだろうから大丈夫か」
「カルシェン子はなんかイラっとするからやだ」
「そんな事言ってジェノ以外に興味示したりしたら嫉妬するんだろう?」
「む・・・むむ」
そんな事ないと断言出来ない自分がいる。確かにカルシェンツが僕以外を狙いだしたら面白くないし不貞腐れるだろう。
「そうだジェノ、ちゃんとカルシェン子ちゃんに今後の事を聞くんだよ?」
「今後って何を?」
疑問符を浮かべるジェノの頭をくしゃりと撫で、弧を描く口元を更に深める。
「第三王子の婚約者を決める為に、未来の王妃候補を集めて選別しているのは知っているだろう? それについてジェノはどう思っているのかな」
「どうって・・・」
「大勢いた婚約者候補のご令嬢は大分人数を減らし、そろそろ王子様本人に選んでもらう予定らしいよ」
「・・・」
「ジェノは、仲良しの親友からこの話を聞かされたかい?」
「いや」
「ジェノも聞かないし、彼も話さないのは何故なんだい?」
メロスの問いに、俯いて答えられない。
確かに親友であるならば、将来に大きく関わる事を聞いたり相談したりするのは普通かもしれない。ジェノが知りながらも本人に尋ねないのは、望まぬ返答を聞くのが恐いからだ。
カルシェンツが何も言わない心内はわからない。まだ再会して間もないし他に話す事も多いからとか、王族とか仕事の事とか今までだって詳しく話さなかったからそもそもジェノに教えるつもりがないとか。
「気になってても、どうせ家に帰るまでにジェノは聞けないだろ? 奥手なのはわかってるけどね、タイミングを逃し続けて手遅れになって泣くのが目に浮かぶよ」
「うっ」
「待っているだけじゃ望むモノは手に入らないんだから、行動しなくちゃ。奥手すぎるジェノでも今なら話を振れるはずだ」
「・・・だから合コンしようなんて言ったの?」
確かに、全員が恋愛話を平然としている今ならば、気負わずにカルシェンツに質問出来る。
どうやら突発過ぎる合コンの開催は、初恋を持て余しどうしたらいいか二の足を踏むジェノに焦れた親心だったようだ。
後押ししてくれるメロスや参加してくれた皆の優しさに、気恥ずかしくて顔が真っ赤に染まる。でもジェノの性格上絶対に恋愛要素を含む話などカルシェンツに振れないから、素直に有難かった。
笑っていても何を考えているか読めない瞳が胡散臭いと言われているメロスだが、ジェノを見詰める瞳には家族に対する愛情と温かさが滲んでいる。
「わかった。今後ずっと気になったままモヤモヤし続けるのは嫌だし、頑張って聞いてみる」
「うんうん、頑張れー」
化粧直しと言う名の作戦会議から戻ってきた女性陣を目にし、早まる鼓動を抑えて長く深く息を吐き出す。
「さてさて、ご要望通りに席替えしようか」
恋愛が絡むと途端に逃げ腰になる己を叱咤して、ジェノは心持ち新たにカルシェンツに向き合った。
僕だって、やれば出来る子なんだから!
お読み下さり、ありがとうございました。




