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『親愛なるジェノ君へ。
元気かな? 元気だよね。毎日「ジェノ君が健やかな日々を送り、私の事を常に考えながら過ごしますように」と天にお祈りしているから元気なはずだ』
何だお祈りって、こないだ崖から落ちてちょっと危なかったわ。お前の祈りちっとも役に立たないぞ、むしろ呪いなんじゃないのか。
『私達に距離など関係ない。一瞬たりとも互いの心が離れる事はない。そう、我々は唯一無二の親友同士。ジェノ君と私の尊い絆は腐敗した世界を救う力があるのだ! 地を這う芋虫だって我々の息吹を浴びれば一瞬で鮮やかな蝶へと昇華するに違いない。ほら麗しい瞳を閉じてごらん、黄金の蝶が漆黒の闇夜を愛撫する光景が飛び込んでくるはずだ』
言ってる意味が全くわからん。どうした詩人でも目指しているのか。
『さて本題に入ろう。近頃ジェノ君が傍に居ない事にも慣れ、落ち着いた時間を過ごしている。思えば私達の距離は近すぎたのかもしれない』
お・・・いつもと様子が違うな、こいつどうしたんだ。
『いくら掛け替えのない存在だからといって、ずっと引っ付いていてはプライバシーもあったものではないからね。プライベートの時間も確保すべきだった・・・最近私はその見解に思い至った』
まさか正気に戻ったのか? 己の思考や行動の異常にようやく気付いた?
今更遅ぇよ。
『つまり、今回の“遠距離友情”は必要なイベントだったんだ!』
遠距離恋愛みたいに言うんじゃねぇ!
『甘えん坊のジェノ君は世界が終わる程に辛いだろうが、どうか我慢して欲しい。私に会えないからといって自棄を起こしてはいけないよ。こないだドールを贈ったのだが、届いているだろうか?』
ああ、あの妙にリアルな金髪の人形か。綺麗だけど精巧過ぎてちょっと怖いんだよね。
30cmの美しいドールはガラスケースに収められ居間に置かれている。
『私の毛髪を一網一網縫いこんで、唇の塗料にも採血した血を混ぜ込んである趣向を凝らした一品だ。可愛がってくれ』
「怖っ!!」
ちょっ、え、ちょっと待って! は!? 人形に髪と血っ・・・はぁ!?
『離れたことで再確認出来る相手の存在感や想い。物理的な距離に隔たれる運命の親友達の儚くも美しい願い! ああっ、何てことだ・・・こんなにも残酷な物語を私は知らない。現実はフィクションよりも残酷だ! 全人類め、爆発しろっ!』
情緒不安定過ぎるだろ! ちょっと落ち着け。
さっき僕がいないのに慣れたって言ってなかったか? 何で急に嘆きだしたんだ・・・ いやそれよりも人形の件がヤバイ!
『ジェノ君のいない世界など滅んでしまえ! ジェノ君を私の元へ返せっ、ジェノ君ジェノ君ジェノ君ジェノ君ジェノ君ジェノ君ジェノ君ジェノ君ジェノくんジェノ君わたしのジェノ君ジェノ君ジェノ君ジェノ君ジェノ君ジェノ君ジェノ君ジェノ君の髪も欲しいじぇのくんジェノ君ジェノ君ジェノ君ジェノ君じぇノ君ジェノ君ジェノ君ジェノ君ジェノ君じぇのくんジェノ君ジェノ君ジェノ』
マジで落ち着け! うっわぁ、親友が精神異常者になってしまった。・・・いや、前々から精神には異常が見られてたし、単に悪化しただけとも言える。
『君ジェノ君ジェノ君じぇのくんじぇのくんじぇのくんジェノ君私のジェノ君ジェノ君ジェノ君ジェノ君ジェノ君ジェノ君ジェノ君ジェノ君ジェノ君ジェノ君私の血を飲んでくれジェノくんジェノ君ジェノ君ジェノ君ジェノ君ジェノ君ジェノ君ジェノじぇの君じぇの君』
一旦天井を見上げ、ジェノは自身の名で埋め尽くされた手紙の束を腿の上に置いた。
気持ち悪い文字の羅列は夥しく、一瞬己の眼がおかしくなったのかと眉間を揉んだ。黒々と変色しているページは書き殴った様に荒々しく、普段タイプライター並に整然とした美しい文字を書くカルシェンツとは思えない。
筆者の心の有り様を、まざまざと示しているようだ。
『ジェノ君は私に会いたいはずだ、そうだろう? なぜなら最近ジェノ君の幻が私の部屋を訪れる様になったからね。夜中になると枕元を徘徊し優しく名を呼んでくれるじゃないか。部屋中からジェノ君に視られてる気配がする。私の傍にずっと居たいんだね、わかるよ』
「うーん」
『でも彼等は君では無い。本物は私の元には居ないんだ。紛い物の誘惑にノル事は無いから安心してくれ。ジェノ君はジェノ君しかいないのだから』
・・・・・・? 何なんだ? 内容が支離滅裂な上、コロコロ言っている事が変化してカルシェンツの伝えたい事がよくわからない。
普段から意味不明なのだが、いつも以上に理解に苦しむ内容の手紙にジェノは首を傾げた。
何か・・・そう、何か違和感がある。
「さっきから仏頂面してどうしたんすか?」
「カルシェンツが何かおかしいんだよね・・・いつも変だけど今回は特に」
「でもそんな変な所も好きなくせにぃ」
「あ゛っ!?」
「ごめんなさいっす」
何かがおかしい。しかし、その『何か』を導き出すには至らず、もどかしさに頬を膨らませた。
「これからデートなのに他の男の恋文を熱心に読み耽るのはどうかと思うっすよー」
舗装されていない山道を抜け近隣の村を通り過ぎた馬車は、ガタガタと揺れ殺風景の土地を滑走していく。
急遽遠出する事となり、移動時間の暇潰しにと読み始めた今朝届けられた文は、少女の胸をいつも通りに波立たせていた。
2cm程の厚みのある手紙に悪戦苦闘していたジェノは、馬の手綱を握るゴッデスにガンを飛ばし顔を歪ませる。
「恋文じゃない、狂気文だ。あいつの精神状態を把握しておかないと今後再会した時に怖いからな・・・でも」
小さく溜息を落とし、頬に揺れる髪を耳へと掛ける。
「なんでさ、来ないんだろ」
ポロッと零した言葉にゴッデスは前を向いたまま、「エンジェル氏本体の事っすか?」と問い返してきた。
忙しいボランティア活動に、平行して行われる課外授業の散策と魔法修行。そこに加えてロッツ関連の女性陣からの嫌がらせ・・・これ以上の面倒事は回避したい。
回避したいが、ジェノは夜眠りにつく間際いつも考えてしまうのだ。
どうしてカルシェンツは会いに来ないのか、と。
王家の仕事で忙しい?
毎日のように屋敷に押し掛けて来たのにそれはない。
もう僕に愛想が尽きてきた?
この気持ち悪く分厚い手紙を2日に一度は送りつけてくる事を考えたら有り得ないだろう。
『ジェノ君は私に会いたいはずだ、そうだろう?』
手紙の一文を指でなぞり、きゅっと唇を噛んだ少女は心の中で頷いた。
うん、会いたい。
彼への手紙には恥ずかしくて書けやしないが、自分しか知りえない胸中では素直に言える。
カルシェンツに会いたい。会いたくてしかたがない、と。
「エンジェル氏は今直ぐにでもジェノ氏のもとへ駆けつけたくて苦しんでると思うっすよ」
「じゃあどうして」
「責任感じてるのと・・・守りたいから来ないっす。来たくても来れないっす。ジェノ氏は、良い親友を持ったっすね」
ゴッデスの言葉の意図はわからない。
だが来ないのは何かしらのちゃんとした理由があるという事なのだろう。僕の事がどうでもよくなったとか、あいつからの熱が冷めたわけじゃないって事。・・・ならいいか。
慰めるように音程の狂った即興ソングを口ずさむ男に、少女は耳を塞ぎながらお礼を述べた。少し安堵しながら、読みかけの手紙へと視線を落とす。
『ジェノ君が寂しくないように別の封筒に自撮り写真を入れておいたよ。私達運命に導かれし親友はいつ何時、何処でも心は一緒さ!』
そういえば手紙とは別に、厚みのある鮮やかなスカイブルー色の封筒が送られてきていた。
カルシェンツの自撮り写真? 見たいような見たくないような。あいつ内面は気持ち悪いけど見た目は詐欺の様に綺麗だし、写真なら喋らないから害はないか。
興味を惹かれながら封を切った事を、次の瞬間ジェノは猛烈に後悔する事となる。
超高画質な写真は一瞬で瞳を釘付けにし、背筋を稲妻が駆け巡った。
「――は!?」
思考を奪うほどの衝撃が全身を襲い、開いた口が塞がらない。
そこには煌びやかにうねるブロンドヘアーをベットに横たえ、憂いを帯びた魅惑的な視線を此方へ送る王子様が映っていた。
淡く笑んだ唇に当てられている一指し指。
肌蹴た胸元や艶かしい白い肩。
ふんわりと細められた黄緑色の瞳は潤み、まるで宝石の様な輝きを放っている。
目を覆いたくなる扇情的なカラー写真は、鎖骨にある小さな黒子まで伝えてくれる鮮明度だった。
ベットの真上から見下ろす形で撮影されており、質の良い紙が使われている事が指触りからもわかる。
見栄えの良い被写体に降り注ぐ朝日によって、清潔さと神々しさが相成り、額縁に入れて飾りたい衝動を生み出す芸術的な一品と化していた。
「・・・っ」
しかし世の女性陣が喉から手が出る程欲しがるであろう写真を、ジェノはこめかみに青筋を浮かべて睨む。
震える手が無意識に写真を破こうと伸び、急激に乾いた喉から悲鳴に近い唸り声が漏れ出た。
「ぐぅうぐぅっううう゛」
最後に別れた時より背丈と髪が伸び、美少年から美青年へと成長している想い人。
恋する乙女の瞳は写真に釘付け――
と思いきや漆黒の瞳は親友の姿を掠め、別の場所を凝視している。
淫らにベットに横たわるカルシェンツ。
綺麗な腕が掻き集める様に手繰る極上素材のシーツ。
そこにデカデカとプリントされた、『僕』。
「ぅうぐぅううう゛っううぅう゛ぅぅぐがぁぁああああぁあ!!」
「ちょっ何すかその声!? 一体何見て―― ・・・あぁ、こりゃ酷い」
普段ふざけた事しか言わないゴッデスでさえ頬を引きつらせ、哀れみの眼をジェノへと向ける。
ビリビリと破かれ無残な形となった写真は、小窓から紙吹雪の様にばら撒かれた。
手元から魔の物体を離す事で平静を取り戻そうとしたジェノだったが、座席に置かれた封筒から別ポーズの似たような写真がごっそりと出てきて、思いっ切り前方の座席に頭を打ち付ける。
ぎやゃぁああゃあゃややゃぁあ゛あ゛あぁあ゛ああぁあっ!
美しく寝そべる少年。
その下に敷かれたシーツに最新の技術を駆使して印刷された『等身大サイズのジェノ』は、照れた笑みでドーナツを齧っていた。
普通送るか? 本人にコレを送って来るか!? はぁあ!?
こんなおぞましい写真を送りつけてくる奴の神経が理解できねぇーよ! くっそ怖ぇえーよ!! おいおいおいちょっと待て、ちょっと待てよおい。写真を撮ったのはベリオンさんか? 何故この暴挙を止めなかったベリオンさんっ。止められない程今のカルシェンツは精神的に追い詰められているという事か!?
『ジェノ君は恥ずかしがり屋さんだから、きっと勢いで写真を捨てて後で後悔すると思うんだ。でも安心してね、ツンデレな親友の為にいっぱい入れといたから!』
うっぜぇええええぇぇえ! 頭イカれてるくせに妙に聡い所がうっぜえ!
ジェノは怒りのままにスカイブルーの封筒を床に叩きつけ、即座に窓から捨てようと腕を振り上げた。
しかし第三王子のプライベート写真が誰かに拾われたらまずいのでは? とギリギリの所で思い留まった。
これが有名なカルシェンツ王子だとバレなくても、モデル以上の存在感を放つ美少年の写真は高値で売れるかもしれない。
それよりもこんな写真を他人に見られたら僕は生きていけないっ、恥か死ぬわ! そもそも何で親友の写真をシーツにプリントしようなんて思ったんだよ!?
後で焼却処分すると決めて心を落ち着けたジェノだったが、
『それら全ても燃やしちゃう君の姿が容易に想像できるから、極度の照れ屋なジェノ君の為に小出しにして定期的に写真を送ることにしたよ。大丈夫! 予備の予備の予備の予備の予備の予備の予備の予備の写真を用意してあるから、安心してね!』
「安心できるかぁぁあ!」
続きの文を読んで白目を剥いた。
予備の予備の予備って、予備が多過ぎるわっ。それだけ破られたり燃やされたりする想像ができるなら、僕が本気で嫌がってるってわかんだろ!? 嫌がらせだよな? わかってて嫌がらせで送ってきてんだな!? くっそ腹立つ!
「よし、殺そう」
恐怖写真を送りつけてくる親友に対し、ジェノの中で殺意が芽生えた。今迄もムカついたり心底ドン引きした事はあったが、カルシェンツに対し本気で殺意を抱いたのはこれが初めてである。
手紙の一文を読んだゴッデスは「あっはは! 素晴らしいウザさっすねー」と関心する素振りを見せ、ジェノはギリッと奥歯を噛み締めた。
カルシェンツに会ったらまず目潰しして5発殴る。
頭の形が変わるまでジャーマン・スープレックスを御見舞いし、急所である男性器を粉砕する。
足四の字固めをして、悶絶している隙に僕の得意技であるキングコング・ニードロップを喰らわす。
よし、これで顔面破壊だ。美しい頭部はぼっこぼこだ。
そして例のシーツは跡形もなく灰にし、ついでにカルシェンツ自身も焼却する。うん完璧だ。
「こういうウザイ所も好きなくせにぃ~」
「あ゛あぁあ゛ん!?」
「ヒィイッ、ごめんなさいっす!」
再会時のシュミレーションを入念に行い、ジェノは馬車内で一人闘志を燃やした。
ふっふっふっ、次に会った時がお前の最後だぜ、覚悟しておけよバカルシェンツ!
『私の事をいつまでもいつまでも・・・忘れないでいてほしい』
この時、写真に込められた親友の儚い願いの意味に、怒りに燃えるジェノが気付く事はなかった。
雲一つ無い青空に飛んでいく黄色い風船に一瞬気をとられつつ、石畳の外路地を駆ける。弾む呼吸と寒さで痛みを訴える耳から意識を逸らし、多くの人が行き交う十字路で視線を巡らした。
「あれ?」
ようやく見つけた石作りの噴水。その傍にお目当ての人物が見当たらず、冷や汗が頬を伝い落ちる。
土地勘のない隣国。しかも初めて訪れた街で待ち合わせしようと言ったのが、そもそもの間違いだった。
せっかくの『デート』という事で、街まで別々に向かい現地で落ち合おうと計画したのだが、言いだしっぺのジェノは待ち合わせポイントである大きな噴水の場所がわからず、途方にくれていた。
「ジェノ氏ぃ、向こうの中央公園にこの街で一番デカイ噴水があるらしいっす」
「でかしたゴッデス!」
チラリと視線を向けた床屋の時計は16時27分を示している。
やっば、あと3分! 人生初のデートで遅刻なんて洒落にならん。
食料から衣類、お花屋さんに質屋さんと様々な店が軒を連ねる活気溢れる道をひた走ったジェノは、街の中心に位置する公園に足を踏み入れた。
「ごめんっ、待った!?」
「いや、俺も今来たところだ」
ベンチとなっている巨大噴水の淵に腰掛けていた青年は、少女の姿を視認すると優雅に立ち上がり微笑んだ。
「遅れてごめんね!」
「時間丁度だから遅れていないぞ。迷ったのか、やっぱり一緒に向かえば良かったな」
「間に合って良かったぁ。いやほら、デートは待ち合わせから始めるものだしさ。形式は大事にしなきゃ」
ふうっと手の甲でおでこを拭うジェノに目を細め、「急いで来てくれたんだ?」とどこか嬉しそうにロッツは問いかけた。
それに「あたりまえだよ」と答えると、切れ長の瞳が笑み崩れる。
あぁ~ 今のマスク無しで見たかったな、ロッツの満面の笑顔は貴重だからちゃんと拝みたい。
「ねぇねぇ、マスク取って?」
「ん? ジェノに風邪を移すわけにはいかないだろ」
「移んないから大丈夫だよ。軽い風邪なんでしょ? 顔見せてほしい」
「駄目だ。念には念を入れないと、もしもの事があったら」
「お願いー」
「だ~め!」
詰め寄って駄々を捏ねるジェノにどことなく嬉しそうな声音で「ダメ」を繰り返したロッツは、指先をキュッと掴まれ「デートなんだから顔見てたい」という訴えに、視線を背けて黙り込んでしまう。
何かを耐える様に「この小悪魔めっ・・・」と呟いたかと思うと、渋々マスクを取ってくれた。
具合悪化してるのかな、これ以上我侭は言わないようにしよう。
耳にまで広がる朱色は普段冷静な男の顔を幾分幼くさせ、潤んだような瞳と涼やかな目元は、通り過ぎる女性達の視線を否応なく奪っていく。
咳やくしゃみが出るようなら装着するからと溜息を付く青年に、ありがとうと言ってウインクした少女は、自身の関わる恋愛事にとことん鈍かった。
煉瓦造りの建物は黄色・オレンジ・茶色・赤の暖色系統の屋根で構成され、統一感のある並びや外観が目を引く。待ち合わせ場所の公園を中心に楕円形に広がる街は然程大きいわけではないが、シナトリアの中では他国との流通が盛んで、栄えている都市だという。
閉鎖的な山での生活や麓の寂れた町に見慣れていたジェノは、色鮮やかな装飾と賑やかな雰囲気に心を躍らせた。
「その髪型、よく似合っている」
「本当? 自分でやったんだ」
編みこんだ髪をハーフアップにし、水色のリボンで留めている。普段一つに括っているクセの無い後ろ髪が、スルリと肩を滑る。その感触に慣れずムズムズしていた少女は、褒められて頬が緩んだ。
「ジェノは器用だな。その、可愛いよ」
ゴッデスが何処からか調達してきた女の子らしい薄桃色のコートに身を包んだジェノは、軟らかい毛皮のマフラーで顔を隠す。自分では違和感を感じる格好だが、「可愛い」と言ってもらえると素直に嬉しいし照れてしまった。
マフラーがモフモフしてて気持ち良い・・・それにしてもゴッデスは何処へ行ったんだ? トイス家の護衛は民衆に紛れて付いて来てるみたいだけど。まぁいいか、どうせ遊び疲れたら現れるだろう。
「あそこに美味しいモナカが売っているんだ」
「僕モナカ好き」
「カボ鳥のローストもあるぞ。此処でしか食べられないそうだ」
「カボって頭部が2つある鶏みたいなのだよね? 超珍味じゃん」
ロッツは一度この街を訪れた事があるようで、色々教えてくれている。
しかし何故食べ物の情報が多いんだ? お腹空いてるのかな、とジェノは小首を傾げた。逆にジェノには食べ物を与えておけば大丈夫、とロッツが思っている事を彼女は知らない。
1時間半かけて訪れたこの街は、デートスポットとして女の子達がよく噂していた場所だった。それを覚えていたジェノは「定番の待ち合わせ場所の噴水の前に16時半ね!」と指定した。
だが街中に目立つ噴水が三つある事も、待ち合わせと言えば『中央公園の巨大噴水前』という若者の間の常識も、一切知らなかった。
余裕を持って現地に到着したお陰で、3ヵ所全ての噴水を周っても遅刻せず済んだ事に、胸を撫で下ろす。
ジェノは遅刻するのが好きではない。待たされるのは構わないが、人を待たすのは嫌いなのだ。
蛇ガラのマグカップを手に取りながら再度安堵の息を付く少女の横で、立っているだけで視線を集める青年は必死にポーカーフェイスを保っていた。
チラチラとお洒落したジェノの姿を盗み見て、舞い上がった心とニヤけそうになる口元を気合で引き締める。
「いらっしゃいませ~」
カラフルな看板に惹かれて入店した雑貨屋は最近オープンしたらしく、店内は10代20代の女性陣で溢れていた。
可愛い小物に囲まれた空間は男性にとって入りづらく居心地が悪いだろうに、すんなりと付き合ってくれるロッツは優しい。
「重! バランスが・・・どうやって書くんだコレ」
用途のよくわからない花瓶形ボールペンを手にし眉を顰めると、亀のぬいぐるみと睨めっこしていたロッツが手元を覗き込んできた。
ガラスで出来たボールペン。普通と違うのは上部が花瓶の形を成しており、水を注げば小花を生けられる様になっている。色はピンク・ブルー・紫・オレンジの4種類が用意され、ガラスだけあって見た目は美しい。
しかし・・・
「筋トレにいいかもね」
ペン先は細く、上部に行くに従って膨らみを増す構造はバランスが最悪だ。直径20cmのガラスの重みに加え更に水を入れさせるという暴挙。
ボールペンとして使用するのを諦めたとして・・・花瓶として使うにも専用のペン立てが無いと支えられないじゃん。倒れたら大惨事間違いなし!
そして残念な事に専用のペン立てと思しき商品は見つけられなかった。
「ジェノ、女子はこういうのを欲するものなのか?」
「最近ガラス製品流行ってるから・・・2つの機能が一つに纏まって一石二鳥! って書いてあるよ」
「花瓶とペンの機能を同時に堪能したいものなのか?」
「僕はいらない」
「同感だ」
『書きながら心を癒す 大人気花瓶ペン再入荷!』のポップに理解できない視線を送ったロッツは、その後も商品の欠点や不要さを目敏く見つけ冷静に評価を下していった。
どれも辛口評価だが面白そうに目を輝かせて物色しているので、楽しんでて何よりだとジェノもあれやこれやと気になった商品を手渡していく。
「亀・・・可愛い」
「ロッツそのぬいぐるみ気に入ったの? 亀可愛いもんね」
「うむ」
「美味しいし」
「・・・うむ」
店内ではそんな2人に全ての女性客が注目し、会計をしている店員すらもチラチラと視線を向けていた。正確には女性陣は急に入ってきた品格漂うイケメンに目を奪われ、真剣な面持ちで商品を眺めている姿に甘い溜息を吐いている状態だ。
男性は入店するだけで注目を集めるものだが、明らかに高級そうな質の良いコートを着こなしたイケメンが現れた店内は大きくざわついた。
凄い賑わってるお店なんだな~ とのんびり考えていたが、その後周った玩具屋や絵画展での周囲の反応に、連れている男が原因なのだと徐々に気が付く。
ただ街を見て歩いているだけのロッツはその見目麗しい容姿で人々の視線を集め、ちょっとした仕種で人々の興味を引いていた。
「エスプレッソ1つ」
休憩で入ったカフェでメニュー表にスッと視線を落とせば、注文を取りに来たスタッフの女性が見蕩れて頬を染める。頼んだ飲み物が運ばれてくる際には誰が持っていくかで揉め出し、「私がっ」「いや私よ!」「注文を受けたのはあたしですぅ」という主張がオープンテラスまで聞こえてきた。
「ロッツって何なの? 何でどこ行っても女の子が揉め出すの?」
「俺が聞きたい」
結局妙齢の男性店長が運んできて、騒がしくしたお詫びとしてお茶菓子をサービスしてくれた。
普通に生きてるだけで出会う女の子が皆あんな風に騒ぐのは凄すぎる。流石にジェノも驚きを隠せない。
イケメンは大変だなと同情しつつ、ダージリンをコクリと飲み込んだ少女は小首を傾げた。
この街では目の前に座る青年の他にも、イケメンだなと思える男性を数人は見かけた。
テラスの生垣を越えた小道には多くの人が行き交い、自信に溢れた若者やお洒落感漂う男子達が悠然と歩いている。
しかし、人々は風景の一部としてその者達に目を留める事はない。
じっと外を凝視し、外見の良い人物とその周辺の人間の様子を観察するジェノは、ロッツの謎を解き明かそうと真剣な眼差しを向けた。
ロッツがほんのちょっと足を止めた果物屋の主人は不自然なまでにオドオドし、女将さんはうっとりしながらメロンとマンゴーをサービスしてくれた。
すれ違った若い子達は「今の人やばい!」「ちょーイケメン!」「あれはヤバイっ」「マジヤバイ!」と興奮しだした。
大通りから外れた道で遊んでいた幼い子供達にいたっては、近づいただけで左右にサッと分かれ、壁にへばりついてロッツを見上げていた。
あれは格好良いからというよりも恐れからの行動に見えたが。
「何を見ているんだ?」
「イケメンウォッチング」
「は?」
驚いた表情で固まった青年に向き直り、あぁそうかと一人納得した。
注目を浴びる理由は顔が良いからという理由だけではない。
彼が生まれてから当たり前の様に過ごしてきた時間。育った環境と培った経験。特別な身の上があってこそだ。
つまり、品が良いのだ。
コーヒーの取っ手を持ち、ソーサーから持ち上げる。香りを楽しむようにそっと閉じられた瞼と、揺れる長い睫毛。薄く開かれた淡い唇に当てられた白いカップと、上下する喉仏。ほうっと吐き出された吐息と共に、ゆっくりと開かれた瞳は濃い灰色で、光の当たり具合で青や紫がかって見えた。
「はぁあ~ あの人格好良い」
「貴族かしら? 上品で素敵ね」
「貴族様はこんな街中に来ないわよ。でもあんな彼氏欲しいわぁ」
当然の様に行う所作や醸し出す雰囲気が、青年をどこまでも品の良い高貴な存在へと昇華している。
カルシェンツの近くに居過ぎて気が付かなかったが、一般の人達とは違う『高貴さ』が溢れ出てしまっているのだろう。
偉ぶった態度をしなくとも萎縮してしまう様な空気が自然と漂い、それを街の人々は感じ取っている。
そりゃ貴族の中でも王族に継ぐ高位の身分だしな、街中で浮くのは当然か。
シンプルなネイビー色のコートはすらりとした体躯を包み、落ち着いた印象を周囲に与えるも、見る人が視れば全て最高級品の素材を用いたオーダーメイド品だと気付く。
大国ヴェジニアで一番の職人の手によって生み出された一着の価値は、いったい如何程なのか。僕には値段とか価値とかよくわからないけど、すっごく高いんだろうな。
確かカルシェンツの手袋は一点もので、庶民が一生で稼げる額の2倍とか言ってたけど・・・
「ねぇねぇこの後どうするの?」
「街の南東に聖樹があるらしいんだが、そこで旅芸人が演舞と劇をやるらしい。・・・もうイケメンウォッチングはいいのか?」
「ロッツ並みのイケメンはそうそういない事がわかったからもういい。やっぱり僕には筋肉ウォッチングの方が楽しいし」
「そ、そうか」
複雑な笑みを浮べてこれは喜んでいいのかと悩むロッツを尻目に、聖樹の存在に興味を示したジェノはカップの中身をグイッと飲み干し、お会計へと立ち上がった。
「なんて格好良い板金鎧なんだ!」
カフェの入り口でロッツを待っている間、向かいの店に飾ってあったプレートアーマーに吸い寄せられる様に近づいた。
頭から両足まで揃った全身を覆うプレートアーマーは、シンプルなデザインながらも通常より大型に作られている事がうかがえた。
「君一人? 超可愛いね! よく言われるでしょ~」
横に掛けられた銀の盾とセットで売りに出されている事を確認し、ジェノは本気で購入しようか迷いだす。
「ずっと向こうから見てたんだよ、すっごい目を惹く可愛い子がいるってなって! 良かったらお茶しない?」
この両手の形からして一昔前のやつかな。カンバヤシの部屋にあるのと大分違うし、こっちの方が機動力はありそう。
「あれ、聞いてる? おーい可愛子ちゃ~ん」
屋敷に戻ったら自室に飾ろうかな。いや扉の前に置いておくのも乙か。
「ちょっ、お願いだから無視しないでぇ!」
「ん・・・僕?」
ようやく話しかけられている事に気付いたジェノに、軽薄そうな男は嬉しそうにヘラヘラとした笑みを浮べ、指をクネクネと動かした。恐らく挨拶したのだと判断し、軽く会釈を返す。
「そうそう君だよ子猫ちゃん。見かけない顔だよね、俺が街を案内してあげるよ。この街は俺にとって庭も同然だからさ!」
「鎧見てるので結構です」
「えぇー あっちに娯楽施設があるから遊ぼうよ。そっちの方が楽しいからさ」
「てかあんた誰?」
「コジローだよ」
誰だよコジロー。
頭に巻かれた赤い柄のバンダナと、肩まで伸びた痛んだ茶髪。古着を重ね着したファッションは今流行っているのかもしれないが、ゴチャゴチャし過ぎていて良さがいまいち理解出来ない。
あ、でも伊達っぽい丸メガネは結構好き。僕もこういう眼鏡かけたい。
「俺が手取り足取り教えるからさ~」
やけにフレンドリーな人だなといぶかしんでいたジェノは、暫くしてこれがナンパと呼ばれるものかと気が付いた。
おお、噂に聞くナンパね、成程チャラいな。
人生初の出来事に面白がっていると、ナンパ男コジローはイケると勘違いしたのか、少し強引にジェノの腕を掴もうと手を伸ばしてきた。
それを平然と手刀で叩き落す。
「あたっ」
あまりにも自然な動きとスピードで披露された手捌きに、一瞬何をされたのか理解できなかったコジローが間抜けな声を上げた。おっさんに軽く背中にぶつかられ「ごめんよ」と言われた事でハッとし、直ぐに気を取り直して再度手を伸ばしてくる。
邪な意図を含んだコジローの掌はか弱い女の子の肩を掴んで無理やり引き寄せる――
ことなく無残に空を切った。
「ありゃ?」
「ぐぎゃっ!」
すぐ目の前に居た筈の可憐な少女は目の前から一瞬にして消え去り、妙に潰れた奇声が上がったのと、真後ろからドタッという振動をコジローが感じたのはほぼ同時だった。
振り返ると足元で見知らぬおっさんが仰向けに倒れている。そのわき腹に少女の爪先が縫いとめる様に突き刺さっていた。「っくぐぅ!」とくぐもった唸り声に、呆然と瞬きを繰り返す。
「ナンパって女の子に集中するから周り見えなくなるもんなんだね」
「がっ・・・ぅぐ」
「ちょっ、何これ」
小汚いおっさんの懐に手を差し込んだジェノは、淡々とした表情でぼけっと突っ立っているだけのナンパ男に茶色い物体を放り投げる。
「ぁ・・・えっ、俺の財布?」
「コジローだっけ? あんた隙ありすぎ。女の子捕獲する前に身の安全を確保した方がいいんじゃない?」
「っ!・・・!!?」
キリッとした表情で颯爽と踵を返したジェノは、後ろでに手を振ってその場を去った。
勝てる要素が一切見つからない美形と合流し、悠然と遠ざかっていく強く可憐な少女。
残されたコジローは乙女のように胸の前で指を組み、熱い溜め息を零しながら2人を見送った。
デートはまだ続きます。
ロッツがテンパるのは次回になりそうです(汗
お読みくださり、ありがとうございました。




