40 チャコット・ヘミング
引き続きチャコット視点になります。
「庭の方で何か催し物をするそうですわよ」
「あら、まだサプライズがあるのかしら。本当に来て良かったわ、こんなに素晴らしい舞踏会は久しぶりだもの」
第三王子が去った会場では華やかな女性達がダンスやお喋りを楽しんでおり、お淑やかに振舞っている。
さっきまでの醜態が嘘のようだ。
「カルシェンツ殿下は気品に溢れた方だ・・・やはり佇まいから全てが違うな」
「ええ、ええ、真にそうですな! 私は感服致しましたっ」
まだ興奮冷めやらぬ者もいるようだが徐々に普段の雰囲気へと戻りつつあり、給仕やオーケストラがまともに仕事をこなせている。
「面汚しの癖に何のつもりかしら!」
中庭で行われるイベントに人が流れ、人数の減った室内会場。
外に出て幼馴染を探しに行こうとしていたチャコットは、ベランダから聞こえてきた甲高い声音に足を止めた。
「・・・どこが面汚し? 凄い人気だった」
「ふんっ、皆あいつに騙されているだけよ。こうやってパーティを引っ掻き回して滅茶苦茶にしようとしてるのがわからないの?」
胸まである金の巻き髪を優雅に払う少女を視認し、「おや?」と眉を上げた。俊敏な足さばきで移動し、ベランダの奥で会話している少女と少年を視界に捉える。
闇夜に靡く金髪が室内の明かりに照らされ反射するが、白くはためくカーテンが都合よく小柄な2人を隠し、ダンスに夢中な貴族達は此方に目もくれない。
「わからない。カルシェンツお兄様は何もしてない。勝手に民が騒いだだけ。それとハミィ、兄をあいつ呼ばわりは駄目」
「お黙りハルク!」
クセの強い短めの金髪を指で弄ぶ少年は少女に比べ少し幼いが、切れ長の目元と薄い唇がバランスの良い顔を引き締め、年齢よりも大人びた印象を与える。
「お姫様なのに慎みがない。残念」
「あんた弟の癖に生意気なのよ、私に説教するつもり?」
壁を背にして見つからない様死角に隠れ、10歳以下と思われる子供達の会話に聞き耳を立てた。
この子達本物かなぁ? 本当にそうならオイラちょっとびっくりなんだけど。ロッツからは何も聞いてないぞ。
人気の無いベランダで口論する少年と少女の素性に検討がつき、煌々と輝くシャンデリアを見上げて顎を摩った。
「カルシェンツお兄様からしたらハミィは生意気な妹」
「あんな奴兄じゃないわよ! ふざけたこと言わないでっ」
「ふざけてない。紛れもない真実」
ヴェジニア国第二王女、ハミィ・ゼールディグシュ 9歳。
第四王子 ハルク・ゼールディグシュ 8歳。
トイス家の情報網に引っかからなかったのか、単にオイラが知らされていなかっただけなのか。
怒りに顔を真っ赤に染める少女と淡々と話す少年の会話で確信を持ったチャコットは、美男美女と名高い自国のプリンス&プリンセス達の顔を一人ひとり思い浮かべた。
5人の王子様と2人のお姫様。
明日参加予定の第二王子を加えると、7人兄妹の内今回のパーティーに4人も参加している事となる。
驚きだ。場を考えず大胆な発言をしている事も含めて色々と驚きだ。
『第二王女は第三王子を毛嫌いしている』
噂には聞いていたけど本当だったのか。でも『第四王子もカルシェンツ様に反抗している』って話しはデマっぽいかな。
後継者問題で微妙な関係にある彼らの噂はよく耳にするが、それほど興味があるわけでもない。
面白おかしく書き立てる記者の文は信用の置けるものではないし、ちょっと大規模な兄弟喧嘩にしか思えないのだ。
王様に対して特に期待などしていないチャコットにとって、傍迷惑な国策を行わなければ次王なんて誰でもいい。
てかカルシェンツ様は王様やりたくないんだろ? じゃあもう第一王子に譲っちゃえばいいのに。
揉めている最大の原因は第三王子のやる気の無さだ。
現国王がカルシェンツ様に継がせる事しか考えていない今、彼が一言『王様になる』と言えば即座に全てが決まる。
カルシェンツ様が決定的な言葉を避け続けている現状が、芳しくない状況を作っていると言える。王になる気があるのか無いのか、わざと兄妹と対立したいのかそれともどうでもいいと思っているのか。
天才ともてはやされる者の考えはわからん。
無駄に第一王子にチャンスを与え事態をややこしくしている第三王子はマゾなのか? いや、期待させるだけさせて地に堕とすつもりなのかもしれない。うん、あの群がる民衆に向ける生ゴミを見る様な冷めた視線は生粋のSの眼だ。
ドSに一票!
「きゃっ!な、何よ貴方っ」
ボケっと考え事をしていると会場に入ってきたプリンセスと鉢合わせ、小さな悲鳴を上げられる。
盗み聞きしていた側としては取り繕って謝罪する場面なのだが、睨みつけてくる自国の姫を前に「やっほー」と声をかけニヤリと笑みを作ってみせた。
「ちょっと貴方っ、私たちの会話聞いていたの!? 無礼だわ!」
「うわ、キーキーうるさいなぁ。猿じゃないんだからもっと静かに喋ってよ」
「――っな、猿!? 今私を猿って言った? 私を誰だと思ってるのよ!」
「お姫様でしょ、知ってるよ。オイラ記憶力いいからさ。んじゃバイバーイ」
「待ちなさいっ!」
甲高い悲鳴が会場に響くが、丁度盛り上がりをみせる演奏で掻き消され、数人が振り返っただけだった。
悪びれる様子のない腕を小柄なお姫様が掴むが、横から近づいてきた王子が興奮状態の姉の手を引き剥がした。
「放しなさいハルク! こいつ私をサルって言ったのよっ、信じらんない!」
「落ち着いてハミィ。関わっちゃダメだ」
「許さないわよこのボサボサ頭っ、謝りなさい!」
「ハミィ、行こう」
「嫌よ絶対! 謝ったって許してあげないんだから」
「えー じゃあ謝る意味ないじゃん。それにオイラ悪くないし、本当に猿みたいにうるさかったし」
つり目を更につり上げて憤慨する少女に対し、尚も煽る言葉を吐き続けるチャコット。楽しそうな空気すら感じられる彼に第四王子は一瞬冷めた瞳を向けるが、何も言わず第二王女を引きずるように引っ張っていった。
「邪魔しないで!」
「彼はヘミング家だ。関わらない方がいい」
「はぁ!?」
通常ならば不敬を働いたとして大事になりうる事態にも関わらず、一切の焦りを見せずに遠ざかっていく姉弟を淡々と見つめる。
「変だって噂のチャコットって人だよアレ。何されるかわからない」
「そんなものっ」
「セインディルク兄様に言われてる、見かけたら近づくなって。早く帰ろう、危ないし目立ちたくない」
「・・・・・・ぅぐ、そうねっ」
えー 変ってなんだよ変って、気になるんですけどー。オイラもしかして有名人? 王族の兄妹で知られた存在なの? 何それウケる。
最後にハミィ姫から渾身の射殺すような眼光を浴び、コソコソと会場を去る姉弟を無言で見送った。一瞬追いかけようか迷ったが、幼馴染を探すことを優先しチャコットは中庭へと足を向ける。
お忍びで舞踏会に参加していたハミィ姫とハルク王子。
会話の内容や誰とも挨拶せずにすぐ帰ったところを見ると、恐らく目的は兄であるカルシェンツ王子だろう。
兄妹といえど王城を離れて暮らしている第三王子に会う機会は数少ない。
珍しくパーティーに出席すると聞きつけてお兄ちゃんの様子を見にやって来たってところかな。
「うーむ、カルシェンツ様は大人気だねー・・・でも」
熱狂的に叫んでいた者達に見向きもせず、虚空を見つめていたマネキンの様な美少年を思い出す。
一見澄んだ色の瞳には、その実何も映されてはいない。
「彼は生きてて何かに心惹かれる事はあるのかな? ハハッ、全然想像つかないや」
少年は一人乾いた笑みを浮かべ、ライトアップされた庭へと踏み入れていった。
「ロッツ様、ロッツ様っ、今日も素敵です! わたっ私・・・」
「あんた邪魔よ! ロッツ様ぁ、その腕時計有名ブランドの限定モノですわよね。やっぱり本物の高貴な方は違いますわぁ~」
「あのっ、ロッツ様はカルシェンツ殿下とお話されたことございますか?」
「当たり前でしょう! きっとお二人はとても親しい御友人なのよ」
「美形同士通じるものがあって実は親友同士なのよ!」
「わかるぅ~」
「勝手な事を言うな」
中庭に出て盛り上がりをみせる野外ステージへ向かうと、見知らぬ少女達に囲まれそれを真顔であしらっている幼馴染の姿があった。
「知的な会話をしながら微笑むお姿が眼に浮かびますわ・・・素敵」
「立っているだけで絵になりますものね!」
「どんな会話をなさるのでしょう? 気になりますわぁ」
「まず『今日もお前は美しいな』ってロッツ様が声をかけるのよ、きっと!」
「それでカルシェンツ様が『君には負けるよ』って返すのよね!」
「わかるぅ~」
「待て、俺は全然わからないぞ」
気になる男子で勝手な妄想を繰り広げる少女達は、うっとりとした眼差しを困惑する想い人に向ける。理解できない話で盛り上がる女子に呆れた視線を送り、深い皺を眉間に刻む少年。
ロッツはカルシェンツ王子とほとんど親交がない筈だ。現実を知ったら彼女達はさぞガッカリする事だろう。本当の事を言って妄想を打ち砕こうか・・・いや、仲が良いと嘘の噂を流した方が今後面白そうな気も。
「ロッツさんやっほー。モテモテだね」
「良いところに来たチャコット!」
「もう少し黙って見てたかったけど時間がないからさ、仕方がないから助けてあげるよ。ほら移動するよ」
チャコットが近付くと女子がさざ波の様に引き、ロッツは「まるで魔除けのようだ」と嬉しそうに呟いた。
人波を縫う様に早足で移動し、遠巻きに付いてくる女の子の集団を慣れた足取りで撒いていく。
「あっそうそう、鳥の像のところにいた女の子探すから、ロッツも周りをちゃんと見ててよ」
「ん、鳥? あぁ、お前と話してた子か・・・探してるのか? 俺はその子の顔知らないんだが」
「あーそうか。えーと黒髪でね、青いドレス着てる」
「ぅむ?」
チャコットの言葉に首をかしげながらもキョロキョロと辺りを見回すロッツ。行く先々で声を掛け呼び止められる非常に忙しい身なのだが、トイス家の嫡男として失礼にならない程度に上手く流して切り抜けていく。
「そういやお前今迄どこ行ってたんだ?」
「便所」
「随分長いトイレだったな」
「難敵だったから」
「そうか・・・カルシェンツ様から逃げてた、とかじゃないのか?」
詮索を避けるように無言で視線を走らせると、隣から溜息が聞こえ諦めた気配が漂ってくる。
口を閉ざすと直ぐに引いてくれる察しのいい幼馴染は有難いが、できれば話題も振らないで欲しい。カルシェンツ様関連は禁句なのだ。
「あ、さっきハミィ姫とハルク王子に会ったよ。お忍びで来てたみたいだけど知ってた?」
「は? ハミィ姫!? 嘘だろ、そんな情報聞いてない」
「じゃあやっぱり隠れて見に来ただけなんだ。実はブラコンの可能性に一票」
「待てどういう」
「――いた! あの子だっ」
中庭には見当たらず一度探した室内に戻ったところで、広い会場の隅にお目当ての人物を発見し話を遮った。
ちょうど自分達の居る壁とは反対側に位置する大きな扉の傍。
料理の盛られたテーブルを真剣に見つめている少女を隠れた瞳で凝視し、「間違いない」と力強く頷く。
「なぁ、姫と王子が来てたってどういう」
「そんなのは今どうでもいいんだよ!」
「は? いやどうでもよくないだろ。本当だったら挨拶とかしておか・・・」
「もう帰ったからいいよ。ほら、さっさとあの子に声かけてきて。LOVEを掴み取るにはタイミングが命って言うだろ? 早く速く」
「えっ、俺がか?」
「うん。ロッツが話しかけないと意味ないじゃん」
「んん? チャコットが何か用があるから探してたんじゃないのか」
戸惑う少年の肩に優しく右手を置き首を振ると、言い聞かせるようにゆっくり言葉を紡いだ。
「ロッツよ・・・恋というものは知らず知らずのうちに始まっているものだ。そう、走り出した想いは何者にも止められない。さあ行くがいい! ロッツ・トイスの男気を見せる瞬間が漸く訪れたのだ。今こそ有り余ったその超無駄なモテモテ能力を発動してみせろ!」
「いや待て待て待てっ、どうした急に。変なものでも食べたのか? あれほど拾い食いは駄目だっていつも言ってるだろう。一旦落ち着け」
「オイラは器用そうに見えて実は不器用で、爽やかそうに見えて実はネチョネチョとした執着質な一面を持つ幼馴染の事をそれはそれは心配しているのだよ。頭良いけど男女間の駆け引きはサッパリだろうから教えてやろう。有難いと感じて敬ってもいいぞ。寧ろ敬え」
「意味がわからないんだが・・・取り敢えずネチョネチョって何か嫌だ。えっと、まずお前は何がしたいんだ?」
チャコットは恋のアシストのつもりでさり気なく二人を仲良くさせたいところなのだが、状況を全く理解していないロッツは突然何を言い出すのかと涼しげな眼をすがめて訴えかけてくる。
「ほらぁ~何か気にしてたでしょ、あの子の事。お前さん変わった子に興味あるじゃん? ちょっと親交を深めたらいいと思ってさ。因みに向こうは別にロッツに興味はない。そんな感じがする」
「ちょっと待てくれ、気にしてるって何だ? 別に俺変わった子なんて興味無いぞ」
恋に全力投球で挑むチャコットに上手いアシストや駆け引きなど出来るはずもなく、キューピットには程遠いい強引な助言は中々受け入れられない。
本当にロッツは気がついていないのか? 恋に発展するかどうかは別として、あの子の事を気にしていた己自身に。鈍いのか、わざと察しない様にしているのか――
渋い表情の彼の腕を引き、柱の影に身を滑り込ませて人数の減った舞踏会場を見回した。中央で踊る貴族達に向けられる幼馴染の視線を、手の動作で壁に寄りかかる少女の方へと移させる。
このままでは進展しない。どうにかしなければ・・・う~む、何も思いつかん。やっぱりロッツに突撃させるのが手っ取り早いだろ。
「あの子が裏門で会った子なのはわかった。・・・それで?」
「話しかけてこいよ。『今日もお前は美しいな』ってキメ顔で言えば上手くいくよ」
「初対面なんだが!?」
「きっと『君には負けるよ』って返してくれるから大丈夫」
「さっきの女子の妄想会話だろそれ!」
協力してやろうと思ってんのに一々煩い奴だな、男なんだからナンパの一つや二つ軽くこなせよ。これだから現状に甘んじているモテ男は駄目なんだよ! 腹立つ滅びろ。
「行け」
「何でだよ」
「行けって!」
「嫌だ」
「嫌だじゃねーよっ」
「嫌に決まってんだろ。理由も無いのに話しかけてどうするんだよ」
「意味なんて考えんなハゲ!」
「はげ!?」
「将来ハゲろっ」
「ただの悪口はやめろよ!」
グダグダ押し問答している間にターゲットの少女が壁から離れ、小突きあっていた少年達はピタリと動きを止めた。
迷いない足取りでサラダコーナーへ進んだ少女はトングを右手に持つと、端から順に軽快なリズムで皿へ乗せていく。慣れた手付きでクルクルとトングを回しながら置き場に戻し、颯爽と踵を返した。
彼女の動作は洗礼され一見優雅に見えるのだが、ロッツは眉を寄せチャコットはポカンと口を開けて首を大きく傾げた。
「盛り過ぎじゃねぇ!?」
「あれサラダだよな・・・それしか食べないつもりなんじゃないのか。ほら、野菜ダイエットとか」
「肉とかは一切食わずにサラダだけって事か。それにしても量多いだろー」
2人の瞳を釘付けにする皿の上にはこれでもかとこんもり盛られた野菜が犇めき、様々な種類のサラダが一緒くたにされている。崩れそうな牙城に臆することなくフォークを突き立て豪快に口に運ぶ少女は、20m離れた場所からガン見されているとは露知らず、咀嚼を繰り返してペロリと平らげてみせた。
その後間髪おかずにスープコーナーへ向かい、10種類以上あるスープを片っ端から器によそっていく。
「まるで飲み比べしてるみたいだな」
「スプーン使わないでがぶ飲みかー、やるな麩菓子さん」
「皆ダンスに夢中で見られてないのがあの子の救いだな」
「オイラ達がバッチリ見てるけどね」
見られていても構わないという堂々とした立ち振る舞いが逆に彼女を目立たなくさせ、視線を集める結果には至っていない。妙にオドオドしたりコソコソしている者の方が変に注目を浴びてしまうものだ。
他の令嬢が一口サイズに分けられた料理を小さく口を開けて咀嚼しているのを余所に、美味しそうに齧り付きモギュモギュと噛み砕いて飲み込む少女。
「そういえば料理を沢山食べたいと言っていた」
「えっ、あの娘といつ話したの?」
「いや、パーティーが始まる前そう話していたのを近くで聞いただけなんだが」
ふーん、そんな他愛のないセリフを覚えてるなんてやっぱり気になってる証拠じゃね? 普通耳に残らないし誰が話していたかなんてわかんなくなっちゃうと思うけど。
「マナー的にはダメかもしれないけど美味そうに食べてるの良いよね。てかオイラもよくやるし」
「あぁ、あの人目を気にしていない堂々とした感じ、まるでチャコットを見ているようだな」
「オイラはあんなプリンとステーキを一緒に食べる様な変な食い方しないよ。・・・でも見てたらお腹空いてきた」
定位置の壁まで一本のフランスパンを持ち帰ってワイルドに丸齧りする美少女の図は違和感バリバリなのだが、それでも失われない気品と独特なアンニュイな雰囲気が寧ろ彼女を美しくさえ見せていた。
あの子は本当に貴族のお嬢様なのか? なんか・・・
「眼が良いよな」
「え?」
「眼光っていうか、彼女の纏う空気というか・・・上手く言えないが、なんか、生命力のようなものを強く感じる」
ポツリポツリと話すロッツの視線はチャコットと絡むことなく、グレーの瞳はずっと少女に注がれている。珍しく異性に興味を示す幼馴染の様子に笑いを堪えながら「そうだな」と肯定の意を伝え、そっと見えづらい前髪を分けて少女の姿をクリアな視界で捉えた。
ロッツの言葉通り、生命力に似た何かを自分も感じる。食べる事に必死になっている今も、裏門で初対面した時もそうだった。無性に記憶に残り、心臓を揺さぶられる奇妙な感覚。
やっぱりそうだ、この子――
獣っぽいんだ。
お淑やかさが求められる令嬢に到底相応しい喩えではないが、どうにも可愛いだけの印象にはなりえない少女。
単に豪快だからとか貴族らしくないからという理由ではなく、己を刻み込む様な存在感が凄い。
漆黒の瞳やしなやかな動作から醸し出される不思議なオーラ。
一瞬、まるで森で野生の獣に遭遇したかの様な感覚に陥り、ギクリとしてしまう。
のうのうと生活してきた何不自由ない家柄の子とは一線を画する、『自分は生きているんだ』と訴えてくる魂のようなもの。
たまにいるんだよねぇ、立っているだけで異様に目を引くタイプ。ああいうのをカリスマ性っていうのか? 姿形や顔の良さとかではない、目には見えないフェロモンの類・・・これも生まれ持った才能の一つなんだろう。良いも悪いも人へ与える影響力が強い人物。
言葉で表現しずらい感覚を意図せずに植え付けてくる少女に対し、隣で腕を組むロッツはスッと切れ長の眼を細め、微かに口角を上げた。
長年の付き合いがあるチャコットにはわかる。
もう余計なお世話を焼かずとも、勝手に興味を持った相手に近づいていくに違いない。
「こんな所にいましたのね、チャコットさん」
「――! ありゃ、珍しいね」
あとは本人に任せるのが一番いいかそれとも茶々入れた方が面白いか、そう思考を巡らせていたチャコットにゆったりとした声が掛けられる。
振り向くとハッとする様な赤い色が目に飛び込み、微かな驚きが声に滲んだ。
赤毛に真紅のルージュ、豪勢なフリルをあしらった真っ赤なドレスに合わせたこれまた真っ赤なピンヒール。
頭のてっぺんからつま先まで大好きだという赤色で統一された少女に首を傾げてみせ、軽く手を振って挨拶する。
「とても大事なお話がありますの。よろしいかしら」
「うーん、もう少し後じゃ駄目かい?」
「今しかお時間とれませんの。来ていただけます?」
なんとタイミングの悪い、せっかく下準備が済んでこれからだって時に来なくてもいいじゃんか。そもそも普段はお互い目も合わさないのに、どういうことだよ。
長い赤毛を耳に掛ける少女から今後の行動が気になる幼馴染へと視線を移すと、早く行けと目だけで促された。
このまま動かないと騒ぎ出して面倒臭い事になるのは明白だもんな。滅多に近付いて来ることのない彼女の話しってのにも少しは興味あるし、まぁいいか。
「んじゃさっさと行きましょうかー、許嫁ちゃん?」
あっかぁ。
ガッチリ締まったウェストと地面に向かうにつれ広がる重たそうなドレス。目の前を歩く赤色を後ろから眺め、純粋な感想が口から出そうになる。
まるで出血してるみたいだな・・・
隅に位置する中庭全体を見渡せるベンチへ腰を下ろし、正面に立つ無表情な少女を見つめた。
これから打ち上がるらしい花火は見えにくい位置だが、淡く光るオレンジのランプが頭上を照らし、良い感じの雰囲気を演出していた。
「元気? まあ元気だよね、さっき王子様に群がってる姿見かけたよー。今日も全身真っ赤で凄いね。目立ってるよ、赤くて」
「貴方はいつも通り酷いですわね、主に頭部が。改善を強く勧めますわ」
アンミカ・メシゾット 14歳。
親同士が決めた、チャコットの正式な許嫁である。
珍しく話しかけてきた一つ年上の少女を見上げ、人から気味が悪いと敬遠されるニヤついた笑みで対応する。
3時間掛けて仕上げられているらしい必殺のナチュラルメイクに、ウネウネと絡みつきそうに腰を覆う赤毛。
第三王子を見てトイレに駆け込む前、頬を蒸気させながら一際大きな歓声を上げている彼女を見た。ギラついた瞳でカルシェンツ様を見上げて叫んでいた少女は今、冷めた瞳を婚約者であるチャコットに向けている。
うーん、女友達に「私ナチュラルメイクですの」と話してるのを聞いたけど、これナチュラルか?
濃いよな、絶対濃い! 麩菓子さんは完全なるナチュラルメイクだったけどコレは違うだろ。そもそも3時間かけたナチュラルメイクってなんだ。それはもはやナチュラルメイクとは言わない! ナチュラルに見えるよう計算しつくしたどぎついメイクだ! オイラにはよくわからん。女子だと理解できるもんなのかな。
「さてさてさて、許嫁ちゃんの大事なお話ってなにかなー? もしや好きな人でも出来たかい?」
「さすが妖怪と呼ばれているだけありますわねチャコットさん。その通りですわ。私、お付き合いしている方がおりますの」
「えっオイラ妖怪って呼ばれてるの? 初耳なんですけどー、いつの間にか人間辞めてたー、まぁいいや・・・もう付き合ってるってさぁ、いつもの妄想とかじゃなくて?」
「なんですの、それ」
妄想癖に虚言癖。
自分の都合のいいように物事を解釈して生きている彼女は、極端な思考回路をしている。幼い頃からある事ないこと言いふらし、今迄多くの問題を引き起こしてきた。
所かまわず嘘をつくのだが、最も厄介なのは自らが作り出したその嘘を、彼女本人が信じ込んでしまう事だ。
『私はお姫様なの。だから王城に住んでいないとおかしいのよ』
優雅な暮らしに憧れていた幼い少女は、ある日軽い気持ちで嘘をついた。最初は可愛いちょっとした子供の嘘。
しかし――
『アンミカちゃんお姫様なの? 凄いね』
『・・・そう、私、本当にお姫様なの』
思い込みが激しい性格が災いし、脳裏にスルリと入り込んだ友達の一言が少女を変えた。
王城に侵入しようとしては失敗し、『無礼者! 私を誰だと思っているのっ、全員処刑よ!』と叫び続けた幼少時代。
王城のパーティに出席した際、国王に対して『お父様!』と声を掛け、場を一時騒然とさせた強者である。
浮気を疑われた国王は必死で否定を繰り返し、娘の無礼を詫び続ける両親は血の気が引いて青を通り越し土色となっていた。土下座する親の横で『お腹が空いたわ、姫である私に料理を提供しなさい』と城の使用人に言いつける姿は常軌を逸した光景だった。
当時5歳だったチャコットはその現場に居合わせ、愉快気に笑っていたものだ。
将来を危惧した両親が変な噂が広まる前にと早急に婚約者を探し、同じく変わった子として知られていたチャコットに白羽の矢が立つ。
今でもどこぞの王族の血が自分には流れていると信じて疑わない彼女の事を、チャコットは嫌いではない。もちろん決して好きでもないが。
くくっ、暴走っぷりが面白いからねぇ。
付き合っていると言う相手は妄想なのでは? と疑いの眼差しを向けてしまうのは当然の事だった。
「もう婚約していますのよ。素敵な方ですの、応援して下さる?」
「ほほーう婚約ですか。いいよー、面白いし」
婚約ね・・・オイラと婚約破棄していない状態で堂々と問題発言。成る程なるほど、通常運転ですね。
妖艶な笑みを浮かべて踵を返す真っ赤なドレスを見送り、「相手はだれなのー?」と後ろから声を掛けた。ナチュラルメイクにはどうしても見えない黒く囲われた目元が嬉しそうに細められ、笑んだ真紅のルージュが闇夜に浮かぶ。
「ふふっ 愛しいあの御方の名は―― カルシェンツ、というのよ」
「・・・へぇー」
凄く聞き馴染みのある名前だなぁ。
針の様に鋭い赤いピンヒールは振り返る事なく突き進み、燃える様なドレスが人混みに溶けて消えていった。
◆ ◇ ◆ ◇
「んでその後戻ったらロッツと麩菓子さんがダンシングしててね、美味しいシーン見逃したぁぁあーって後悔したんだよ。女嫌いとかのたまってた奴があんな直ぐ手ぇ出すなんて思わないじゃん!? マジあいつムッツリ執着質だよ」
「えーと、ちょっと待ってください。僕には許嫁の女性との話がよく解らなかったのですが・・・いえ、それよりも君に婚約者がいらした事に驚きです」
過去の黒歴史部分を省きつつ舞踏会での出来事を掻い摘んで話した少年に、向かいの席で黙って聞いていたヒュイラスはしかめっ面で唸り声を上げた。
「上辺だけの許嫁だから気にしなくていいよ。前から会った事ない筈なのに第三王子と仲が良いって嘘ついてたし、多分実際に見てあまりの衝撃に『自分達は恋人同士だ、そうあるべきだ』って思い込んだんでしょ。それよりもっと早く会場に戻ってればなー、くっそ」
特に何も感じる事の無い許嫁との会話の後、ダンス会場に戻って目にしたものは、ロッツと麩菓子さんが仲睦まじく寄り添っている現場であった。
かなり雑だった恋のアシストが成功し二人が仲良く踊る仲に発展したのはいいが、自分がいない所で勝手に進展したのは面白くない。色々口出して引っ掻き回したかったのだ。
「あの堅物野郎、想像以上に手が早くてビックリだわー、マジ舐めてた」
その後詳しく経緯を聞き出したものの、ロッツは頑なに麩菓子さんの名前を伏せて妙に話題を避ける。やっと女の子に興味を持った息子に喜ぶ父を前にしても、「彼女とはそんなんじゃありません」と詳細は明かさなかった。
「でもその踊った子、本当にどこの誰なんでしょうかね?」
この好機を逃さんとダッツ・トイスはあらゆる伝を使って少女の捜索を開始する。貴族の狭いコミュニティならあっという間に素性が知れると思われたが、多くの予想に反して例の少女は見つからずに既に数ヶ月が過ぎた。
家柄すら判別出来ない事態に『幻の美少女』と囁かれ始め、意気込んでいたダッツは頭を抱えている。
本当に・・・あの子は何者だったのだろう。
「はぁー 舞踏会では例のツチノコ貴族とも出会えなかったし、消化不良だったな」
「モーズリスト家ですか? 三日間探して会えなかったという事は、本当は来てなかったとかじゃないですかね」
「・・・そうかもなー」
街灯に照らされた小道を抜け真っ暗闇の海沿いを進んだ馬車は、話し終えたとほぼ同時に小さく振動して目的地への到着を告げる。
停車した大型馬車から降りて勝手知ったる門前に近づくと、厳重に門番が配置されているものの直ぐに顔パスで通され、建物の扉までスムーズに進む事ができた。
黒と白のモノトーンで構築された高級感溢れる別荘。
学園を休んで出てこないロッツを訪ねる為、遅い時間にも関わらず海を渡り長時間馬車に揺られてきた少年達。
サプライズ連発の舞踏会から四ヶ月以上経過した現在、姿を見せなくなった幼馴染は学園のある孤島を離れ、大陸の海辺沿いに建つトイス家の別荘にかれこれ二週間程籠ってしまっていた。
「本当に僕は来て良かったのでしょうか。会う資格も勇気もありません」
「そもそもあいつは生徒会長になりたかったわけじゃないだろ。考え過ぎ」
舞踏会後に毎年恒例の家族旅行へ出かけたチャコット。
3ヶ月以上学園を休みその間修学旅行や生徒会選挙が行われていたわけだが、戻った時には既にロッツの姿はなかった。
中等部全体の雰囲気もドコかおかしい・・・気がする。
んー あの真面目なロッツが二週間も休むのは確かに異常だわな。
いや、それよりも――
オイラも休みたいしサボリたいし遊びたい! ちょっと羨ましいぞ。
散々サボって旅行に興じていたわけだが、他の人が休んでいると無償に羨ましく感じてしまうのは仕方のない事である。
ロッツの見舞いってことで休もうかな。勉強せずにぐうぐう寝て遊びに出かけよう。ロッツも励まされて嬉しい。オイラも楽しい。うんそうしよう。
「何かよからぬ事考えてる顔ですね。トイス君の迷惑になるようなら直ぐ帰りますよ」
「え? オイラ人に迷惑とかかけた事一度もないよ」
「・・・・・・」
えっ何その超冷たい眼。
40分の船旅と一時間半以上の馬車旅で疲れたチャコットは休みたい一心でチャイムを連打し、緊張した面持ちのヒュイラスに「常識を身につけろ」と即座に押さえ込まれる。
ガチャッ
「やっほー遊びに来たよ! オイラも引きこもりやりたい。取り敢えずもてなしてくれ」
「夜中に訪れて開口一番がソレか。相変わらずだな」
「すみません、もっと早く着くはずだったのですがチャコット君が途中の町で迷子になってしまって」
いつもの調子でズカズカ入り込むと想像していたよりも元気そうな幼馴染の姿があり、本当はただのサボリなんじゃないかと疑いの眼差しを向ける。
生徒会選挙の際、ロッツを支持し最後まで支えていたヒュイラスは敗戦の責任を感じて落ち込んでいるが、楽観的なチャコットは特に心配などはしていない。
生徒会長になりたいなら現生徒会長を闇討ちしてその座を奪い取ればいいだけだ。
テストなんかは別に気にしなきゃいい。頭悪くたって人生はバラ色で楽しい。うん、万事解決。
どう声をかけて慰めればいいかわからないという以前に、彼が何に対し落ち込み悩んでいるのかがまず理解できない。たとえ聞いたとしても根本的に思考回路が違う為、「何も考えないで生きればいいじゃん」と言ってしまう。
どうせオイラにはどうにもできないしなー。そんな事より腹減った。
「あっそうそう、今の生徒会長は凄い人気ですぜロッツさん。皆楽しそうだよー」
「君は何を言い出すんですかっ、空気を読んで下さい!」
「えー 休んでる間の学園の様子を教えてあげたんだよ。ほら、オイラ優しいからさ・・・っ痛」
「本気で自分は優しいと思っているのがお前の怖いところだな」
傷を抉る発言に慣れた態度で対応するロッツは、デコピンしながらどこか安堵した微笑を浮かべた。客室に案内されベットに寝転ぶと、厚手の寝巻きが真横に置かれ、頭上からポツリポツリと言葉が降る。
「なぁチャコット、俺は色々な事がわからなくなった」
「ふーん、オイラは世界の全てをわかってるよ。選ばれし者だからさ」
「最近、学園に行きづらいんだ」
「うんうん行きたくないよねー、オイラもサボリたい。貴族なんだし親の脛かじって楽して暮らせばいいのにさ、勉強する必要なくない? 楽して生きたいわぁ」
「お前から見て俺や周囲は・・・何か変わったと思うか?」
「背が伸びたんじゃない? くっそ羨ましいわ、爆発すればいいのに。あっ、クラスの女子が化粧し始めたよね。皆下手くそで笑える」
「・・・ふっ、お前は変わらないな」
「いやいやいや、オイラは日々超人となるべく進化してるんだぜ。昨日と今日のオイラは全くの別人、明日になったら更に輝きを増すから」
「はいはいそうだな。チャコットはさ、ずっとそのままでいろよ」
「・・・?」
いや、だから明日は別人なんだってば。
全く慰める気配が無いチャコットに対し、ロッツは歯を見せて笑った。
あ、これ本気で嬉しい時の笑顔だ。
『チャコットは変わらない』
周りの変化に敏感になっている少年にとって、どんな状況でも無礼で取り繕う事をしない幼馴染の存在は、一つの安心材料となっていた。
「ねぇねぇ、麩菓子さんってどこの誰なの? 名前くらい聞いたんでしょ?」
「唐突だな・・・あの子には迷惑を掛けないと約束したんだ。父上の耳に入ったら大変だからな、俺の口からは素性を明かせない」
「ケチ」
「それに、どう対処していいのか悩む家柄だしな」
最後にボソリと呟かれた言葉はチャコットの耳に届かず、苦笑して誤魔化すロッツにクッションを投げつける。
図らずとも慰めになっているとは露知らず、自由気ままに幼馴染に接し続けたチャコットは土曜・日曜と二日間泊まり込み、その後ヒュイラスと共に嫌々寮へと帰っていった。
「1月半ば頃に戻ってくるそうですよ」
それから暫くした後、長期の休暇届けを提出してロッツは山奥へと旅立った。
一度手紙が届いて以来彼の詳しい消息は知らされていないが、「まっそのうち帰ってくるでしょ」と軽い気持ちで行方知れずの幼馴染を気長に待っている。
「もう直ぐ三年生なんですから、少ししっかりしましょうね」
飛んできた厳しい言葉に耳を塞ぎ、寒空の下逃げるように走るチャコットは口うるさいヒュイラスを振り返った。
ロッツは山で遊んでるのに何でオイラの方が怒られなくちゃいけないんだ?
「理不尽だ!」
好き勝手に学園生活を謳歌する少年は今日も、不気味に笑いながら問題を起こしていく。
今回でチャコット視点は終了です。
お読み下さりありがとうございました。




