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33

本編に戻ります。

 ボベェ――イ!

 聞きなれない爆音に重たい瞼を上げ目を擦ると、軋む扉を勢いよく開け放ったゴッデスがハツラツとした笑顔で入ってきた。

 左手に握り締められているフルートに目を留め、ジェノはポカンと口を開ける。


 ボベッ ドビョ ボブーィイ!

 「朝っすよ、起きるっすジェノ氏!」


 「フルートってそんな汚い音出るもんなの?壊れてんの?ゴッデスの腕が悪いだけなの?」


 「俺のフルートさんは最近鬱入っちゃって闇落ちしてるっすからね。普段誰にも覗かせてくれないフルートさんの素の部分を俺は曝け出してあげてるんすよ」


 「嘘つくな下手くそ。フルートに土下座して謝れ」


 「酷いっす!俺は音楽家として真摯にフルートさんと向き合って――」


 ごちゃごちゃと五月蝿いゴッデスは放置し、ジェノは顔を洗おうと桶を片手に外へ出た。枯れ木が並ぶ寂しい風景は朝靄に覆われ、澄み切った少し薄い空気を胸いっぱいに吸い込む。すぐ近くの湧水で顔を洗い冷たい水で完全に覚醒した少女は、大きく伸びをすると重々しく溜息を吐き出した。


 ボランティアの朝は早い。

 5時に起床して50人近い人間の朝食の準備から始まり、生活に必要な食料や薪の確保、夕飯を食べ風呂掃除を終えるまで何かしら動いているいる状態だ。ジェノはボランティア長の指示に従い、薪を拾いに坂を登っていく。

 

 五日前に到着した施設の立地は想像していたよりも緩やかな坂が多く、なだらかな土地も見受けられる為『山』というより『森』で過ごしている様な感覚になる。講義が行われる教壇が置かれた建物は元廃屋とは到底思えない程手入れが行き届いており、川を挟んだ先に聳え立つ廃病院に講師陣は住み込んでいるらしい。そこから更に離れた建物に医療を学びに訪れる生徒達が寝泊りしている。


 粗方補強もしてあり、二階建ての広い宿泊施設に貴族と思われる面々からも文句は聞こえない。

 ロッツの様に自分だけの場所が欲しいと新たに住処を建てる者など他には存在せず、ジェノはやれやれと頭を振った。


 石造りの茶色の建物が並ぶ中、離れた森の中に建てられたといえ異彩を放つ白タイルの家は目立ちまくっている。

 そりゃあ財力を見せびらかすようにあんなもん造ったら注目浴びて追いかけられるよ・・・意外とあいつ考えなしだよなぁ。

 

 ひと仕事終えて朝食にありつこうと獣道を下っていくと、二棟の少し寂れた建物が見えてくる。教室から100M程離れたそこがボランティアを目的に訪れた者達の宿泊場となっているのだ。

 男女で分けられた二棟の焦げ茶色の四角い建物は元々は工場として使われていたものなのだろう。使い古された巨大煙突が灰色の冬空にそびえ立ち、外観は不気味だがリホームされた内観はオレンジの灯りが暖かみを演出し恐怖心は和らいだ。

 

 葉っぱが全て枯れ落ち色味の無い山中に点々と佇む廃墟や廃屋。ホラーが苦手なジェノは夜に出歩くなんて出来ないが、明るいうちならば問題なく過ごせそうだと胸を撫で下ろす。

 ボランティアの共同施設は一階に食堂と調理場、中央に寛ぎスペースが設けられ、二階の各部屋に3人から4人が寝泊りする形となる。

 

 本来ならば女性の棟に入りジェノも共同生活を送らねばならないのだが、この場には身を隠すのが目的で訪れており、メロスやオババ様が裏で手を回したのだろう、ジェノ達一行は特別にすぐ傍の小さい倉庫の様な小屋を与えられた。物置としてして使われていた為、壁が薄く防寒がイマイチなのと薄暗く埃っぽのが難点だが、三人で過ごしても余裕のある広いスペースに他者から確立された空間は素直に有難い。


 

 

 白身魚のフライを切り分け飲み物を注ぐゴッデスと、起きてから微動だにせずに斧を睨み続けているティアラをジェノは微笑みながら眺めた。

 集団行動で馴れない人々と一斉にご飯を食べるよりも、よく知る者達だけでゆっくり朝食を取れる現状は精神的に遥かに楽で神経も和らぐ。


 「ボランティアってゴミ拾ったり率先して人助けをするイメージがあったんだけどさ、なんか此処は貴族のお世話をして仕えてる感覚なんだよなぁ。向こうは金払って授業受けに来てるから当たり前なんだけど、食べ物の質にも差があるし皆変に下手に出て彼等に接している気がするんだ」


 「中には貴族と知り合いたいが為に参加する者もいるっすから仕方ないっすよ。此処で上手く取り入って屋敷に招いてもらう魂胆なんす」


 「え、そうなの?」

 

 「三食飯付きで余裕があれば講義も聞けて権力者とお近付きになれる可能性もある。ボランティア側にはこういったメリットがあるから人気なんす。貴族なのにボランティアやっているのはジェノ氏だけっす」


 あぁ成る程な、ボランティアも人数制限する程申し込みが多いというのはそういうことか。

 身を隠す事を目的とするジェノとは違い、他の者達は様々な思惑でこの廃病院に訪れているようだ。

 貴族に取り入るというゴッデスの言葉を聞いて真っ先にロッツのすまし顔が浮かび、納得したようにジェノは頷いた。


 青年に群がっていた少女達、彼女達は最初から貴族の婿を探しに参加していたのかもしれない。

 この廃病院には今、将来的に医療の道へ進むお金持ちの子供達が数多く訪れている。次々に入れ替わり立ち代り人が出入りし、一番長くて三か月以上滞在する者もいる中で、普通に生活していたら一切関わりを持つことのない貴族と至近距離で触れ合えるのだ。裕福な生活を望む者にとってこれほどのチャンスは滅多にないだろう。


 「親から玉の輿を狙えと言われていたのか自分で目論んでいるのかはわからないっすけど、ロッツ氏は超優良物件のターゲットっすね!トイス家って言ったら大国であるヴェジニアの中でもトップクラス、他国にも知れ渡る上流貴族っすから」


 「昔からの名家なんだっけ」


 「そうっす!ここには大陸中から多くの金持ちが来てるけど、知名度も資産もトイス家はずば抜けてるっす。こんな山奥の廃屋で出会えるような人物じゃないんすよ。王家からも一目置かれて親交深いらしいし、皆アピールに必死なんじゃないすかね」


 へぇー、そこまで凄い家柄だとは思わなかった。

 確か以前参加した舞踏会はヴェジニア国有数の資産家であるホード氏が主催し開催されたもの。大規模なパーティで王族のカルシェンツも参加した為にあまり目立っていなかったが、大勢いた貴族の中でもトイス家は特別な地位にいたのだろう。

 

 しかし護衛付きとはいえそんな家柄の者が山奥に子供だけ来させて不安はないのだろうか?まぁ王子であるカルシェンツもベリオンさんと二人で遊びに来るし、貴族だからといってそこまで問題ないのかもしれないが、親が付きそっている子供が多い中ロッツは少し浮いている。


 聞けば答えてくれるだろうけど話している姿を誰かに見られたくない。かといって隠れてコソコソ会うのもなんかむず痒いし、万が一誰かに発見でもされたら『恋人』という嘘が信憑性をましてしまう。まぁ否定しても既に時は遅く、ボランティア側の面々には知れ渡っているのだが・・・

 

 「嘘よっ、信じないわ。皆もそう思うわよね!」

 ロッツの宣言を聞かされた内の一人が悲壮な顔で大勢に訴えた事で二人の仲は瞬く間に広まり、ロッツの思惑通り彼の事を諦める声が多方面から聞こえてきた。

 しかし、そう簡単には問屋が卸さない。


 本当・・・全員諦めてくれれば良かったのにね。

 中には叶わぬ恋に一層身を焦がせ悲劇のヒロイン振る者や、略奪愛に闘士を燃やす者、ジェノの存在によって逆に希望を見出した者まで現れている。何故ならジェノは此処に身を隠す為に来ており、モーズリスト家という名前も『貴族』という肩書きすらもひた隠しにしてボランティア活動に励んでいるからだ。

 

 貴族のロッツと平民ボランティアのジェノが恋仲という話は、貴族に見初められたい少女達の願望をまさに体現している姿。生まれつきハンデを背負い諦めてきた者達の『大金持ち』という夢が上手くいけば実現する事を示している。

 

 『平凡な生まれの私でも金持ちの美形に振り向いてもらえる』

 家柄で優劣を付け下々の者を相手にしない貴族が殆どの中、ロッツ・トイスは平民と付き合っていると宣言してしまったも同然なのだ。

 

 本来ジェノは列記とした貴族の家柄であり、それを知るロッツとしては少女達を牽制出来ると踏んでジェノに恋人役をお願いしたのだろうが、ジェノが身分を隠している為裏目に出てしまった。

 最初は項垂れ悲観的になっていた子供達は五日が経った今、一筋の可能性を見出し目を輝かせている。


 「ロッツ様は家柄を気にしない素晴らしい方だわ。つまり、私にも可能性があるという事よね?」


 昨夜不敵に微笑む巻き髪の少女から言われたセリフを思い返し、ジェノはうんざりした表情で朝食の硬いパンを噛み切った。

 別にロッツがモテようが積極的にアピールしようがどうでもいいんだけど、僕に一々宣言するのはやめてもらいたい。素直に言ってこないで裏で勝手に略奪でも何でもしてくれ。喜んで彼女(仮)の座を降りてあげよう!

 あー 心底面倒臭いわぁ。

 

 あの後ロッツ青年にはこちらの素性を他者に明かさないよう約束させた。ゴッデスがきちんと誓約書も書かせていたからモーズリストの名がバレる心配はなく、気掛かりだったその点は問題ない。理由は言えないが名前を伏せている事を告げると、ロッツはあっさりと頷き了承の意を示してくれたのだ。

 

 しかしあまりにもあっさりと「モーズリスト家では仕方ないな」と隠し事に協力する姿勢を見せた事に対し、ジェノは眉を顰める。

 貴族ならお忍びで街を訪れる経験の一つや二つはあるものだ。その為家名を控えている事にあっさり納得してくれたのだろうか?それとも・・・彼は何かモーズリスト家の事情を知っている、とか?

 面倒臭がって五日の間接触を避け続けた青年の顔を思い浮かべ、少女はプクーっと頬を膨らませた。




 「我々ザラッツ医療技師団は主に薬草治療と魔光医学を中心に施術を施し大陸中を回っているわけでありますが、今世には他にも機械的なレーザー治療や従来の開腹手術、詳細は解明されていませんが気功を操り『気』の力だけで病を吹き飛ばす等様々なものがあるわけです」


 教壇の前をウロウロと彷徨いながら喋る瓶ぞこ眼鏡を掛けた妙齢の女性の話しを、ペンを握り締めた生徒達が真剣に聞き入る姿が窓から見える。

 長方形の教室には8人がけの長机が横にびっちりと敷き詰められ、皆のやる気が垣間見えるように前の方から直ぐに人が埋まっていった。


 教室は奥に行くに連れて少しずつ段が上がるようになっており、一番最後尾の席でも教壇が見易い造りとなっている。

 手の空いているボランティアの者達は難しい話に終始ちんぷんかんぷんな表情を浮かべながらも、窓から聞こえる講義に耳を澄ませていた。

 

 「気功等はインチキだと騒ぐ者も大勢いますが、世界は広いものであります。私が出会った自称気功師は殆どが眉唾物でありましたが、とある別大陸の谷底で出会った仙人の様な男性は、不死の病とされていたドダル病の患者を見事完治してみせてくれました。今でも信じられない出来事ですが、実際に自分の目で見ましたからね、私は気功治療には一目置いているのであります・・・まぁ、その仙人の様な本物の使い手はほぼいないので学ぶ事は諦めた方が得策なのでありますが」


 最近ヴェジニア国が力を入れて取り組んでいるのが、レーザー治療の導入と機材を扱える人材の育成だという。高品質の医療機械開発は第三王子様が指示し、研究チームも発足されたのだと貴族達が噂しているのを聞いた。

 知らない所で大活躍している友人には驚きを通り越してもはや感心するしかない。

 

 実は僕、いつも会ってたカルシェンツと他者が噂してる第三王子は、全くの別人なんじゃないかって疑ってるんだよね。・・・だってあの常にうざくてヘタレで面倒臭くて気持ち悪い発言ばっかりするカルシェンツだよ?確かに凄い所を今まで傍にいて沢山見てきたけどさぁ、皆あいつを美化しすぎ。

 一年前の秋頃に僕が風邪ひいた時なんて――


 『ぬぐぅぅううう!ジェノ君に纏わりつくとはなんて羨まし・・・いやっ、憎らしい風邪菌だ!私が全身全霊で吸い出してあげるからね。さぁ、おいでジェノ君。怯えなくていいんだよ、力を抜いて私に身を委ねておくれ。怖くなーい、怖くなーい・・・何で遠ざかるのかな?』


 『嫌な予感しかしないもん。す、吸い出すって何?どこから?』


 『ふふふっ、安心するといい。勿論その可憐な耳の穴からだよ!菌に優しく私の中に移るよう説得するから安心してね。薬や注射なんて可哀想な事ジェノ君に出来るわけないだろう?私が優しく囁いて促し、ジェノ君の菌を全て吸い込んであげるんだ』


 『・・・・・・』


 『そして目論見通り私に病気が移ったら今度は付きっきりで看病してもらう予定さ!風邪を移してしまった罪悪感でジェノ君は普段よりも私を優しく労わり、二人の友情が同じ菌を共有することで更に深まる。風邪イベントの予習は何度も何度もバッチリしていたからね、その成果を発揮する瞬間が訪れ私は興奮を隠せないよ。時は来たっ、親友よカモーン!』


 『風邪こじらせてそのままくたばれ変態!』


 うん、今思い返しても鳥肌が立つ程気持ち悪いな。

 その後本気で耳元で囁こうとにじり寄って来るカルシェンツを相手に、寸前で頭突きを喰らわして回避し続けたジェノは疲労の為か、夜に熱を出し寝込む羽目になる。自分を責め意気消沈する少年は黙っていれば見目麗しく、ジェノは怒っている振りをしながら密かに眺めて楽しんだ。

 

 しっかし耳から菌を吸い出して自分に移すって、どう考えてもレーザー治療の導入を考えている者のセリフとは思えない。奴の思考回路が全く理解できないし理解したくもないな。本当に噂で聞く王子様と同一人物なのだろうか?

 謎だ。

 

 「えぇ~では、便秘に効く薬草の特徴を解説するであります。まず26ページを開いて――」

 

 講義を行っている彼等『ザラッツ医療技師団』の得意とする魔光医学は、気功治療と同じ様に謎が多く解明されていない代物され、批難する団体もあるらしい。しかし実績や功績が驚く程多く、リピーターや習得希望者が続出している人気の手法なのだ。

 

 手を翳すだけであっという間に怪我や病気が治る。なんと画期的で魅力的な話しだろう。

 だが、名前からも解るように『魔法』が大きく関連しており、魔力保持者でなければ使用する事は不可能に近い。魔法を使える者でも一定の条件が揃わなければ習得は難しく、ジェノは早々に学ぶのを断念してしまった。

 

 まず光属性じゃなきゃ駄目っての痛いよなぁ。僕は無属性だし適性がない。ここは原始的だが奥が深い薬草の知識をしっかりと身に付け、今後に役立てることにしよう。

 その為には不用意な恋愛騒ぎなどで邪魔されないように、対策をちゃんと考えなければならない。こちらがいくら避けても厄介事は向こうからやってくるだろうな。

 不本意だが・・・ロッツと協力する事にしよう。




 どんよりとした見事な灰色一色の曇り空を見上げ、細く白い息を吐き出す。明日講義で使う薬草を探しに山奥に踏み入ったジェノは、垂れ下がるマフラーをキツく結び直し寒さを耐えるように腕を摩った。

 夕日がそろそろ沈む時間帯だけど、雲が分厚くて拝めそうにないなぁ。あ、酔い止めに効く薬草見っけ。

 

 摘み取ろうと手を伸ばし、ふとジェノは小首を傾げた。

 地面一面には枯葉が敷き詰められて歩く度カシャカシャと音を鳴らしているのに、どうしてこの草は枯れずに青々としているのだろう?講義で植物も希に魔力を宿す事があり、不思議な耐性を持つモノが多いと話していたが、本当なのだろうか。

 

 ガサッ

 微かな物音にチラリと後方に目をやったジェノは、茶色のコートが木の影からはみ出している事を確認して項垂れる。小屋を出てからずっと後を付いて来ている存在には最初から気付いているものの、どう対処しようか困っていた。


 ロッツと協力をした方が懸命だと判断してから、既に3日が経過している。その間一度もロッツ青年とは全くコンタクトをとれていない状況だ。

 ジェノが青年を避けていた時は嫌でも目に付いたのに、探している時には会えないという間の悪い状態が続いていた。

 

 そもそも貴族達の過ごす空間にボランティアの人間が近づく行為は目立ち、あまり良い事とは思われない。

 浅ましく取り入ろうとする人間だと噂になり警戒させるため、玉の輿を狙いにやってきた者達でさえ公然たる用がなければ近寄れないのだ。

 

 教室への出入り時の一瞬を狙って内緒で声を掛けたいのだが、運悪く人と会話していたり女子の視線が痛くてジェスチャーすら送れなかった。


 「さて、どうしたものかなぁ」


 「きゃっ」


 短い悲鳴に後ろを振り返ると、遥か後方で蹲っている茶色い固まりが見える。

 おっと、考え事をしながら進んでいたら随分置いてけぼりにしてしまったようだ。

 日常的に屋敷で剣術や体術、基本的な武術を叩き込まれてきたジェノと普通の女の子では明らかに身体の鍛え方が違う。体力やスピードに差が出るのは勿論だが、山の獣道をスイスイと登っていくジェノはバランス感覚にも秀でていた。


 「大丈夫?立てるかな、怪我してない?」


 「――っ!?」


 颯爽と駆け寄り足首を摩る少女に手を差し出すと、目を真ん丸にして驚いた表情で見上げてくる。尾行がバレているとは思っていなかったのか助けられた事が意外だったのかは判らないが、バツが悪そうに顔を逸らした彼女をジェノは見つめた。

 

 同い年位か少し上かな?女の子と話したことあんまりないし此処では敵対視されているから少し不安なんだけど、こんな山奥に怪我した子を放置なんて出来ない。素直に一緒に降りてくれるといいんだけどな。

 差し出した手を暫く見つめた後、少女はおずおずと右手を乗せてジェノに身を任せるように体重を預けて立ち上がった。


 「あの、ね。その、あたしが此処にいるのはね、偶然なのよ?そう、本当に本当に本当に偶然なんだからね!」


 「うん?」


 「えっと、だからぁ~・・・あっ、そう!あたしも薬草を探しに来ててね、こっちから特殊な薬草の匂いがするなぁって思ったの。別に怪しくなんてないのよ、たまたま前を貴方が歩いていただけなんだからね」


 肩に腕を回しゆっくり坂道を下っている途中で少女は苦し紛れの言い訳を紡ぎ、ジェノは「そっかー」と微笑む。

 ジェノが尾行の事に突っ込まないと察したのか、少女は言葉を切り俯きがちに歩いた。


 「このまま廃病院に向かって早く足を見てもらおう。有能な医療チームが揃ってるから直ぐに治るよ。良かったね」


 「うん・・・あの、えっと・・・ありがとうね」


 「ああ、どういたしまして」


 首筋が見える程髪を短く切り揃え、亜麻色のしっとりと纏まった髪質は大人っぽく見える。染めているのか頭部が若干黄色がかっており、クリクリとしたナッツ型の目に小さい鼻と口は、どこか小動物を思わせる可愛さがある。


 暖かい色味の茶色のコートが華やかさを加え、なかなかの美少女だ。

 ジェノよりも5cm程高い身長にスラリとした出で立ちは目を引き、動きに落ち着きがないが黙って立っていれば、普通に男性から注目を浴びそうな雰囲気が出ている。

 

 「ね、ねぇちょっと聞いてもいい?あのね、あの・・・貴族の人とその、何話したりするの?会話がちゃんと通じたり、盛り上がったり、何かもっと凄いことになったりする?」


 「凄いことって何?」


 「凄いことってのはほら、すっごい事だよ!だって恋人なんでしょ?くっついたり手握ったり、あのほらチュー・・・じゃなくてっ、キッ・・・接吻したりするよね!?凄い事になるんだよね?付き合ってると!」


 突然興奮したように空いている手を上下に振り出した少女は、頬を恥ずかしそうに赤らめながら目を輝かせる。

 

 「何で接吻に言い直したの?別に例え恋人同士だとしても必ずしもそういう行為をしなければならないなんて事はないよ。プラトニックな恋愛とかも存在するわけだし。何を期待して質問しているのかは知らないけれど、僕には身に覚えがないから答えられないなぁ」


 「えっ、まだチューしてないの?皆色々噂してたよ。どんなにアプローチしても靡かなかったあんな上玉落とすなんて凄い手練に違いないって!きっとテクニシャンで超男を誑かすのが上手いんだって!」


 なっ・・・な、なんだってぇぇぇえええぇええー!?

 僕が手練?

 テクニシャン?

 男を誑かすだと!?

 とんでもない誤解が蔓延してんじゃねーかっ、どうしてくれんだロッツの野郎!本気で許さんぞ。


 「いやいやいやっ、僕は好きな人に気持ちがバレないように必死に隠したりしてるチキンハートだから!恋愛方面はからっしき駄目ですから」


 「チキンハート?」

 

 「そもそも女として見られてないっていうかここまできて今更友情を崩したくないし、手は握ったりしてもそこで変な感情が伝わらないように気を付けてるし、とにかく僕に男を誑かすテクニックなんてあるはずないから。むしろあいつの変態トークに徐々に侵食されて誑かされてるのは僕の方だからっ!」


 「う、うん?えっと、そうなんだ・・・?な、なんかごめんねっ」


 「あ、いやっ・・・こっちこそごめんね。僕とした事が思わず取り乱しちゃった。今のは忘れてくれると有難い」


 物凄い勢いで否定したあまり余計な事まで口走ってしまい、ジェノは猛烈な恥ずかしさで項垂れた。少女は瞳をパチクリさせながら不思議そうに首を捻った後、何か閃いたようにポンっと両手を打ち付けた。


 「成る程ぉ、友達以上恋人未満ってやつなのね!二人はお互いの関係が変わってしまうのを恐れて、近付きたい気持ちを抑えて距離を保っていると!」


 「・・・は?」


 「想えば想え合うほど互の心が見えなくなって不安が募り、擦れ違ってしまう男女。身分も邪魔して自分を曝け出せないもどかしさっ!わかるわ、あたしにはわかるわよ!」


 「何が?多分凄い見当違いをしていると思うよ」


 「隠さなくてもいいの。もう自分を偽るのは辛いでしょう?恋愛は心を消費するものだもんね。あたしはまだ人を好きになった事はないんだけど、ちゃんと知っているの。恋は楽しいだけじゃないんだって!」


 「はぁ、そうですか――って、んん?あれ、ちょっと待って君・・・ロッツの事が好きなんじゃないの?」


 「えっ、なにそれ?あははっ違うよー」


 では何故僕の後を付いて来ていたのか。

 厄介な事態は避けたかった為無理に聞くつもりは無かったが、彼女がジェノに対し攻撃的でないのならとても気になるところだ。


 「あぁ~あたし人の恋バナは大好きだけど自分はまだ全然なんだよね。お金は欲しいけど相手が貴族とか大変かなぁって。でも家族はせっかく可愛く生まれたんだからそこら辺の農民じゃなくて、一発逆転の玉の輿を狙えって昔からうるさいのね」


 「へぇ」


 「この顔のおかげで確かに男は寄ってくるだろうけどさぁ、あたしは運命の相手じゃないと嫌なの!大恋愛の末真っ白なウエディングドレスを着て幸せでラブラブな結婚式を挙げたいのね。だから両思いな人たちの邪魔なんか絶対しないわ」


 己の容姿が可愛いと堂々と言い放つなんて凄い子だな。心の中では思っていたとしてもハッキリ「私は可愛い」とは言いづらいものだ。見た目に関してよほどの自信があるのだろう。ここまで臆さずに言われると逆に清々しい。


 「理想はお金持ちの男性に本気の恋をしてその人も全力であたしを愛してくれて、相思相愛になる事かな。でも二日前に此処に到着したんだけど、あたし田舎育ちで畑の手伝いしかしてこなかったし、マナーとか貴族の仕来りとかわからないから・・・上流貴族と付き合ってるって噂の貴女と話してみたかったの」


 「じゃあどうして普通に声かけなかったの?」


 「タイミング逃したのが大きいけど、なんていうか・・・話し掛けづらい雰囲気なのよね、貴女って」


 えっ!?なにその衝撃の事実、本当に?

 じっと見つめてくる少女を見つめ返すと、可笑しそうに笑われた。


 「髪も瞳も吸い込まれそうな漆黒でとっても神秘的。白くて綺麗な肌に可愛さと美を兼ね備えた顔でしょ。簡単には近づけないオーラっていうの?『周りに何言われても全く意に介してません』っていう凛とした佇まいから漂ってくる只者じゃない感が凄いの!声かけるのに少し勇気がいるわ」


 自分では感じられないがとにかく僕は近付き難い空気を醸し出し、お高くとまっているように見えるらしい。面倒な人付き合いを避けようとしていた事と、元々の眼付きの悪さが原因かもしれない。

 ジェノは人懐っこそうな少女の青い瞳を覗き込み、小さく唇を噛み締めた。


 

 廃病院の裏手に到着し、洗濯物を取り込んでいる医師団の男性に少女の足を見せて、素早い手当を施してもらった。桶に水を用意したり雑用をこなしながら付き添い、医師の的確な処置を目で追う。


 包帯の巻き方一つで痛みの和らぎは随分違うものだし、良く効く薬草を熟知していればモーズリストの面々が怪我を負った際に助けることが出来る。

 いつも守られているだけなんて嫌だ。危ないことや戦いには関わりたくないけれど、僕も皆の役に立ちたい。お荷物ではなく、必要とされる人間になりたいんだ。


 「あたしこれから夕飯の準備をしに行かなくちゃ。本当にありがとうね」


 「うん。無理しないで足痛んだら周りの人に伝えて休ませてもらいなよ。安静が第一だ」


 「ええ、そうするわ。今度ゆっくりお話しましょうよ、あたし貴女の恋バナもっと聞きたい!相手がイケメン貴族だからってそんな悲観的になる必要なんかないわ。貴女可愛いんだから自信持って!ライバルは多いでしょうけど、せっかく近くにいるんだから今がアピールのチャンスじゃない」


 「あ、いや・・・」


 少女はどうやらジェノがロッツを好きだと勘違いしているようだ。実際にロッツとの噂が広まっている為これは仕方がないのだろうが、本当の事を言うわけにもいかずポリポリと頬を掻く。

 彼女と会話していて気付いたんだけど、高い地位や優秀な頭脳、モテるにも関わらず女の子に冷たかったりするところとか、カルシェンツとロッツって結構似てるよな。

 

 まぁロッツはあんな変態じゃないとは思うから一緒にするのは失礼なんだけどさ。一度女嫌いな理由とか、恋愛についてどういう考えを持っているのか聞いてみたい。べ、別にカルシェンツに聞づらいからってそれを参考にしようとか考えてないよ。本当だよ。


 「都合がいい事に個人の住居を造って他の貴族からは離れてるんだから、隙をついて誘いやすいでしょ。トイス家だっけ?あれよ、既成事実作れば強引にでも婚約出来るかも」


 「いやいや駄目だろそれ!」


 「って、昨日の夜に隣の部屋の女の子達が話してるの聞いたの。うかうかしてたら持っていかれちゃうよ。恋愛はタイミングが大事なんだからね!」


 肩をポンッと叩かれ、少女が手を振って女子棟に戻っていくのを見送った。

 あっ、名前聞くの忘れてた。せっかく女の子と知り合えたのに、貴重なチャンスを逃してしまったかもしれない。まぁ今度また話そうって言ってたし、大丈夫かな。

 それにしても既成事実で婚約って・・・女子怖!金に目が眩んだ親の案なのか子供達の暴走なのかは知らないが、本当に計画されてたら恐ろしい事極まりない。どうか冗談であってくれ。


 

 

 朝食や夕飯は医師団側が業者と契約を交わし、山の中まで食料を届けてもらっている為お腹を減らす心配はないのだが、希に大雨で土砂崩れ等が起きた際には到着が遅れる事もあるのだという。その為食べられる山菜などを調達し、もしもの時用に確保しておく。


 自身で採ったものは勝手に調理し、小腹が空いたら食べても構わない。当番制で全員分の料理を作り支給するのだが、貴族の中には自分の懇意にしている業者から高級食材を注文し、専属のコックを連れている者も多い。


 立場が上の存在は様々な事情で狙われる心配があり、他人との団体行動が強いられている今食事に気を使う事はよく理解できる。万が一毒でも混入されたら堪ったものじゃないだろう。身元の知れないボランティア側の用意した食事を避けるのは、ある意味賢明な判断だ。

 

 「貴族は平民を馬鹿にして信用すらしない」と憤っている大人達が何人かいたが、こればかりは仕方がないのではないかとジェノは思う。

 それよりも作る人数が減って楽になるから僕にとっては有難い。


 「俺らの食事は毎回姉御が毒見してくれてるっす。幼い時から訓練されて様々な毒の耐性を持ってるらしいっすよ。睡眠薬の類も一切効かないっすからね。本当尊敬するっすよね~、最早人間じゃないんじゃないすか?」


 小屋に戻って寛いでいるゴッデスに自分達の安全確認はどうしているのか尋ねたところ、当たり前の様に耳を疑う言葉を告げた。


 「ティアラ最強説か・・・冗談なのかなって思ってたやつが尽く事実で、僕も彼女は人間を遥かに超えてると思う。ねぇゴッデス、モーズリスト家で一番強いのってティアラなの?」


 「ん~強さっすか?いや・・・それはどうなんでしょうかねぇ。俺以外の皆は本当にヤバイんすよ」


 「ゴッデス弱いもんね。でもカンバヤシが自分はティアラには絶対勝てないって呟いていたんだ。普通に1対1で戦ったら体格が良いティアラが有利じゃない?ポテンシャルも尋常じゃないし」


 筋肉フェチのジェノからしてもティアラの肉体を超える人物は存在せず、昔から彼女が最強だと漠然と思っていた。しかしゴッデスは難しそうな表情を浮かべると、ベットから降り呻りながら部屋の中をグルグルと歩きだす。


 「実際に全力を出して皆戦った事がないから本当のところはわからないっすけど、恐らく一番強いのは――」


 「い、一番は?」


 「ファスト氏っす」


 えっ、何で?

 予想外の人物の名前が上がり、ジェノは眉を寄せゴッデスを見上げた。ジェノの納得いかないと訴える視線に気付き、ゴッデスは言いにくそうに頭を掻く。


 「ひとえに『力』って言っても腕力だけじゃない、色々なモノがあるんす。戦い方次第ではどう見ても不利な者も勝利を収める事がある様に、頭脳やスピード等も重要っす」


 「確かにファストは頭がいいけど、それでモーズリスト家の皆より強いとは思えないよ」


 「頭だけじゃないんす。その、これは詳しく教える事が出来ないんすけど、ファスト氏が魔力持ちなのは知ってるっすか?」


 尋ねられてジェノはそういえばと思い出す。

 3年程前に行った無人島でそんな話を聞いたような気がする。マリーテアに口止めされてそのまますっかり忘れていた。


 「ぶっちゃけあの人の能力は卑怯っす。許可なく喋ったら殺されるんで言えないんすけど、誰に聞いても皆絶対に勝てないって口を揃えて言うはずっすから、信じてほしいっす。基本的に魔法使えるのは有利っすよね」


 確かにそうかも。どんなに武力があっても凄い魔法を使われ、触る事すら出来なかったら負けてしまうかもしれない。

 

 「じゃあ魔法を全面的に禁止にした場合は?」


 「戦ってる場所や状況にもよるんで難しいんすよねぇ。存在自体認識出来ない相手だとまず見つける前に攻撃されたりするし。ただ、俺の個人的な意見としては・・・ライヴィ氏、ですかね」


 「はぁ?ライヴィ!?」


 またもや思いも寄らない名を告げられ、ジェノは困惑する。

 いつもふざけているエセ方言の料理長の顔を思い浮かべ、他の者と比べてそこまで強い印象が無かった為ゴッデスのセリフに混乱を隠せない。


 「ライヴィ氏はジェノ氏の前では本気で戦ったりしないようにしてるから、強いイメージが無いのは仕方ないっす。怖がらせたくないって言ってたっす」


 「僕が怖がるような戦い方なの?僕ライヴィはそんなに謎な部分ないし、わかりやすい奴だと思ってたんだけどなぁ」


 「・・・・・・そうっすね。秘密は無い、と思います。はい」


 おい、何だその意味深な間は。絶対何かあるだろ。

 

 「ああー、そうだっ!聞いたっすか?明後日から講義受講者とボランティアが四人一組みのグループになって二週間の課外授業やるらしいっすよ。薬草の調合や的確な怪我の処置を競いあって、評価が高いグループは特別授業が受けられる特典や賞品をもらえるんす!」


 「すっげぇあからさまに話変えたな。まだ聞きたい事があるんだけど」


 「早く誰と組むか考えた方が良いと思うっす。優秀な人は人気で既に残ってるのは少ないらしいし、余程の理由がない限り子供は全員参加らしいっすからね。んじゃ、俺ちょっと散歩行ってきまーす」


 「おいこら逃げるな!」


 「っ!ジェノ」


 勢いよく出て行ったゴッデスを追い外へ飛び出すと、背後から掠れた声が掛り少女は咄嗟に足を止めた。街灯も無く暗闇が広がる中、小屋の扉から溢れる光に照らせれ佇んでいる人物を見つけ、ゆるゆると目を見開く。


 「どうしたんだこんな時間に。外に用事か?」


 「ロッツ・・・」


 約一週間振りに会った青年の姿に思わず固まり、反応を返せないでいる少女にロッツはゆっくりと近付くと、スッと右手を取り目を細めた。

 見下ろしてくる男の雰囲気は昼間に出会った時と比べ、仄かに男らしい色香が漂い小さく鼓動が跳ねる。来る前にシャワーでも浴びたのだろうか、少し湿った髪が首筋に張り付き、清涼感のあるシャンプーの匂いが鼻を擽った。


 「薄着で出歩くと冷えるぞ、もう手が冷たくなっている。今夜は寒い、早く暖まったほうがいい」


 「あ、うん」


 「今後の事を話し合っておきたいんだ。時間を貰ってもいいだろうか?」


 二人でいるところを誰かに見られたら面倒臭い事が起こって大変だ。

 彼の紳士的な態度に我に返ったジェノは、周りを見回し人の気配がないか確認すると、素早くロッツを小屋へ引っ張り入れた。


 僕もロッツに聞きたいことがあったし、こちらから出向く手間が省けて良かった。

 今後の周りへの対処をどうするかも勿論話すが、ジェノは他に彼に教えてほしい事があるのだ。


 男の子っぽいと言われ続けてきたけど、僕は実際に男なわけではない。女の子を可愛いと思ってもそこに特別な感情が芽生えるわけじゃない。やはり男の子の心情は、男に聞くのが一番だ。

 本人には聞けないが、似た部分の多い彼なら打って付けの相手だろう。


 「あのさ」


 急に言われても困るだろうなぁと思いつつ、勝手に恋人宣言され被害を被っているのだから別にいいかと割り切る。

 ジェノは目の前に立つ青年を静かに見つめ、彼に頼ろうと決心した。


 とても個人的で恥ずかしいから全部は言えないけど、悪いが聞いてもらおう。

 僕の拙い――

 恋愛相談を。



お読み下さり、ありがとうございました。

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