67 魔王とカノン
どうしたというのだ。
突如、魔王の様子が変わった。
もしかしてこれは、俺を油断させる作戦なのだろうか。
そんな緊張感の走る異空間で、リディス王女がおかしげなことを口にした。
「あれ、多分、カノンさんよ」
俺が耳を疑った事は言うまでもない。
カノンさんが、どうしてこんなところに?
それにリディス王女はもうほとんど消えかけている。
そんな彼女を見ると辛くなるが、彼女はほぼ役目を終えたのだ。
自分を応援してくれたフロイダの心を救う為にやってきた。その願いが叶った以上、この世界にいる理由がなくなった。
だから、幻覚が見えているのだろうか。
でも確か、少し前、魔王自身も同じような事を言っていた。
――檻の中の少女は、自分の片割れだと。
「リディス王女。それはどういう意味なんだ?」
「どうもこうも、単にそう感じただけ。
そもそも私は漫画の住人。更にかなりの脇役だったから、裏方でまだラフ状態のネームと呼ばれる下準備の様子ばかり見ていた。いつか主役になりたいなって気持ちで。でも、そんなこともあって、雑な下書きでも仕草や台詞だけで誰かを特定できる」
スタイリッシュ悪役令嬢の逆襲のネームを見たことがある。
あれはもはやラフですらない。
ただの線と丸だ。
その状態でキャラを識別できるお姫様が言っているのだから、かなりの確率で、カノンさんなのかもしれない。
「あ、あの。あなたはカノンさんですか?」
「そのような名で呼ばれていたこともある。声で分かる。そなたはエリックか?」
「あ、はい」
「……予は……いったい何を……」
やはりそうだった。
この人はカノンさんだ。
さっきまでの人を馬鹿にするような表情をしていない。カノンさん独特の淡々とした無表情で、そして優しく丁寧な言葉の言い回し。
入れ替わりが起きたのは本当だったのか。
正直、複雑な心境に駆られていた。
もしかしてカノンさんは男ではなかったのだろうか。
そ、そんなはずは。
聞くのが、怖い。
だけど今はそんなことを心配している暇なんてない。
俺なんかの為に、ニートの腕輪は粉々になってしまった。
――コロア……
俺はバラバラに散らばった破片を集めていった。
「手伝う」
魔王はそう言うと、カルディアの姿になって走り寄ってきた。
「あ、ありがとう。カノ……。いえ、あなたのことを、なんてお呼びすればいいんですか?」
「予は魔王である。魔王でもカノンでもなんでもよい」
「あ、あの……」
「そなたは言っておったな。予のことが好きと。嬉しかったぞ。予も人間の事が好きだ」
……。
思わず赤面してしまった。
でもようやく分かった。
そういうことだったのか。
この人は人間になりたいと言っていた。
互いを思いやる事のできる人間に憧れている。と。
魔王は人間になりたかった。
束の間ではあったが、カノンという人間の肉体を手に入れた。
話の流れから察するに、カノンがあの宝玉で肉体の交換を行っただけなのだろうが。
それでも夢が叶った。
だからあれ程までに必死に、人間の為に戦っていたのか。
老人を守るためにムチで打たれ、夢を見失った囚人たちの光となってきた。
魔王は腕輪の破片を集めて、何やら念じ始めた。
「もしかして、コロアが助かるんですか!?」
魔王はゆっくりと頷いた。
腕輪は金色に光り、そこから徐々にコロアの体へと変わっていく。
コロアは生きていた!
「コロア!」
俺はそう叫んで、彼女の手をとった。
だけど。
その手は冷たかった。
まぶたは閉じたまま。
魔王の表情は硬かった。
コロア……
だけど魔王は助かると言ってくれた。
もしかして、なにか大きな障害があるのだろうか。
方法があるのなら、何だってチャレンジしてやるさ。
「エリック。どうやら予は、そなた達に迷惑をかけたようだな。手助けをしたいのだが、どうやら予の力だけでは難しいようだ」
「俺に出来る事はありませんか? なんせ俺はキングオブニートですから」
「……左様か。この腕輪は、チートという種族に作られておる。チートは改造の天才と言われており、リミッターを外した規格外のアイテムや魔法を生み出す凶悪な種族である。そしてこの腕輪はチート製……」
「大丈夫です。言ってください。俺、何でもやりますから」
「チート大王を倒し、チートの呪縛を解く必要がある。さすれば呪いは弱まり、少女を救うことができる」
チート大王。
今、ハッキリ思い出した。
天下一ニート選手権で、一度敗北した圧倒的な存在。
再び奴と戦うことになろうとは。
でも、今の俺は、あの時の臆病で何もできなかった俺とは違う。
失った心を取り戻したニートの中のニートだ。
「あの……。エリック」
「リディス王女?」
王女はほとんど消えかけている。
「ありがとう。楽しかったよ。これ、あげる」
お姫様の手には、一度フロイダに奪われた家宝の宝石がある。
「そんな大切な物、貰う訳にはいかないよ」
「いいの。所詮、漫画家の先生が丁寧にスクリーントーンを張って描いただけだから。でもこっちの世界ではかなりの価値になるって伊藤さんが言っていた。だから使って」
「……で、でも……」
「それに私はエリックと会って分かったの」
分かった?
「今まではどうしてもヒロインになりたくて、誰かを蹴落としてでもなれればいいと思っていた。だけどエリックは違った。
社会の裏方を生きるニートなのに、とっても輝いていた。
決してヒーローじゃないのに、でも、とってもカッコ良かった。
それは自分以外の誰かの為に、必死に頑張っているから。その姿は、見ている者に夢と希望を与える事ができる。
もうヒロインじゃなくてもいい。
私も誰かの為に必死に頑張ってみる。
そうすれば、いつの日か、私を見て頑張ろうと思ってくれる人が現れるかもしれないし。
これはそのことを教えてくれたお礼」
俺が宝石を受け取ると、リディス王女の姿は完全に消滅した。
最後に今までで一番素敵な笑みを見せて。
リディス王女は、もう立派なヒロインだ。
頑張れ。
俺、スタイリッシュ悪役令嬢の逆襲を毎週見て、リディス王女の事を応援するから。
だから君も俺達の心の中で、永遠に励まし続けてくれ。
「ありがとう。スタイリッシュヒロイン、リディス王女」
涙を流していたフロイダだったが、俺の傍に走り寄ってきた。
「おい、エリック。
話は聞かせてもらった。大体理解したつもりだ。
お前はまた、正義の為に新たな敵と戦うつもりなのか?」
「そのつもりだけど」
「俺も連れて行ってはくれないか?」
「え?」
「確かに俺は未熟だ。エリックとの力量差はかなりある。
だけど俺には、悪の師匠直伝の快適勇者ライフタクティクスがある。
確かにこのタクティクスは、邪悪な部分も多いし危険だ。
他人にダメージを与える事で、自分の能力を向上させるなんて、気持ちいいものではない。だけどこのスキル、正義の為にだって使えると思うんだ。
俺だって男だ。このまま、リディス王女やお前に借りを受けたままじゃ嫌なんだ。
頼む。足手まといになんて、ならないと誓う。
俺も連れて行ってくれ!」
俺はフロイダに手を差し伸べた。
フロイダは俺の手をガッチリと強く握った。
「俺、無茶苦茶頑張って、今度こそ真の勇者になるから」




