99話
翌日、あづさとギルヴァスはまず真っ先に、風の四天王城へと向かった。
どういう状況になったかの報告と……ラギトの協力を仰ぐためである。
……つまりギルヴァスは、自分が如何にして『四天王最弱』となったのかを、ラギトに話すつもりだった。
「あづさの髪が!」
そして出会って一番、ラギトはそう言って愕然とした。
「綺麗だったのに!綺麗だったのに!なんで切っちまったんだよォ!」
「るっさいわね。私の髪を私がどうしようと私の勝手でしょうが」
「嫌だ!早く伸ばせ!お前の夜空みたいな髪、好きだったのに!短くしやがって!許さねえぞ!早く伸ばせ!」
「うるさいわねえ、全く、可愛いんだから」
あづさはラギトの頭を撫でてやりつつ、地団太を踏んで翼をバタバタさせるラギトを宥めた。ラギトはいっそ泣きそうな顔であったが、あづさに宥められて落ち着いたらしい。むくれた顔をしつつ、ひとまず、室内に風を巻き起こすのは止めた。
「それに、似合うでしょ?」
「……悪かァねえけどよォ……」
「いろんな形の美しさに挑戦したっていいじゃない。古いものにこだわり続けるよりは、たまに別のものに手を出した方が長くいろんなものを楽しめるじゃない?どんなに美味しいものだって、食べ続けてたら飽きるわよ」
「そうは言ってもよォ……」
ラギトは渋い表情であづさを眺めていたが、やがて、不満げに、あづさの頭の上に翼を置いた。そしてそのまま翼を動かし、もさもさと頭を撫でていく。
「……悲しいもンは悲しいんだよなァ……」
あづさの髪を惜しむように、ラギトはそのまましばらく、あづさの頭を撫で続ける。
「本当にあなたって、そういうところ、可愛いわよね」
あづさはラギトの言葉に満足げにそう言って苦笑するのだった。
そんな折。ラギトの足元に小さな生き物がやってきて、ラギトの脚にしがみついた。
「お。そういやそうだったな」
ラギトは足元を見下ろしてにんまり笑うと、あづさとギルヴァスに『それ』を見せる。
「これ見てくれ。これ」
ラギトの脚の陰から顔をだしたのは……金髪を薄緑のリボンで飾った幼女だった。
「まあ!ファラーシア!大きくなったわね!」
ファラーシアはふわふわとして可愛らしい服を着て、手には絵本らしいものを持っている。そして彼女はあづさの姿を見ると、恥ずかしがるようにそっと、ラギトの後ろに隠れた。
「お?ファラーシア。あづさだぞ?怖くないぞ?」
「こんにちは。ファラーシア。元気?」
あづさが屈んでファラーシアを覗き込むと、ファラーシアはそっと顔を出して、はにかみながら頷いた。
「……かわいいじゃないのよ」
「だろ?可愛いだろ?何てったって俺が育てたんだからな!可愛いに決まってる!」
ラギトはすっかり元気になった様子で、翼をぱたぱたと動かす。
「そうかぁ。もうこんなに大きくなって……」
ギルヴァスは身を屈めて、それでも足りずに床に膝をついて、ファラーシアと目線を合わせる。
ファラーシアはギルヴァスを見ると、またはにかんだように笑うのだ。ギルヴァスは内心で「今回は前回と違って随分と素直そうないい子に育っているなあ」などと思っていたが、そんなことは口に出さず、ただファラーシアの頭を撫でてやるにとどめる。
「もうそろそろ、ファラーシアに四天王の椅子、返してもよくなるかもな!」
「何言ってんのよ。大きくなったって言っても、まだ人間で言うところの3歳くらいでしょ?もうちょっと待ってあげなさい」
「だってこんなに可愛いんだぞ!?しかも最近は文字も読む!初めて見る絵本も1人で読めるんだぞ!?」
「せめて可愛いが美しいに変わるまで待ってあげなさい」
ラギトはファラーシアを見て、可愛い可愛い美しい、と大喜びである。更に、どこからやって来たのか、いつの間にか他のハーピィや、アラクネやビータウルス、アルラウネといった他の種族の魔物達までやってきて、ファラーシアを可愛がり始めた。
どうやら風の四天王団の中では、ファラーシアを育てるのが流行しているらしい。
あづさはその様子を見て、これならファラーシアは大丈夫だろうな、と思う。
あづさが元の世界に戻る頃には、ファラーシアはきっと、美しい少女に育っていることだろう。その時彼女はきっと、風の四天王領を治めるに相応しい人格をも兼ね備えているのではないだろうか。
ファラーシアは昼寝の時間らしい。他の魔物達と一緒に別の部屋へ行くのを見送ってから、ギルヴァスはラギトに今までの経緯を説明する。
するとラギトは首を傾げつつ、分からない箇所は素直に「分からねえ!」と言いつつ、なんとか事の全貌を理解したらしい。
特に、ギルヴァスと先代魔王、そして勇者との間にあったやり取りについて知ったラギトは大層驚いていた。だが、驚くだけで、疑うこともなく、ただそういうものか、とばかりに受け入れてしまったため、ラガルの時よりも説明は楽だったかもしれない。
それから、ラギトの質問が始まった。
「つまり、火のラガルはもうゆーこーかんけーなのか?」
「まあ、友好、とはいかないだろうけどね。ひとまず、利害の一致はしてるわ。こっちも火の四天王団の魔物を引き抜いたりしてるから、すぐに友好的な関係を整備するのは難しいと思うけど……その内、そうなるかもね」
ふーん、と声を上げつつ、ラギトは首を傾げ……そして、尋ねてきた。
「そんで、勇者って奴を探せば、もっと悪い奴が見つかるのか?」
「……まあ、そうね。少なくともラガルはそう考えてるわ」
「悪い奴が見つかるかは分からないが、何しろ100年前の勇者については不明な点が多い。突然消えたことについても、詳細が分かっていない。……今更ではあるが、調べてみる価値はあるだろう」
「そうかァ。ま、あづさも居るしな!何とかなるんじゃねえか?」
ラギトはそう言って元気に頷く。
「で、俺は何すりゃいいんだ?」
「資源がいくらか必要になるかもしれない。あとは、これから何があるか分からないから、まあ、心の準備だけしておいてくれ、というところだな」
ギルヴァスはそう答えつつ苦笑する。実際、今日の訪問は報告が目的であった。今後の予定は、これからギルヴァスとラガルとで決めることになるだろう。
「そっか!分かった!それから、勇者って奴の情報も集めといてやるよ!」
だが、ラギトはすっかり張り切っているらしい。そう言うと、翼をバサバサとやりつつ、自慢げに胸を張る。
「風の噂って言うのは案外すげェんだ!お前らが知らないことも、風は知ってる!ってことで、そっちは俺に任せろ!」
「そう。なら、お願いするわ。よろしくね」
「おう!任せろ!」
……あづさとギルヴァスは、顔を見合わせた。
そして、まあいいか、と頷き合う。期待はしないが、もし何か見つかれば儲けものだ。張り切るラギトに水を差すのも悪いし、このままでいいか、と。
続いてオデッティアの所でも同様に報告を済ませる。ラガルとの協力体制についても、ギルヴァスの過去についても。
オデッティアはそれらを静かに黙って聞いていた。そして、報告が終わると……オデッティアは容赦なく、ギルヴァスの頭を錫杖で打ち据えた。
ギルヴァスは避けることもなく、その一撃を受け止める。その時に少し頭を切ったらしく血が流れてギルヴァスの顔を汚した。
「これで許してやる」
オデッティアはそう言うと、優雅に玉座の上で脚を組み替えた。
「そうか。それはありがたい」
ギルヴァスは手の甲で顔をぬぐいつつそう言って笑う。
『許す』という言葉の奥にあるものの意味を思えば、ギルヴァスとしてはただ晴れ晴れと笑うしかない。
「……して、ラガルは我らの間にある和平の約束を知っているのか?」
「いや。言っていない」
「そうか。ならば言え」
オデッティアはそう言うと、にこり、と笑う。
「そしてその会合の席に、妾も着こうぞ」
「そうよの、水に地に火が揃うなら、それに風のものも加えるべきか」
「それは構わないが……」
更に続いたオデッティアの言葉に、ギルヴァスはそう言いつつ、困った顔をする。
「……幼虫のファラーシアを連れてくるか?」
「代理のものに来させればよいだろう。その場にいたという事実が重要なのだからな」
「……代理、かあ……」
「代理、ねえ……」
ギルヴァスとあづさは顔を見合わせて、唸る。
だが、反論することもできず、ただ黙るのみであった。
3日後。
火の四天王城には、水地火風それぞれの者達が揃っていた。
……そして。
「俺はラギト・レラ!風の四天王団風鳥隊隊長にして、風の四天王代理だ!つまり、今の俺はお前らと同列だ!よろしくしてやるぜ!そンでこっちが四天王のファラーシアだ!ファラーシア!ごあいさつだ!」
「こ、こんにちは!」
会って一番、少々緊張気味ながらそう言い放ちつつ、翼の中に抱えた幼女を見せびらかすハーピィを見て……ラガルはぽかんとし、オデッティアは表情を引き攣らせ、あづさとギルヴァスは何とも言えない顔をするのだった。




