91話
ギルヴァスが城に戻ると、城は奇妙なほどがらんとして感じられた。
人1人いなくなっただけで、こうも違うのか、とギルヴァスは項垂れる。
「ギルヴァス様!おかえりなさいませ!」
「成果は……得られたんだな」
だが、そんなギルヴァスを出迎える者が居る。ミラリアとルカはギルヴァスと、ギルヴァスの後ろをぞろぞろと着いてくるレッドキャップ達とドワーフ達とを見て、笑みを浮かべ……しかし、ギルヴァスの暗い面持ちに気づき、それから、あづさが居ないことにまた気づいた。
「ギルヴァス様、その……あづさ様は」
「ラガルの所へ……行った」
ギルヴァスはそう返答すると、頭を抱えるようにしてそこに蹲った。
「ラガル、の、というと……火の四天王城に?」
「それは……」
ミラリアとルカは顔を見合わせ、そしてギルヴァスの様子を見て、なんとなく、何が起きたのかを察する。
きっとあづさは、そうしなければならない状況に追い込まれて、ラガルに連れていかれたのだろう、と。
ギルヴァスはしばらくそのまま蹲っていた。声を漏らすでもなく、身じろぎもせず。
蹲った背中から深い後悔を、頭を抱え込んで強く力が込められた手から自己への怒りを表出しながら、ギルヴァスはただ、そこに居た。
……だが、それもほんの、1分程度だっただろうか。ギルヴァスは唐突に立ち上がると、しばらくそのまま床に視線を落としていたが……やがて、顔を上げ、ミラリアとルカ、そしてレッドキャップ達とドワーフ達とを見回した。
「俺の力不足のせいで、あづさをラガルに奪われた。皆に、申し訳なく思っている。その上で更にこんなことを言うのは、心苦しいが……」
ギルヴァスはかつての『四天王最弱』とは思えない表情で、皆に言う。
「あづさを奪い返す。力を貸してほしい」
「何なりと。私達水妖隊は現在、地の四天王団に直接協力する立場です。あづさ様にも直接の恩があります。当然、協力させていただきます」
「俺達海竜隊も同じく。あなたの力になろう」
ミラリアとルカが元気を取り戻したようにそう言うと、ギルヴァスは表情を綻ばせて、ありがとう、と言う。心の底から滲み出るような喜びと希望が、徐々にギルヴァスを満たしていった。
「ギルヴァス様。これを」
そしてギルヴァスに、ドワーフの長マルバーが鞄を差し出した。
「あづさ様よりお預かりしたものです」
恭しく差し出された鞄を手に、ギルヴァスは瞳の奥に燃える希望を、より一層強くした。
この鞄の中には、あづさがドワーフ達へと渡そうとした、いくつかの情報が入っているはずだ。
それを使えば……ラガルからあづさを取り戻すことも、できるかもしれない。
「なら、決まりだ。レッドキャップ達。ドワーフ達。……これを」
ギルヴァスは早速、あづさの鞄の中から紙を数枚取り出して、渡す。
そこにあるものは、ギルヴァスにもよく分からない、異世界の技術についての記述である。
『混ざりあった金と銀を分ける方法』。『火縄銃の構造』。『火薬の合成方法』。
最初の1つは直接の武力にはならないだろうが、後者2つについては、直接の武力になる。ドワーフ達もそれを理解したらしく、あづさのメモを覗き込んではどよめいた。
「作れそうか?」
「……はい。必ずや。ドワーフとしての誇りにかけて、この火縄銃とやらを作りましょうぞ」
マルバーは新たな技術を前にして、好奇心と探求心、そして使命感に奮い立った様子でギルヴァスに一礼する。
……そして、ふと、下げた頭を上げないまま、問うのだ。
「……ギルヴァス様。失礼ながら、1つ、お伺いしたい」
「うん」
マルバーの問いを聞くため、ギルヴァスは大きな体を屈めて、小さなドワーフ達に近づく。
「儂らはあの日、あなたを裏切った。なのに何故、あなたはああも我らを助けてくださる?そして、何故、これからも共に在ろうとしてくださるのだ」
「それは……」
身を屈めた姿勢のまま、ギルヴァスは返答に困った。そのまましばらく考えたが、結局、答えはうまく出ない。
「なんで、だろうなあ。考えたこともなかった、から……すまない。うまく答えられない」
照れたように頭を掻いて、ギルヴァスはマルバー達、ドワーフ皆を見渡して言う。
「だが、また共に地の四天王団の一員として働いてくれるのなら、嬉しい。あの時はお前達の生活を支えてやれない程の甲斐性なしだったが、今の俺は多少、あづさのおかげでマシになった。皆を必ず、守ろう。……これからも、よろしく頼む」
……ギルヴァスの言葉を聞いて、ドワーフ達は、自分達の選択が間違っていなかったことを知った。
二度目の裏切りには抵抗があった。一度裏切って失敗し、二度目で更に酷い状態になるのではないか、と。
……まだ、これからどうなるかは分からない。ギルヴァスが失脚し、今度こそドワーフ達は一族郎党、皆殺しにされるかもしれない。
だが、これから善い生活ができるような予感があった。
その予感は、ギルヴァスを前にして、只々強く、ドワーフ達の胸を焦がしたのである。
それからすぐ、地の四天王団は動き始めた。
あづさを失って落ち込んでいる暇などない。ただ落ち込んでいたら、本当にあづさを『失う』ことになる。
今はただ、できることを全て為すだけである。……あづさはきっと、ギルヴァス達が自分を救出しに来ると信じてラガルの元へ行ったのだろうから。
「必要なものがあったら何でも言ってくれ。用意する」
ギルヴァスはまず、ドワーフ達にそう言った。
「必要な材料は多分、こっちの鉱山で採れると思うんだが……生憎、設備の類がほとんど無くてなあ」
「そういうことでしたら、我らは鉱山に住まわせていただこう。そこの一角をそのまま溶鉱炉にしたり、鍛冶小屋にしたりすれば、材料を採って即座に作業に取り掛かれる」
「そういうことなら俺達レッドキャップも鉱山に住もう。マルバーの旦那よ。必要な材料は俺達が採ってくる。あんた達ドワーフは、火縄銃って奴か?作るもんを作ってくれ」
「分かった。なら採掘はそちらに任せよう。頼んだぞ、サイース」
ドワーフとレッドキャップそれぞれの長はそう言って握手を交わすと、にやりと笑ってギルヴァスへ向き直る。
「ギルヴァス様さえよろしければ、すぐさま鉱山へ向かって設備を整え、採掘を開始したいと思いますが、よろしいでしょうかな?」
「勿論。皆は俺が運ぼう。数往復することになるが……そうだ。時間が余ったものは、城の資材庫を見てくれ。欲しいものがあったら何でも持って行っていい。大したものは無いかもしれないが」
ギルヴァスが快諾すると、ドワーフもレッドキャップも満面の笑みで頷き、それぞれの種族の中でも目の利く者や計画を立てるのが巧いものが城に残って、資材を見ることになった。
「ああ、そうだ。もしよければ、交渉の上手い者は2、3人残ってくれ。別の仕事を頼みたい」
続いたギルヴァスの要求に、ドワーフもレッドキャップも首を傾げたが、言われたままに、交渉の上手い者や人当たりの良い者が数名、城に残ることになった。
……そしてギルヴァスは早速ドラゴンになると、背にレッドキャップやドワーフ達を乗せては鉱山まで運び、彼らの働く環境を整えたのだった。
「私達の強みは、ラガルに存在を知られていないことでしょうね。どうやらラガルは、ギルヴァス様がオデッティア様と協定を結ばれたことを知らないのでしょう」
「知っていたとしても、まさか隊が丸ごと2つ貸し出されているとは思わないだろうな」
ミラリアとルカはそれぞれに笑みを交わして、それからギルヴァスに向き直る。
「俺達は相手の知らない戦力になれる。それに加えて、俺達は水のものだ。火のものには強く出られる。戦力としてはそれなりのものになれる」
「勿論、間諜として使っていただいても構いません。その場合はオデッティア様のご協力も頂けた方が有効に働けるでしょうが……どのようにでも、お使いください。我らローレライの歌は少なくともイフリートには有効でした。ぜひ、ご検討を」
「頼もしい限りだなあ……」
ギルヴァスはにこにこと笑いながら、2人の隊長に向かい合う。
「だが2人には、少し違う働きをしてもらうことになる」
きょとんとした2人に、ギルヴァスは申し訳なさそうに笑って言った。
「水路をまた作ってくれ」
ギルヴァスは「ひとまずこれで」などと大雑把なことを言いつつ、地の四天王領に数本、水路となる溝を掘り抜いた。ルカやミラリア達、水の四天王団の者達は、そこに水を流す作業に従事することになる。
……はじめは、一体何のために、と疑問に思ったルカとミラリアだったが、ギルヴァスの言葉を聞いて納得する。
曰く、『領地を魅力的にする。行き来を楽にして、物資や人員の移動をギルヴァスに依存しきらないようにする。そして領地を発展させる』。
……『そして、火の四天王団の者達を、引き抜いていく』。
過去に、地の四天王団がそうされたように。




